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河童編・12




 とりあえず、脱出するのは気長に考えよう。


 小さな手に付いた果実の汁を、またぺろぺろっとなめて、

ついでに体もなめて身づくろいすると、さて次はどうするかなと考える。

鈴を何度か試してみるものの、さっきから水の蛇は出てこないんだよね。

となると、自分でどうにかするしか――……。



「キュ」



 まあいいか、とりあえずひまだから……今はお歌でも歌おうかな。

最近、自分で言葉をつなげて歌を作ることも考えるようになったのだ。



「キュ、キュイ、キュイイ、キュイキュイ」



 ――かっぱのおじさん、頭の上がつるっつる、ハゲつるピッカ。

毛が無くて、うろこもないから、冬は寒くてかわいそう~。


 私が今作った「かっぱのおじさんは、ハゲています」を元気よく歌っていると、

結界の外から、どしんと誰かが盛大にすっ転ぶ音がして、悲鳴が聞こえた。

それからしばらくの間、しーんと静まり返る。


 おや? と思いながらも歌いつづけていると、

慌てたように、どたどたと足音を立てながら、

だれかがこちらへ近づいてくるではないか。



「キュ?」


 なんだ? いい所なのに。



「こらあっ! さ、さっきからおかしな歌を歌っているのは誰だっ!?」



 がらっという物音の後、

顔を真っ赤にして、河童のおじさんが結界の中へ身を乗り出してきたので、

私だよ。上手に歌えたでしょ? でも季語とかまだ分からないんだよねと、

キュイっと手をあげて、お返事してあげると……。




「ま、また貴様か―っ!!」



 河童のおじさんが怒りながら、私の方に腕を振り下ろそうとする。

なんだこいつ、怒りんぼだぞと頭をさっとかばったら、

ハクお兄ちゃんがあわてて人型になり、私をひょいっと抱きかかえ、

背中でさっとかばってくれた。



「す、すみません。ま、まだこいつは幼く、

 しつけが行き届かないもので……っ!!」


「……キュ?」



 ハクお兄ちゃんに抱きかかえられたままで、

私はしっぽをぷらぷらんと振りながら見つめていたら、

河童のおじさんは振り上げた手を下ろし、そのまま結界のふちにしがみ付いて、

うめき声のような変な声を出していた。



「き、貴様なあ……じ、自分が捕虜だってことを分かっているのか?

 緊張感とか、命の瀬戸際に立っているからとか思わないのか?

 普通、囚われた恐ろしさで声も上げられなくなるはずだぞ?」


「キュイ?」



 なあにそれ? 


 子どもの私に難しいことを言われても分からないよと首をかしげた。

ねえ、それよりもおじさん。のどがかわいちゃったから、

次は飲み物ちょうだい。


 私と、この子と、ハクお兄ちゃんの分もね。

可愛いうさぎさんの絵が描いてある器がいいな。


 私はキュイっとそうおねだりした。



「き、きさま、さっきから余をいい様に使いおって!!

 もう我慢がならんぞ……少し痛めつけてくれるわ!!」


「キュ!?」


 今度こそ手を出そうとしたのか、

河童のおじさんがこちらに腕を振り上げてきので、

私はハクお兄ちゃんの腕の中でキュイっと悲鳴を上げ、

また両手を頭に当てて体をさっと小さくした。


 助けてとと様!


 すると、ちりん……とわずかに鈴の音がひびいた。



“――我が子に手を出したら容赦せんぞ! この小童こわっぱめが!”



 どこからか、龍青様のとと様の声が聞こえてきたと思ったら、

私の着物が青く光り、河童のおじさんが伸ばしてきた手を、

べしっと、跳ねのけたではないか。


「……キュ?」


「な゛っ!?」


 足元の鈴を見ると、いつのまにか白銀色から金色へと色が変わっている。

その鈴からいつもみたいに水の蛇が出てきて、

おじさんの顔に勢いよく当たった。



「ぐわああああっ!?」



 そのままおじさんの体は結界から押し出されて行き、

近くのかべにぶつかったような、にぶい音がした。



「あ……ああああああ」


 ハクお兄ちゃんがそれを見て、顔を青ざめて震えている。



「ぶはっ!? な、なんだ今のは!!」


「キュ?」


 そでをぱたぱた動かすも、もう何も起きない……。

体を見下ろすと、まだ着物も鈴も金色に光っていた。

とと様と呼んだら、龍青様の方のとと様からお返事があったようだ。


 そうだ。これ……龍青様のお下がりでもらった着物だ。

お兄さんのかか様が、自分の子どもを守るために作ったもの。

今その着物は、不思議な文様が浮かんで私の周りを包み込んでいた。


 それにこの鈴は、私が黄泉に行った時に、

龍青様のとと様が、お守りにって力を与えてくれていたよね。

きっとこれのことだったんだ。



「キュ……」


――守られている……きっと守ってくれているんだ。

どちらも、龍青様のとと様と、かか様が子どものために残してくれたもの。

私はそっと着物と鈴に手を添えて、見守ってくれてありがとうとキュイっと鳴く。

鈴は私の気持ちに応えるように、ちりんと音を立てて元の色に戻る。



「……ぐうっ、さすがは水神の眷属か、何も出来ぬガキだと思っていたが。

 婚約者の傍使そばつかいの娘でも、これほどの力を使えるとは。

 これはうかつには手出しが出来ぬ……だが小娘、分かっているのか?

 余は誰もが恐れおののく水神の一柱、その一柱に手出しするとどうなるのか」


「キュ~?」


 前にまがつ神になった龍青様のとと様も、そんな話をしていたけれどさ。

私ね、怒ったかか様の方が、きっと一番怖いと思うんだ。



「……まが……つか……」


「キュ?」



 そこで河童のおじさんは、私に向けようとしていた手を下げ、

また私と青水龍の子どもをじろじろと見比べるように見ていた。

今度は私だけ、着ている物や足元に付いている鈴を見ているではないか。



「ちょっと待て……さっきから変だとは思っていたが、

 絹織物の上等な着物に高価な白銀の鈴?

 そっちの青い小娘よりも、やたら身なりが良いのはなぜだ。娘。

 まさか、まさかとは思うが、おまえが実は龍青の婚約者だというのか……?

 龍青の所の眷属と言うわけではなく?」


「キュイ」



 そうだよ。とっても仲良しなんだよ。


 私がようやく分かったの? と素直にそう答えると、

ハクお兄ちゃんは私の口を手で塞いで、

「うわああああっ!?」と叫んで私を抱え込む。



「ばっ、ばかっ! 自分から正体を明かしてどうするんだよおおおおっ!?」


「キュ?」



 河童のおじさんはもっと驚いた顔で「ありえん!」と叫ばれた。


 なんで? と首をかしげていると、

河童のおじさんは、また私と青水龍の子を見比べて、

信じられない様な目で見てきて、ひどく驚いているようだった。



「な、なぜだ。理解できん……純血の血を絶やすことを自ら選ぶなんて、

 こんな雑種のわけ分からん野良娘なんかよりも、

 そっちの青色の娘の方が、まだ利用価値もあるだろうに」


「……っ!」


 目が合った青水龍の子がびくりと飛び上がった。

さっき叩かれたから怯えてしまったようだ。


 

「ああ、まて、いやそれよりも結果的に、

 あいつの婚約者をさらえたのだから、良しとす――」



 なんか、ぶつぶつ言っている様子を見て、

私は、ふむ……と思いながら、ハクお兄ちゃんの腕をすり抜け、

壁をせっせとよじ登り、勢いよく鈴を鳴らして水の蛇をヤツの顔へと向けた。



「ぶっ!?」



 よし、今度はちゃんと出来た。でも、あんまり力はないみたい。

相手が亡霊とは違う水神様だからか、手ごわいなと思いつつ、

水を出した勢いで、私はずるずる~と下へと落っこちる。



「ぶおおおおおっ!?」



 河童のおじさんから悲鳴がもれた。

その間にハクお兄ちゃんがあわてて下敷きになり、私を受け止めてくれた。

ぐえっという声が聞こえたけど、今私は忙しい。ごめんねハクお兄ちゃん。


 私はすぐさま起き上がると、

もう一度、わせわせとよじ登って結界の先からぴょこっと顔を出した。

さて……次はどうしようかな~と考える。

このまま私だけ逃げても、きっと庭先ですぐ捕まるだろうし……。



「貴様! さっきから何なんだ!!」


「キュ」


 何って水遊びだよ。やったことないの? と私はごまかしておいた。

こんな小さな子ども相手に、おじさんが本気にならないでよと言うと、

河童のおじさんは、ぐっとだまり込んだ。


 実は、どういう時にちゃんと鈴が使えるのか、

今おじさんで試したことはないしょだ。


 あ、そうだ。ねえ、おじさん。遊んでくれないのなら、飲み物を持ってきてよ。

さっき、お願いしていたでしょ? 私、花の蜜が入った麦湯が飲みたいな。

いつもね。のどが渇いたら龍青様が用意してくれるんだよ。


……早くしないと、私、すねちゃって龍青様のとと様を呼んじゃうよ?



「き、貴様、まさかこの余を脅す気か!? 立場が逆転して……って、

 ちょっと待て、呼ぶとはなんだ?」


「キュ」


 だから、まがつ神にもなった龍青様のとと様だよ。

私は龍青様の嫁として、黄泉に居る先代様にも認められたんだよ。

それに知っているんだぞ、神様は「けがれ」をとっても恐れるんだってことを。



「……っ、き、貴様なぜそれを」


「キュイ」



 だって、私は龍青様の番になるんだもん。

さあ、ここを死のけがれで汚されたくなかったら、

さっさと持ってきてもらおうか。


 まき散らすぞ? そうなったらたぶん、とんでもない事になるんだぞ?

後でごめんなさいしても遅いんだからね。私もそうなったら止められないし。


 出来るだけ自分でなんとかするという約束を前にしたけれど、

私はまだとっても小さな子どもなので、

親に助けを求めても何も責められないはずだ。


 だから私はすぐにあきらめて、我が子として認めてくれた龍青様のとと様を、

親として「黄泉の世界」から呼ぶことも考えていた。



「キュイ、キュイキュイ」


 いいのかな? 私がここで本気で龍青様のとと様を呼んだら、

この水域が、一気に死のけがれとやらに触れるんだぞ。



「~~っ、な、先代の水神の亡霊をここに呼び戻す気か!? 」


「キュ」



 そうだよと、ふんっと鼻息荒く私はおねだりする。

さあ、それが嫌なら、私たちに飲み物をよこすのだ。


 これは給餌きゅうじじゃない、

ここで私が大人しく過ごしてあげるための……えっと、

「こうしょう?」とかいうヤツだぞ。


 するとさっきまで強気だったおじさんの動きが止まって、

顔色を悪くして、がくがくと震えだしていた。



「ほ、ほほほ他の水神やおきな様に認められたとは聞いていたが、

 まさか、黄泉に居る先代まで味方につけているだと!?

 そっ、そそそそんな話、誰も言わなかったではないか!?」



 知らないよ。ねえ、それよりどうするの?

さっき、龍青様のとと様の声が聞こえたから、もう一度呼んであげようか?

私のことを心配して、どこかで見守ってくれているだろうから……と、

そうキュイっと言ったら、目の前の河童のおじさんが震えながら後ずさりした。



「や、やめんかああああ!?」


「キュ?」



 涙目になって嫌がられた。


 なんで? 龍青様のとと様、今はとっても優しくなったよ。

高い高いしてくれたし、迷子になったら迎えに来てくれたんだよ。

でもね? ハゲつるぴっかのおじさんが私の事をいじめるから、

今頃はきっと黄泉の世界で怒って……。



「す、すぐに持ってくる!! 

 呼ぶなよ、ぜったいに“アレ”を呼ぶなよ」



 怯えた声で急いで結界が閉じられて、

どこかへ走り去る音、途中で何度か転んだ音がする。

私はずるずるとお尻から下へ落ち、またハクお兄ちゃんが尊い犠牲になった。


 その後、河童のおじさんから怯えた顔をされ、水の入った椀をもらえた。


 ふう、やれやれ……麦湯も用意できないのか。やっぱりけちな水神様だな。

お願いした「うさぎのお椀」でもないし。可愛くない地味な黒いお椀なの。



「……な、なあ小娘」



 ぷくっと頬をふくらませていた私に、河童のおじさんが話しかけてくる。



「キュ?」


「き、貴様がどうしてもと言うのならば、ヤツの所に帰してやるぞ?」



 やだ。


 私はぷいっとそっぽを向いた。

そう言って私のことを安心させて、怖いことをするつもりだろう。

何か約束させて、私を従わそうとしてもダメだよ。


「……っ!」



 そう言ってやったら、

ギクッと肩を揺らして河童のおじさんはまた姿を消した。

……図星か、悪いことを考えていたんだな。

きっと何か良くない代償を要求しようとしたんだ。


 私は「かいしょうなしの、河童のおじさん」から出された水の匂いを、

念のために何度もすんすんと嗅いで、鈴を鳴らしたり、

鈴にちょこっと水をかけてみてから、飲んでも大丈夫だと座り込む。


 変なものが混ぜられていたら、これで分かるし、

安全なものに変えられるんだ。



「す、すごいのね。あなた……」



 それを見ていた青水龍の子が、私にそう言って近づく。



「キュ?」



 なにが?



「な、なあおまえ、頼むからもう大人しくしていろよな。

 ここの水神様を下手に刺激して、

 もしおまえに何かあったら主様に申し訳が……」



 ハクお兄ちゃんに涙目になってお願いされたけれど、

すごく大人しくしているじゃないかと言ったら、

「本気か?」と言われた。



「おまえ……まさかだけど、

 先代様の時もこんな事をやっていたり……しないよな?」



 やっていたよ。私はキュイっと鳴いて教えてあげた。

だって、かいしょうなしな雄は止めておきなさいって、龍青様が……。



「やっぱりかあああああっ!? この罰当たりがあああっ!!」


「キュ?」



 なんで? 気持ちを伝える事は大事なことだって、かか様も言っていたのに。


 ハクお兄ちゃんが両手で顔を覆いながら、

床の上をごろごろと転がっているので、私もまねっこをして一緒に転がる。

すると青水龍の子も混ざって転がっていた。


「遊びじゃないんだぞ!」


と、ハクお兄ちゃんが怒鳴っているけど、そうなの?

てっきり新しい遊びだと思っていた。



「そうよね。あたしだって思っていたわ」


「キュ」



 だよね。



「おまえらは気楽でいいよな……。

 ぼくはさっきから真面目に考えているのに」


 

 その後、風呂敷きから、私がひろったいい感じの小石を取り出して、

真っ白な結界の壁に落書きをして、みんなで遊ぶことにした。


 せっかく捕まっているんだもの、たくさん遊ばないとなんて言ったら、

ハクお兄ちゃんに「ぼくらは……一応、囚われの身なんだよな?」と聞かれた。

だから、そうだよって教えてあげた。



「……こ、今度は何をやっているのだ?」


「キュ?」



 やがて、その楽しそうな私たちの声につられてやって来たのか、

『もう来ないぞ!』と逃げ腰だった河童のおじさんがやって来て、

変なお顔をして、この部屋をのぞき込んできたではないか。ひまなの?


 なぜか結界のふちにしがみ付いて、ぷるぷるしている。

私がまた何か、仕掛けてくるかと思っているらしいな。

 

 だけど私はそのとき、龍青様のお社にあった鳥居を描いたりもしていて、

とっても良い所だったのだ……お絵描きの邪魔をしないでほしいんだけど。



「こら待て、なぜこんな所で遊んでいるんだ!?」


 なんでって、私が持ち込んだからだよとキュイっと答える。


「またおまえか! 勝手に持ち込むな!」


「キュ」



 何を言うんだ。入る時にだめだって言わなかったじゃないか。


 大人しく捕まってあげているというのに、

ここは、お客を「たいくつ」させないように、

子どものおもちゃも用意できないの?


 龍青様はね? 自分の大切だったおもちゃをくれるんだよ。

蔵からわざわざ出して、きれいに手入れし直してね。



「……お、おまえ、自分が捕虜だって分かっているのか!? 

 何様なんださっきから!」



「キュ?」


 なにさま? 


 “お子様”だよ? 見て分からないの?

私はキュイっと答える。



「……っ!?」



 だんまりされた。もしかして、“姫様”の方だったのかな。



 むう……言葉と言うのは、むずかしいね。

他に知っているのは、とと様、かか様、龍青様だし、

一体何を言えば良かったんだろう?


 うーんと考えて、やっぱり思いつかないから放っておくことにした。




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