河童編・6
「……桃は、その子と仲良くなりたいの?」
「キュ」?
かか様が、私の話を聞いて、青水龍の子とどうなりたいのかを聞かれる。
私はちょっと考えてみて、こくんとうなずいた。
龍青様が取られちゃうのだけは、ぜったいに嫌だけれど、
遊び相手としては仲良くなれたらなって、ちょっと思う。
だってせっかく会えたんだもの、最初はお友達になれるかなって思っていたし。
龍の子どもは生まれにくいから、今度はいつ会えるのかも分からない。
私みたいな色は珍しいから、会えたとしても仲良くなれないかもしれないけれど、
できるのなら、一緒に遊べたらいいなって思っていたんだ。
かか様は「そうなったらいいわね」と、
滝の前まで私の事を抱っこしたまま送り届けてくれる。
ゴロゴロとごきげんに喉を鳴らしていると、
龍青様が岩肌に腰かけていて、いつもみたいに私が来るのを待っていてくれた。
「やあ、おかえり姫、それと姫の母君。
先ほどは供物をありがとう、屋敷の者達が喜んでいたよ。
……ところで一つかじりかけの物が含まれていたんだが、あれは姫からかな?」
「キュ」
そうだよと言ったら、私を抱っこするかか様が飛び上がった。
「食べたかったのかい?」
と龍青様に聞かれたので、
「キュイキュイ」
味見したんだよ。
私がそうキュイキュイと話しをしたら苦笑された。
しゃくしゃくして美味しかったよと、
初めて食べた味を教えてあげながら地面に降りたら、
かか様が、「桃――っ!」と私の名を呼びながら顔を両手で覆っていて、
龍青様に必死にあやまっていた。
「あ、ああああああ、も、申し訳ありません主様!!
うちの娘がとんでもない物を供物に紛れ込ませてしまって!!
桃! かじりかけの物なんて主様に捧げちゃダメでしょ!?」
なんでかか様があやまるんだろう……?
番は美味しいものを分け合うものだって、
前にお兄さんも言っていたのに、私は番になるんだから、
やってもいいはずだよと言うと、
今度は龍青様がごほごほと咳をし始めた。
「つ、番……そ、そそそそうだね。
俺も今のうちに慣れておかなくてはいけないかな。
では、あのかじりかけのものは、俺の夕餉に絶対に出してもらうよう、
後でよく頼んでおこう、くれぐれも他の者が口にしないように」
「キュ」
いっしょに食べようねと、おそろいでしっぽを揺らしてみた。
お兄さんのお膝の上に寝転がって、ごろごろしながら食べるのが好きなんだ。
「あ、あなた……主様のお屋敷でいつもそんなことをやっているの?」
他にも何か言いたげな私のかか様がいたけれど、そうだよと答えた。
お屋敷ではきちんとお勉強もするけど、
お兄さんのお膝の上で“ぐーたら”もするの。
そう言ったら、かか様が今までに見たこともない位に、
とっても怖いお顔をされた。なぜだ。
「いい? くれぐれも、くれぐれも、失礼のないようにね」
まだ、とっても物言いたそうな顔をしているかか様と別れた。
おかしい。
私いつもとっても良い子にしているはずなのに、
なんでかか様は分かってくれないんだろう……?
ふしぎに思いながら、水の底にあるお屋敷へまた戻ってくると、
さっきは見なかったものを庭先で見かけた。
「キュ……?」
ハクお兄ちゃんが、庭の地面からぴょっこりと顔だけを出していたのだ。
もしや埋まっているのだろうか? 今度は何の遊び?
何事かと思えば、さっき自分が作った落とし穴にはまっていたらしい。
その近くでは、居なくなっていたあの青い子がハクお兄ちゃんのそばに居て、
なにやらすごく興奮している様子だ。
しっぽを上に立てたまま、ぴょこぴょこと飛び跳ねて怒っていた。
「このあたしを、そんなもので捕まえようとするなんて!
本当に失礼しちゃうわね!」
「くっ、このちび! さ、さっきからちょこまかと逃げやがって~っ!!
さっさと捕まらないか、このうつけが!!」
「いやあよ! 誰があんたみたいなのに捕まるもんですか!」
……たぶん、あの落とし穴は、
あの子じゃ軽すぎて落ちなかったんじゃないかな。
ハクお兄ちゃんはこういう時、こだわって丈夫に作っている気がする。
それであの子だけすり抜けて、肩から下が埋まったハクお兄ちゃんは、
くやしそうに「きい!」と声をあげているんだろう。
「……あら、姫様、お戻りで」
「キュイ」
私と龍青様に気づいた女房のお姉さんがいるので、こんにちはした。
その後ろで龍青様が、庭先を見ながら疲れた顔で溜息を吐く。
「実は姫が巣に帰ってからというもの、ず~っとあの調子でな?
うるさくて仕事にもならんから、陸に逃げていたんだ。
こんなことなら、姫と他所でしばらく遊んできた方が良かったな」
「キュ?」
二匹ともまだ興奮しているから、
しばらくそっとしておこう……ということになり、
私はキュイっとお返事をして、龍青様と一緒に屋敷の中へと入る。
ふと気づいたけれど、ハクお兄ちゃんがあの子にかまっているということは、
今なら龍青様に甘えていても邪魔されないじゃないか! ……と気づき、
私が龍青様の着物の裾を引っ張りながら、廊下をごきげんに歩いていると、
龍青様がそう言えば……と私の方を見下ろす。
「姫、その背中に背負っているのはどうしたんだい? 自分のおやつ用かな」
「キュ?」
あ、そういえば、あの子にあげるの忘れていた。まだあそこにいるかな?
食べ物をあげたら、少しは落ち着いてくれるかもしれない。
私が風呂敷きの結び目に両手を当てて、龍青様を見上げ、
「あとで龍青様のお部屋に行くね」と、さっきの場所に戻ろうとすると……。
お兄さんに呼び止められた。
「それは塩を付けて食べてもおいしいよ、あの子にあげるんだろう?」
「キュイ?」
「気を付けていくんだよ? ……仲良くなれるといいね」
「キュ」
しゃがみ込んで頭を指先でそっとなでられる。
私が考えていることはお見通しのようだ。やっぱり龍青様はすごいね。
「そうだね……子ども同士で過ごした方が話を聞きやすいかもしれないな。
俺としては、姫には気性の穏やかな娘を話し相手にと思っていたのだが、
これも勉強だからね。同じ年頃の子どもと接する機会は必要か」
「キュ?」
「なんでもないよ。じゃあ行っておいで。
もしまた酷いことをされそうだったら、すぐに俺の所に帰ってくるんだよ?」
龍青様と覚えたての“ゆびきり”をし、
目指すところは食べ物をいつも用意してくれる所だ。
台盤所の部屋の中で作業をしていた女房のお姉さんを見つけ、
着物の裾をくいくいっと引っ張って、塩をちょうだいとお願いする。
こういう時に字をおぼえていると便利だね。
前は何でも抱っこしてほしいのだと思われて、いろいろと苦労したんだよね……。
「お塩……ですか? では持ち運びがしやすいように紙に包んでさしあげますね」
「キュイ」
こっくりとうなずいて、きれいに折りたたんだ塩入りの小さな袋をもらい、
私は着物の袖の中に大事に入れて、手を振ってお姉さんと別れた。
そのまま、いそいそとお庭に出てみれば、
まだあの子どもとハクお兄ちゃんは言い争っている。
周りにはどうしたものかと、様子見をしている女房のお姉さん達と、
侍従のお兄さん、おじさんたちが途方に暮れていて、
庭師のおじいさんが穴の開いた庭を見て、しくしくと泣いていた。
「だーかーらー! 悪いのはあんたでしょうが!!
こんなもので私を捕まえようとしたんだから!!」
「何を!? も、元はといえばおまえが、
主様の屋敷を荒らしているせいだろうが!!」
庭師のおじいさんに近づくと、
「姫様、わしが整えた庭がああ……」と泣いているので、
おじいさんの足にぽんぽんしてから、持ってきたしいの実を一つあげた。
じじばば様は大事にしてあげないといけないって、
とと様にも言われているものね。
それから騒いでいる二匹に、とててっと駆け寄ることにした。
走るとちょっと楽しくなってきて、
そういえば昨日、かくれんぼをしていたなと思い出す。
あ、そうだ。私はこの子を探していた途中だったんだよ。
だから私は一緒に遊んで仲良くなろうと考えた。
「キュイ!」
みーつけた! と、私はその子の目の前でびしっと指差しする。
「……え?」
「は?」
「キュ」
私は鼻息荒く、青水龍の子を指さした後、
その子の手をぽんってさわると、
周りに居たみんなはもちろん、青水龍の子も、
ハクお兄ちゃんもぽかんと口を開けて固まった。
けれど私は気にしない、キュイっと鳴いて笑う。
そうだよ。昨日から私達はかくれんぼをしていたんだから、
ちゃんと続きをしよう。
「キュ、キュイイ? キュイキュイ」
じゃあ、次はあなたが「かくれんぼの鬼」だからね?
あ、鬼ってわかるかな?
かくれんぼした他のみんなを見つけるんだよ。
ちゃんと目を閉じて、10数えてから、「もういいかい」するんだよ?
私はそう言って青水龍の子と話す。
「え……あの、何言っているのあんた?」
「キュ」
なにって、かくれんぼだよ。
せっかくみんなが集まっているんだから、
そのままかくれんぼをしようと勝手に決めた。
一緒に遊べば、みんな仲良くなれるかもしれないって思ったからね。
ぽかんと口を開けたままの、ハクお兄ちゃんとその子をそのままに、
「それじゃあみんな逃げるよ」
みんなにキュイキュイと鳴きながら手振りで合図をする。
「はっ!? 姫様のその手振りは……“かくれんぼ”ですね?」
「キュ!」
そうだよ。みんなでだよ。うなずきながら、両手を大きく広げた。
「み、皆様! 覚悟はよろしいですか? 姫様の号令が入りましたわ!!」
女房のお姉さん達が先に気づき、続いて侍従のお兄さん、
おじさん達も私の言っていることが伝わったのか、顔を見合わせる。
そのまま一斉にその場から逃げ出し、私もたかたかたーっと走り出した。
このお屋敷で遊びの主導権は私にある。
私がやると言ったら、みんなも参加するのだ。
「は? お、おい、おまえ達一体何をして……」
ハクお兄ちゃんは、その場から一斉に立ち去るみんなの様子を見て、
まだ穴の中でぽかんとしていた。
「すみませんハク様! 姫様の命令は絶対なので!!」
「このお屋敷での遊びの主導権は、うちの姫様にありますからね!」
「ここに居たら鬼になってしまいます!!」
「ハク様もお早く!!」
「え゛っ? お、鬼? 昨日のあれか!?」
「キュー!」
神の眷属にとって、「鬼」というのは「えんぎ」とやらが悪いらしい。
疫病や、厄災とかの原因だとかなんとかに例えられるのが鬼と聞いたことがある。
私は本物を見たことがないけれど、とっても怖い存在なんだって。
だから誰も鬼をやりたがらないので、最初は必ず私がやるんだ。
みんなを無理やり遊びに巻き込んだ私は、
逃げろや逃げろと、両手を前に伸ばしてとたとたと逃げ出した。
すると夢中で走っている私の後ろで、
「ちょっ、ちょっとおおおお!?
あたしのことを探していたんじゃないの!?」
子どもが叫ぶ声がする。
なんだったかなと振りかえれば、
青い子がすごい勢いで私のあとを追いかけてきた。
え? ちょっとまって、まだ私隠れてないんだよと思ったけれど、
言われてみれば私、何かあの子に会って渡すものがあったような……と思い出し、
立ち止まって、風呂敷きの中身を渡そうと考えた。
むう、しかたないな。かくれんぼはちょっと待っていてもらおう。
「キュイ」
あのね、これあなたにあげようと思って……。
私が背中に背負ったものをいそいそと下ろそうとした――その時。
「キュ?」
顔をあげたら、いきなり目の前に大きな水しぶきが上がった。
驚いてしりもちをついた私は、そこで見てしまう。
青水龍の子のすぐ後ろに水の柱が現れていて、
その中から水かきのある緑の両手が、ぬうっとこちらに伸びてくるのを……。
見たこともないその存在に、私が飛び上がってその子に声をかけるよりも早く
あっという間に青い子は、緑の手によって捕らえられてしまった。
「キューッ!?」
抱え込まれたその子から悲鳴が上がり、
逃げていた屋敷のみんなも、何事だと一斉に足を止めて振り返る。
目の前で水柱が上がったことで、
ハクお兄ちゃんはあわてて穴から這い上がろうとし、
私は……驚きすぎてぺたりとおしりを地面にくっ付けたまま、
その場に固まってしまった。
ぷるぷる……ぷるぷる。
現れたその姿は……肌が緑色をした人型に近い何か。
私が知らない、初めて見る妖だと思った。
「……はは、おまえか? あの龍青の婚約者というのは?」
「キュ?」
「ちょ、な、なによあんた……っ! 離しなさいよ!」
肌の色が緑色をしたその雄は、そう言って青い子を見下ろしていた。
青柳色の布に、裾にきゅうりの絵が刺繍された面白い着物を着ていて、
みんなのように人型をしていているが、
肌が緑なのですぐに何かのあやかしだと分かる。
瞳は金色で髪は黒く短く切られていて、
頭の上には髪がなく、真っ白なお皿がちょんっと置いてある姿をしていた。
いつも“みやび”な着物を見てきた私なので、少しならわかる。
このおじさんは、やけに変な着物を着ているなってことを。
見知らぬ相手に驚いたまま見つめていると、
さっきから腕の中から脱出を試みていた青い子が、
緑のおじさんの手を引っ掻いて暴れ出した。
「は、離しなさいよ、このばか――っ!」
「……なに? 余に対してなんだその口の利き方は!!」
目の前で、べしっと大きな音を立てて、龍の子どもの頬が叩かれた。
「キュイ!?」
叩かれたその子から悲鳴がもれる。
そして震えながら泣き出してしまった。
「キュ―ッ!?」
「ははは、しつけだ。大人しくしていれば殺しはしない」
だ、誰? ちょっとその子になんてことするの!
私がよそ者らしき変わった姿のおじさんに驚いて、動けず震えている間に、
じたばたと脱出を試みている青い子が、「よくも!」と泣きながら、
かぷっとその緑の雄に噛みつこうとすると、
小さな頭をガシッと片手でつかまれて、持ち上げられた。
「じっとしていろと言っているだろうが!
余はここに居る、子ども好きの水神様とは違うからなあ?
大人しくしていないと手が滑って、もっとひどい目に遭うぞ?」
「キュ!? キュイイ!!」
ぷらんと持ち上げられたまま、またバシッと顔を叩かれた。
キュイキュイと悲鳴を上げるその子を見て、けらけらと笑う緑のあやかし。
その姿、その目つきは私の郷を襲ったあの人間の目にとても似ていた。
そう、まるで私達を物のように扱うような、あの怖い目をした存在に……。
だから私は余計に怖くなった。
「キュ……キュイ」
お、おまえは誰だ。
涙目になりつつも、逃げ出したい気持ちを抑え、
私はぷるぷると震えながら怖いおじさんに近づく。
なんでこんなことをするのか、会ったばかりの子どもを叩くなんて、
私が知っている限りでは、子どもにこんなことするヤツは……。
そう思いかけた所で、私は気づく。
「誰だと? 聞いて驚け。余は緑王、河童族の水神、緑王様だ」
――私の、龍族の子どもにとって敵になるヤツなんだ。
そしてそいつは名乗った。自分が水神の一柱だと。




