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河童編・9



 そうして私は見知らぬ場所を歩きながら、

屋敷の柱を見つけるたび、がりがりと鳥居を描く。

そんな私を見て、ハクお兄ちゃんがあわてて私を取り押さえた。



「ちょっ!? おい、おまえ何しているんだよ!」


「キュ?」



 なにって……帰る時の目印だよ?


 私はかか様に、「見知らぬ土地に来た時の心得」とやらを教わっている。


 前に山の中で迷子になった事があるんだけどね?

後でちゃんと来た道が分かるようにと教えてもらったんだ。

私、何かに夢中になっていると、迷子になっちゃうことがあるから。


 いつもは大きな木の根っこや岩とかに印を書くんだけれど、

ここにはそういうの、無いから。


 後ですぐ消えるように、草の汁で描いてもいいんだけど、

ここは水の底だから、いつまで持つか分からないし。



「帰る目印……おまえ、小さいくせによく知っているな」


「キュ」



 感心された気がしたので、私はふふ~んっと鼻息を荒くした。


 そうだぞ。私はこう見えてもね、

ちゃんと生きるための勉強をしているんだ。すごいだろう?

べつに、やらないと私のかか様がすごく怖いなんてこと……。

いや、怖いけどさ。だってかか様だもん。



「な、なるほど……おまえの母君にか。

 ぼくは親にそういう事を何も教われなかったから……って、

 いやいや、ここは他所の水神様の水域なんだぞ?

 勝手にそんなことをして、万一にもばれたら大変だろうが、

 おい、聞いているか?」


「キュ?」



 聞いてないよ? ここが知らない水神様の場所なら、

私が良い子でいる必要はない。あっちは私のことをいじめた悪い神様だし、

そんなお約束もまだしてないんだものね!


 私はまた近くの柱に「はげのおじさんのす」って書いておく。

そうしたら、それを見たハクお兄ちゃんが、

ぶほっと吹き出して腹を抱えて笑っている。



「お、おま……っ! あの方をハゲって、ハゲって、く、はははは」


 他に何かあるんだろうか? 

そうしたらハクお兄ちゃんは、笑いをこらえながら教えてくれた。



「いいか、あれはハゲじゃなくて、河童だ。

 河童は……こういう字を書くんだよ」



 地面にがりがりと小石で書いて、難しい字を教えてくれた。


 かっぱ……河童とかいう難しい字の水神様は、

川のようにしょっぱくない水を好んで住んでいて、

ハゲているんじゃなくて、頭の上に水の入った特別なお皿が乗っているんだって。

どうやらハクお兄ちゃんは、あの河童のことをよく知っているらしい。


 あいつどんなヤツなの? ミズチおじちゃんとは全然違うね。

 


「あー……うん、まあ、な……ぼくというより、主様の知り合いだよ。

 主様やミズチ様みたいな同じ水神仲間で、

 年が近いこともあってやたらと縁があるな」


 物陰に一緒に隠れながら、私はそう教えてもらった。


「キュ?」



 そうなの?



「とはいっても、ミズチ様みたいに友好的な感じじゃない。

 何かにつけて主様に対抗心を燃やして、つっかかって来るんだよ。

 河童は淡水じゃないと生きられないからな、

 海のように大きな水域は持てないから、

 豊かな資源がある水域をたくさん持っている主様を、特に妬んでいたんだ」


「キュイ」


「噂じゃ、嫁にしようとした娘が、

 うちの主様の方を慕っていたこともあったらしいけど」


「キュ?」


 ハゲだから嫌われちゃったの? 

龍青様は人型でも、「ふさふさ」だもんねと、キュイっと聞いた。


「だ、だからハゲじゃないって」


 だって、お皿だって言われても私にはハゲにしか見えないよ?

だからもういいじゃないか、ハゲつるのおじさんということで。

龍青様もお屋敷のみんなもふさふさしているもの。

私、頭のてっぺんが、あそこだけつるつるしているの、

今まで見たこともないし。



「おまえ……本当にそういう所が自由だよな。

 ときどき、おまえの能天気さがうらやましくなるよ」


「キュ?」


 それから私とハクお兄ちゃんは、ここへやって来た目的をちょっと忘れ、

ハゲについてよく話し合った。ううん、教えてもらったのだ。


 そんなことをしているうちに、私達の上に影がかかってきて、

そろって「なんだ?」と顔を見上げてみると……。



 さっき龍の子どもをさらったあのハゲ……じゃなかった。

頭つるりんこの河童のおじさんが、口元をひくひくと動かしながら、

さっきから私達のことを見下ろしているじゃないか。


 その周りには、おじさんの仲間と思われる、

人型をした緑色の肌をした者達が、ずらーっと立っていて、

龍青様のお屋敷のみんなみたいに、長めの変な着物をそれぞれ着ていた。

みんな、これでもかとばかりに頭の上が真っ白のお皿を乗せて、怖いお顔。



「あ……」


「キュ……」



 まずい。見つかった!?



「さっきから何か、とても不快な子どもの声が聞こえてくると思ったら……。

 誰がハゲだ!! このクソガキども――っ!?」


「キュ――!?」


「うわああああっ!?」



 ハゲが来たーっ!? 


 そろって叫んだ私達は、飛び上がった後に逃げだした。

私は小さかったし、逃げるのも得意だったから、

足の間からするーっと通り抜けたりして捕まらなかったけれど、

一緒に逃げていたはずのハクお兄ちゃんが、

気づけば私のそばに居なくなっているのに気づき、

あわてて後ろをさっと振り返ると……。


「キュ!?」


 ここの家臣たちに取り押さえられてしまい、

刀の先を喉元近くに向けられたハクお兄ちゃんの姿が!?



「ぐ……っ!?」


「……っ!」


 ハクお兄ちゃん!


 ぴたっとその時私の足は止まる。



「おい、そこのちびっ子! ……それ以上逃げるなよ?

 こいつを殺されたくなきゃ、大人しくしな」


 

 私にはそれ以上……もう何も出来なかった。




※  ※  ※  ※




「キュイイ……」


 すんすんと鼻を鳴らしながら、屋敷の中へと連れていかれる。


「くっ……!」


「ほら! きりきり歩け!」



 ハクお兄ちゃんは、ずるずると両腕を抱えられ、

無理やり引きずられるようにして歩いている、

私はその後を大人しくついて行くことになり、

水神様の水域に無断で入った「ふとどきもの?」とかで、

「さばかれる?」とかなんとか言われた。意味わからないけど、

きっと嫌な事なんだろう。


 でも、先に龍青様の水域に入って来たのはおまえじゃないか。

そう言いたげに私がキュイキュイと文句を言おうとしたが、

ハクお兄ちゃんが後ろを振り返って来て、余計なことを言うなと止められた。


 私はふてくされて頬をふくらませる。なんでだ。悪いのはこいつだろう。

しっぽをぶんぶん振って私は抗議したい。



「ほら、沙汰さたがあるまで、おまえらもここで大人しく入っていろ。

 せっかくの龍青の所から来た捕虜だからな。利用価値があるだろうし、

 生きていたら、客として婚儀の宴席に参加させてやろう」



 そう言って、河童のおじさんによって、

ぽいっっとある部屋の中に放り込まれた。

ころころと転がって目を開けると、辺りはどこもかしこも真っ白で、

さっきまで後ろに入り口ががあったはずだけれど、

それすらも今は姿を消していて、何も分からない状態になっていた。


 壁になっているのは分かる。爪でかりかりするも壊せそうにない。

なんだこれ? 檻とはちがう、真っ白のつるぺたな壁をぺちぺちと触る。

まるで白い箱の中に閉じ込められたように思えた。



「つう……結界の中に閉じ込められたか」



 ハクお兄ちゃんが頭に手を添えながら立ち上がり、

私は大丈夫? と、ハクお兄ちゃんの方へ駆け寄る。

そうしたら、私達のすぐ後ろの方で何かが息をのむ気配がした。



「――あ……あなたたち、どうして……?」


「キュ?」



 後ろから声がしたので振り返ると、そこには探していたあの子の姿が!


 部屋の隅でぷるぷると震えて、もう涙もいっぱい流していたんだろう。

龍青様と同じ青い目が、少し赤みを増していたのに気づき、

私は近づいて「無事だったんだね。大丈夫?」とキュイっと鳴いた。

さっきぶたれていたから、はれないといいけど……。



「……もしかして、私を助けに来てくれたの?」


「キュ」



 そうだよと、うなずいてみたものの……。

でも私たちも捕まっちゃったんだよねと応える。


 見ればさっき別れたばかりだというのに、その子の両手は傷ついていた。


 きっとここから逃げようとして、

必死になって爪で引っかいたりしていたんだろう。

そこでますます「あの頃の私みたいだな」と思いながら、

私はその手を両手でそっとさわった。治してあげなきゃ。


 前に手をぺしってやられたから、

私みたいなのに触られるのは嫌なのかもしれない。

だから、戸惑うその子に「ごめんね、ちょっとだけがまんしてね?」と、

キュイっと先に謝っておくと、私はつないだ手に光属性の力を込めた。


「え?」


「キュ……キュイ、キュイ」


 かか様に教えてもらって何度も練習した。

傷を治す癒しの……白龍の力。それをゆっくりと使ってみる。



(落ち着いて……ゆっくりと集中して)



 かか様に言われたことを思い出しながら、光を込める。

教えてもらったとおりに、力をめぐらせて……傷をふさいでいく。


 それからそっと手を放し、ゆっくりと私が目を開けると、

赤くなっていた手の傷はもうあともなく消えていた。

良かった。うまくいったみたい。これでいいねと、私はしっぽを振る。

私のかか様はね、白龍なんだよってしっぽを振りつつ教えてあげた。

だから私も少しだけ使えるんだ。



「どうして……私、あなたにひどいことしたのに」


「キュ?」



 龍はえっと……そう、助け合いだからね。

とと様もかか様も、郷にいる仲間のみんなも私にそうして優しくしてくれたし、

龍青様も大事にしてくれたの。だから、私もそんな風になるの。


 私がキュイっと鳴いて言うと、

目の前の子は、少し考えたそぶりをして、私にこう聞いてくる。



「……もしかして、あっちの屋敷で食べ物を用意してくれていたのって」


「キュイ」



 そうだよ。私。


 私はこくりとうなずいてみせる。


 あなたは私の郷の仲間じゃないけど、同じ種族でもないけど、

でも……同じ龍族だものね。たすけてって、私に言っていたでしょう?

だからね。お迎えに来たんだよ。



「――っ!」



 すると、目の前の子は何か言いたそうに、もじもじしていた。


 その間にハクお兄ちゃんが、

さっきから壁をこつこつと叩きながら何やら調べているので、

もしかしたら逃げられるのかなって思ったんだけど。

すぐにハクお兄ちゃんが首を振って座り込む。



「……っ、だめだ。

 どうやら閉じ込めるためにあらかじめ作っていたものらしいな。

 ほころびが少しでもあれば、ぼくでも壊せるかもしれないと思ったけれど」


「キュ」


 もしかして、これは龍の子どもを飼うために用意した特別な物かもしれない。


 私はためしに、とんとんと手で壁を叩く。



「キュ……」



 つぎに手まりを壁に向かって、ぽーんと投げつけてみた。

それから二度、三度とやってみるが、何の変化もない。

……こ、この私のとっておきの技が通じないなんて。


「キュ」



 すぐに跳ね返ってきてしまうので、

じゃあ今度は火の玉でも出すかと思ったら、

それはハクお兄ちゃんにあわてて止められ、


「ぼく達を殺す気か!」


と叫ばれたのでやめた。


 気を取り直して、もう一度だけ手まりにうんっと力を込めて、

壁へとぽいっと投げつける。



「無駄だよ。今はじっとして、他に抜け出す機会を……」



 ハクお兄ちゃんがそう言って、私の方を振り返ったその時、

壁から鈍い音が聞こえ、ぱらぱらと何かの欠片が落ちてくる。

私が手まりを投げた所に、少しだけひびが入ったではないか。



「キュ?」


「え゛っ?」


「うそ……」



 そこで、もう一度、もう一度と手まりをせっせと投げてみると、

また穴が少しずつ開いて、さらに光がもれてくる。

すき間を見るに外へとつながっているらしい。


 よし、このまま外へと逃げ出すぞと思っていたら、

ハクお兄ちゃんが「おまえ、そんな怪力だったのか」と驚いている。


 ちがうよ。これ龍青様からもらった手まりなんだもの。

龍青様が私みたいに小さかった時に使っていたものだから、

少しずつ、力が弱くても神通力がこの手まりの中にもしみ込んでいるんだって。

だから、お守りにもなるよってお兄さんが教えてくれたんだ。



「ぬ、主様の!? そういえば蔵で前に見た記憶が……って、

 おまえ、それ神具だったのか! いつも持っているからてっきり。

 それをただの玩具として遊んでいたのかよ!!」


「キュ」


 そうだよ。だって龍青様が遊んでいいって言ってくれたものなんだから。


 ところで“しんぐ”って何?



 ハクお兄ちゃんが言うには「しんぐ」は神様が扱う大切な物なんだって。

へえ、そうなんだ。じゃあ手まりってすごいんだねと聞いていたら……。



「ガキども! さっきから何を騒いでいるんだ……って、

 おい、なんでここが壊れてるんだ?」


「キュ!?」



 あ、ほらあ……ハクお兄ちゃんが騒ぐからバレちゃったじゃないか。

河童のおじさんが外側から空いた穴を見るや「結界がほころんだのか」と、

首をかしげながら、すぐにそこをぱぱぱっと塞いでしまい、

そそくさと行ってしまった。


 脱出できると思っていた私達は、そろって悲鳴をあげた。



「キュ~……」


 せっかく壊したのにいいい~……。



「ご、ごめん……」


 じろっと見た私に向かって、ハクお兄ちゃんがあやまってきた。



 そして、今度は、手まりをどんなに投げつけても壊れなかった。



「キュ、キュイ……」



 しょぼんと頭を下げた後、私はすんと鼻を鳴らし、

疲れたので、とりあえずハクお兄ちゃんに、

「抱っこ」と両手を伸ばしておねだりする。



「は? なんでだよ」


「……」


 でも、ハクお兄ちゃんには腕を組まれたままそっけなくされたので、

私はころんと後ろに寝っ転がって泣いた。



「キュー!」



 私だって、私だって龍青様に抱っこしてもらいたいよーっ!

ちょっとぐらい抱っこしてくれてもいいじゃないか、

私はまだこんなに小さいんだぞっ!


 お兄さんがここに居ないから、おねだりしただけなのに。

もしも助かったらハクお兄ちゃんの事は、

ぜったいに龍青様に言いつけてやるんだから。


そうして私は大きな声でキュイキュイ泣いた。



「うわあああっ!? 分かった、分かったから!

 言うなよ? ぜったいに主様には言うなよな!?」



 キュイキュイと泣き出した私を、あわてて抱き起したハクお兄ちゃんは、

とんとんと私の背中を優しくたたきながら、あやしてくれる。

私をなでるその手つきはぎこちなく、龍青様の時とは全然ちがうし、

本当は龍青様にやってもらいたかったけど、

すんすんと鼻を鳴らしてがまんする。



……龍青様、早くお迎えに来てくれないかな。


 ここには居ないお兄さんを思って、小さなしっぽが元気なくゆれた。








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