河童編・13
「キュ?」
それから、かしこい私は考えた。
どうやら、河童のおじさんは私の態度が何やらお気に召さないらしい。
かといって、私は子どもをさらうようなヤツを喜ばせる気はないんだよね。
「キュ~?」
私は手元の小石を見る。
そうか、おもちゃもない位にここは貧しいから、私達にいじわるしているの?
ごめんね気づかなくて、残ったしいの実があるけど少しあげようか?
これね? くるくるってコマみたいに回せて面白いんだよ。
私はとっても優しい子だからね。
いじわるせずに近くに置いていたしいの実のひとつを、
河童のおじさんの手の上にちょこんと乗せてあげることにした。
えっと、「めぐんであげる」ね?
「……は?」
「――かっぱのおじさんは、おもちゃをもってないから、かわいそう。
けちで、おもちゃをもってない、かっぱのおじさん。
かいしょうなしのかっぱのおじさん。
つるつるぴっか、ハゲつるぴっか、ぴっかぴか~」
結界の壁にがりがりと、思うままに文字を書くと、
青い子がそれを見て口に出して、すらすらと読んでくれるので、
字を読むの上手だねって、私は一緒になってキュイキュイと笑う。
ハクお兄ちゃんの口から「ぷっ!」と笑い声がもれ、
あわててせき込む姿が見られた。
「ちょっ、待て、余のほどこした結界を、
ただの落書き板にするとは何事か!?
というか、この余が、か、かいしょうなし!? 可哀そうだと?
もしや憐れまれているのかっ!? こんなちびどもに!!」
何がだめなんだろうか? 他にこれ使い道あるの?
てっきりみんな白いから、好きに遊んでいいよって意味なのかと思った。
ちゃんと話しておいてくれないと困るじゃないか。
「……つまり、ここを……あ、遊び場としか考えていないのか?」
「キュ?」
そうだよ。
がりがりと壁に描きながら私はお返事する。
紙は貴重なものだから、私は龍青様のお手紙を書くためにしか使ってないし。
それか、龍青様の書き損じた紙の隅に使うくらいだもの。
どうせなら、この結界も大きいものにしてくれたら、もっと描けるのにな。
さて、めいっぱいお絵描きしたし、
またみんなで手まりをころころしようかな。
私は手をはたき手まりを呼び寄せて、ハクお兄ちゃんたちも誘う。
ハクお兄ちゃんも青い子も、こちらをさっきから無言で見下ろしている、
河童の水神、「ハゲつるぴっかのおじさん」をちらちらと見ては、
一緒になって遊んでくれるが、私はそれからおじさんを無視した。
「お、おい小娘」
「……」
かいしょうなしの河童のおじさんは、
さっきから上で私に話しかけてきては無視されているので、
ただ呆然とこちらを眺めているだけだ。
……もしかして私達と一緒に混ざりたいのかな?
だめだよ。おじさんは“お子様”じゃないもの。
お子様じゃないから、ここには一緒に入れないでしょ?
桃をくれないばかりか、遊び道具もくれないおじさんにもう用はないのだ。
私にかまってほしいのなら、それ相応のものを用意してくれないとね。
でも龍青様よりも出来ないし、いじわるでけちんぼだし……。
この様子じゃ期待とかはしてないけどね。
「ぐ、ぐぬぬ……余があの龍青よりも劣るだと? 心が狭いと申すか!って、
しっしっと嫌そうな顔で余を手で払いのけようとするなっ! 小娘が!!」
そう言ってまた怒った顔で飛び出していったので、私達は顔を見合わせる。
「い、行ったのか?」
「キュ」
きっと子どもが遊べるおもちゃを探しに行ったと思うので、
私はこれで少しは良くなるかなと、後ろにころんと寝転がった。
次はみんなが休める「敷物」でも用意してもらおう。
あったかい寝床は必要だものね。
他に必要なものはある? キュイっと二匹に聞いてみる。
「おい、もしかして……おまえ」
「キュ」
私はうなずいた。
あのおじさん。龍青様のことをやたらと気にしているみたいだから、
それをわざと出したら聞いてくれるかな~って思ったんだ。
べつに、あのおじさんの嫁になることを、
条件にしたわけじゃないし、いいよね?
これは客としての当然の要求なのだ。
それにあっちが勝手にしていることだものね。
「……キュ」
目の前には真っ白な天井が見える。
これまでの調べで、あそこが出入り口になっているのが分かった。
入口が開けられたときだけは鈴が使えるみたいだし。
なら、もうそう簡単には手出しはされないだろう。
しばらくは無事でいられるかなって思ったんだよって。
「……神との駆け引きをするなんて、おまえは怖いもの知らずか」
「キュ?」
ハクお兄ちゃんがあきれた顔で私の方を見ている。
だって、私は龍青様の所に帰るつもりだから、強くならないといけないもの。
他のいじわるな神様なんて、お呼びじゃないのだ。
※ ※ ※ ※
その後、あの河童のおじさんの帰りを待っても、なかなか帰ってこなかった。
いったい、どこまで行ってしまったんだか。
ハクお兄ちゃんが言うには、
「陸へ探しに行っただろうから、しばらく帰ってこないだろう」
……と。
子ども嫌いな水神様だから、子どもが喜ぶような道具は持っていないよね。
たぶんそれが何かも、きっと思いつかないんじゃないかなと。
なら、少し時間ができるかと思い、私達は丸くなって顔を近づけていて、
これからどうするかをまた話していたら、部屋の隅が光っているのを見かけた。
さっき私が描いた「龍青様の社の鳥居」の絵の一つが、銀色に光っている。
何だろうとそれに近づいてみると……。
私のしっぽがぶんぶんと反応する。おや、この反応……。
ちりん……ちりんちりん、ちりりん!
「キュ」
すると今度は急に鈴が震えて反応し、銀色に光る。
これは……龍青様が私のことをどこかで呼んでいる合図だ。
――”いいかい? 姫、神を呼び出す時にはね……。
龍青様は前に私に教えてくれた。私でも神様とつながれる方法を。
だから私は急ぎ、うつ伏せに寝転んで、お兄さんを呼び出す儀式を行った。
鈴の音は、神様を呼び出すための大切なものだから。
手足をじたばたさせて、龍青様に聞こえるように鈴を鳴らす。
ちりんちりん……ちりんちりん。
「キュイイ!」
届いて、お兄さんに、龍青様に届いて!
夢中になって何度も鳴らす鈴の音は、まだ銀色に光っている。
どこに居るんだろう、もう近くに来ているのかな、それともちがうの?
敵に気づかれる前に届いてほしいと、私は何度も鈴を鳴らした。
おねがい、龍青様をここに導いて!
すると鈴が金色へと変わり、黄泉の国で見た金色の花が辺りに舞う。
床から一面の花が芽吹き、辺りを光の色で満たしたかと思えば、
私の描いた鳥居の絵が、次から次に光りだし、道が出来て私の方へと――……。
「――そこか!!」
鳥居の向こうから聞こえてくる声、
その絵の中から、私くらいの青水龍の子どもが、
ぴょこっと顔だけを出して来たではないか。
「姫!?」
「……キュ?」
その声は、幼くなった頃の龍青様のもの。
私の耳がぴくぴくっと反応する。
「ま、待っていろ。すぐそっちに行くからな!!」
少し焦ったような声が私の名を呼んでくれる。
すぐに子どもの姿になっている龍青様が、
私の描いた鳥居の下をくぐるように、結界をぐぐぐっと通り抜けて姿を現した。
黄泉の世界で見た。あの小さくて可愛い龍青様が居る!
見つけてくれた! 龍青様はやっぱりすごいねと私は嬉しさのあまり、
しっぽをぶんぶんと振って、子ども姿の龍青様に駆け寄り、飛びついた。
「キュー!」
「うわっ!?」
「キュ、キュイイ!!」
そのまま一緒にころんと転がって、小さなお兄さんにしがみ付く。
「……っ、姫……良かった。心配したよ?」
「キュ、キュイイ、キュイイ!」
私のことを受け止めて頭をなでてくれる。龍青様の手。
会えた。やっぱり迎えに来てくれた!
龍青様に会ったとたんに、私の目から涙がぶわああっと、あふれた。
すんすん鼻を鳴らしながら、抱っことねだりながら龍青様にしがみ付く。
会えた。良かったよ会えたよ。
もう会えなくなったらどうしようかと思っちゃった。
私と同じくらいの背丈に、またなっているのが不思議だったけれど、
会えてすごく嬉しい。すごくすごく嬉しかった。
「姫、迎えに来たよ……怪我はなかったかい?」
「キュイ……」
頬に手を当ててきたお兄さんに私はうなずく。
ハクお兄ちゃんなんかは、
「主様が小さくなってるううう~」
と何やら驚いていたけれど無視。
今、すごくいい所なんだから、邪魔しないでくれるかな?
青水龍の子は「これがあの時の主様……?」とびっくりしていた。
うん、私もびっくりした。子どもの姿になっているんだものね。
でもこの姿の龍青様は、あんまり怖がってないみたいだな、この子。
やっぱり神様になる前の姿だからかな。
「キュ」
ちょっと不安だったけれど 龍青様が私のことを迎えに来てくれるから、
だから「自分のできることで、がんばったんだよ」とキュイと言ったら、
龍青様が私のことをぎゅううっと抱きしめてくれた。
「今はこんな姿だから、姫に抱っこやおんぶはしてやれないけれど、
えらかったね姫……もう大丈夫だよ」
私はまたうなずいた。お兄さんが居てくれるから、もう大丈夫。
きっときっと大丈夫だよね?
「お、おまえ……さっきはあんなにふてぶてしかったのに、
主様が来たとたん、急にしおらしくなって……」
ハクお兄ちゃんが何か言っているけれど、
知らないもーんと、ぷいっとそっぽを向く。
私は思う存分、龍青様の匂いを近くですんすんと嗅いで、頬ずりする。
安心する匂い、大好きな龍青様の匂いは私が大丈夫だって思わせてくれる匂いだ、
だから、ここぞとばかりに思いっきり嗅がせてもらうぞ。
すんすん、すんすん、すんすんすん……。
「キュ、キュイイ、キュイキュイ」
「ひ、姫……わかった。分かったから」
龍青様はそんな私を見て、すごーくはずかしそうに笑っていたけれど、
私がどんなに龍青様をぺたぺたさわっても、怒らなかった。
だから私は両手両足でしがみ付いて、小さなお兄さんに甘える。
私はごきげんで、ずっとしっぽを振っていた。
私とおそろいの子ども姿の龍青様、
いつもとちがう姿だけれど、小さくても大好きなお兄さんだ。
龍青様は私と、ハクお兄ちゃん、そして青水龍の子の顔を見比べてうなずいた。
「……ハク、姫達をそばで守ってくれたようだな。よくやってくれた」
寝転がったままの龍青様が横を向いて、ハクお兄ちゃんにそう言った。
「は、はい!」
それを聞いたハクお兄ちゃんは、すぐに人型の姿に戻る。
龍青様にほめられたのがうれしかったのか、目をキラキラとさせていた。
でもまた真剣な目で龍青様に頭を下げた。
「……申し訳ありません。主様、ぼくが居たのに止めることが出来ず」
「そうだな……だがそれは後で話そう。
まあ、大方の予想はついているからな、姫、言いつけを守れなかったね?
知らない相手について行ってはだめだと、あれほど言っただろう?」
「キュイ……」
ごめんなさい……私は龍青様に言われてしょんぼりとうつむいた。
私、言いつけを守れない悪い子になっちゃった。
もう私、龍青様の嫁にはなれない……?
そう言うと、龍青様は私の頭をなでてくれた。
「いや、そんなことはないから大丈夫。ちゃんと俺は姫を嫁にするつもりだ。
姫がしたかったことは分かってるよ。その子どもを助けようとしたんだね?
何はともあれ、姫が無事だったのだから良しとしよう」
「キュ」
ぎゅうっと、龍青様にまた抱き着いた。
私とちがって、印もない子どもを隠されたら神様でも探すのはむずかしい。
だからと、私がすぐに飛び込んで後を追いかけたことを、龍青様は分かってくれた。
額同士をこつんとくっ付けて、龍青様は優しく私に教えてくれる。
「……でもね? どうかよく覚えておいて姫。
誰かを罠にはめようとする時は、わざと近くの者を狙うことがあるからね。
姫は俺の婚約者だから、今回みたいなことがまたあるかもしれない。
だから、その時は今度こそ無理をせずに俺を頼るんだよ?」
「キュ」
あれから龍青様は私が連れ去られたと知ると、
ミズチのおじちゃんと手分けをして、
河童のおじさんの管理する水域や持っている屋敷の中をさぐり、
私ぐらいの年頃の子どもが出入りしたか、片っ端から調べていてくれたらしい。
そうしたら、やたらと子どもの好きそうなものを聞きまわる、
怪しいヤツの姿を見かけたと、陸に居る眷属たちに教えてもらって、
ここに狙いを定めたとか教えてもらった。
「姫には鈴を渡していたが、水神相手、それも結界内に閉じ込められたら、
俺の与えた力を封じられている可能性もあったからな、
姫はとても小さいし焦ったよ」
そうしたら、この屋敷へ向かって、
てんてんと“しいの実”が落ちていたという。
陸にあるものが、こんな川の底にいくつも落ちているのはおかしい……。
それも「龍青様の水源で育ったしいの実」だったということで、
龍青様はそれを私の残したものと思い、たどってここまで来たらしい。
それを聞いて私は、そういえば……しいの実の数が減っていたなと思った。
「あと、姫が鳥居の絵まで描いて導いてくれたから、
通り道が出来ていたんで、身を隠しながら探せたし」
聞けば私がなんとなくで描いた鳥居の絵が、
龍青様の……神様の通り道になっていたらしい。
そういえば、前に龍青様にそんなこと教えてもらった気がする。
「おまえ、それが狙いだったのか?」
ハクお兄ちゃんが私の方を見て、きらきらした目で見ていた……が、
ううん、私そこまで考えてはいなかったと言ったら。
「……だよな、おまえそう言うヤツだよな」
がっくりされた顔でお返事が返って来たよ。
なんだよう。
「ふふっ、姫は俺が加護を与えているから、何かと幸運に恵まれている。
俺の神気を込めた鈴も、お守りとして良い縁を引き寄せるからね」
「キュ?」
そうなの?
でも、言われてみればいろんなことがあるたびに、
この鈴が助けてくれていたよね。
「さて、ミズチにも知らせておいたから、そのうちこちらへ合流するだろう。
迎えが遅くなってすまなかった。俺達が動いているのを感づかれたら、
捕まっている姫達を移動させられる可能性があったから、少し手間取ってね」
そう言って龍青様が私に見せてくれたのは、
前に私のとと様も入れて、一緒に「かくれんぼ」した時にとと様が使った札だ。
これには神通力を持つ者から姿を隠せる力があるんだとか。
ただし、隠れている者が声を出すとバレてしまうらしいけど。
あれから、念のためにと龍青様はその札を取って置いたんだそう。
「これもすごく役に立ったんだ。
子どもの姿になっているとは言え、今も多少は神通力があるからね。
鳥居の道で身を隠し、この札で俺のわずかな力も隠すことが出来た。
まさかこんな所で役に立つとは……姫の父君には感謝しないと」
そうだねって私は笑った。
私のとと様はすごいんだよって。




