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河童編・7


 


 突然、私達の間に割り込むようにやって来た。

頭のてっぺんがつるつるのおじさんは、緑王りょくおうと名乗った。


 龍青様と同じ水神仲間だと言うから、

きっと知り合いということになるけど……こいつが龍青様と同じ水神?


「キュ」


 見た感じ、龍青様のお友達ではないことは確かだ。

だって、龍青様の友達のミズチおじちゃんは子どもにこんなことしないもの。

龍青様だって自分の水域でこんなことをするのが居たら、

ぜったいに怒るだろうし。



「か、河童族の若様が、なぜこのような場所に?」


「我ら公方様とは不仲のはずでは……」



 女房のお姉さん達の口から、ききなれない言葉を聞いた。

かっぱのわかさま? 何それ? 


 髪も肌も緑色をしたそのおじさんを見上げながら私は固まるが、

とにかく捕まっている子を助けてあげなきゃと、勇気を出して立ち上がる。

急に子どもを叩くような怖いおじさんだけに、

私の足はまだぷるぷると震えているが、

そんなことを言って……いられないも……んね。


 よく分からないけれど、龍の子どもとしての本能が告げている。

あれは私やあの子にとって、危険な存在だと。



「キュ」



 ねえ、ハゲつるぴっかのおじさん。


 私が言うと、緑色の水神のおじさんは右を見て、左を見る。

おじさんのことだよ。ハゲつるぴっかでいいでしょ?



「……は? ハゲつる?」



 ハゲた。つるつるぴっかのおじさんの方がいいかな?

私は首をかしげておじさんに聞いてみた。


 言われたハゲつるぴっかのおじさんは、無言でまた辺りを見回す。

そしてそれが自分の事だとようやく分かると、私の方を見下ろした。



「お、ちょ、ちょっと待て!!

 小娘、まさかそれは余のことを呼んでいるのか?」



「キュ」



 私はそうだよとうなずいた。他に誰が居るんだ。


 頭の上がつるつるなのは、ここではおじさんしか居ないし、

龍族はうろこが落ちても、また生えてくるからハゲたりしないもの。

髪の毛がないから、頭の上に代わりのお皿を乗っけているんだよね? 


 なんでそんなものを乗せているのかは、

さすがに小さな子どもの私では分からないけれど、

名前覚えられるか自信ないから、ハゲつるぴっかのおじさんって呼ぶね。



「だ、だから誰がハゲだ! これは誇り高き河童一族の証の皿で、

 すぐれた者ほど輝きある皿が持てるのだ!! 見て分からないのか!?」


「キュ?」


 そうなの? でも私にはただのハゲにしか見えない。

だから、面倒くさいからハゲつるぴっかのおじさんって呼ぶ。決めた。

私はしっぽをぶんぶんと振って話す。


「勝手に決めるなあああああっ!

 ……っ、お、おまえ、まさか余が誰か分からぬのかっ!?」



 水神様なんでしょ? 今自分で言っていたし、知っているよ?

おじさんのことは見たことなかったけどね。

……というわけで、ハゲつるぴっかなおじさん、その子を放すのだ。

いくらハゲている水神様だからって、小さい子を泣かせたらだめでしょう?

その子もまだ子どもなんだよ? もっと優しく抱っこしなきゃだめじゃないか。


 だからハゲているの?



「ハゲは関係ないではないか! それに余はまだおじさんではない!!」


「キュ」



 うそだ。ハゲていると、“ごろーたい”なんだって、

前にとと様が言っていたもん。

龍青様のとと様をおじさん呼ばわりして怒られたから、

ちゃんと見分け方を教えてもらったんだからな。


 ボケちゃっているから、子どもの扱いが下手なんだよね? 

それより、いい年したおじさんなのに、娘の扱いも分からないのか。

――……その様子だと、どうせ番の嫁が居ないんでしょ?



「……っ、な、なぜ余に嫁が居ないと分かった!?」


「キュイ」


 なんとなく。それで、小さい娘なら手なづけられるとか、

そんなことでやって来たんでしょ? 甘いな。



 すると、辺りがしーん……と静まり返る。

目の前のハゲつるぴっかのおじさんは、私を見ながら震えて固まっているな。

その様子を見るに、図星か。


 直後、周りで笑いをこらえるみんなの声がした。

おじさんとのやり取りから、私がどんなことを話しているのか伝わったらしい。

捕まってさっきから震えていた子も、ぶふっと息を吐く。



「わっ、笑うな小娘がああ!!」


「きゃああっ!?」


「キュイ!」


 今度は怒鳴りつけて子どもを脅かしている。悪いヤツだな。

こら、そこのいじめっ子! だめでしょそんなことしちゃ!!



「だっ、誰がいじめっ子だ!?」



 私はこういう時、子どもに悪さをするようなヤツは戦うと決めている。

目の前の子は私の仲間じゃないけれど、私は紅炎龍の長の娘だもん。

かか様もとと様も、そして龍青様にも言われているからね。


 近くにあった石をつかみ、ヤツの顔めがけてべしっと投げつけた。

でもかんたんに払いのけられ、小石ははじかれたように別の方向へ……。



「キュ?」


「は、そんなもので余が傷つけられるとでも思ったのか。

 所詮はただの子どもだな」


 相手はそれを見て、鼻で笑って見せた。


 く……っ! なんなんだ。いきなり出てきて私のことを笑うなんて!



「キュイ!!」


 それならばと、私は手まりを呼び寄せて、思いっきりしっぽで投げつけてやる。

ちりりんと鈴を鳴らした私の、とっておきの技を受け取るがいいっ!!

すると馬鹿にするように、私の事をけたけたと笑っていた奴の顔に、

べしっと勢いよく手まりが当たった。



「ふぐおっ!?」



 後ろによろけたおじさんに、私はふんっと鼻息荒く指をさす。



「キュ!」


 ど、どうだ見たか。おい、ハゲつるぴっかのおじさん!

子どもだからって甘く見ると、痛い目に遭うんだぞ、本当だぞ。

いいか龍の子どもは宝物なんだ。大事にしてくれなくちゃいけないんだぞ。

それすら分からないヤツに、雌の子どもがなつくとでも思ったのか!!


 身を低くしてぶんぶんと威嚇のためにしっぽを振り、

そのまま勢いよくヤツへと飛び掛かると、必死になってよじ登る。

さあ、分かったら大人しくその子を離すのだ!


 わしわしわしわし……っ!



「キュイイーー!」


「うわっ!? こら何をする!!」



 あの位でこの私があきらめるとでも思ったのか。甘いな!!

私はとと様とかか様の子ども、強い龍の子どもになるんだからな!

お兄さんのナワバリで起きたもめごとは、この私が解決してみせるのだ。

私、強い子だからな!


 言うことを聞かないと、痛い目に遭うのはおまえの方なんだぞ!

私は片手で着物をつかんでぶら下がったまま、爪をしゃきーんと伸ばした。



「……っ!? ま、待て!!」


「キュ」



 待つか!! かくごするのだ。 私の恐ろしさを思い知れ!

目の前の着物をビリーッ! と切り裂き、ついでにかぷっと噛みついてやった。



「うぎゃああああああっ!? よせっ、何をするっ!! 止めろこら! 

 これは高価な召し物なるぞ! その辺のチビが切り捨てていいような……っ!?

 あ、あああああっちへ行け! か、噛むなあああ!!」



 すると、ぎょっとしたハゲつるぴっかは、私をあわてて振り払おうとする。


「キュイ!?」


「さっさと離れんか、この無礼者が!!」



 手で思いっきり払いのけられ、私がころころと転がり悲鳴を上げると、

すぐにハゲつるぴっかのおじさんに、私の首の後ろをぎゅむっと引っつかまれた。


「な、なななんだ。さっきからこいつは!? 

 ここでの子どものしつけはどうなっている!?」



 つ、捕まった! 私までこんなヤツに捕まっただと!

しかもなんか今、私にとっても失礼なこと言った気がする!!

離して、離してよとじたばたと暴れる私と、同じように暴れている青い子。


 それを見た女房のお姉さんから、

「姫様っ!?」と悲鳴がもれていた。



「ひっ、姫様に何をなされます!!」



 ざざっと周りを取り囲むように女房のお姉さん達が近づき、

続いて侍従のおじさん、お兄さん達も近づいて私を離してくれと言ってくれて、

ハクお兄ちゃんもこっちへと駆けてくる。


「おおっと、おまえらそれ以上動くなよ?

 余に近づいたら、こいつらがどうなるか保証はせんぞ?」



 そう言って水で出来た刀のようなものが、私達の首元に寄せられる。

こいつ本気だ。本気で私達を傷つけようとしている。

そろって息をのんだ私達は、がたがた、ぷるぷると体を震わせた。

郷を襲った時に見たあの怖い刀が、目の前にちらついている……っ!



「キュ……キュイ……」



 みんなを、郷を襲った人間が私に向けてきた。あの怖い……。



「キュ――ッ!!」



 私はあまりのこわさに悲鳴を上げた。



「姫様あああ……っ!」


「ひ、卑怯な、姫様を質に取るおつもりか!」


「その方をどなたと心得る!?

 この水域の主、公方様の大事な婚約者様ですぞっ!!」


 侍従のおじさんがそう声を荒げると、

また鼻で笑ったその雄は、「そんなことは分かっているんだよ」と言い、

舌なめずりをしながら私達を見下ろし、

私達はびっくと顔を見上げておじさんを見た。



「だからな? わざわざこんな所まで来てやったのだ。

 生意気なあいつの、大事な婚約者様とやらに会いにな」



 そして手につかんでいる私達を嫌な目で見比べている。

……く、こ、こいつ目つぶししてやりたい。手が短くて出来ないけどさ。

私は両手をぶんぶんと振りながら怒りに震えた。


 私のことを抱っこしてもいいのは、龍青様だけなんだぞ。


「キュ」


 あ、でも抱っこするのはかか様と、とと様はしてほしいし、

ミズチのおじちゃんは抱っこに最近慣れてきたしな。

ハクのお兄ちゃんは、まだちょっと持ち方がおっかなびっくりなので、

今はいろいろととっくん中だし。


 郷のみんなとお屋敷のみんなも、やさしく抱っこしてくれるから、

そのあたりのみんなは、私のことを抱っこしてもいいかなとは思っているけど。


 でも、こんな奴に勝手にさわられるのは、私にとってとっても嫌なことなのだ。



「は? ま、まて……よく見りゃこっちの桃色のちびも龍の子どもか?

 龍の子どもが二匹いるとは聞いてないぞ? それに桃色とは珍しい。

 こんな色なんて見たこともなかったから、龍種だとは気づかなかった。

 桃色と青色……噂の龍青の婚約者とやらはどっちだ?」



「……キュ?」



 龍青様の……婚約者?

もしかして、それ私のことだよね? なんで私のことを探しているんだろう? 


 私はつい「私だよ」と言いそうになったのを思いとどまった。

だって、向こうでハクお兄ちゃんが必死になって、

「言うな、言うな!」と口をぱくぱくしながら言っている。

こういう時、もうちょっと考えるくせを付けなさいって言われているんだよね。


 だから私は両手で口をふさいで、こくっとうなずいたぞ。


 

 緑色をした「かっぱ」とかいう雄は、何度か私と青水龍の子を見比べた後、

「やっぱ、こっちだな」と青水龍の子を見た後、私のことをぽいっと放り投げた。



「キューー!?」


「ちびすけ!?」


 ハクお兄ちゃんが両手を伸ばしながら私の方へと駆けてくるが、間に合わない。


 だが、私は日々、「とっくん」をしているお子様なのだ。


「キュ!」



 私はがぜんやる気になった。

ここは私のとっくんの成果の見せ場だろう。


 地面に落ちる前、ころころころんと受け身を取って、

そのまますくっと立ち上がる。


 ちょっと痛かったけれど怪我はしていないぞ。成功だ!

どうだ「でんぐりかえし」が役に立ったんだぞ!と、後ろを振り返るも、

私のことを放り投げたヤツは、もうすでに私の方を見ていないではないか。



「キュ……」


 期待していた「おおお!?」という声はいただけなかった。


 私は、「い、いいもん。後で龍青様にほめてもらうもん」と、

すんと鼻を鳴らした。


……がんばったのに、誰もほめてくれない。



「お、お怪我はないですか?」


「痛い所はないか? ちびすけ」


 女房のお姉さん達とハクお兄ちゃんが、

おろおろと取り乱しながら私の元に駆け寄って来てくれたので、

私はキュっと返事をしてうなずく、だいじょうぶ怪我はないよ。

ちょっとびっくりしたけれど、私、つ、強い子だもん。

こんな、こんな位で泣かないんだからな!



「おまえ、震えているぞ」


「キュ」


 

 そんな私を無視して、かっぱのおじさんはけらけらと笑っている。

ちょっと! 私のことを放り投げておいて無視しないでよ!

うろこが傷ついたらどうしてくれるの!!


 私はぴょこぴょこと飛び跳ねながらキュイキュイと抗議した。






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