河童編・11
私達が閉じ込められて、どのくらいたっただろう。
せっかく手まりのおかげで脱出できそうだったのに、
河童のおじさんに気づかれてしまった私達は、
閉ざされた白い壁をじいっと見つめたまま、立ちすくんでいた。
ぺちぺちやっても、もう塞がれているようで何も変化がないな。
「キュイ」
これじゃあ、もう逃げられないね。
「……そ、それじゃあ、あたし達はずっとこのままなの?
お父さんとお母さんの所に帰りたいよお……もうやだぁ……っ!」
ふてくされて寝転がった私の横で、青水龍の子どもがぺたりと座り込んだ。
そのまま、すんすんと鼻を鳴らしてキュイキュイと泣きだすので、
私は近づいて頭をぽんぽんっとなでて、なぐさめてあげる。
本当は私だってもっと泣きたい気分だけど、今は助け合わなきゃ。
「キュイ」
ねえ、ここを抜けだせたら、
龍青様に座敷牢から出してもらえないか頼んであげるよ。
だから一緒にがんばろうと話しかけたら、その子はぶんぶんっと首を振った。
「……っ、ち、ちがう。あいつらはあたしの親なんかじゃない」
「キュ?」
「あいつら、あたしが水神様と同じ青水龍の雌だからって、
生まれてすぐに群れや両親から引き離して、私のことをさらったの。
うまいこと水神様に気に入られて、水神様の嫁になれたら、
願いをたくさん叶えてくれるからって……」
「キュ?」
「それからなら、あたしの本当のお父さんとお母さんに会わせてくれるって、
でも、でも……もうやだ。水神様は怖いのばっかりだし、
こんな怖い目に遭うくらいなら、もうやりたくないっ!」
それを聞いた私とハクお兄ちゃんは顔を見合わせた。
つまり、あの座敷牢に入れられた二匹の青水龍の夫婦は、にせものの親で、
親子のふりで龍青様に近づいて、嫁にしようとしたの?
それでこの子は、無理やり本当の親と引き離されてきたってこと?
じゃあ……同胞の仲間に目を付けられ、売りつけられようとしていたんだ。
だからこの子は、本当の親に会いたい一心であんなことをしたのか。
なんだそれ、なんでそんなことが出来るの?
龍の子どもは宝で、だから私だって郷のみんなに可愛がられているのに。
でも、私はその話を聞きながらあることを思い出す。
……これってまるで、そうまるで、
かか様のご先祖様と同じようなことが起きているのかな。
そんな同胞も、この世界には居るんだ……。
仲間を売りつけるような、そんなひどいのが。
「キュ……」
「なるほど……そういうことか、龍の雌は高値で売り買いされることもある。
主様に嫁となる生贄を差し出し、その代償に願いを叶えてもらおうとしたか。
きっとこいつの両親は今頃、仲間に裏切られたことを知り、
居なくなった子を必死で探しているだろうな……」
「……っ、ううう……会いたいよお~!
お母さんっ、お父さ……えぐ……うええええん」
「キュ……」
もっとよく聞いてもいい? と私が座り込んでキュイっと鳴くと、
泣きじゃくりながらうなずき、その子はこれまでのことを少しずつ、
ぽつぽつと教えてくれた。
水神の主様の嫁になるために、無理やり人間の言葉や勉強をさせられたこと、
ずっと見張られていたので、逃げ出すことも出来なくてつらかったことを。
龍の子どもが、たった一匹で生き延びていくのは難しい。
自分の生まれた郷に自力で戻り、親に会うのだって……。
話を聞いた私は、その子の頭をまたなでてあげる。
そして顔を覗き込みながら教えてあげた。
「キュイ? キュイイ、キュイキュイ」
あのね? こっちのハゲつるピッカの水神様はいじわるで怖いけれど、
私の知っている水神様は……龍青様は子どもにとっても優しいんだよと。
「だ、だって、私の事をにらんでた……っ!」
「キュ」
それは、ごめんなさいが言えなかったからだよ。
あのお兄さんは、困っている子どもに優しい水神様なんだもの。
「……っ、ほ、本当? 見つかってもぶったりしない?」
「キュ」
しないよ。
私の大好きな婚約者のお兄さんは、子どもの味方をしてくれる水神様なの。
私をさらった悪いヤツから助けてくれて、ずっと守ってくれているんだ。
そこに居るハクお兄ちゃんもね? 小さい時にお兄さんに拾ってもらって、
今の居場所をもらえたんだよ。
「え……」
私の言葉に、青水龍の子が振り返ってハクお兄ちゃんを見ると、
ハクお兄ちゃんはゆっくりとうなずいた。
「……ああ、本当だ。ぼく達は主様のおかげで今を生きられている。
ここに居るぼくだけじゃない、社には親兄弟から見捨てられた者が居るんだ。
おまえの事も、きっと主様なら良いように取り計らって下さるだろう。
主様はそういう方だからな……だからぼくも仕えたいと思っている」
「……」
「キュイ」
それに私の龍青様は、探し物を見つけるのがとっても上手なんだよ。
前に冬支度用のしいの実をね?
土の中にいっぱい埋めておいたんだけど、
後でどこだったか忘れちゃったことがあっても、
私のおやつー! ってキュイキュイ泣いていたら、
龍青様が探し出してくれたことがあるんだ。
「おま……主様になんて事をさせているんだよ!」
「キュ?」
ハクお兄ちゃんが呆れた顔で私の方を見ている。
何を言うんだ。冬をしのぐ私の大事な食べ物だったんだぞ。
とにかく、ここをみんなで一緒に抜け出せたら、
あなたのとと様とかか様を探してくれるように、私がお願いしてあげるよ。
「え……ほ、ほんとう……?」
キュイとうなずいて応える。
私もとと様とかか様とはぐれた時は、人間に襲われた後だったし、
きっともう二度と生きて会えないんじゃないかって、
すごく不安に思っていたけれど、私のことをずっと探しに来てくれて、
また会うことが出来たんだよ。あなたのとと様とかか様も探してくれているよ。
「……っ!」
「キュ」
だからね? 一緒に帰ろう?
見つかるまではうちの郷においでよ。みんな歓迎してくれるよ。
私みたいな色の子どもでも、すごく可愛がってくれるんだもの。
そう言ったら、その子はこくりとうなずいてくれた。
「がん……ばる……」
「キュ」
それにしても……問題はあの河童のおじさんだよね。
なんか、龍青様の婚約者がこの子だって思っているようだけれど、
このまま逃げ出せないと、弱らせて言うことを聞かせるつもりなんだろうし。
神様との約束はとっても怖いことだと、今の私は知っている。
だから青い子には、後で困ったことにならないように、
「何があっても、あのハゲなおじさんと約束しちゃだめだよ」って教えた。
一度約束したら、そう簡単にはやぶれないし、
みんなを巻き込んで大変なことになる。
だから、死に物狂いでも叶えないといけなくなるんだよ。
きっとあなたの親にも、一生会えなくなるだろうからって。
「分かった……」
龍青様は、私が成体になるまで待っていてくれるし、
いやだったら止めていいと言ってくれているけれど、
他の神様はそうじゃない。
さっきみたいに、嫁にすることを勝手に決められて、
無理やりさらわれて来たら、迷惑でしかないよね。
さて、今はとりあえず……と、
私は背負ってきた、きゅうりの存在を今頃になって思い出し、
食べる? と仲良く三つに分けて食べることにした。
「……」
「キュ?」
きゅうりの欠片を差し出した私に、その子はぽかんと私の方を見る。
「あ、ありがとう」
「キュイ」
「それと……あの、い、いじわるして……ご、ごめん……なさい」
きゅうりを受け取りながら、その子はぽつりとそう言って頭を下げた。
だから私はキュイっと鳴いて「いいよ」としっぽを振って応える。
それを見て、ハクお兄ちゃんは溜息を吐いて壁に寄りかかって座った。
私が背負っていた風呂敷きは、子どもの持ち物だからと、
河童のおじさん達に取り上げられなかったこともあり、
今度はしいの実を取り出して、青水龍の子に「すき?」と言って聞いてみる。
「すき……」
「キュ」
じゃあどうぞと小さな手ににぎらせて、またぽりぽりと一緒に食べる。
しいの実は、かじるとほんのりと甘い味がするんだよね。
でも……と私は天井を見上げながら思う。
龍青様のお膝の上で食べる方が、ずっとずっと美味しいのになって。
『桃姫、美味しいかい?』
そう言って、私の事を見下ろして、
笑ってくれるお兄さんが好きだった。
「キュイ……」
龍青様……会いたいよう……。
しっぽがたらんと床に着く。きっと今頃、すごく心配しているよね。
ハクお兄ちゃんも混ざり、三匹でぽりぽりと食べ、
真っ白なだけで何もない天井をまた見上げながら、
これからどうしようか~……と話した。
結界の大きさはお屋敷の一部屋分だけど、
出入口は上の方から入って来たから、ハクお兄ちゃんが飛びつけばいけるかな?
今後を考え、人型になっているのはよくないと考えたハクお兄ちゃんは、
神通力を保つためだと言って、白い蛇の姿になり結界の隅で丸くなった。
「キュ」
ねえ、今度開いた時にさ、
ハクお兄ちゃんを振り回して、上に放り投げるのはどうだろう?
ちょうど蛇姿になったことだし。
「やめろ」
だめか。
しかたないので、じいっ……とその姿を見ていると、
「た、食べるなよ。ぼくは非常食じゃないからな」
……と言うので、分かっているよと言いながら、
よだれをつう……とこぼしそうになった。
そしたら青い子も一緒に並んで、うっとりした目をしていて。
「そういえば蛇って……焼くとおいしいのよね」
「キュ」
うん。食べるとおいしい。私はこくりとうなずいて返事をする。
野生で暮らしている私は、よくとと様に作ってもらったな。
「ひ、ひいいっ!」
すると、それを聞いたハクお兄ちゃんが飛び上がった。
私達は育ちざかりなので、一緒に取り囲むように座り、
ちょうどいい大きさのハクお兄ちゃんを見た。
あ、でもね? ハクお兄ちゃんは私の兄貴分だというので食べたりしないよ?
並んで膝を抱えながら座り、じいいっとは見つめるけど……。
安心してもらうために言ってあげたら、
「嘘だっ! ぼくを非常食だとか思っているんだろう!?」
そう叫ばれた。
信用がないなあ、じゅる……おっといけない。
そんなことをしているうちに、天井から物音がして、
おやと顔をあげたら、ここに閉じ込めた河童のおじさんがのぞき込んでいた。
「――……うるさすぎて結界の外にまで声がもれているじゃないか、
それに泣いているかと思ったら、やけに元気そうだな」
「キュ?」
青水龍の子どもはびくっと飛び上がって、私の方に抱き着いてきたが、
私は何というか……この状況にもう慣れてしまったので、
「何か用?」とキュイっと鳴く。
だって禍つ神だった龍青様のとと様に比べたら、
このおじさんは、べつに怖くもなんともない。
大好きな龍青様が黄泉に行ってしまった時に比べたら、何でもないんだ。
今は龍青様が、きっと私を迎えに来てくれるって分かっているから、
私はとりあえず、ここで良い子に待つだけでいいし。
だから、しいの実をぽりぽりと食べながら私は言った。
「キュイ、キュイイ、キュイキュイ」
……私、水神様って気前よく食べ物をくれる、
とても優しい方なんだなって思っていたのに、
ここの水神様は、お客さんにもごちそう出来ないくらいに、
生活が苦しいんだね。かわいそう……。
「は、可哀想だと? な、なぜ余があわれまれているんだ!?」
もう一つ、しいの実を取り出してぽりぽり食べる。
だって龍青様はね。よそ者の子どもでも、
ごちそうや水菓子をくれて、お土産もくれるの。
「……っ!」
でもここはちがうよね? 閉じ込めておいて何にもしてくれない。
だから私がみんなにおやつをあげているんだよ。とキュイっと鳴いた。
客だと言いながら、私達におもてなしをしないなんて……。
ここの水神様はずいぶんと“けち”なんだね。
「な、なんだと? 余がけちだとおっ!?」
「キュ」
そうだよ。龍の雌の子どもは、そんな簡単に「おち」たりしないのだ。
自分が「龍青様より、けちな水神様じゃない」と言うのなら、
私達に何か美味しい食べ物を寄こすのだ。水菓子とかないの?
桃とか桃とか、桃とか欲しいんだけど。もう、ここに居るの、私あきたよ。
食べるものが少なくて、頭の上がつるつるなの?
栄養が足りなくて、ハゲつるピッカのハーゲハゲなの?
「お、おい、止めろよ……っ!
というか、おまえどこでそんな言葉を覚えたんだよ!?」
ハクお兄ちゃんがあわてて私の口を塞いで止めようとするが、
私が「きっとおじさんは、水神様の中では一番のけちだよね」と、
キュイっと言うと、ハゲつるぴっかなおじさんは固まった。
「……そんなにあいつは、余よりも気前がいいのか?」
「キュ」
私はそうだよとうなずく。だから余計にがっかりなの。
あのね? 私みたいな“よそもの”の子どもにもすごく優しいんだぞ。
龍青様は食べきれないくらい、お腹いっぱい食べ物を食べさせてくれたのに、
ここは満足に食べ物も与えずに、力ずくでなんて……。
なんて心が狭いんだろう……と、ちらっと河童のおじさんの方を見て首を振る。
私知っているよ。「うつわがちがう」って、
女房のお姉さんが教えてくれたもんね。
すると、緑色のお顔が真っ赤に染まって、
「よ、余にだってそれ位は出来るわ!! 待っているがよい!」
と、叫んで居なくなった後、
息せき切って、また顔をぴょっこりと出してきたかと思えば……。
「これでも食っていろ!」
団子の入った包みと、
干した芋の乗った皿をどんと置かれた。
物を手渡すときのしつけがなっていないな、かか様だったら怒られるよ?
でも、これで飢え死にする心配はなさそう。
どうやら陸へあがって買いに行ってくれたらしい……が。
「キュ……」
桃じゃないのか……と私はしょぼんとした。
龍青様の桃が欲しかったな~。それでお膝の上で寝転がって食べたかった。
「う、瓜でがまんしろ、この辺の特産だ」
「キュ?」
差し出された皿の上に、小さく切られた瓜というものがまた差し出された。
すんすんと匂いを嗅ぐと、甘い匂いがする。食べたことない水菓子だな。
あ、これって給餌じゃないよね?
みんなで食べるんだから……とハクお兄ちゃんに聞くと、
ちらちら河童のおじさんが聞いてないか確認しながら、
「手ずからじゃないし、大丈夫だと思う」
と、うなずいてくれたので、念のために小さく鈴を鳴らす。
こうすると龍青様の所の食べ物に変わるって、前に教えてもらっていたから。
鈴が白銀色に光ったのを見て、「これは出来た」と安心しながら、
瓜の欠片を手に取り、まずは一番お腹が空いてるはずの青い子に、
それから私もかぷっとかじった。
桃とは違うけれど、果肉が柔らかくておいしいね。
うん……と青い子も言って、仲良く囲い込んで食べる。
「ふ、ふん、まったくこれだからガキは……いいか、大人しくしていろよ」
「キュ?」
振りかえったら、もう出口はぴしゃりと閉じていた。
そういえば……あいつ、一体何しに来ているんだろうな……ひまなの?
さっきおじさんが顔を出したところに手まりを投げてみるが、何の反応もない。
出入口はあそこと分かったけれど……ちょっと高さがある。
あ、もし次があったら、私は少しだけ飛べるから逃げられるかも。
ぺろっと甘い汁が付いた手を舐めながら、そう思う。
「……キュ」
いや、だめだ。ハクお兄ちゃんもこの子もきっと飛べないからな。
みんなを残して、私だけ逃げて助けを求めるのは難しいかなと思い、座り込んだ。
やっぱりハクお兄ちゃんを投げるかな。
今のうちになんとかして、龍青様に居場所を教えたいんだけど。
仕方ないので、ころんと寝転がって瓜の欠片をまた食べる。
いつも龍青様のお膝の上でやっていることを思い出しながら……。
かじったまま、ついとろんと眠くなってきたけれど、がまんだ。
ハクお兄ちゃんに「行儀が悪いぞ」って言われたけど、知らない。




