勇者さん 前編
こんにちは。ボクはペペロッペです。
ちょっと古めかしい、だけど住み慣れた大きなお屋敷の主人で、周辺の草原を領地とする伯爵です。
伯爵と言っても、貧乏貴族です。
家来はたった2人しかいません。領民は1人もいません。
さて、時計を見ればそろそろお昼。広い屋敷の広い居間で、ボクはメイドさんの帰りを待ちます。
「ただいま帰りました!」
噂をすればです。メイドさんが帰ってきました。
ボクは玄関までメイドさんを迎えに行きます。
玄関では、大きな袋を抱えたメイドさんが、よいしょと台所へ向かっています。
「おかえりなさい、メイドさん」
「ただいまです!」
「今日もたくさん買ってきたみたいですね」
「はい! ご主人様に美味しいご飯を食べていただきたいですから!」
そう言ってメイドさんが台所に並べたのは、特売と書かれたシールが眩しい野菜やお肉。
次々と食材を並べたメイドさんは、最後に台所の出入り口に指をさしました。
彼女の指の先には、立派な剣を携えたひとりの少女がいます。
「ご主人様、帰り道で勇者さんに会いました!」
メイドさんに少女の正体を教えてもらったボクは、勇者さんに会釈しました。
キョトンとした勇者さんは、ボクに会釈を返してくれました。
続けてボクは、メイドさんに声をかけます。
「これで、ウチに来た勇者さんは何人目ですか?」
「78人です」
「ここ数年、迷い込む勇者さんが増えましたね」
「そうですね。不思議です」
きっと、勇者さんの数が増えたのでしょう。
その分だけ魔王の数も増えたのだから、あまり嬉しいことではないかもしれません。
でも、新しい勇者さんに会えたのは嬉しいです。
「はじめまして、勇者さん。ボクはペペロッペです。この辺りを領地とする伯爵です。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしく……」
う~ん、警戒されてしまっているようです。
ならば
「勇者さん、一緒にお昼ご飯を食べましょう」
「え?」
「メイドさん、お願いします」
「かしこまりました!」
決まりです。ボクは勇者さんの手を引き食堂に向かいました。
ご飯を食べるには広すぎる食堂で、ボクと勇者さんは席に座ります。
メイドさんの料理が到着するまでは、勇者さんとお話をしましょう。
「勇者さんは、どうしてメイドさんに出会ったのですか?」
「分からないんだ。仲間と一緒に旅をしていたんだけど、途中で変な光に包まれて、気づいたら野原に立ってたんだよ」
「やっぱりですね」
「やっぱり? ペペロッペさんは何か知っているのか!?」
テーブルに乗り出す勇者さん。
ボクは後ろ頭をかきながら、申し訳なく答えました。
「ごめんなさい。ボクが知っているのは、たくさんの方が、勇者さんのように突然の転移魔法でこの世界に迷い込んでしまっている、ということだけです」
何十人、何百人と、この世界に迷い込む人たちを見てきました。
なぜみんながこの世界に迷い込んでしまったのかは分かりません。
ボクの話を聞いた勇者さんは、力なく椅子に座り、うな垂れてしまいます。
でも、心配する必要はありません。
「良いことを教えます」
「なになに!?」
「勇者さんを元の世界に戻す方法があります」
「え!! 本当!?」
「本当ですよ」
ボクが口にした新情報によって、勇者さんの表情がとっても明るくなりました。
彼女は再びテーブルに乗り出し、矢継ぎ早に言います。
「どうすれば、元の世界に帰れるんだ?」
「簡単です。ボクの家来である魔術師さんが、転移魔法を使って勇者さんを元の世界に戻してくれます」
「その魔術師さんは、今どこに!?」
「魔術師さんは……あれ? 今日はどこにいるんですかね? まあ、夜までには帰ってくると思います」
いつも風のように消えてしまう魔術師さんは、困った人です。
だけど、魔術師さんは夜までには必ず帰ってきます。
だからボクもメイドさんも心配する必要はありません。もちろん、勇者さんも心配する必要はありません。
勇者さんが元の世界に戻るまで、もう少しだけ時間がかかるでしょう。
それでも勇者さんは、目を輝かせていました。
「ありがとう! 私、ずっと仲間のところに帰れないんじゃないかって不安だったんだ。ペペロッペさんとメイドさんに会えて、本当に良かった!」
「どういたしまして」
とても嬉しいことです。
勇者さんが喜んでくれて、ボクも本当に良かったです。
「お昼ご飯、できましたよ! メイドお手製の明太子パスタです!」
グッドタイミング。
美味しそうな匂いがボクの鼻をくすぐり、お腹を鳴らします。
今日は美味しくお昼ご飯が食べられそうです。