表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/98

河童編・5




「それにしてもあのちび、まだ見つからないのか……よし」



 そう言ってハクお兄ちゃんは、丸い竹で出来たざると、

長いぼうと、ひもをどこからか持ってきた。

これから何が始まるんだろうと、首をかしげてそばで見守っていたら、

まず、ひもを結んだ棒を立てて、ざるの端に引っ掛け、

中に蒸してある美味しそうな芋が乗った皿を置いた。


「これ、なあに?」って中をのぞき込むと、

反対側でハクお兄ちゃんも一緒にのぞきこんでいる。


「こうしてみると、おまえ達は本当の兄妹みたいだな」


 龍青様がそんな私達を見て笑っていた。

その言葉に、私達はくるっと後ろに居る龍青様を振りかえる。



「そ、そりゃぼくはこいつの兄者だし? 兄として妹分の面倒は見ますよ」


「キュ?」


 そうだっけ? 私の方が見ているよ。

いつも遊んであげているもん。私の方がお姉さんでもいいくらい。

あ、それより、これなあに?



「そんなことないだろ、ぼくだって見ているじゃないか。

 勉強から、おまえが落書きした所だって掃除してやっているし――」



 それより、これなあに?

私はぺちぺちとハクお兄ちゃんの足を叩く。


「おまえぼくの話を聞けよな! いつも大事な話はすっとぼけるんだから。

 これは獣をとらえる時に使うわなだよ。

 食べている間に紐を引くと棒が倒れてな」


「キュ」


「ざるが落ちて来て、中に閉じ込められてしまう仕組みなんだ。

 あの子ども、おまえみたいにすばしっこいようだからさ、

 こういうことはやっぱり、知恵を働かせないと」


「キュ?」


 わな? それって獲物を捕る時の怖い道具だよね?

だ、だめだよ。あの子が泣いちゃったらどうするのと、私は両手を振って止めた。

こんなのなくても、いつか顔を出してくれるよと。


 そうしたら、ハクお兄ちゃんが首を振ってだめだって言う。



「まずは捕まえるのが先だろう? ぼくだってそろそろ我慢の限界なんだよ。

 目を離したすきに、主様の領域を好き勝手歩いて荒らしているんだし。

 清潔第一のこの屋敷で、このぼくがどれだけ掃除していると!

 ああ、主様じっとしていてください、そこはまだ足跡が残っていますので!」


「ふむ?」


「おみ足が汚れてしまっては大変ですから、ささ、こちらへ」



 後ろを振りかえれば、床を掃除するときに使う道具が置いてあって、

ハクお兄ちゃんが龍青様の周りをせっせと拭きはじめた。

あの子が居なくなってから、そこかしこに付けられた泥の足跡を見つけ、

大慌てで屋敷中を掃除しているらしい。

なので、私も一緒にせっせと手伝ってみる。


……もしや、居なくなった自分の親を探しているのではないか。

居るとしたら、きっとかんなだったお姉さんが居たあそこだよね?


 私はキュイっと鳴いて龍青様の方を見るも、龍青様は私を抱っこした。



「さて、ではここはハクに任せて、姫は一度巣に帰らないとね」



 でも……せめて居場所を教えてあげなくていいのかなあ?




※  ※  ※  ※




 その後、私が身支度を整えてもらっている間に、事件は起きていた。


 青水龍の子がハクお兄ちゃんの用意したわなに引っかかり、

それに怒り狂ったことで、捕まえようとしていたハクお兄ちゃんは、

その子に手をかぷっと噛みつかれ、何度もしっぽの先で、

「しぱぱぱーんっ!」と頬を叩かれたらしく……。



 せっかく見つけたのに捕り逃がしてしまった……と、

女房のお姉さんが実にくやしげに教えてくれた。


 龍の子どもでも、本気で噛みついたら痛いんだよね。


 やっぱり怖かったんだよ。ちゃんと止めればよかったな。



「まるで姫様を保護したばかりの頃に似ていると、

 見ていて微笑ましくも思いましたが、

 その……どうやら姫様より、ずいぶんと気性の激しいお子のようで」


「今まで姫様を見ていたから、大丈夫だとばかり……。

 扱いが同じだと思って、甘かったのかもしれませんね」


「こうしてみると……姫様は懐っこい方でしたのね。

 しばらくしたら、姫様は私どものお膝の上に座りに来てくれましたのに」



 私の時は、すぐに抱っこをしようと近づいてきたお姉さん達だったが、

あの子は牙を向けて「こっち来るなあああー!!」と、

うなってくるものだから、怖がって近づくことも出来ないらしい。



 見かけた者の話では、池の水を飲もうとして頭から落っこちてしまったり、

屋敷にある食べ物を、陰であさったりもして下敷きになっていたりして、

その後に助けてあげても、礼も言わずに逃げられていると教えてもらった。


 なんというか……私の時より、実にたくましい子なんだなって思った。


 私もちょっとあの子を見習うべきなのだろうか、

さすがに私はそういうことはしてなかった。

かか様に最近、「野性味がなくなっている」と言われていたし。


 そんな私は、かか様へのお土産にもらったおやつを風呂敷に包み、

大事に大事に背中に背負う。そして女房のお姉さん達にぺこりとおじぎ。

おじゃましました。また後で来るね。


 龍青様に連れられて廊下をとてとて進んでいくと、

庭先でせっせと動く白い物体を見かけた。

……ハクお兄ちゃんだ。



「くっ、侵入者のくせに、このぼくをバカにしやがって!! 

 バカにしやがってえええええっ! 今に見ていろよおおお!!」



 今度は何を始めようとしているのか、

ハクお兄ちゃんは鼻息荒くしながら、庭に穴をぼっこぼこと掘っていた。

……前に私がハクお兄ちゃんに教えてあげた獲物を取る方法だな、あれって。

あれであの子を捕まえる気なのか。


 でもここまでいくと、ハクお兄ちゃんは初めの目的を忘れて、

歩き回っているあの子を捕まえるというより、

どっちがすごいのかを競いたいんじゃないかなって気がする。


 それを一緒になってじいっと眺めていた龍青様に、

「あれいいの?」って着物を引っぱり、指さして聞いてみた。


 きれいに整えたお庭は、庭師のおじさんが整えているから、

お砂遊びの場所以外では荒らしちゃダメだって……。

確か、私はそう言われて怒られたことがあるんだけれどな。

でも今はあっちこっちに穴を掘って、落とし穴を作っているんだもの。

うさぎじゃないと怒られるんだよね? 



「……ハクもあれで水神の血を引いているからな。

 一度怒り出したら、しばらくは止められないから……俺もあきらめている」



 死んだ魚のような顔で龍青様は答えた。

苦労しているんだね。ぽんぽんと手を当てて私はなぐさめることにした。



※  ※  ※  ※



 さて、私はどんなに龍青様のお屋敷で過ごすのが好きでも、

守らなければいけないことがある。


 前にとと様が迎えに来て、ふてくされて巣穴に帰ったあの日、

私はかか様と大事なお約束をしていたのだ。


『嫁入り前の子どものうちから、

 婚約者の所に毎日寝泊まりをするのはよくないわ。

 主様が好きなのは分かったから、ときどきお泊りするのは許す代わりに、

 親が子の成長を見られるよう、きちんと帰ってきなさい……』


 そうしたら、それを後で聞いた龍青様が……。



『そうだね……姫、ここを気に入ってくれたのは嬉しいが、

 こうして姫が親と過ごせるのは今のうちだけだ。

 いつかちゃんと迎えに行ってあげるから、今は巣に帰ろうね?』



 龍青様にもそう言われて、お兄さんとかか様とのお約束はぜったいだ。

だから今日も、きちんと巣に帰ることはしなくてはいけない。


 迎えに来てくれたかか様に、元気な姿を見せに帰って、

ついでに抱っこしてもらって甘える私。


 すんすんとかか様の匂いを嗅いだ私は、

しばらくの間、かか様と木の実を探しながらお勉強をしたり、

郷にある畑に連れて行ってもらって、畑仕事の手伝いもする。


 郷のみんなはいつだって、一匹しかいない子どもの私を歓迎してくれて、

「少し大きくなったね」と代わる代わる抱っこしてくれるので、

私も大好きだ。


 だから、こうして一緒に過ごすのも居心地がいいと思っている。



「キュイ?」


「ああ、それはちょうどいいな。よし、嬢ちゃん採っていいぞ」



 郷の畑では、ようやく作物が収穫できるようになってきて、

私は大きく実っていたきゅうりを見つけ、

しっぽを振りながら背伸びをして手を伸ばそうとすると、

近くで収穫をしていた知り合いのおじさんが気づいてくれて、

小さな私の体をひょいっと持ち上げてくれる。


 言われるとおりに、ぽきっと音を立てて緑色の食べ物を手に入れた。


……まだ緑色をしているけれど、これ、食べても大丈夫なのかな?


 草以外で実っているものは、

緑だと食べられないものが多いって教えてもらっていたけれど。

すんすんと匂いを嗅いでいると、おじさんに頭をなでられて目を細める。


「いやあ、俺達も作り慣れてねえからなあ……。

 主様が言うには、黄色くなっちまったら苦くなって、

 食べられなくなっちまうんだと」


「キュイ」


 そうなんだ。


 田畑の神様でもある龍青様は、

ここで生きるためにたくさんのことを教えてくれた。


 だから収穫したものは、いくつかより分けて主様へのお礼……供物になる。

この郷と畑を外敵から守り、水を管理してくれている龍青様への恩返し。

ほこらの前で採ったきゅうりをそこに置いて、小さな手を合わせる。

ありがとうって気持ちや、大好きって気持ちが水神様の力になるんだ。



「キュ」


……変な味だったらどうしようと、

ためしに一口食べちゃったけど、別にいいよね?

美味しかったので、かじりかけのきゅうりは、

こっそりと一緒にお供えしておいた。


(龍青様、今日の供物だよ)


 淡い光が現れると、目の前の贈り物……供物は姿を消していた。

それからまた、木のつるで編まれたかごの中に野菜をつめ込み、

手分けをしてみんなの巣穴に運ぶ。


 帰る時も、代わる代わるみんなに抱っこされて私はごきげんだ。



「お嬢ちゃん、本当に少し大きくなったわね~」


「キュ」


「ああ、うろこの色つやなんてすごいきれいになっているな。

 主様に本当に可愛がられているんで安心したよ。

 こりゃそのうち、郷一番のべっぴんさんになるぞ」



 べっぴんさん……?


 そういえばミズチのおじちゃんが、前にそんなこと言っていたな。

何だろうと思いながら、悪い気はしなかったのでしっぽを振って応えた。

郷のみんなは仲良くしてくれるし、屋敷のみんなも可愛がってくれる。

だから……とと様とかか様の子どもで良かったなって思った。


 自分の巣穴に置いていたしいの実と、運んだきゅうりの一つを、

かか様に少しだけ分けてもらって、風呂敷きに包み込むと、

また龍青様の所に行くねと、かか様に告げて立ち上がる。



「桃? さっき主様に供物を送ったばかりだけれど、それはどうするの?」


「キュイ」


 青水龍の子どもにあげようと思うの。


 私は話すべきかどうか考えて……。

やっぱり素直に昨日の事を話すことにした。

かか様、とと様には誰かと知り合ったら話すことも約束したから。

私が親の知らないうちに、変な相手と知り合っていないかと、

いつも心配されるからね。



「キュイ? キュイイ、キュ、キュイイ?」


 あのね? かか様。昨日は龍青様のお屋敷に青水龍の親子が来てね?

主様と同じ種族だから、水神様の嫁にどうかって言って来たの。

私くらいの大きさの子どもだったんだけど……。



「……え? そ、それで主様はなんて?」



 かか様は私の話を聞いてから、手を止めて振り返る。

もう私と龍青様の間には、お兄さんの嫁になるという印は残っていない。

だから、私とお兄さんをつなぐものはないし、禍つ神に狙われることもない。

まあ、龍青様のとと様は元に戻ったから大丈夫だけど。


 今まで、私以外に龍の子どもで嫁になれる娘は居なかった。

でも今は、お兄さんの嫁になりたがっているのは私だけじゃなくなったから、

私より、同じ種族の血を大事にするかもしれなくて……。


 でもね? 大丈夫だよって私はキュイっと鳴いて顔をあげる。


 龍青様は私が居るからって、いらないって言ってくれたの。

そしたら、私のことをその家族が「いぎょう」って言ってきて、

私よりその子の方が、同じ仲間を増やせていいだろうって言ってきたんだ。

そこまで言うと、私は胸がぎゅっとなって、目の前がじわっとにじむ。


 すると、かか様がぎゅうっと私のことを抱き上げてくれた。



 抱っこしてくれたことが、私にはうれしかったけれど、

かか様は悲しい顔をしている。



「キュ?」


「……っ、ごめんね桃、つらかったでしょう。

 ただでさえ、あなたは火属性のとと様の血を引いている。

 主様は水属性、本来なら相反する立場だから……。

 余計に肩身の狭い思いをさせてしまっているのね」



 かか様の目からこぼれた涙が私の頬に当たる。

かたみ? 言っていることがよく分からない。


 そうしたら、かか様が教えてくれた。

とと様を番に選んだのは、主様からの呪いに抗うためでもあったのだと。

でもそれが、私を苦しめているのではないかとかか様は言った。



「キュ……?」



 どうしてかか様が泣くの? かか様が悲しいと私も悲しいよ。

泣いちゃだめと、背伸びしてかか様の顔を必死になってぺろぺろと舐めると、

かか様は私の顔をのぞきこみ、そこで少し笑ってくれた。


 私のうろこは桃色、とと様ともかか様ともちがうし、

普通の龍には珍しく、二つの属性を持っていて狙われやすいから、

かか様は私をこの姿で産んだことを、ずっと気にしているのかな。

でも私は大丈夫だよって、かか様を見上げてキュイっと鳴く。



「キュイ、キュイキュイ」



 だって、私にとと様の力があったから、

龍青様のことを守れたことだってあるもの。

生き物は火を恐れるから、怖い人間とだって戦うことが出来たし、

黄泉の世界では役に立ったって、龍青様だって言ってくれたし。


 お兄さんをあの子に取られそうで嫌だなって思って、

しょんぼりはしていたけど、そうしたら龍青様が私の頭をなでてくれてね? 


 私のうろこは花の色だって言ってくれて、

私のことを嫁にしてくれるって言ってくれたから、すごくうれしかったの。

龍青様が私に言った言葉を思い出して、私はしっぽを振る。


 お兄さんはいつでも、私とのお約束を守ってくれるもの。

だからきっと……私のこと、迎えに来てくれるはずなんだよって。



「そう……よかったわね」


「キュイ」


 でも、その子……途中で泣き出して逃げちゃったの、

みんなが怖い顔したから、怖がらせちゃったのかもしれない。

私の事を悪く言ってきた夫婦は、そのまま座敷牢に入れられちゃってね。


 それで今、残されたその子は見つからないまま、

一匹ぼっちで龍青様のお屋敷のどこかでさまよっていて……。

すごくさびしい思いをしているだろうから、

食べ物を分けてあげようかなって思ったんだ。



 頼るものが居なくて、お腹が空いているととっても悲しくなる。

それを私はとてもよく覚えているから。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ