旅行1日目 前編
ボクたちは歴史の街にやってきました。
今日から2泊3日の旅行です。
「見て見て~! アンコロモチ大聖堂だよ~!」
「魔術師さん! 人がいっぱいいますから、走らないでください!」
「は~い」
旅行を楽しみにしていた魔術師さんは、歴史の街の風景に大興奮です。
歴史の街は、その名の通り歴史のある街。
古い建物がたくさん並ぶ街並みは、まるでタイムスリップをしたかのよう。
ただ街を歩いているだけでも、観光気分に浸ることができます。
「この道は、300年前に酔っ払ったジェイミー将軍とエドワード国王が喧嘩をした道です! あの傷はそのときの戦いの痕です!」
「メイドさん、詳しいですね」
「もちろん! 今日のために、たくさん勉強しましたから!」
誇らしげな表情をするメイドさん。
そんなメイドさんを見ていると、ボクも自然と笑みを浮かべてしまいます。
しばらく街を歩くと、ボクたちは広場にやってきました。
露店が立ち並ぶ、活気に溢れた広場です。
魔術師さんは楽しそうに言いました。
「わ~! いろんなものが売ってるよ~!」
「そうですね。あのお店はお菓子屋さん、あちらは八百屋さん、こちらはお肉屋さんでしょうか」
「家電屋さんもいますね!」
「武器屋さんや防具屋さんもいる~!」
この広場だけで、生活用品から冒険の準備まで、全てを揃えられそうです。
ただし、ボクたちは買い物をしに来たのではありません。
ボクたちは、広場に面する立派な建物——アンコロモチ大聖堂を見に来たのです。
「到着しました。アンコロモチ大聖堂です」
「「おお~」」
天を突き刺すかのような2本の尖塔。
今にも動き出しそうな彫刻。
色とりどりなステンドグラス。
数百年の歴史が刻み込まれた石壁。
歴史の街のシンボルであるアンコロモチ大聖堂です。
メイドさんと魔術師さんは、大聖堂の美しさに言葉を失ってしまいました。
何分間、ボクたちはそうして大聖堂を見上げていたことでしょう。
「そろそろ、大聖堂の中に入りましょうか」
「う、うん!」
ボクの言葉を聞き、魔術師さんはボクとメイドさんの腕を引っ張ります。
魔術師さんは大聖堂の入り口へ一直線。
ところが、出入り口の手前で魔術師さんは足を止めました。
足を止めた魔術師さんが見つめたのは、大聖堂を守る石像の1体。
「……ペペロッペ卿、小銭が欲しい」
「良いですけど、小銭を何に使うんですか?」
「石像さんにあげるの」
「なるほど、分かりました」
お供え物でしょうか。
ボクは魔術師さんに小銭を渡します。
魔術師さんは、天使を象った石像の前に小銭を置きました。
すると、びっくりです。
石像さんが元気に動き出したのです。
「やったのです。191年ぶりに動けたのです」
天使の翼をはためかせ、無表情ながらぴょんぴょんと飛び跳ねる石像さん。
彼女は魔術師さんの前に立ち、ほのかな笑みを浮かべました。
「君が、私に小銭をくれたのです?」
「うん! やっぱり、石像さんは本物の天使さんだったんだね!」
「嬉しいのです。私の正体まで見破ってくれたのです。こんな人は430年ぶりなのです」
石像さん改め天使さんは有頂天。
彼女は魔術師さんの手を取り、言いました。
「お礼に、大聖堂の尖塔のてっぺんに登らせてあげるのです」
「それは、ペペロッペ卿とメイドさんも連れて行っていいの?」
「魔術師さんのお友達ならもちろんなのです」
「おお~」
嬉しい展開です。
メイドさんも嬉しさのあまり、目をキラキラ輝かせています。
ボクたちは天使さんに連れられ、大聖堂に足を踏み入れました。
大聖堂の中には、外見以上に荘厳な雰囲気が漂っています。
ステンドグラスから差し込む光は幻想的。
まるで次元の狭間にやってきたような気分です。
「あら? あらあら? 天使様が動いてる!?」
大聖堂の神官さんが、そう言って杖を床に落としました。
対して天使さんは、無表情のまま言います。
「私が最後に話をした神官は、4世代前の神官なのです。驚いて当然なのです」
神官さんは開いた口がふさがりません。
天使さんは魔術師さんと手を繋いだまま続けます。
「それよりも、この人たちを尖塔のてっぺんに連れて行きたいのです。いいのです?」
「も、もちろん! 天使様のお願いですから!」
「ありがとうなのです」
話は終わったのでしょう。
頭を下げ、慌てて杖を拾う神官さんを横目に、天使さんは大聖堂の端っこへ向かって歩きはじめました。