姫の桃狩り~その2~
朝起きて、巣の中に置いてあった行李のふたを開ける。
中には私が龍青様からもらった。子どもの遊び道具がいっぱい入っていた。
そのほとんどは、龍青様が小さいときに遊んでいたと言うもので、
お兄さんのお下がりだ。蔵で眠っていたのを少しずつ手入れをして、
私にゆずってくれたものなんだ。
これで遊んでいた頃の龍青様を思い浮かべながら、
私も遊ぶのがすごく楽しかった。
「またこんなに散らかして、桃、早く片付けなさい」
あっちへこっちへと並べて、しばらく遊んでいると、
後ろからかか様に声をかけられて、私はかか様の方を振り返る。
「桃、これから出かけるのよ?」
言われてみて、ふと足元の周りを見回した。
なんというか、言葉で言い表せないほどに散らかっているように見えた。
いや、本当に散らかっているんだろう。
でも私はまだお出かけする気分ではなかった。
私は夢中になったら、気の済むまでやり続ける性格なのだ。
「キュイ」
私、まだ遊びたい。
だから、かか様の言葉に私は抗議する。
今いい所なのだ。もっと遊びたい。
「あら? いいのかしら、これから主様の所に行くのよ?」
「キュ?」
龍青様?
龍青様の所に行くと聞いて、私はさっと立ち上がる。
おかたづけ~おかたづけ~と、歌いながら、
出したおもちゃをせっせと行李の中へ。
たくさんあったおもちゃも、ぽいぽいっと中に放り込み、
あっという間に片付けていく。
急げ急げ、龍青様が待っている。
その姿を見て、かか様が呆れたような声でこう言った。
「まったく……主様のことになると、
あなたはどうしてこんなに積極的なのかしらね」
「キュイ!」
だって、私の大好きなお兄さんだもん。
そうだった。だから今日は早起きしたんだよ。
待っている間に遊びに夢中になって、すっかり忘れてしまっていた。
これがとと様だったら、私はきっと聞いていなかっただろう。
そんなことを考えて、そう言えばとと様は起きたのだろうか?
今日は親子でお出かけする約束になっているんだよね。
でも今朝のとと様は、すごくお寝坊さんなんだ。
だって私の方が早く起きてきたんだもの。
振りかえったら、とと様はまだ寝ている。
ぐごー、がごーとやたら変な寝息を立てていた。
さてどうするか。
「キュ」
とと様、起きて、起きて、朝だよ。
私はまだ巣穴の隅で丸まって眠っている、とと様の体の上によじのぼり、
ぴょこぴょこ飛び跳ねて、とと様を起こす。
「すー……」
「キュ……」
起きないな。
ゆさゆさしたり、顔をぺちぺちしてもだめだったので、
私は後ろを振り返ってかか様と話す。
「キュイ、キュキュ」
かか様……とと様が起きないよ?
すると、かか様も首をかしげて溜息を吐いた。
「困ったわね。今日はみんなで主様の神域にお出かけする予定なのに」
ぐう~と、私のぽっこりお腹から音がする。
とと様は昨日の狩りでお疲れなのかもしれないな……。
いつも私やかか様、郷のみんなのために働いているとと様だ。
私はとと様を置いて行こうかと話す。私、お腹すいちゃった。
今日は龍青様に親子で桃狩りに招待されていた。
前に龍青様と”こんぜんりょこー”をした、あの場所だ。
また、あのおいしい実が実ったから、家族で行くことになっていたんだ。
私なんて待ちきれなくて、かなり早くから目が覚めたというのに、
とと様ときたら、昨日まで、ずっとごねにごねていた気がするな。
『ぬ、主様の桃狩りに本当に行かなきゃならないのか?』
うちのとと様は、龍青様が大の苦手だ。
私が先代様……龍青様のとと様に狙われていたせいでもあるんだけど、
火属性のとと様と、水属性の龍青様。反発する属性だと思うし、
どうしても相性とやらが悪いのかもしれないな。
私も火属性は持っているようだけど、龍青様とは仲良しなのにふしぎだ。
この郷が龍青様の加護をもらっていても、
とと様は龍青様とはあまり仲がよろしくない。
龍青様は、『俺が大事な姫を独占しているからだろうね』
なんて言っているけど、お兄さんの所から帰ってきたら、
とと様ともお話しするし遊んだりもするのに、
とと様はわがままだな。
「キュイ」
とと様の頭の上で、ぺたんとお尻を付けた私は、
もう一度かか様の居る方を振りかえる。
どうする? かか様。
私は龍青様の所に行きたい。
私の中に「行かない」という選択肢はないのだ。
「そうね。せっかくの主様からのご招待を無下にするわけにも……。
主様を待たせるわけにもいかないし、私達だけで行きましょうか?」
「キュ」
わかった。
とと様、これから私、龍青様と”こんぜんりょこー”してくるね?
かか様とお腹いっぱい龍青様の桃を食べてくるよ。
私は頭の上からすべり落ちて、風呂敷きを背負うと立ち上がる。
「キュイ、キュイキュイ」
今日は遠出するから、帰りが遅くなるかも……。
あ、とと様が居ないから、
龍青様のお屋敷で夕餉をもらって帰って来ようかな。
お泊りしてくるのもいいかも。かか様も一緒ならとっても楽しいな。
そう言うと、とと様の頭が動いて、「お、俺も行くぞっ!」と起き上がった。
あ、寝たふりしていたのか。
かか様に抱っこされた私は、かか様の方を見上げると、
何とも言えない顔で私の方を見下ろしていた。
「……すねていただけなのよ」
そう言っていたので、かか様はきっと最初から分かっていたんだろう。
私が龍青様と仲良しさんだからって、すねちゃうなんて……。
しかたのないとと様だなって思った。
※ ※ ※ ※
「やあ、おはよう姫、そしてご両親。今日は来てくれてありがとう」
龍青様を滝の前で見つけると、私はとと様の腕の中から飛び降りて、
両手を伸ばして龍青様の元へ駆け寄ろうとした。
とと様が私の事を、ずっと離すまいとばかりに抱っこしていたので、
ちょっと、きゅうくつだったんだよね。
「キュ~」
「ああああっ! 桃、こっちへ戻ってきなさい」
泣きそうなとと様が、私の事を後ろから呼んでいるけど、やだ。
私を連れ戻そうと、何度かつかまえようともしたようだけれど、
ひょいひょいっと、その手からすり抜けるようにして逃げて、
そそくさと龍青様の元へと駆けていく。
とと様でも、この私のおうせを邪魔することは出来ないのだ。
私は龍青様に迎え入れられ、そのまま抱っこしてもらった。
お腹を見せるように、すぐさま腕の中で後ろに寝っ転がった私は、
しっぽを振りながら龍青様に笑いかける。
信頼した相手にしか、ぜったいにやってはいけない姿だ。
おはよう龍青様、今日は楽しい桃狩りだね。
「ふふ、そうだね……姫がずっと楽しみにしていたものだ。
さて、どうやら父君は姫に振られてしまったようだね。
それでは姫は、この俺が責任もって連れて行くことにしようか?」
「キュ!」
私はそれを合図に、龍青様の首の周りに手を回して抱き着いた。
「あ……ああああああっ! うちの、うちの娘がああああっ!!」
「あなた……諦めなさい」
うちひしがれた顔で泣き始める、人型になったとと様を、
かか様が溜息を吐きながら、ぽんぽんと叩く。
もう何度も龍青様には抱っこしてもらっているのに、
なんでこんなに叫ばれるのか。
私はちょっと心配になって来たぞ。とと様の子離れ……。
※ ※ ※ ※
龍青様の桃が育つその場所に来るのは、これで二度目だ。
また屋敷の従者のみんなが勢ぞろいし、
いろいろ荷物を持って私達について来てくれて、
美味しそうに実った桃を見上げて、私はじゅるっとよだれが出てきた。
神様の結界があるから、ここへはよそ者は近づくことが出来ない。
私が怖がっている人間なんてなおさらだ。
だから、行く道を覚えて後からこっそり来ることも出来ない。
龍青様が立ち入りを許してくれるこの時だけが、出入り出来るらしいんだ。
甘い香りが、そこかしこにあるのに他の獣たちが食べていないから、
食べごろの桃がまだたくさん実っていた。
こんなに大きくなるまで無事に残っているなんて、なんてすてきなんだろう。
「まあ……ここがあなたが前に連れて来てもらったという所なのね」
「キュイ」
そうだよ。お気に入りなの。すてきでしょ? かか様。
私はかか様の足元で、あの木で龍青様と桃を採ったんだよって話したり、
こっちで一緒にご飯を食べたんだよって教えた。
とと様とかか様の知らない、私と龍青様の過ごした思い出だ。
あの時はとっても楽しかったから、かか様達にも見せたかったんだよね。
「こんな貴重な所に、私どもまで連れて来ていただいて……。
本当によろしかったのでしょうか? 主様。
神果と言えば、神も宿すと言う貴重な……」
「ああ、姫のたっての願いだったからね。それに俺と姫が番になれば、
必然的に眷属の者はここへの立ち入りが許される。
それを前倒しにしただけのことだ」
「……そうですか」
龍青様の言葉を聞いて、かか様は私の方を見下ろした。
「娘を……本当に大事にして下さっているのですね」
私を見ながら、ほっとした顔を見せるかか様。
「俺と番になることで、いずれ姫は多くのものを失うだろう。
故郷、両親、同郷の仲間……長い時間を姫は俺と共に生きるようになるから」
「キュ?」
「それまでに姫には、楽しい思い出を残していってやりたい。
ここで過ごした日々が、いつか親子で過ごした大切な思い出になるように。
だからどうか……あなた方も娘と過ごせるこの日を楽しんでもらいたい」
そう言って、足元から見上げている私に、
しゃがみこんだ龍青様は頭をなでる。
私はキュイっと鳴きながら目を細め、しっぽを振った。
遠い遠い、私が巣立ってしまったら作れなくなってしまう思い出を、
ここへ来るたびに、親子で過ごしたこともあったと思い出せるよう、
龍青様は私のとと様とかか様が、ここに立ち入るのを許してくれたんだとか。
本当はね? 番になる前に私の両親に教えるのは、しちゃだめなんだって。
だから、郷にいる他の者にはここへ来る道も、場所も、
教えてはいけないよって言われているの。
でも、ここは龍青様が結界を張っているから、
行こうと思ってもきっと行けないよね。
もしも行けたら、私はきっと毎日来ちゃうと思うから。
「お気遣いいただき、本当にありがとう……ございます。主様」
頭を深く下げたかか様の着物を、私はくいくいっと引っ張る。
ねえ、かか様、お話終わった? 早く桃を採ろうよ。
どこのにする? あっち? それともこっち?
龍青様、どこでも好きなだけ採っていいって。
「そうね……あなたはどこがいいの?
かか様は桃を採るのが初めてだから、教えてくれる?」
「キュイ!」
いいよ! おいしい所知っているの。
私からかか様に教えてあげられる事があるなんて、うれしいな。
あのねあのね……私はしっぽを振りながら、かか様に抱っこしてもらい、
一番甘い匂いがしてきたと思う桃を指さした。
前に食べたの、あそこの木の実がおいしかったんだよと。
こういう時、かか様に教えてもらった目利きが役に立つ。
野生の勘だけじゃなくて、色とか形とか匂いとか……いろんな所から、
おいしいものを見分けるんだ。
前に食べておいしかった木からは、
またおいしい実が食べられることが多い。
だから、私は食べたことがある木を覚えていたんだよね。
「キュイイ」
「ん? ああ、分かったよ姫」
私はかか様に抱っこされながら、龍青様も呼んだ。
とと様も……と思ったんだけど、すみで膝を抱えてすんすんしているので、
しばらく放っておくことにした。今はとにかく、桃だ。桃。
そうして私はかか様に抱っこされ、龍青様に抱っこされ、
ようやく落ち着いたとと様にも抱っこをねだって、それぞれ一緒に桃を採った。
前に一回やらせてもらっていたから、今度は上手に採ることが出来たぞ。
ずっしりと実った桃は、私が持つだけでもちょっと大変だ。
でも、今度こそ絶対に離さない。
落とすと大変だからと、私が小さな手でひしっと抱き着くように持っていると、
龍青様が私の桃をひょいっと持ってくれて、
用意した行李の中に入れてくれる。
「さて、姫とご両親が採った分は巣穴に後で運んでもらうとして……。
そろそろみんなで昼餉にしようね。姫、おいで」
「い、いや、主様、娘はこの俺が……」
「キュ~!」
龍青様のお膝の上がいい――っ!
私はとと様が言うのも待たずに、座った龍青様の膝の上に飛び乗った。
そして、ごろごろと寝転がりながら甘えた声を出す。
「あ、あああ……」
「桃、主様に失礼でしょう?
いきなり主様の膝の上に飛び乗るのは止めなさい」
……かか様に怒られた。
なので、私はそろそろと一度お尻から降りて、龍青様の膝に頭を乗せ、
お兄さんのお膝の上に乗ってもいい? と首をかしげて聞いてみた。
「姫……? 父君が固まっているよ。
さすがにちょっと可哀そうだから、先に行ってあげなさい」
「キュ?」
お兄さんに頭をなでられ、後ろを振りかえると、私のとと様が居て、
「桃ぉ……とと様の、とと様の所に戻っておいで~?」
あんまりにも悲しそうな顔をしているものだから……。
「……キュ」
私は静かに龍青様の膝から手を離し、まずはとと様の方へ行き、
順番に膝の上にちょこんと座ることにした。
しかたのないとと様だ。
これではいつか本当に子離れが出来るだろうか……なんて思いつつ、
とと様に龍青様たちが用意してくれたものを食べさせてもらう。
すると、とと様は笑顔を取り戻してくれて、
かか様は「やれやれね……」と一言。
龍青様はそんな私達を見て、扇を片手に楽しそうに笑っていた。
でもやっぱり最後は龍青様のお膝の上に行き、くつろいでいたけどね。
今日はみんなにたくさん抱っこもしてもらえて、私は満足だ。
そうして後は桃狩りをしているみんなを眺めつつ、ゆっくりと過ごした。
楽しい時はあっという間に過ぎて、気づけばもう帰る頃合い。
最後に、桃の木の周りを駆け回り、来年もまたおいしい桃を作ってねと、
木に抱き着いて、今日の桃狩りは終わった。
また、家族でここへ来られる日があるといいな……。
※ ※ ※ ※
それから――私は郷へと帰って来た。
「キュイ」
あ、つゆ草いた。こんにちは。
私が両手を合わせながら、風呂敷きを背負って歩いていると、
友達のつゆ草は、みんなと一緒に畑仕事を手伝っていた。
「あら、桃じゃない。今日は主様と出かけたんじゃなかったの?」
「キュイ」
行ったよ。 とっても楽しかったから、つゆ草も来ればよかったのに、
龍青様には、つゆ草も連れて来ていいよって言われてたんだよね。
ほら、つゆ草はもう私の家族で仲間だって言ってくれてたし。
でも誘ったら、『あたしはいいわ』と断られたんだ。
「だって……あの主様よ?
普通、気軽に話しかけたり出来ないものなのよ。
あんた、よくあの方と平気で話せるわよね」
「キュ?」
つゆ草だって、前は平気でやっていたじゃないか。
「あっ、あの時はね、あたしは生き延びようと必死だったからよ!」
しっぽをぶんぶん振ってつゆ草に言われた。
そうなのか……言われてみればふつうの女子どもは龍青様を怖がるらしいし、
一緒に遊びに行くのは難しいのかな。
お屋敷にも、私の話し相手として連れて来てもいいとも、
龍青様には言われているんだけど……。
その話をしたら、つゆ草は口元をひくひくさせていたし。
あ、そうだ。つゆ草にお土産あるの。
私がそう言うと、つゆ草は言ったとたんに嬉しそうな顔をした。
「え? ま、まさか主様の桃をあたしにくれるの?」
水神様の育てる果実は、「れいげんあらたか?」な食べ物らしい。
神を宿すこともある、とってもありがたい、
神果とも呼ばれる木の実の一つが桃。
龍青様はいつも私に食べさせることで、悪いものを追い払ってくれていた。
小さい雌の子どもは、いろいろ狙われやすいっていうし、
つゆ草にも食べさせてあげられたらなって、そう思ったんだよね。
一口食べると健康になったり、長寿になるんだって。
龍青様が許してくれた、限られた者しか口に出来ない物なので、
いくら加護をもらっている郷のみんなでも、
そうかんたんには食べられる事は出来ないらしいんだ。
私は「じように良い」とかで、
しょっちゅう食べさせてもらっているんだけどね。
おかげで私は元気に育っている。
「ほ、本当にあたしがもらってもいいの?」
「キュ」
うん、龍青様に聞いたら、特別にいいよって言ってくれたんだ。
期待をふくらませたつゆ草の目の前に、
まずは、はい、と。私が手の平を開いて見せたのは……桃の種。
「……」
それを見て、固まるつゆ草。
「何よこれ?」
「キュイ」
なにって……今日食べた桃の種だよ?
とってもおいしかった記念だから、大事に持って帰って来たの。
私はしっぽを振り振りして、そう教えてあげた。
そうしたら、つゆ草が絶叫する。
「い、いらないわよおおお! そんなの!!
そんなもの、あたしがもらってどうすればいいのよ!?」
なぜだろう?
つゆ草が何かよく分からないけど怒っている……。
そして、がっかりされた。
持っていた種をぶん投げられそうになったので、
私は「だめ」と両手で桃の種を包みこんで避ける。
ちがうよ。これは土に埋めるんだよ。
つゆ草と一緒に埋めようと思って、持ってきたんだよ。
お話は最後まで聞くものだよ。おば様に教えてもらってないの?
そう私はしっぽをぶんぶんと振りながらお話しした。
「え?」
つゆ草にはこっちね。と、背負って来た風呂敷きをよいせと下ろし、
中からお土産に採って来た、香りのいい桃を取り出した。
龍青様に手伝ってもらって、一緒に採ったものなんだ。
これもあんまりに美味しそうだったから、
かじらないで持って帰るの大変だったんだよね。
「……そ、そうなの、早く言ってよ。ありがとう、大事に食べるわ」
つゆ草は桃を見たとたんに目を輝かせ、
ごきげんを直してくれて、嬉しそうにしっぽまで振っている。
そんなに食べたかったのか、だったら先に見せればよかったな。
どんな味なのかしらと、両手を出して桃を受け取ってくれた。
「これが……あなたが言っていた。神様の果実なのね」
よっぽど桃が食べたかったんだろう。なら、持って帰ってきて良かった。
それを食べたら種を残しておいてねと言うよりも早く、
つゆ草はそれを、今にでもすぐ食べそうな勢いだった。
ちょっと待って、最後まで話を聞こうと言ったばかりなのに。
「あー……と、ごめんごめん。
それで? あんたの所のおじ様達は、一緒じゃなかったの?」
「キュ~キュイキュイ」
一緒だったよ。さっき郷の中で別れたの、
とと様とかか様は先に巣穴に戻っているよ。
手土産に私達も桃をいくつかもらって来たんだ。
ねえ、それより、つゆ草の食べ終わった桃の種と、
私の種を後でどこかに埋めようよ。
私はぴょこぴょこと飛び跳ねてそう言った。
「え?」
「キュイ」
あのね? 私、いつか龍青様の嫁になったら、
この郷から出ていく事になるんだけど、
私が居なくなったらね、みんな……いつか私のことを忘れちゃうでしょ?
だからね? こうして種を埋めて、お花が咲いた時とか、桃が実った時、
私の事を思い出してくれたらいいなって思ったの。
ほんの少し前、かか様とけんかした時に私は教えてもらった。
みんなと過ごした思い出を別の形で残す方法を。
「桃……」
「キュイ」
桃の木はね。すごいんだよ。
葉っぱは薬になるし、実は食べられるから、郷のみんなの役に立つかなって。
みんなにも龍青様の桃を食べてもらいたいし。
神域にある龍青様の所の木は、特別だからこっちへは持ってこられないの。
でも、その種から育ったものは、この郷のみんなの物にしてもいいって、
龍青様の桃より力はほとんど無いけど、きっと役立ってくれるだろうから、
私の分までみんなのこと、守ってくれたらいいなって思うんだ。
実が出来るまでは、もう少しかかるけどね。
今から植えておけば、私が大きくなるころには実がなるかなって。
「わ、忘れたりしないわよ。きっと、
郷のみんなはあんたのこと、すごく大事にしているじゃない」
「キュ」
「あたしだって、きっと忘れないわ。ずっとずっとよ。
忘れたりしないように、あたしがみんなに言い聞かせてあげるから。
この木は桃とあたしが植えたものだって、
だからそんな顔しないでよ、もう」
「キュイ」
うん、ありがとう。つゆ草。
私はこくんとうなずいて、つゆ草と笑い合った。
「で、つまりあたしはこれを食べて、種を残せばいいのね?」
「キュイ」
そうだよ。おそろい。
私は夢中で食べるつゆ草を見守りながら、しっぽを振る。
桃ひとつはさすがに、今日中には食べきれないだろうから……。
そう思っていたのに、つゆ草はなんと私の考えを他所に、
その場でぺろりと平らげてしまったので、
私よりつゆ草は、食いしん坊さんなのだと言うことが分かった。
おかしいな、私と同じくらいの背丈なのに、
どうしてこんなに食べられるんだろう。
私は自分のお腹を見下ろしたまま、つゆ草のお腹を見た。
……本当にどうなっているんだ。
それから私達は日当たりのいい所に、お互いの桃の種を埋めた。
キュイキュイと笑い合って、二匹で最初のお水をかける。
めぐる季節の中でみんなに見守られながら、
私達がこの郷で育ち、一緒に暮らして居た日々の印が、
いつか、ここでも芽吹くようにと思いながら……。
今日の日が、また一つ思い出になろうとしていた。




