河童編・18
まさか、閉じ込めた子どもに反撃されるとは思わなかった河童一族は、
龍青様の腕の中で震えながらも、まだ自分達を見ている私を見て、
それ以上の抵抗をしようと出るものはいなかった。
もし抵抗しようものなら、私がだまってはいないが。
それで落ち着きを取り戻したことで、今回の連れ去りを引き起こした、
悪い河童の水神、ハゲつるピッカなおじさんについて。
龍青様と、ミズチおじちゃん。亀の翁おじいちゃん、
そして白蛇の代表とかになったハクお兄ちゃんが顔をそろえ、
そこに居た水神様達で、これからのことを考えてくれた。
私は大暴れした後で、とっても疲れていたから、
龍青様に抱っこされながら話を聞いた。
とはいっても、お兄さんの腕の中でうとうとしていたけど。
翁のおじいちゃんからもらったあの小づちは、
持ち主になった私の許しがないと、
小づちを勝手に使おうとしても反応しないらしく、
子ども姿にした河童のおじちゃん……えっと緑王は、
私が「いいよ」って言わない限り、もう元の姿には戻れないらしい。
『姫が嫌がるのならば、あいつは死ぬまで子どもの姿だ。
子どもだと嫁はもらえないからな。あいつにとっては一番残酷かもしれん。
一番無力で、身を守れないからと侮っていたんだからな」
『キュイ?』
つまり?
『もう一度、自分がその弱い立場の身になってもらおうってことだ。
前とは違い、保護者も守り手も傍には居なくなるからな。
子どもとして受けた痛みを対価とする。
……俺としては姫の周りをうろつかせずに、
座敷牢にでもつないで生涯幽閉しておきたい所だが』
また大きくなったら、龍青様や私達に悪さするかもしれないから、
その方がいいのかなって私も思うけれど、
遊び相手も居なくて、ずっと閉じ込められるのはな……とも思うので、
私は小さくして様子を見たいとお願いした。
そんなわけで、どこかの牢屋に閉じ込めたりしない代わりに、
何百、何千年もの間、あのおじさんはずっと子ども姿で過ごすことになった。
私の郷ではたらく、小さな「はたらき手」として……。
あれが本当は水神様だったなんて、郷のみんなは言っても信じないだろうな。
そう話が決まって、翁おじいちゃんはこくりとうなずく。
『そうじゃのう……無力な子供時代を過ごし、頭を冷やすとよいな。
緑王、おぬしが治めていた水源の民には笑顔があまりない、
だから龍青のせがれが治める水源に住む民達……。
彼らから学んでみなさい。おぬしに何が足りなかったのかを、そこでな』
河童のおじさんには、年の近い水神と仲良くなかったのもあり、
そのせいか、思いやりに欠け、気性とやらが荒いことを、
亀の翁おじいちゃんはとても気にしていたらしい。
だから龍青様の水源がある、私の郷に置いてほしいと頼まれた。
額に、呪いがほどこされた金冠を付ける形でだ。
これは、前にミズチおじちゃんが付けられた手かせのような物らしい。
『ま、いいんじゃねえの?
あそこなら龍青と俺様の結界に阻まれて逃げられねえし。
その姿で悪さをしようものなら、生きてはいけねえだろうしな』
じゃらりと、鎖の音を立てながらミズチおじちゃんは、
自分に着けられている手かせを見て言った。
『キュ……』
『だからえーと……そうだ。
嬢ちゃんの下僕にしちまえばいいんじゃねえの?』
『キュ?』
げぼくって何?
『なっ、こ、この余を小娘の下僕にするだとお!!』
塩まみれからようやく解放された河童の子どもが、
みんなの話を聞いて飛び上がり、足元でなんかキイキイ言っている。
『……不服なら、また塩もみの刑にするか?』
そこへ背後から、怖い顔をしたハクお兄ちゃんがやって来て、
塩の入った大きなツボを片腕で抱えて戻って来た。
話の途中でどこかへ行ったかと思ったら、そんなものを持ってきたのか。
もう片方の手には、すでに塩がにぎられている。
『……ひいっ!?』
緑王がそれを見て、飛び上がって震えている。
『今度は、このぼくが妹分の代わりにやってあげてもいいぞ?
ぼくも一応、おまえに監禁された哀れな被害者だからな。
潮風と海水に囲まれた我らの主様の神聖な社へ連れて行き、
毎日毎日、ぼろ雑巾のようにこき使ってやってもいい。
気に入らなければ、すぐに目の前の海へ重しを付けて沈めてやれるからな』
ハクお兄ちゃんが赤い目をきらんと光らせている。
その時のハクお兄ちゃんは、さっきの私と同じくらいに怒っていたのだろう。
大事な主様を害そうとしたのだから当然だろうけど。
そうしたら『あたしもやりたい』と、ハクお兄ちゃんの足元で、
ぴょこぴょこと青水龍のあの子まで手をあげている。
『あたしも、閉じ込められたもの!』
『キュ』
うん、そうだよね。私もうなずいた。
『……ああ言っているが、緑王、おまえが選べ。
生涯塩もみの刑か、それとも子どもになって一からやり直すか』
『……っ!』
『大事な婚約者をさらわれた俺としては、
おまえを八つ裂きにしても飽き足らぬのだがな。
ああ、こんなに姫が俺以外の奴のために涙を流すなんて……。
よしよし可哀そうに』
龍青様が私の頭をなでながら、静かな声でそう言った。
河童のおじさんの治めていた水域は、
亀の水神、翁おじいちゃんが長として没収した。
そして今は龍青様の水源の一つとして、お兄さんに管理されるようになった。
他所の水神のものを奪おうと、欲を出したばっかりに、
嫌いな相手の元に大事なものが流れた形になったのだ。
河童一族はそんなわけで、水神の一柱という大事なお役目までなくなった。
その辺に居る、ただの河童のあやかしと同じになったらしい。
よくわからないけど、龍青様はそうして新しい水源を手に入れたから、
また水神様として立派になったんだよね。
※ ※ ※ ※
「キュ」
そして私には変わらない毎日が戻って来た。
郷へ無事に帰って来てからも遊んで食べて、食っちゃ寝の日々。
それでかか様に怒られてお勉強もがんばる。
龍青様に抱っこしてもらうのは、私の一番の幸せだ。
そんな中、ちょっと変わったことと言えば……。
「――ねえ、遊びましょ」
「キュ?」
木陰で休んでいる龍青様の膝の上は気持ちよくて、
ごろごろしていたら私の顔をのぞき込む子がいた。
お兄さんより、うろこの色が少し薄いその子は、
「つゆ草」と仮の名前が付けられた。
名付け親は私のとと様、
悪い水神様に目を付けられたことに、たいそう心を痛め、
娘である私のようにならないようにと、先に仮の名前が付けられたんだ。
……ここで、なぜ私の龍青様の事が出されるのかと思ったけど、
先代の水神、龍青様のとと様のことがあるので、だまっておいた。
『名付け親となった者とは、どうしてもその者と縁が出来るからな、
何かあれば親代わりに面倒を見てやれる』
私が龍青様によって先に名前を付けてもらった時に、
すごくとと様に嫌がられていたのも、
自分の子どもに、首輪をつけられたような感じに思われたらしい。
あの日から自由になった青水龍の子ども……つゆ草は、
親が見つかるまでの間、郷の長をしているうちで預かることになった。
年の近い、龍の娘がいる私の巣に居た方がいいだろうという話だった。
最初は、知らない龍族、それも自分とは違う紅炎龍が多いその中で、
おっかなびっくりで過ごしていたつゆ草だけれど、
たった一匹だけ白龍の私のかか様を見て、何か思い直したのか、
今はもう慣れたもので、この郷の中を気に入ってよく駆け回っている。
あの子のたくましさに、かか様には「見習いなさい」と言われたよ。
私はつゆ草に遊びに誘われて、龍青様の顔を見上げる。
遊びに行っていい? と言いたげにしたら、
龍青様が頭をなでてくれて、「行っておいで」と笑いかけてくれた。
「姫に同じ年頃の遊び相手が出来たのは良いことだ。
俺はここで見守っているからね?」
「キュイ」
ぎゅっと龍青様に抱き着いた後、
いそいそと膝の上から降り、手をつないで歩き出す。
そういえば……とつないだ手を見おろして、
「もう平気なの?」とキュイっと聞いてみた。
「なにが?」
「キュ……」
私と手をつなぐの、前に嫌がっていたよね。
そう私がキュイキュイと話したら……。
「何言っているのよ。もう一緒に遊んでいるんだから友達じゃない。
友達はね。そんなことで嫌がったりしないものなのよ。
それに、一緒に暮らしている仲じゃない。
もう仲間とか、家族みたいなものでしょ? あたし達」
笑って言われたので、私は小さな自分のしっぽをゆらゆらと振った。
今は同じ巣で、私のとと様とかか様に守られながら、仲良く眠っているし、
言われてみればそうなのかな。
「それにね。ここに居るとあたしの方が珍しいと思うわ。
ほとんどが紅炎龍で、その中に青水龍の子どもが居るんだもの」
「キュイ」
そう言えばそうだね。
「ここは他の龍種でも仲良く暮らせるところなのね。
こうしてみると……あたし、小さな世界しか知らなかったんだわ」
「キュイ」
龍青様に用意してもらっていた砂場に行き、一緒にお山を作る。
この子を連れてきた偽物の両親は、記憶と水の加護を奪われ、野に放たれた。
水の属性を持つのに、水に縁がないなど……あの二匹にはとても辛い罰だろう。
それだけ、龍の子どもに手を出した同族を、
私の事を悪く言ったことを龍青様は許さなかった。
つゆ草については、私に自分からあやまれた事と、
事情があることを考えて、お許しが出たのだ。
そういえば……あれ以来、この子は龍青様に見向きもしなくなったな。
お兄さんを近くで見かけても、頭を下げるだけだし、
私と一緒に居ても、言葉も交わさないことがほとんどだ。
木陰で休んでいる龍青様をちらっと見つつ、私は振り返る。
もう龍青様の嫁になることはいいのって聞いてみたら……。
つゆ草はちょっと考えて、首を振った。
「うーん? 考えてもみたんだけど、
あたし、水神様の嫁ってやっぱり無理だわ。
恐れ多くて、一緒に居るだけで私のうろこがピリピリするもの。
あたしはあなたみたいに、そこまで思い入れがあるわけじゃないし、
他の水神様とも、あんな風にやりあうのも嫌だわ」
「キュイ」
あんな風……というのは、あの塩もみきゅうりの事だろう。
「それに……元々はね? 私が嫁になるのを望んでいたのは、
あたしのお父さんとお母さんに会わせてやるって話があったからだし、
何不自由なくってわけでもなさそう、あんな水神様も居るってなるとね」
ちらっとつゆ草が見たのは、緑色の河童の方……。
さすがに、あれでこりたようだ。
「キュ」
そうなんだ。
「あなたは……あの方の嫁になるつもりなんでしょ?」
龍青様が居る方をちらっと見て、つゆ草は言う。
「キュ」
だから、そうだよとうなずく。
私ね。お兄さんと一緒に居ると、とっても幸せなの。
かか様やとと様とはちがう、優しくてあったかくて安心する匂いなの。
これからもずっと仲良しで、一緒に居たいんだ。
「でも、そのせいであの緑のヤツにも狙われていたんでしょう?
……また、怖い思いするかもしれないわよ?」
「キュ」
それでも、私は嫁になりたいんだよ。
今よりもっと強くなって、私はお兄さんを守ってあげるからいいの。
辛いことばかりじゃないよ。たくさんのすきな事を教えてくれるし、
龍青様が居てくれて私は生き延びられたんだから。
こうして私が郷で元気に過ごせるのは、あのお兄さんが助けてくれるからだもの。
「そう……それが本能で番を見つけると言うことなのね。
あたしにはそういうの、まだよく分からないけれど……。
まあ、あたしはもう邪魔したりする気はないから、安心してなさい」
ぺたぺたと砂をお山の形に作りながら、つゆ草は私にこう話をつづける。
「……あのね? 実はあたしのお父さんとお母さんが見つかったの」
「キュ?」
ほんと!?
砂で遊んでいた手を止めて、顔を見上げる。
つゆ草の両親は、ずっと自分の子どもを探しているせいか移動を続けていて、
龍青様の水鏡で見つけても、使いの者を寄こした時にすれちがっていたんだ。
それでミズチのおじちゃんや亀の翁おじいちゃんが手伝ってくれて、
昨日、ようやく連絡が取れたらしい。
じゃあ、もう会えなくなっちゃうんだね……私はしょぼんとうつむいた。
つゆ草が元の群れに戻るのなら、この郷よりずっと遠い地なんだろう。
ここに居るのは、とと様とかか様が見つかるまでの間だったし……。
そうしたら、こうして遊ぶことは出来なくなっちゃうよね。
もしかしたら、もう二度と会えないことだってあるだろう。
「……っ、そ、そのことなんだけどね? 主様があなたさえよければ、
あたしのお父さんとお母さんも、この郷で一緒に暮らしてもいいって、
そう仰ってくださったの」
「キュ?」
私は龍青様を振りかえる。
この郷のことは龍青様が決めていることも多いし、
お兄さんが認めなかったら、ここで暮らしていくことは許されないんだよね。
龍青様は話を聞いていたのか、私達に近づき静かにうなずいていた。
「もちろん、この娘のご両親の意向も聞いてだけどね。
長である姫のご両親には、許可をもらっていて……。
それに同じ群れの中で、自分の娘が仲間にさらわれたのだとなれば、
もう元の場所で暮らしていくのは出来ないだろう」
仲間によって連れ去られたんだもんね。
閉ざされた世界で、群れの助け合いが必要なのに、
それを裏切られたとなれば、そこで共に暮らす意味はなくなる。
居場所が知られているなら、私の時みたいに狙われるかもしれない。
だからと言って、群れで暮らすのに慣れた龍が、
群れから外れて生き延びるのも大変だと言うし。
雌は数が少ないから、めったに郷の外へ出すことは許されないらしいけど、
そこは龍青様がなんとか取り計らってくれるそうだ。
「あの……いいかな? ここ、居心地良いから居たいなって。
みんなあたしが青水龍でも、とってもやさしくしてくれるし」
だから私は、つゆ草の両手をぎゅっとにぎった。
私とそんなに変わらないくらいの、とてもとても小さな手を。
「キュイ」
もちろんいいよ! じゃあ、またいつか私と遊んでくれる?
今度こそ一緒にかくれんぼとかしたいな。
「……っ、ええ、きっとよ!」
「キュ」
約束ね。
そうして、お互いにしっぽをぶんぶんと振りながら、
私達はまた会う約束をした。初めて龍のお友達と交わした約束だった。
それからすぐに迎えに来てくれた両親と再会したつゆ草は、
泣きながら抱き合い、一度、けじめとして暮らしていた郷に戻るべく、
私達の龍の郷を出て行くことになった。
龍青様に抱っこされた私は、郷のみんなとその姿を見送る。
とても幸せそうな、友達の姿を……。
「キュ―イ!」
「またね――っ! 桃――っ!!」
元気でねと、小さな手が互いにふりふりと振り返される。
お土産には、私が畑で採ったばかりのきゅうりをあげた。
出会ったころとはちがう、とっても気持ちのいい別れ方。
龍青様に「よかったね」となでられながらも、少しだけしんみりとなってしまう。
ちょっとの間とはいえ、
一緒に過ごした誰かとお別れをするのはやっぱりさびしい。
私は遠ざかる龍の親子を、姿が見えなくなるまでいつまでも見送る。
……またきっと、いつか会えるよね?
「……」
この郷は水神様に守られた場所だったけど、外に出たら危険が付きまとう。
それを知っている私は、無事にまた会えるか不安だったんだ。
外の世界には、あの怖い人間が私達を狙っているんだもの。
「道中、無事なように守りの呪いをしてあるから大丈夫だよ。
さあ……じゃあ俺達もそろそろ帰ろうか、姫」
「キュ」
あの子の姿が見えなくなると、すんと鼻を鳴らし、
私は龍青様になぐさめられながら、来た道を引き返す。
きっとまたすぐに、この郷には私とあの子の笑い声がひびくことになるよって、
龍青様が言ってくれたので、私はこくりとうなずく。
その時は龍青様も一緒に子どもの姿になってね?
それでハクお兄ちゃんもミズチおじちゃんも誘って、
緑王のおじさんも、良い子にしていたら誘ってあげてね、みんなで遊ぶの。
かくれんぼを、みんなで。
私が両手をぱたぱたと動かし、そんな事を言ったら、
龍青様は笑って返事をしてくれた。
「では、その時が楽しみだね」
「キュイ」
うん、とっても楽しみだよ。
だってここには、龍青様と、みんなが居てくれるんだもの。
私はそう言いながら、キュイっと鳴いて、
ひと夏の楽しかった思い出が過ぎようとしていた――……。
~河童編・終~




