お片づけ
「もう! 魔術師さんったら!」
「えへへ~、ごめんごめん」
「お屋敷が大変なことになっちゃいました……」
そんな話し声が、遠くから聞こえてきます。
どうやら、今日も魔術師さんはメイドさんに怒られるようなことをしてしまったようです。
何があったのでしょうか?
ボクは自分の部屋を出て、2人のもとに向かいます
2人のもとに向かう間、ボクは気づきました。
廊下には大量の衣服やおもちゃ、空になったお菓子の袋、ネジや空薬莢などが散乱していたのです。
それだけではありません。
散らかっているのは廊下だけでなく、お屋敷全体でした。
ただ事ではありません。
リビングに到着すると、そこには頰を膨らませるメイドさんと、正座をさせられた魔術師さんが。
ボクはさっそく質問します。
「何があったのですか?」
「あ、ご主人様! 実はですね——」
「新しい魔法が失敗しちゃったの!」
「新しい魔法?」
思わず首をかしげるボク。
魔術師さんは胸を張ります。
「メイドさんを手伝おうと思って、新しいお片づけ魔法を作ったの! でも失敗しちゃって、逆にお屋敷を散らかしちゃったんだ!」
「魔術師さん! なんでちょっと誇らしげなんですか!?」
なるほど、そういうことでしたか。
ただ、疑問はまだ残っています。
「少し、散らかりすぎではないですか? 見たこともない服も落ちていましたよ?」
ネジや空薬莢はまだしも、お屋敷にないものが落ちているのは変です。
これはおかしなことです。
そんなボクの疑問に答えてくれたのは、メイドさんでした。
「お片づけ魔法の失敗のはずみで、転移魔法や時空間魔法まで発動してしまったみたいです! おかげでこの有様です!」
「ふむふむ」
想像していたよりも大変な事態です。
お屋敷が崩壊しなかっただけ、まだ幸運なのかもしれません。
「魔術師さん」
「ご、ごめんなさい! 私、こんなことになるとは思ってなくて——」
「魔術師さんが無事で良かったです」
「あ、あれ? 怒らないの?」
「怒りません。きっと、メイドさんがたっぷりお説教をしてくれると思いますから」
「げっ」
背後でニタリと笑うメイドさんに、魔術師さんの背筋が凍りつきます。
責任の追及は後で良いでしょう。
今は、散らかってしまったお屋敷をなんとかするのが優先です。
「メイドさん、お屋敷のお片づけをしましょう」
「はい! そうしましょう!」
「私も手伝うよ。こんなに散らかしちゃったのは、私だからね」
ということで、ボクたちはお屋敷のお片づけをはじめます。
とても広いお屋敷です。
ボクたち3人では、お片づけを終えるのに何日もかかってしまうでしょう。
そこでボクたちは、お掃除ロボットを起動します。
お掃除ロボットは合計で5体です。
彼らは、お屋敷に散らばったものをリビングにかき集めてくれます。
「では、お屋敷に元からあったものとなかったものを分けましょう」
一番大事な作業です。
そして、一番大変な作業です。
ボクたちは床に座りながら、お掃除ロボットが集めてくれたモノの仕分けをはじめました。
「この服は私の、この上着はご主人様のです。このヘルメットは、転移魔法で来てしまったものでしょうか。この下着は……」
「それは私のだよ!」
「へ~、魔術師さんの下着、かわいいですね」
「メイドさんのほどじゃないよ~」
「ちょ、ちょっと! 恥ずかしいからやめてください!」
「ええ~、話題を振ったのはメイドさんなのに~」
メイドさんと魔術師さんは、仕分け作業を楽しんでいるようです。
ただ、作業はなかなか終わりません。
「この鍋、空薬莢、古タイヤ、鞄、ぬいぐるみはボクたちの、このお皿、ペン、斧、レコードはボクたちのじゃないですね」
「空のお菓子の袋は、全て捨ててしまっても構いませんか?」
「ええ、構いません」
「おお~! このパンタグラフ、魔法の開発に使えそう!」
「ダメですよ! お屋敷になかったものは、元の場所に戻すんですから!」
「うう……」
結局、仕分け作業が終わる頃には日が傾いてしまっていました。
仕分けの結果、お屋敷を散らかしたモノの半数はお屋敷になかったものだったことが判明します。
ボクたちのお屋敷は思った以上にモノが少なかったようです。
「転移させなければいけないものが、たくさんありますね」
「転移魔法は任せて!」
「分かりました。ここは魔術師さんにお任せします」
「今度は失敗しないでくださいよ!」
「転移魔法は慣れてるから大丈夫だよ」
魔術師さんは意気揚々と、両手を腰に当てました。
彼女ならきっと大丈夫でしょう。
「メイドさん、ボクたちはお屋敷のものを元の場所に戻しましょう」
「かしこまりました!」
ボクたちはボクたちにできることをするだけです。
さて、お屋敷についてはボクよりもメイドさんの方がよく知っています。
「ボクの服はボクの衣装部屋、メイドさんの服はメイドさんの部屋、魔術師さんの服は魔術師さんの部屋ですね」
「あ! 魔術師さんの服は実験室です!」
「そうでしたか。危ない危ない。ところで、このボルトはどこにあったものですか?」
「それは第三倉庫です!」
「では、このチェーンソーは?」
「ゾンビ対策室です!」
「この流木は?」
「ええと、美術室です!」
メイドさんはすごいです。
ボクの質問に、メイドさんは的確に答えてくれます。
彼女は、このお屋敷にあるもの全てを把握しているのでしょうか。
もしメイドさんがいなかったら、ボクはきっと途方に暮れていたでしょう。
メイドさんがいてくれて、本当に良かったです。
「これで全部ですね!」
「ペペロッペ卿、転移も終わったよ!」
「ということは、お片づけは終わりです」
「やったー!」
もう日が沈んでだいぶ時間が経っています。
今日は大変な1日でした。
「お片づけ魔法が完成すれば、こんな苦労はなくなるよ」
「その魔法が失敗したおかげで、私たちはこんな苦労をすることになったんですよ!」
「えへへ~」
メイドさんの指摘に苦笑いする魔術師さん。
とはいえ、新しい魔法は失敗があって生まれるものです。
それに、もしまたお片づけ魔法が失敗しても問題はありません。
みんなでお片づけをするのは、とても楽しいことですから。
めでたしめでたし。