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姫のひまつぶし




「キュイ……」



 ひまだ。私は龍青様のお屋敷の隅で、

ころころ、ころりんとでんぐり返しをしながらそう思う。

ちらっと横を見れば、今の龍青様は三柱分の仕事のまとめとやらで忙しいし、

ミズチのおじちゃんはその横で、ハンコを押して仕事を手伝っている。



「キュイ」


 だから、神使のハクお兄ちゃんも当然忙しい。

やしろの仕事とこちらの仕事があるのに、私の郷で緑王の監視もやっているから、

自分の他にもう一匹、神使が欲しいとも言っているくらいだ。

……絶対に認めないだろうけど。


 だからハクお兄ちゃんに、

「あそぼ~」と白い着物のすそをくいくいっと引っ張ってみても、


「あとでな」


と私の頭をぽんぽんされるだけだったので、

ハクお兄ちゃんの頭の上によじ登ってみたけれど、


「落ちるから危ないだろ」


と言われて床に降ろされてしまい、かまってくれない。


(代わりに、龍青様の匂いをすんすんしておいたけど)



 ミズチおじちゃんは……。


「うう、残業なんてことになったら、スイレンを悲しませちまうから、

 早く終わらせねえと、帰りに頼まれたもんもあるし……」



……とか言いながら、必死に何かに追われているようだったので、

さすがに話しかけるのもやめた。目がもう追い詰められているヤツの目だ。

高い高いをしてなんて、とても言える様子ではないんだな。


 ミズチおじちゃんはもう嫁が居るんだから、手伝ってもらえばいいのにね。

私のかか様は、とと様の仕事を手伝ったりするもん。


 でもミズチおじちゃんは、そういうことはしたくないみたい。

スイレンのお姉さんは病み上がりだし、まだ水の底の世界に慣れていないから、

無理をさせたくないとかなんとか言っていた。


 じゃあ、女房のお姉さんの所へと行ってみれば、

お姉さん達は針物をしているというので、危ないからと追い出されてしまった。

侍従のお兄さんも、庭師のおじいちゃんも同じように仕事をしている。



「キュ……」


 だから、ひまなのは私と手まりだけだ。

つまらないなあ、いつもなら誰かしら私と遊んでくれるのに。


 もう私は今日の読み書きは終わったのだ。少し算術もやった。

これ以上やれと言われても、頭がぐわんぐわんするので、

後はもう遊ぶだけと決めている。


 今日は、めいっぱい遊ぶつもりだったのに……みんなとってもお忙しいようだ。

私がもう少しりっぱなら、お仕事のお手伝いも出来るんだろうけれど。

龍青様のお膝から仕事の紙を見ても、よく分からないんだよね。


「キュイ……」


 なんだか急にさびしくなって、仕事中の龍青様にとてとてと近づく。



「ん? 姫……?」


「キュ……」



 そして、気づけば私は涙目で龍青様の着物のすそに吸い付いていた。

すんすんと、静かな部屋に私の鼻を鳴らす音がひびく。



「……っ!」


「キュイイ……」



 お兄さんの大事な着物を汚して怒られるとは思ったけれど、

さびしいんだよと、私はすんすんと鼻を鳴らし、また着物に吸い付いた。

すると、龍青様は震える手で私を抱き上げ、しっかと抱きしめてくれた。



「お? どうした龍青」


「主様?」


「ひ、姫がすごく寂しがっているから、後の事はお前たちに任せたぞ、

 俺は今すぐにでも姫の心を慰めるべく、相手を――」



 そう言いながら部屋を飛び出そうとする龍青様に、

あわてて追いかけてきたミズチのおじちゃんと、

ハクお兄ちゃんによって止められた。


 私はお兄さんの腕の中で首をかしげながら、じいっと龍青様を見つめている。



「キュ?」


「は、放せ! 俺は姫を優先したいんだ!!

 おまえ達はこんなに泣いている姫を見て、何とも思わないのか!?」


「だからって、おまえが居なくなったら仕事が終わるのが遅れるだろうが、

 最後の仕事を総括するのがおまえの役目だろ!? 抜け駆けする気か!

 俺様だって早く嫁の顔を見に行きてえんだぞ、コラ!!」


「そうですよ! ぼくだって今はがんばっているんですから!!

 主様も最後まで付き合ってください」



 つまり、みんな早く解放されたいらしくて追い詰められている。

私はそのまま龍青様と引き離され、お兄さんはミズチおじちゃんによって、

足首を持たれて、文机の上までずるずると引っ張られて戻される。



「あああ……ひ、姫えええ……っ!」


「キュイイ……」



 私の方はといえば、龍青様の方へ両手を伸ばしていたのに、

ハクお兄ちゃんによって抱き上げられた。

そして、そのまま部屋の外へとぽいされた。

ぽいだぞ? ひどすぎると思わないか? 


 キュイキュイ抗議しながら、ハクお兄ちゃんにぺちぺちしようとしたら、

なんと結界まで張ったではないか。ずるい、いじめっこ!

私は龍青様といっしょがいい、お兄さんと遊びたいようと、

後ろにころんと寝転がって、キュイキュイと泣いた。



「ひ……姫ええ……俺も姫と遊んでやりたい……」



 龍青様はミズチおじちゃんに捕まったまま、

悲しい顔をしながら、筆を握り締め仕事を再開したようだ。

もう少し、もう少しで終わるからと言われたけど、

あとどのくらい待てばいいんだろう。


 すんすんと部屋の前で顔を手でおおった。



「……これじゃあ、主様の仕事の障りになるじゃないか……。

 ちびすけ、おまえはこっちへ来い! 主様、こいつ連れて行きます」


「キュー!?」



 私は仕事の邪魔になるからって、

部屋から出てきたハクお兄ちゃんに抱きかかえられ、

龍の郷に連れ戻すと言われた。ひどい、屋敷からも追い出すなんて。

キュイキュイ鳴いていたら、暴れるなとまた怒られたぞ。


 ハクお兄ちゃんはちょっと前までは泳げなかったから、

湖の底へ来るのとか、いつもどうしているのかなと思っていたら、

神力を使って、簡単な通り道を作っているらしい。

真珠色の真っ白な道の上を、私をわきで抱きかかえたまま、

だだだっと走るハクお兄ちゃん。


 かけおちするの? って聞いたら、

「ち、違うわ!」と怒られてしまったよ。


 そうだよね。私もかけおちは龍青様の方がいいもん。





※  ※  ※  ※




 いったい、この私をどこへ連れて行くのかと思えば、

水面から出ると、そこは私の住む郷の滝つぼの前だった。



「――主様には、ぼくの方から伝えておくから、

 おまえは、こっちでしばらく遊んでいろよ。

 仕事が終わったら主様に迎えに来てもらうようにするから、わかったな?」


「キュ~」


 滝の前で降ろされた私は、

岩肌にしがみ付いて息を切らせるハクお兄ちゃんに、

ぷくっと頬をふくらませる。私、悪いことしてないのに。


 でも、屋敷に居てもすることがないので、言うことを聞くことにした。

ここなら、誰か私とかまってくれるかと思うし。

指きりして、ハクお兄ちゃんに見送られながら、

手まりを受け取り、来た道をとてとてと歩く。



……そういえば、つゆ草は今頃どうしているだろうかと思い、

せっかくつゆ草と言うお友達が出来たから、遊ぼうかなと会いに行ったら、

つゆ草は「いいわよ」と嬉しそうにしてくれたものの、

あの子のかか様によって、つゆ草は私とあっという間に引き離された。



「今日はちゃんと訓練しないといけないから……。

 ほら、この子とはしばらく離れていたから、勉強が遅れているの。

 だからごめんね? 桃ちゃん」


「……」


 くわえられたとたん、放心状態のつゆ草……その顔は固まったままだった。

そのまま、ぷらんぷらんと、されるがままに連れて行かれたつゆ草。


「キュイ……」


「あ、ああああ……」



 わがままを言ってはだめだと、その時に肌で感じた。

まるで、つゆ草のおばさまは私のかか様みたいだって思ったから。

だから、おば様の口元で揺れるまま去っていく、友達のつゆ草を見て、

が、がんばれ……と手を振ってあげるしかできなかったのだ。


 あの子、私よりいろんなこと知っているから、

ちょっとぐらいサボってもいいと思うけどな。

私なんて、まだ人間の言葉もしゃべれないのに……。


 それで、しかたないから道端の花をつみながら、

郷の川辺に住み始めた、かっぱの緑王を誘おうと思ったら、

緑王は昨日の雨でほこらがだめになったと言って、

泣きそうな顔をしながら、せっせと木の枝と板を拾って直しているではないか。



「キュ~?」


 あそぼ~よ~?



「だから! 今日の余はおぬしと遊んでやっている時間はないわ!!

 さっさとあの生意気な龍青の所にでも行っておれ、

 ここが終われば後で行ってやるから!!」


 緑王に怖いお顔で、しっしと手で払いのけられたぞ。


「キュイ……」


「まったく……こ、こんなあばら家のような所で寝泊まりせねばならん挙句に、

 住処の維持も出来ぬとは、ただの河童の童とは本当に無力よな。

 余が屋敷で暮らしていた頃は、こんなこと思いもしなかったぞ」



 水神様じゃなくなったから、

この川の流れからも巣を守れないのか、不便だな。

そこへ川の水面から緑色の物体が、ざばっと顔を見せた。


 おそろいの白いお皿を頭に乗せて……。

おや? 河童の女房のお姉さんと侍従のお兄さんじゃないか。

人型をしているけど、河童の頭はそのままだな。



「わ、若様、お久しゅうございまする」


「お? お、おお! おぬし達か。元気にしておったか?

 よくぞここに居るのが分かったな。ここまで来るのは大変だっただろう?」



 うるうると涙を浮かべた緑王は、

ほんの少し前まで自分の家臣だった者達を見上げた。

これまで、仲間から離れて暮らしていたから心細かったのだろう、

久しぶりに会う仲間の、それも屋敷で世話になっていた者の顔が見られて、

とても安心したようだ。


 そのせいか、ほんの少し緑王の態度は変わってきたように思える。

ここへ来たばかりの緑王は、誰にでも偉そうだったし、

龍仲間のみんなにもきつい言い方をしていたから。


 しばらく見ないうちに、自分を気づかってくれるようになった緑王に、

やって来た家臣のお姉さんとお兄さんは驚いた顔を見せていた。



「は、はい。先代様が湖の主様と話を付けてくださりまして、

 こちらへの出入りが少しだけ許されるようになりました」


「ああ、若様おいたわしゅうございます。さぞかしご苦労を……」


「うん、うん……見てのとおりよ。みすぼらしいなりですまないが、

 今はこうして何とか生き延びておる。皆も苦労を掛けてしまったな」


「とんでもないです若様。

 以前の若様よりもよっぽど……いえ、なんでもありませぬ」



 そう言って、懐に持っていた風呂敷きから、

甘そうな丸い水菓子を差し出す女房のお姉さんがいる。

どうやらこっそりと食べ物をあげに来たようだ。

本当は、苦労することがえきを返す一つにもなるんだけど……。



「キュ」


「……っ!? ひ、ひいい!」



 足元の方でじいっと見る、私の姿にようやく気づくと、

河童のお姉さん達が飛び上がって、私へと平伏する。



「こ、これは姫様、ごきげんうるわしゅう。

 ごあいさつが遅れまして、まことに、まことに申し訳ございません!!」



 震えている……よっぽど私に塩もみされたのが堪えたと見える。


 べつに龍青様にもうひどいことしないのなら、何もしないよ?

もし悪い事を考えているのなら、邪魔するけどさ。


 それから、ちらっと不安げに私の方を見て、

「あ、あのこちらを若様にお渡ししても……?」と、

持ってきていたものを見せたまま聞かれたので、

私は「いいよ」と、キュイっとうなずいて見せた。

故郷の食べ物はやっぱり恋しいと感じるからね。



 緑王がそれを見て、本当にうれしそうな顔をするものだから、

だめって言えないよ。



「お、おおお、うりか! 

 この姿になってから口にしていないなあ。感謝するぞ、おぬし達」



 よだれを垂らしながら、小さな体でがしっと瓜にしがみ付く緑王。

これが瓜か……瓜ってけっこう大きいんだね。


 前に私が口にしたときは欠片だったから、丸ごとを見たのは初めてだ。

甘くて柔らかい果肉で……とってもおいしかったんだよなあ。

じゅる……と瓜を見ながら私もよだれを垂らしたら、

緑王が「や、やらぬぞ!?」と必死になって叫ばれた。



「キュ~」


 え~? けち。



「け、けちだとお!?」



 だって、龍青様だったらすぐに切り分けて、

お膝の上でどうぞして食べさせてくれるもん。

龍青様はいつも私のために水菓子を取っておいてくれるんだよ。

私の喜ぶ顔を見たいからって言ってくれてね。



「ぬ……」



 多く手に入った時は、家臣のみんなにふるまう事だってあるし。


 やっぱり他所の水神様ってけちなのが多いのかな……。

あ、もう水神様じゃないか緑王は。

水神様じゃなくなったから、ただのけちな河童になったんだもんね。



「ぐ……うああああああっ!

 余だって、余だってなあ!? まさか小娘をちょいっとさらっただけで、

 こんな姿に貶められ、神籍を外されるとは思わなかったんだぞ――っ!?」



 それは私と龍青様を怒らせるからじゃないか。

子どもを何だと思っているんだ。そんなのだから小さくされたんだぞ。

ちょっとさらうことを簡単に言ってもらっては困る。

子どもの一生がかかっていることなのに。


 私は地面に顔を突っ伏して、わんわんと子どものように泣く緑王を見て、

とりあえず、ぽんぽんしてなぐさめてあげた。



 今、この河童達は龍青様を新しい主として働いているらしい。

元々あった、河童の水域は取り上げられ、今は龍青様の水域の一部となっている。

だから、そこで働いていた者達はみんな、龍青様の家臣になったのだ。

水神の主が、親しくもなかった相手に代わるのは珍しい事らしいけど。



「りゅ、龍青の元で、こき使われておるのではないか?

 ヤツは氷のように冷たく、性根が腐っておるからな」



 私はその時思った「それは、おまえのことじゃないのか」と。


 龍青様と緑王はあんまり仲良しではないので、

こいつはお兄さんに、ナワバリを乗っ取られたとか思っているようだ。

自分がやったことのせいなのに、まだ反省が出来てないんだな。


 緑王は、さぞかし龍青様の元で苦労をしているのだろうと、

涙を浮かべながら、かつての家臣たちを見ていたが、

目の前に居た二匹のあやかし達は、その言葉にふいっと視線をそらし、

口元を着物のそでで隠し、緑王の言葉に声を詰まらせていた。



「い、いえ……それが……ですね。

 実は以前よりも、かなり快適な暮らしになったというか」


「は?」


「今の新しいご主神しゅじん様は、

 大罪を犯した我々を許し、かなり広いお心で気を配って下さりまして。

 衣食住を整え、生活は以前とは見違えるほどに良くなりました」

 

「私どもも捕らえられた当初は、

 どんな冷遇なる扱いにも耐える心構えでおりました。

 ですが、私どもが危惧することはなく……今、とても反省しております。

 若様を止められず、あのような素晴らしい方の大事な姫君を、

 狭苦しい結界内に閉じ込めることに、加担してしまったことを……」



 二匹の元家臣たちは、緑王の言葉にうなずくどころか、

それとは反対の事を言うではないか。

緑王は思いもしなかった反応に、ぴたっと固まった。



「な……なに?」


「川の周辺に暮らす民も同じです。

 雨で氾濫しないようにと、簡素だった外回りを立派に整えて下さり、

 今年は、作物の実りがとても良いとの知らせを受けておりまして、

 先代様は、こんなことなら河童一族のお家再興は、

 もう諦めた方がいいかもしれないと……」


「……」



 それを聞き、二匹の身なりが良くなっていることに気づく。

新しいお着物には、手の込んだいくつものきれいな刺繍がしてあるし、

肌触りもよさそうだ。


 さっと私の方を見てくる緑王。

無言で見てきているけど分かる。言いたいことが何か。


 だから私はくるんと一回転して見せた。

今日の私の着物は、涼し気な浅葱あさぎ色、

すみには私の好きな白いうさぎの刺繍がされていて、とってもかわいい。

新しく龍青様に作ってもらったものだ。



「……」


「キュイ」



 だって、龍青様はみんなに優しいんだよ。


 私はキュイっとうなずき、教えてあげた。

緑王が言うような、怖い龍青様じゃないってことを。


 龍青様は子どもをさらうことを手伝った家臣達を、あれ以上責めなかった。


 私が世にも恐ろしい、「塩もみきゅうりの刑」をすでにした事と、

昔、龍青様のとと様が禍つ神になった責を問われることになった時、

自分と家臣達の命を、先代の河童の水神に見逃してもらった恩があったからと、

今回の件は「ふもんにする」とか言っていたせいだ。



 だから、家臣になった者を理由なくいじめたりしないし、

大事にしてくれるんだよ。


 お兄さんの屋敷で働いているみんな、とっても楽しそうに働いているもの。

きっと着ていた着物がみんな古いから、新しく用意してくれたんだよ。

龍青様、そういう所はとっても気が付いてくれるんだ。


 私が安全に暮らせる郷を龍青様が用意してくれたように、

緑王から龍青様に主が変わったことで、生活が前より良くなったのだろう。


 私がヤツに捕まって閉じ込められた時に、

されていたあの扱いからも思い浮かぶ。龍青様ならぜったいにしないことだ。

緑王は、きっと自分が苦労したことが無いから、

周りにもひどいことを平気でしてきたんだと。



 そこへ、龍青様がやって来た。



「ああ、居た。姫、待たせてすまなかったね? 迎えに来たよ」


「キュ?」



 私はぴんとしっぽを立てて顔を見上げると、

向こうの木の下に龍青様が立っていた。

お仕事終わったの? と聞けば、そうだよとうなずいてくれた。


 するとそばに居た、河童の女房のお姉さんと侍従のお兄さんが、

龍青様に向かって、深々と頭を下げて見せた。

さっき緑王にしたあいさつとはちがい、とても丁寧な仕草だった。



「な、な、なああああああっ!?」



 それに緑王は龍青様を見て、とても驚いた声をあげる。

なぜなら、龍青様の手には緑王がもらった瓜よりも、

とてもりっぱな瓜が乗っていたのだから。



「おまえ、そ、それは……っ!」


「ん? ああ、さっきそこの二匹が、

 俺に供物として水菓子を持って来てくれてね。

 一番見事で甘そうなのを見繕ってくれたそうだ。河童の郷の名産らしい。

 せっかくだし、ここの川でしばらく冷やして……。

 姫に食べさせてあげようと思ったのだが?」



 そう言って龍青様は、川の中に石を並べ、瓜をそっと寝かせた。



「……」



 緑王は、龍青様の言葉にさっと後ろに居た元家臣の二匹を見る。

でもその二匹は同じように、さっと視線をそらして田んぼの方を見ていた。

目を合わせられない何かがあるようだ。


 だから緑王は仕方なく、無言で手元の瓜をじいいっと見つめ、

龍青様がもらったという瓜を見比べている。


……言いたいことは何となくわかった。


 私も一緒に見比べて、やっぱりそっちの方がいいなと、

川岸に上がった龍青様の方に両手を伸ばして、とてとてと近づいていく。



「ふふ、さ、おいで姫」


 そのまま足元にぎゅっと抱き着いて、お兄さんの顔を見上げた。



「キュイ」



 龍青様と食べる。

私はしっぽを振りながら龍青様に甘えた。

お兄さんはやっぱり優しいから、私にも瓜を食べさせてくれるんだ。

やっぱり、番にするのなら龍青様だよね。



「ふふ、どうやら姫は瓜がすっかり気に入ったようだね。

 河童一族の水域を手に入れた時は、面倒だとばかり思っていたが……。

 姫がこんなに喜んでくれるのなら、もう少し献上してもらおうかな」


「かしこまりました。すぐに用意してまいります」



 二匹の河童が龍青様へと即座に頭を下げる。



「そうかい? じゃあ頼んだよ」


「ははっ!」


「キュ?」


「じゃあ、姫、後で食べやすいように切り分けてあげるからね?」


「キュ!」



 私は龍青様の着物のすそをつかみながら、ぽてぽてと歩き出す。

手まりもおいでと言うと、ころころと私の後について来て……。

気分はすっかり龍青様と遊ぶことと、瓜を食べることでいっぱいになっていた。


 それを見て、取り残された緑王がはっと我に返り、

私達の方へと、もらった瓜をごろごろと転がしながらやって来た。



「ま、まて小娘。余の瓜の方がきっと甘いぞ?

 見た目が大きいからと言って、甘いとは限らぬだろう。

 おまえがどうしても食べたいというのなら、ほれ、少し分けてやるぞ?」


「キュ」



 少しだけ……? 私はいらないと、ぷいっとそっぽを向いた。

龍青様から食べさせてもらえるのなら、そっちの方がいいに決まっている。

お兄さんはお腹いっぱい食べさせてくれるもん。


 私がお願いしなくても、食べやすいように小さく切り分けてくれるし、

お膝の上に乗せてもらって一緒に食べたいし。

そうしたら、後ろに居た家臣だった二匹も、



「やっぱり若様よりも湖の主様の方が、若い娘への心配りは良いですね……」


「そうですね。こうしてみると姫君達に慕われるのも分かる気が……」



と、言いかけたところで、緑王はぐるっと後ろの二匹を振り返り、

ふるふると体を震わせたかと思ったら、



「う、裏切り者おおおおおっ!!」


「きゃあああああっ!?」


「うわあああっ!!」



 慌てて川の中に飛び込む二匹を追いかけ、必死になって泳いでいた。

おお、さすが水のあやかし達だ。泳ぐのがとっても上手いな。

ただ、バシャバシャと勢いよく泳ぐものだから、

せっかく集めた小枝も流れてしまったぞ。



 私は龍青様の着物をつかみながら、横を通り過ぎていく緑王達を見る。


 そして、ちらっと龍青様の方を見上げた。



「……姫、今日は水遊びでもするかい?

 あれを見て、自分も泳ぎたくなったんだろう?」


「キュ」



 あそぶ。


 龍青様、気づいてくれた。しっぽを振って今日はここで遊ぶねって話す。


 すると手を叩いて、私のために水の流れを緩やかなものにしてくれた。

私が遊びやすいように、石を集めて囲いを作ってくれて……。

それから川の中にそうっと入ると、ほどよく冷たい水に体がぷるっとする。


 龍青様ときれいな石を探したり、泳いでみたりして、

私はキュイキュイと笑い声をあげる。


 なんか遠くでまだ、小さなかっぱが叫んでいる声が聞こえたけど、知らない。


「ふふ、楽しそうだね姫」


「キュイ」


 今の私はお兄さんと遊ぶのに夢中だ。

それから、いっぱい泳ぎの練習をした後は、お兄さんの膝の上で休みながら、

私は冷えた甘い瓜を、それはもういっぱいに食べさせてもらった。

少しじゃないぞ? いっぱいなんだぞ?



「キュ」


 やっぱり、龍青様が一番だ。


 まだあっちで騒いでいる河童が居るけど、

今日もちゃんと龍青様と遊べたので私は満足する。

明日もまた、こんな風に一緒に遊べるといいなと思いながら、

私はお兄さんの腕の中で、ゴロゴロと喉を鳴らすのだった……。






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