勇者さん 後編
お昼ご飯を食べているとき、勇者さんがボクに質問しました。
「たくさんの人がこの世界に迷い込んでるらしいけど、魔物とかも来るのか?」
とても勇者さんらしい質問です。
ボクはパスタを巻いたフォーク片手に答えました。
「たまに、魔物が迷い込むことはあります。たまにですが」
嘘ではありません。
魔物は年に数えるほどしか見かけません。
それなのに、ボクは嘘をついたようになってしまいました。
「見てください! サイクロプスがいます!」
窓の外を眺めたメイドさんの言葉です。
彼女の言葉は正しいものでした。
窓の外、屋敷の庭の先に、一つ目の大きな魔物が立っていたのです。
数ヶ月ぶりの魔物です。
「ここは私に任せろ!」
勇者さんは剣を持ち、席を立ちます。
一方で、ボクはメイドさんにお願いしました。
「落とし穴の準備はできていますか?」
「バッチリです!」
ニコニコと笑ったメイドさんは、いつの間に持っていたスイッチを押しました。
すると、外から大きな音がします。
大きな音とともに、サイクロプスが庭から消えました。
サイクロプスは、事前に仕掛けられた落とし穴に落ちたのです。
これで一安心。
「魔物は倒しました。お昼ご飯を再開させましょう」
ご飯の時間は誰にも邪魔させません。
何よりもご飯の時間が優先です。
勇者さんは、戦えず残念そうな表情をしていますが。
*
お昼ご飯の時間は終わってしまいました。
お腹いっぱいになった勇者さんは、客間のソファで眠ってしまいます。
「こんなところで寝ていては、風邪を引いちゃいますよ」
静かにそう言って、寝息を立てる勇者さんに毛布をかけてあげるのはメイドさんです。
ソファで眠る勇者さんは、きっと見知らぬ世界での緊張と不安で、疲れていたのでしょう。
ぐっすりと眠る勇者さんは気持ち良さそうです。
彼女を起こさないよう注意しないといけないですね。
ところで、先ほどから客間のクローゼットがガタガタと揺れています。
もしかして
「魔術師さんですか?」
「あ! 見つかっちゃった!」
クローゼットを開くと、そこにはとんがり帽子をかぶった小さな女の子が。
この子が、ボクのもう一人の家来である魔術師さんです。
メイドさんは口を尖らせました。
「もう! お家に帰るときは、玄関から入ってきなさい!」
「えへへ~、ごめんごめん。サイクロプスは元の世界に戻したし、薬草をいっぱい採ってきたから、これで許してよ」
「はぁ、仕方ないですね」
たっぷりの薬草を受け取ったメイドさんは、魔術師さんを許してあげたようです。
いえ、最初から怒ってなどいなかったのかもしれません。
クローゼットから出てきた魔術師さんは、勇者さんに興味を持ちました。
彼女は勇者さんの顔を覗き込み、ふとつぶやきます。
「この人、第690世界から来た人だね」
さすがは魔術師さんです。
一目見ただけで、魔術師さんは勇者さんの元いた世界を当ててしまいました。
「この人を、元の世界に戻してあげてください。きっと、この人の仲間たちも寂しがっているはずです」
「りょうかーい! それじゃあ、勇者さんを起こして——」
「起こさずに、このまま戻してあげてください」
「このまま? うん、分かった!」
疲れている人を叩き起こすことはできません。
しかし、元いた世界に戻りたがっている人を、この世界に留まらせるわけにもいきません。
だからボクは、勇者さんが眠っているうちに元の世界に戻れるようにしました。
こうすれば、この世界の出来事も、勇者さんにとっては夢と変わらなくなります。
ただ、全てが夢になってしまうのは少し悲しいです。
そこでボクは、一緒に夕ご飯を食べましょうというお誘いと、この世界のヒントである『第15世界』と書かれた手紙を、勇者さんのポケットに入れました。
「ペペロッペ卿、もう転移魔法を使っても良い?」
「良いですよ」
「よーし! それじゃあ、魔法発動!」
魔術師さんのそんな言葉とともに、勇者さんの体は光に包まれました。
少しの時間が経つと、もう勇者さんはどこにもいません。
「勇者さん、帰ってしまいましたね」
「そうですね。喜ばしいことです」
「いつか、一緒に夕ご飯を食べられますかね?」
「きっと食べられます。それまで、いつものように気長に待ちましょう」
「はい!」
訪問者が去ったお屋敷は、いつもの広いお屋敷です。
こんなに広いお屋敷なのですから、勇者さんが仲間を連れて遊びに来ても、困ることはありません。
めでたしめでたし。