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河童編・4




 かくれんぼしているなら、探してあげなきゃね。

私はがんばって、もういいかーいを繰り返す。


 みんなが集まっている時しかできないという、その遊びをやるためにも。



「姫……今からかくれんぼが始まるのかい?」


「キュ?」


 龍青様が笑いながら部屋から出てきて、そう私に話しかけてきた。

そうだよ。みんなが参加しているし、かくれんぼしたかったんだもの。



 屋敷で働いている女房のお姉さんと侍従のお兄さん達が、

あの子を見つけるために、どたばたと駆けまわり必死になって探している間、

私も「もういいかーい、もういいかーい」をキュイキュイと何度も繰り返して、

ぴょこぴょこと飛び跳ねては、お返事を待った。


……でも、いつまでたっても誰からもお返事がないぞ。



「キュ」



 そういえば私の言っている言葉が分かるのは、同胞か神様だけだったな。

むう……しかたなく、勝手にその辺をとてとてと歩き回ることにした。

その後ろを龍青様が楽し気について来てくれる。



「……おい、チビ、さっきからお前は何やっているんだよ?」


「キュ?」



 呆れた顔で追いかけてきたハクお兄ちゃんにも声をかけられたので、

私はすかさず、「ハクお兄ちゃん、みーつけた」とびしっと指をさす。

まずは、一匹。



「は……っ!?」


「キュ」


 すると、びくっとハクお兄ちゃんの動きが止まる。


 その間に、一緒に居た龍青様の着物を引っ張り、すたたーっと逃げだした。

ハクお兄ちゃんも巻き込み、再度かくれんぼに突入だ!

次、ハクお兄ちゃんが鬼だからね? 10数えてから探してね。わかった?

ずるっこはなしだよ?



「は? 鬼だと!? ちょ、ちょっと待てよっ!」


 ハクお兄ちゃんが固まったまま後ろで叫んでいる。

突然降られた遊びに、戸惑っているようだ。



「ああ言っているが、姫?」


「キュ」


 待たないよ。遊びとは全力で行うものなのだ!


「キュイ、キュイキュイ、キュイ、キュイ~」


 私は気ままに鼻歌を歌いながら、

龍青様と仲良く屋敷とその周りを走り抜けた。


 そして、行くところ行くところに居た女房のお姉さん、

庭師のおじいちゃん。侍従のお兄さんまでも見つけたら巻き込み、

そのたびに龍青様に「つうやく?」をしてもらって、

最後にミズチおじちゃんが寝ていたのを見つけ、

無理やりに起こして遊びに参加してもらったぞ。


「どわっ!? な、なんだ?」


「キュ!」



 遊ぶのだ。親分の命令はぜったいなのだ。


 でも、あれからどんなに探しても、あの子の姿は見つからなかったんだよね。

一体、どこへ行ってしまったんだか。


 遊んでいるうちに、一緒に混ざりたくなって出てくるかと思ったんだけど。

そうは簡単にはいかないのかな。私ならつられて出てくる所だぞ。



 そして、みんなとの楽しいかくれんぼは、日が沈むまで続いた。

走って騒いでかくれて、くたくたになったので今日はおしまいになり、

とっても楽しい遊びが出来たなと、私は満足した。


 それで最後まで、ハクお兄ちゃんが鬼だったのは言うまでもないけど。

ハクお兄ちゃん、実は走るのが下手なんだよね。

ちょっと悪いことをしたなと思いながら、

龍青様のお膝の上で寝転がりつつ、手まりをころころする。



「ひ、姫様が二匹に増えた感じがいたしますわ」


 その後、遊びには参加していなかった女房のお姉さんが、

よれよれになった姿と疲れた顔でそう言って帰って来た。

お姉さんが言うには、物陰に隠れていたあの子を見つけたものの、

暴れて逃げられてしまったらしい。


 しっけいな、この私はもっと良い子だぞ?

そうキュイっと抗議したら、龍青様がさっと目をそらした。なぜだ。

ミズチおじちゃんを見たら、げらげらと笑っている。なぜだ。



「……キュ」



 ハクお兄ちゃんはさっきから床にうつ伏せに倒れこんで、

ぜえぜえ言ってばっかりで、ぴくりともしないので放っておいた。


 龍青様の領域は、お兄さんが出入りを管理しているから、

勝手に出ていくのは難しいらしいので、

まだこのどこかにあの子は居るんだろうけれど……。


 私も初めてここへ連れて来られたときは怖かったんだよね……と思いながら、

私が居ない間に、大好きな龍青様に何かされても困るので、

今日は龍青様のお屋敷にお泊りすることにした。


 せっせと寝床を整え、守るのは、いつか嫁になる私のお仕事だと思う。

なのでこのまま、今日も私はお兄さんと寝るからね! と、

龍青様の寝床で寝ることを約束した。


 べつにお兄さんの寝床で巣をまた作ろうなんて思ってない、

うん、思ってなんかいないぞ?




※ ※  ※  ※



「キュイ……」



 その晩、夕餉ゆうげにと出してもらった煮しめと木の実の残りを、

草の葉で大事に包んで持ちながら、月を見上げる。


 あれから……屋敷のみんなが、何度かあの青水龍の子を探してくれたけれど、

警戒しているのか、ずっと移動をしているようで、なかなか見つからないままだ。

きっと今頃はお腹を空かせているのだろう、意地悪された子だったけれど、

ここへ初めて来たときの心細さを思い出した私は、なんとなく放っておけなくて。

あの子が見つかったら、これを食べさせてあげようと思っていた。



「姫、そろそろ寝ようか。こちらへおいで?」


「キュ」


 部屋の入り口に包みを置いて、両手を伸ばして龍青様の方へ近づく。


 お兄さんはもう寝る時用の白い着物に着替えていて、

寝床の上でくつろいだ顔で座っていた。

近づくと小さな着物を私にも着せてくれる。

おそろいなのは嬉しいけど、私は裸で眠る方が好きなんだけどな。


 今日は寝床が二つに別れていて、

小さな方が私の寝る所だよって言われたので、

くっついて寝る気だった私は無言になり、小さな寝床のはしを口でくわえ、

ずるずると引きずり、外へぽいっと放り出し、

それから当然のように、お兄さんの寝床に頭から潜り込むことにした。


「わ、わわ、姫? だ、だめだったら……」


「キュ」


 やだ。ここで寝る!

私はぷいっとそっぽを向いた。


「番はくっ付いて寝るんだよ」とキュイっと応えて、ころんと寝転がると、

 困った顔をしながらも、今日も一緒に寝てくれることになったぞ。ふふん。



「わ、わかったから……まだこれもだめか……。

 自立心はやたらと強いのに、こういうのは甘えん坊さんなんだね姫は。

 嫁入り前なのだから、独身の雄と共に寝るのも本当はだめなんだよ?」


 じゃあすぐ嫁になったら一緒に寝ていいの? 

なら、私すぐなるよ、お嫁さんと言ったら、

顔を真っ赤にしてだんまりされた。



「いや、そ、それはちょっとまだかなり……早いと思うんだよ。

 人間が政略的な意味で、幼い娘を嫁にすることはあるけれど……」



 それ以上何も言われないのをいいことに、

お兄さんのお人形もおとなりにぽんぽんっと寝かせて、私は龍青様に引っ付く。


 でも今日はいろいろあったから、すぐに寝付けそうにもなくて……。



「……姫、眠れないのかい?」


「キュイ……」


 ころんと寝転がりながら、私は龍青様の方を向く。


 ねえ、龍青様。


「うん? なんだい?」


「キュイ、キュイキュイイ」



 あの子、早く見つかるといいね。

ここで保護されたばかりの頃、部屋の隅で震えていた時を思い出したんだ。

私のときは龍青様が傍にいてくれたけれど、今、あの子は誰も居ないんだよね。

今頃どこかで震えて一匹で眠っているんじゃないかな。


 すごくさびしいよね……きっと、とと様とかか様を呼んで泣いているよねって。


「姫……」



 あのね? あの子のとと様とかか様を、

外に出してあげることは出来ないのかな? 

親と引き離されたら可哀そうだし、私はもう許してあげてもいいんだけど……。

おじさん達にいじわるなことを言われたのは、すごく悲しかったけれど、

だからと言って、親子を引き離すほど怒り狂ってはいないんだよって。



「……そのことなんだが、姫」


「キュ?」


「……いや、何でもないよ。あの娘のことは他の者に任せて、

 心配しなくていいから、姫は安心してお眠り」



 そう言って、龍青様は何かつぶやいて私の頭をなでる。


 私、これ知っている。

よく眠れる「おまじない」というのをしてくれているんだよね。

これをしてくれる時は、いつも私が決まって不安に感じている時で……。



「さあ……おやすみ、俺の小さな桃姫」



 すると、まぶたが重くなってくる。

 


 お兄さんが一緒だと、いつもよく寝られるから安心だね。

 


 でも私はうとうとしながら、まだ少しあの子の泣き顔がちらついていた。


 今もきっとどこかで泣いている……そんなことを思いながら。

ごめんね……と心の中でつぶやきながら、私は眠りについた。



※  ※  ※  ※



 その日の晩、私は龍青様と出会ったばかりのころの夢を見た。

これまでも何度か見ていた。私が不安で何も出来なかったときの事を。


 お屋敷のみんなも龍青様も、よそ者の私にとっても優しくしてくれたけれど、

私はまだ新しい暮らしとみんなに慣れていなくて、

一匹ぼっちでさびしい……と泣いていた。


 だって私は生まれてきてからずっと、

とと様とかか様と一緒だと思っていたから、

仲間がみんな私のそばから突然居なくなるなんて、思わなくて。


 それに最初はこの物珍しい色から、

お屋敷のみんなにもじろじろと見られていて、

すごく居心地が悪かったから……すき間があればそこに頭から潜って隠れていた。

私の姿がとっても珍しいことは何となく知っていたけれど、

そんなにおかしいのかなって思うようになったのは、

きっと人間に襲われてからだ。


 もし、もしも私がこんな色で生まれてこなければ……なんて、

しっぽだけを出して、すんすん鼻を鳴らして泣くことが多かったんだ。



『……め、姫、また泣いているのかい?』


 そんな時に決まって龍青様が……。

お兄さんがいつも私のことを迎えに来てくれて、やさしく声をかけてくれるの。



『さあ、怖くないからこちらへおいで?

 放っておいてすまなかったね。仕事が終わったから一緒に遊ぼうか』


『キュ……キュイ……』



 私に伸ばしてくれた手は、とてもあたたかくて……とと様の事を思い出した。

とと様はいつも狩りが終わると、私をいつも抱っこしてかまってくれたから。


『お腹は空いていないかい? 何か甘味でも用意させようか?

 それとも気晴らしに何か物語でも聞かせてやろうか』


 追われて怖い思いをしたせいか、最初はこのお兄さんとも、

私はちゃんと話をすることすらも難しくて……口をぱくぱくさせるだけで。

でも龍青様はそんな私をせかしたりしないで、

ゆっくりと付き合ってくれたんだよね。


 どうしてここが分かったの? と聞きたかった私に、

龍青様はその気持ちを分かってくれたようで、笑っていた。



『俺と姫は同じ龍族だからかな。

 それに姫に名を与え、もうこうして俺とはえにしが出来ている。

 もし姫と遠く離れていても、俺は姫の婚約者になったのだから、

 姫が困っているときは、俺が助けに行ってあげるからね』



 そうなの? と見つめた私に龍青様は笑ってくれて。


『だからね……姫はこれからずっと俺が一緒に居て守ってあげるから、

 もう何も怖がらなくていい、安心していいんだよ?』



 お兄さんが頭をなでてくれることで、私の涙はすうっと消えていく。

私とは色が違うのに「同じ」って言ってくれたのがうれしかった。

一緒だって言ってくれて、うれしかった。


 でも、あの青い子が来て思ったことは、

もしもあの時、龍青様にもう大事な相手が他に居たら、

私はあの子と同じだったんじゃないかなって思ったんだ。


 そんなことを考えたら、あの子のことを考えてしまうよ。

私には龍青様が居てくれけれど、あの子は今、誰が守ってくれるんだろうって。

誰が一緒に居てくれるんだろうって。


“どうして、あなたばっかり”


 あの時に言われた言葉が、私の胸をぎゅっとさせるんだ……。




※  ※  ※  ※



――そうしてようやく朝が来て、寝床をもそもそと抜けだせば、

昨日とは様子が少しだけ変わっていたことに気づく。


 眠る前には小さな盆にのせて、

部屋の入り口に置いていた、食べ物の包みが消えているではないか。


 ここは水の底にあるお屋敷だから、ネズミが取ったとは思えないし、

まさか龍青様や女房のお姉さん達が、つまみ食いとかもないだろう。

もしかしたら夜中にここを通り過ぎて、あの子が見つけたのかなって思った。

龍族は鼻がいいから、匂いを嗅ぎつけたのかも。



「キュ」



 だから私は、朝に出された朝餉あさげの残りでにぎり飯を作った。

小さなころころのを二つ、前に女房のお姉さんがおやつに作ってくれたものだ。

形が少し変でもお腹に入れば一緒だよね?


 それを女房のお姉さんからもらった笹の葉で包む、

こうすると笹のいい匂いが移って、お腹を壊しにくくなるらしい。


 できた握り飯と一緒に、水の入った茶器を廊下の隅に置いておくと、

あとで床に泥で出来た小さな足跡が、てんてんてん……っと付いて、

隅に置いていたはずの水と握り飯が消えているのに気づく。


 食べてくれたんだと、私は空になった皿を見ながらしっぽを振った。



「おい、おまえさっきから何をやっているんだ?」


「何かのままごとかい? 姫」



 振り返るとハクお兄ちゃんと、身支度を整えたばかりの龍青様が立っていた。



「キュイ」



 なにって……えづけ?


 とと様に野生の生き物の間では、

食べ物のやりとりをすると、仲良くなるのにいいって教えてもらっている。


 今は私達を警戒して出てきてくれないけれど、

そのうち顔を出してくれるかなって思って、

私は自分のために用意してもらった食べ物を、あの子に分けてあげていた。

ごちそう、食べたがっていたからね。



「そうか……姫……あの娘を心配しているのかい?」


「キュ」


 こくんとうなずくと、龍青様がしゃがみ込み、私の頭をなでてくれる。



「……姫は優しい子だね」



 龍青様にそう言われて、私はなでられながら目を細めた。



「おまえなあ……あの小娘はおまえのことを追い出そうとした奴だろ?

 なんで、そんな奴をわざわざ世話してやっているんだよ」


 そんな私を見て、両手を腰に当てながら、

ふんっと鼻息荒く話すのはハクお兄ちゃんで。



「キュ……」



 だって……放っておけないんだもん。

私はキュイっと鳴いて、そう答えた。


 お腹が空いていると、悲しくなるんだもの。




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