旅行1日目 後編
大聖堂の端っこには、重い鉄の扉があります。
鉄の扉をくぐると、尖塔のてっぺんへと続く階段が現れました。
「長い螺旋階段ですね」
「何段あるかな?」
「数えたことはないのです」
「それじゃあ、上りながら数えようよ!」
「数えることはできないのです」
「え!? なんで!?」
「てっぺんまではエレベーターで行くからなのです」
そう言って、天使さんは壁のスイッチを押します。
同時にエレベーターの扉が開きました。
メイドさんは感心した様子です。
「古い建築物と現代技術の融合! 私、こういうの大好きなんです!」
「気に入ってくれて何よりなのです」
無表情な天使さんも、どこか嬉しそう。
ボクたちは、さっそくエレベーターに乗り込みました。
軽快な音楽を聞きながら、ボクたちは尖塔のてっぺんに到着するのを待ちます。
「どんな景色が見られるのかな~、楽しみだな~」
「歴史ある大聖堂の尖塔、あの有名な魔法使いアルゼンが立った場所に、私も立てるなんて……」
いよいよです。
エレベーターの動きが止まり、再び扉が開きはじめました。
扉が開くなり、強い光がボクたちの目に。
「こっちなのです」
天使さんの指示に従い、数歩前へ。
すると、ようやく明るい場所に慣れたボクたちの視界に、素晴らしい景色が広がりました。
それは、高さ800メートルの尖塔から見下ろす歴史の街の景色。
数千年の歴史が積み重ねられ、今も変わり続ける街の全体像です。
網目状の街道。
区画ごとに違う、石造りや木組み、コンクリートの建築物。
豆粒のような人々や乗り物。
空を飛び交う気球、ドラゴン、飛行機、宇宙船。
ボクたちは鳥になったような気分でした。
歴史を一望できる景色に、ボクたちの心は踊ります。
「すごい、すごいです! ダイフク城もセンベ宮殿も、凱旋門もアラーレ劇場も、なんでも見えます!」
「綺麗な景色……」
不思議です。
いつもは冷静なメイドさんが無邪気にはしゃぎ、いつもは無邪気な魔術師さんが冷静になっています。
かくいうボクも、素晴らしい風景に言葉すら出てきません。
天使さんは首をかしげます。
「満足、してくれたのです?」
「もちろんです。旅行の初日から、最高の気持ちになれました。ありがとうございます」
これは素直な言葉です。
それに対し、天使さんはかすかに笑みを浮かべました。
どうやらボクたちだけでなく、天使さんも喜んでいるようです。
その後も、ボクたちはしばらく尖塔から街を眺めました。
ボクたちが地上に降りたのは、陽が傾きはじめた頃。
アンコロモチ大聖堂の前で、ボクたちは天使さんに見送られます。
「久々に人間とお話ができて、嬉しかったのです」
「ボクたちも、普段は行けない尖塔のてっぺんに行けて、とても嬉しかったです」
「良い思い出になりました! ありがとうございます!」
「天使さん、また会えると良いね!」
「はい、なのです」
手を振るボクたちと、お辞儀をする天使さん。
「そういえば、お名前を聞いても良いのです?」
そうでした。
天使さんとの自己紹介がまだでした。
すぐさまボクは、簡単に自己紹介します。
「ボクの名前はペペロッペです」
天使さんはうなずき、そして言います。
「ではペペロッペさん、さようならなのです」
「さようなら」
別れの挨拶を終えた天使さんは、石像に戻りました。
ボクたちはアンコロモチ大聖堂を後にし、宿泊地へと向かいます。
旅行1日目は、とても貴重な体験ができた良い日でした。
めでたしめでたし。