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河童編・14




 神様同士の「かくれんぼ」は、龍青様の方が得意みたい。


 でも、どうやって龍青様は小さくなっているんだろう? 

ここは黄泉の世界でもないのに……。


 そう思っていた私に、龍青様はもう一つの道具を見せてくれた。


「キュ?」


 手に持っていたのは、きらきらと金色に輝いている小さな小づち。

それは私が「いらない」と言って、龍青様に預かってもらっていたもの。

水神の長、亀のおきなおじいちゃんを助けたお礼でもらった。

あの打ち出の小づちだった。



「姫を見つける前に、敵に俺のことを気取られて騒がれると困るからね。

 これを預かっていたから、この姿で水域へ楽に介入できたんだ。

 アレが“子どもは無力だ”と、あなどっていたおかげだね。

 まさか奴も、俺が子どもの姿になれるとは思ってもみないだろう」


「た、確かにあの水神なら、

 子どもにはそんなこと出来ないと思うでしょうね」



 ハクお兄ちゃんがそれを聞いてうなずいた。


 言われてみて思い出した。この小づちには思い通りのものを出したり、

小さくなったり、大きくなったり出来るんだったね。

前に私はえらい目に遭ったんだけど……。


 誰かの持ち物を出す事とかも出来ないので、

「龍青様の脱ぎたての着物」を必死におねだりしても、出てこなかった……。


 だから、私がほしい物は何も手に入らなかったので、

龍青様に使っていいよとも言って、持っていてもらった。

このお兄さんなら、きっとちゃんとした使い道が出来ると思ったから。

それにしても着物……欲しかったな。



「一応、この小づちは姫が所有者になっているが、

 俺は姫に直接使用することを許してもらっているからね。

 ここの結界は“子どもを中に閉じ込める”という、

 特殊なまじない入りの結界だった。

 外から俺が無理に壊して、姫達に何か障りがあっても困るからね」



 だから一度子どもの姿で中に潜りこみ、

内側から壊してしまおう……ということらしい。

なるほど、と私はこっくりとうなずく。


「キュイ」



 龍青様が言うには、ここで私が成体になるまで飼いならすつもりだったらしく、

大きくなれば、この結界が壊れて外に出られる仕組みなんだって。

それから無理やり、自分の嫁にでもしようとしたんだろうと教えてくれた。

じゃあ早く出ようといった私に、龍青様は困った顔で頭をなでてくる。



「いや……そうも考えたが、今は少し休もうか。

 姫はそろそろお昼寝の時間だろうからね」


「キュ?」



 気を張っていたから、疲れているはずだよと、

その場に寝かしつけられ、ぽんぽんされた。


 でも……と私が言ったけれど、まぶたがとろんとしてきて、

横を見たら青水龍の子もくわっとあくびを始めた。

龍青様が来てくれたから安心しちゃったのかな。


 私は眠くなった目をこすりながら、龍青様の手をつないで、

「じゃあ、ずっといっしょに居てくれる……?」 と聞いた。

どこかに行っちゃやだよ。せっかく会えたんだもの。


 目が覚めたらこれは夢で、会えなくなる気がしたんだもの。

そうしたら私泣いちゃう。



「キュ……」


「……大丈夫だ。これは本当だから、そばに居るよ」



 ほんとう? なら……と素直に横に寝転がって、ぽんぽんされる。

私は着ている着物を脱いで龍青様と私の体の上にそれをかけた。


 すぐに私は龍青様の手をつなぎながら、

またあとでね。そうだねって話しながら……。

すう……と寝息を立てて眠り込む。


 私にとって龍青様の匂いは、ずっと嗅ぎなれた匂い。

とと様とかか様と同じくらいに安心する匂い。

お花とはちがう、香の甘い匂いで包み込んでくれる。



“もう大丈夫だ”


 そう、あのころから……そう言われてずっと傍で嗅いで覚えた匂いだから、

私はすっかりこの匂いを嗅ぐと安心しきってしまう。

だから、怖い水神様が居る水域なのに、すぴすぴと眠り込んだ私は、

そのままふしぎな夢を見たんだ。




※  ※  ※  ※



――……。



 とてとてと見知らぬ道を歩く。辺りは水の匂いと木々の匂い。


 ここはどこだろう? なんとなく夢の世界だということは分かるけれど、

いつも龍青様が連れて行ってくれる。お花畑とはちょっとちがうみたい。

また変な所に迷い込んでしまったのだろうか。


 だけど大丈夫、もう龍青様のとと様に鈴の使い方を教えてもらったもの。

私は鈴を鳴らして「龍青様の居る方へ連れて行って」とお願いする。

すると銀色に光って、辺りが少しずつ変わっていくのに気づいた。



「……キュ?」


 どれだけ待っただろうか。

先を見れば、遠い所で小さな龍の子どもが体を丸めていた。

青水龍……の子だ。


 もしかして、あの子かなと思って近づいたら、

それはちがって、よく見たら小さなころの龍青様だということに気づく。


 私くらいの子どもの姿の龍青様が、

見知らぬ人型の子どもにいじめられていたのだ。


 肌が……緑色の子どもに……ん?


 てっきり見知らぬ子どもと思っていたが、

なんだか、もう会っているヤツの顔に見えてきたぞ?



「おまえ! 生意気なんだよ!!

 父親があれだけの騒ぎを起こしておいて、まだ自死すらしないとは!!

 それもなんだ? 父親の後を継ぐだと? 正気で言っているのかっ!!」


「……っ!」


「穢れをまき散らした雄の子どもなんかに、居場所なんてすでにない! 

 水神には、おまえのような存在など不要だ!!」



 小さくて可愛い子どもの龍青様を、

緑色の肌をした……河童の子どもらしき者が踏みつけている。

龍青様は抵抗せず、頭を抱えながら丸まり、

歯を食いしばりながらぐっと耐えているようだった。


 大変だ。なんだかよく分からないけれど、

小さな龍青様がいじめられているじゃないか!

私の龍青様になんてことするんだ!!



「キュ!」


 小さな龍青様、いじめちゃだめっ!

あわてて駆け寄って、いじめている河童の子どもに飛び掛かろうとした――が。


「キュ!?」


 ――すかっ。


 目の前に居た河童の子どもも龍青様もすり抜けてしまい、消えてしまった。

突撃する相手が居なくなったことで、そのままぱたりと倒れこんでしまう私。



「……キュ?」



 あれ? さっきまでここに居たのに……。


 どこだ、どこに逃げたと、きょろきょろと辺りを見回してみると、

今度は後ろから亀のおじいちゃんの声がした。



「――……なぜ、やり返さなかった? それ位の力は付けているだろうに」



 振り返るとそこには、さっきより傷だらけになった小さな龍青様と、

亀のおじいちゃんの姿があった。


 さっきまで居た河童の子どもは居なくなっている……。

おのれ逃げ足が速いな。今度見つけたらお兄さんの代わりにやっつけておこう。

龍青様が泣いちゃったら大変だもの。


 私はしっぽをぶんぶんと振ってうなずく。

そういえば……あの河童の子ども、どこかで見たような顔だな……と思ったら、

私達を閉じ込めたヤツに似ていると思い出した。

ということは、やっぱりヤツが龍青様をいじめていたのか! ゆ、ゆるせん。



「……ぼくが今、ここで無理に抵抗でもして刺激してしまったら、

 ぼくのことを命がけでかばってくれた皆に示しがつかないでしょう。

 今のぼくには信用がない。大罪をおかした父の息子として責められるのは……。

 きっと、しかたのないことなのでしょう」



 龍青様の両手には白銀色の鈴がある。

私は思わず足に結ばれた鈴を見た。同じものだ。


 じゃあ、この夢は鈴が私に見せているものなの?



「キュ……?」


「どんなに今の立場が辛くても、

 相手を刺激せずに受け入れ、耐えた方がいいと……」



 すると、亀の……翁のおじちゃんは眉毛をさらに下げて、

地面の上で丸まっている龍青様の頭をなでる。

私も「いいこいいこ」する! と駆け寄って手を伸ばしてみたものの、

私の手はするーんと通り抜けてしまった。そのまま、ころんと転がる。


 なんで? 私もなーでーたーいいいいっ! 


 キュイキュイと寝転がりながら抗議の声を上げるも、

龍青様も翁のおじいちゃんも私のことに気づいてくれない。

むう……また無視された。それとも……やっぱり私の事は見えないのかな。

前に夢を見た時と同じように……。



「……キュ」



 しかたないから、となりにちょこんと並んで座ることにした。



「ほんにおぬしは不器用じゃのう。わしに助けを求めても良かっただろうに。

 おぬしの父親の一件で、水神仲間も今は荒れてはおるが、

 ああなる前のあやつの働きは皆も知っておる。恩を持つ者も居るだろう。

 だからこそ、ほとんどの水神はおまえの助命にうなずき、

 機会を与えても良いのではと許したのだぞ」



 翁のおじいちゃんが言うには、

龍青様のとと様は、昔とっても良い水神様だったらしい。

まじめで、他の水神の悩みにも自分の事のように助けてくれたりしたとか。

息子の龍青様は、そのころにとても似ているのだと話していた。



「おぬしが父のようにならぬよう、気を付けているのは分かっておる。

 だが、おぬしはまだ子どもだ。未熟ゆえに出来ぬことも多いだろう。

 周りを頼っても、何もおかしいことはあるまいて」


「……おきな様には、

 ぼくや屋敷の者達を匿ってくれただけでも感謝しています。

 ですが、父が白龍の一族にかけてしまった呪いがまだ残っている。

 いつかきっと、父は亡霊として復活するでしょう」


「そうだな……」


「ぼくは、息子として父が起こしてしまった罪の責任を取らなければいけない。

 きちんと水神となって、生贄に選ばれた娘を助けてやらなくちゃいけないから。

 少しでも立場を良くし、少しでも力を多く残しておかないと」



 これはもしかして……龍青様の昔にあったものなんだろうか。

私が知らない、生まれても居なかったころのお兄さんの。



 じゃあ私のため? 私のために神様にならないといけないから、

龍青様はさっき何も出来なかったの?


 

 龍青様が私を助けるために、自分の身も守れなかったなんて……。

こんな小さなころから、辛い思いをしてきたんだと思うと、すごく悲しくなった。

龍の子どもは皆に守られて、可愛がられるものだっていうのに、

私のせいでいっぱいいっぱいがまんして、痛い思い、怖い思いをして、

それなのに、こんなにやさしい龍青様のことをいじめるヤツが居るなんて。



「キュイ……キュイキュイ」



 私、むずかしいことは分からないこと多いけど……でも、

お兄さんが私のことを守ってくれたから、今はこうして生きていられる。

だから私もお兄さんのこと守るよ。龍青様のこと、私は大すきだから。

きっときっと守るよ……と小さな龍青様の頬に私の口をくっ付けた。


 さわることは出来ないけれど、このころの龍青様は私のことを知らないけれど、

伝わるといいなと思いながら、そっと目を閉じる。


 足元の鈴が銀色に光り、ちりん……と小さな音を立てた。



 ※  ※  ※ ※




「キュ……?」


「――……ああ、姫、起きたかい?」



 目を開けると、目の前に小さな子ども姿の龍青様の顔、

となりでころんと寝転がったまま、私のことを見つめていた。


 私と同じくらいの龍の姿なので、なんだかふしぎな感じだ。

あれからずっと私のことを守るように、ぎゅっと抱きしめてくれていたらしい。

こんなに小さくても、龍青様は私の知っている龍青様のままで安心する。


 おはようとキュイっと鳴くと、龍青様は目元を細めて笑いかけてくれた。



「ああ、おはよう姫」


 そばでずっと、私のことを見てくれていたのがうれしくて、

夢の中のことも思い出したせいか、龍青様……とお兄さんの名前を呼んで、

私はキュイキュイっと鳴きながら龍青様に抱き着いた。



「姫?」


 すん、すんすん……。



「キュイイイ……」


「……どうしたんだい? 怖い夢でも見たのかな?」



 龍青様に頭をなでられながら、私はゆっくりと顔を上げた。


 ううん……あのね? 私思うんだけど、龍青様が子どもの頃に会いたかった。

そうすれば子ども同士で遊べたし、龍青様も私もさびしくなかったものね。

私は夢の中のことを思い出しながら、そうすればね?

ずっと一緒に居られたなって思ったんだ。




「……うん、そうだね。姫が幼いころから俺の傍に居てくれたら、

 きっと毎日が楽しく過ごせただろうね。

 でも……俺は成体の頃で良かったと思うよ」


「キュ?」


「そうでなかったら、姫に守りの鈴を渡してあげられなかったし、

 こうして傍で守ってあげられなかったからね。

 子どもの頃の俺は、本当に弱くて何も出来なかったから……」


「キュイ……」


 


 子どものころの自分は、頼りないとか思っちゃうのかな。



(そんなことないのに)



 だって、龍青様が一緒だと、こんなにも安心するもの。

おんぶとか抱っこしてもらえないのは、ちょっと寂しいかなとも思うけど、

どっちの龍青様でも、私は大すきなんだよとキュイキュイと伝えたら、

龍青様は嬉しそうに「うん、わかっているよ」と笑ってくれた。



「……あの……主様、ぼく達の事を忘れていませんか?」


「キュ?」


「ああ、おまえ達も起きたのか」



 起き上がると、ハクお兄ちゃんが人型の姿で膝を抱え、

こちらをうらめし気にじいっと見ている。


「おまえばっかり」と言いたげな目をしているな。

だけどこれは、私の“とっけん”というものなのだ。


 私達の近くで、目をこすって起き上がった青水龍の子どもの姿もあった。

周りをきょろきょろとみて、今の様子を思い出したのだろう。

また泣きそうな顔でうつむいたので、私は隣に居た龍青様に振り返り、

あのね……と話しかけて、さっきこの子から聞いたことを話そうと思った。



「ああ……あの偽物の夫婦に無理やり連れてこられたのだろう?

 そう思って、先に子どもから引き離して、事情を聞こうと思っていたんだ。

 あれが一緒に居ては、怖くて話すことは出来ないかもしれないと思ってね」


「……っ!」



 それを聞いて、ぱっと顔をあげてあの子がこちらを見てくる。

龍青様はやっぱりすごいね。もうそれだけのことが分かっていたんだ。

……そういえば、龍青様は相手の目を見るだけで、

過去に起きたことを知ることが出来たんだよね。

前に私もそれで助けてもらったんだもの。



「キュ」



 でも、その後にこの子から話を聞こうとしたら、

怖がって逃げ出しちゃったから……話は聞けなかったんだ。



「そうだね。だから姫にこの子どものことは任せていたんだよ。

 姫は種族が違うが、年頃の近い子の方が話を聞きやすいだろう?」


 龍青様はちらりと傍にいた青水龍の子どもを見つめる。

「姫にしたことは許せないが……きちんと謝ってくれたようだし」と、

龍青様は私の頭をなでながら顔をのぞき込む。



「キュイ」



 さて、それでは姫はどうしたい? と聞かれたので、

この子を助けてあげてほしいってお願いした。

仲間に連れ去られたそうだから、本当の親の元に帰してあげたいんだ。


 とと様とかか様とはぐれて、心細い気持ちは私が一番よく分かっているもの。

だから。この子の親を見つけてほしいってお願いしたんだ。


 それと私の時みたいに、子どもを利用するようなヤツから守ってほしいって。





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