表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/98

河童編・1




 さて、そろそろ龍青様のお膝に戻ろうかな。


 お屋敷のお庭に咲いていた、きれいな白い花をお土産に持って、

今日もなわばりの一つになったお屋敷の中を、

しっぽを振りながらとてとてと歩く。



「あら、姫様……お庭からお花を摘んでいらしたのですか?」


「キュ」


 そうだよ。龍青様にあげるの。

こくんと私はうなずいた。


 さっき、庭師のおじいちゃんが、

「百年に一度咲く、貴重なお花」だと言っていたんだけど、

そんなに珍しい花なら、大好きな龍青様にも見せてあげようと思って、

目の前に咲いていた花を、ぶちっと一つ引っこ抜いたら、

庭師のおじいちゃんが『のうわあああっ!?』と、

すごい悲鳴を上げていたけど……。

なんでだろうな?


 私が驚いて震えながら、『キュ……キュイ……?』と、泣きそうになったら、

あわてて「ど、どうぞどうぞ」とくれだけど……。

もしかして、これ、本当は摘んではだめだったのだろうか?


 すんと鼻に顔を近づけて、匂いを嗅ぎながら考えてみる。



「キュイ……」


 でも、珍しいものを大好きな相手に贈るのは、

とってもいい事だって、私のかか様が言っていたし。

この花ならきっと喜んでくれるはず。


 私から龍青様にあげてはだめって言われていないしな。


 毎日の日課となったお屋敷の中のさんぽ。

すれちがう女房のお姉さんとあいさつをして、

部屋に戻る途中の柱やかべに、手でぺちぺちとさわったり、

しっぽをくっ付けてみて、私の匂いを付けては、

「ここは私の居場所だよ」と、なわばり作りをしていた。



「キュ」


  すると龍青様のお屋敷の匂いに交じって、なんだかいい気分。


 足に結ばれた鈴がちりんと鳴ると、

近くを歩いている従者のみんなが止まってくれて、

小さな私に頭を下げ、私のためにそっと真ん中の道をあけてくれる。

体の小さい私は、この鈴のおかげでずいぶんと歩きやすい。



「キュ?」



 そうして龍青様の居るお部屋に戻ってきたら、

なにやらみんなが集まって、知らない気配を感じる……。

やや、どうやらお客様のようだ。


 部屋の入り口や廊下に従者のお兄さんやお姉さん達が居るし、

中では龍青様が、よそいきの顔で話をしているではないか。


 そう、前に女房のお姉さんが言っていた。

「死んだ魚のような目」をしていたのだ。


 すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いでみると、

土の匂いと、水の気を含んだ同胞の匂いがする。

確か、龍族にはそれぞれ属性にちなんだ匂いがあるって、

前にかか様が言っていたから、今ここに来ているのは、

私と同じ地上で暮らしている龍族……なのだろうか。


 ここで私とお兄さん以外の龍族とは珍しい。

見ると、龍青様の青銀の髪色に似た、

青い髪をした人型の夫婦が並んで座っていて、

その前に、小さな存在を感じた。


「キュ?」


 だあれ?


「ま、まあ姫様」


 仲のいい女房のお姉さん達が部屋の隅に居るのを見つけたので、

柱の陰から隠れているのを止めて、とててと駆け寄って近づき、

赤い着物のすそをくいくいっと引っ張ると、女房のお姉さん達が私に気づいて、

目線を合わせるようにしゃがみこんでくれた。


 いつもだったら、どこから来た方ですよって、すぐに教えてくれるんだけれど、

私を見ると、みんな顔を見合わせて困った顔をしていた。なぜだ。



「ひ、姫様。公方様は今、お取込み中でお忙しいようですから、

 あちらへ参りませんか? 姫様のお好きな水菓子をご用意しますよ?」


「キュ?」


 おとりこみ? それなあに?


 私は野生の勘で、なんとなく私に何か隠したいことがあるように感じた。

わ、分かったぞ、私に“ないしょ”でおいしい物を食べる気なんだろう!

きっとお客様用のごちそうがあるんだ。ずるい、私だって食べたい。


 だから、そろそろとお姉さんたちの足元をすり抜けて、近づいてみれば、

そこにはなんと、初めてみる龍の子どもが居るではないかっ!?


「キュ……」



 それも龍青様が小さくなった時のような、青水龍の子どもだ。



 匂いからして私と同じ雌だと分かり、私はますますうれしくなった。


 身丈も私と同じくらいだし、

私のほかに龍の子どもが居ると分かって、私は興奮した。

ここに私の遊び相手になってくれそうな子が居るなんて!



「――ん? 姫?」


「キュイ!」



 私は持っていた花を女房のお姉さんに渡すと、

しっぽを振りながらその子に近づいて、さっそく小さな手を取って話しかける。


「キュ、キュイキュイ?」


 ねえ、一緒にあそぼう?


「……っ!」


「キュ」



 うれしい、龍の子どもなんて、周りには私だけだと思っていたから、

同じ年頃の子に会えるなんて思わなかったよ。それも雌でだよ。

私はしっぽをぶんぶんと振りながら、「どこから来たの?」とか、

「お兄さんと同じ青水龍だね」とか、「ねえ、あそぼう」と話して遊びに誘った。


 でも、目の前の子は私のことを見ると、とてもおどろいた顔をした後、

私を頭の上から足先まで、じろじろと見ていたかと思えば、

ギッと私のことをにらんできて、ぺちっと手を叩かれ、



「――っ、な、なによあんた! 変な色! あっち行って!」



 あげくに、おもいっきり後ろへと突き飛ばされたではないか。



「キュッ!?」



 私はその勢いで、悲鳴を上げながらころころころんと倒れこみ、

部屋の隅でその様子を見ていた、女房のお姉さんから悲鳴が上がる。



「きゃあああっ!?」


「ひっ、姫様ぁっ!?」


「お、お怪我はありませんか!?」


「こっ、この子ども! あろうことか、大事な姫様になんたる無礼をっ!!」


「……っ!?」


 

 あっという間に女房のお姉さん達に取り囲まれ、怒鳴られた青水龍の子は、

みんなの怖い声にびくっと飛び上がった後、ぷるぷると震え、

口をぐっとへの字のように引き結び、こちらをにらんでいるのが分かった。


 その間に龍青様が立ち上がり、倒れた私の方へ来てくれた。


「ひ、姫っ! 大丈夫かい!?」


「……キュ、キュイ……」



 私は突き飛ばされ、びっくりして両手足を天井に向けたまま固まってしまった。

何が起きたのか理解できなかった……なんだ。何が起きたんだ?


 勢いがあったわりには、それほど痛くはなかったけれど……。


 でも自分に起きたことがだんだんと理解できて、

じわあっと涙が浮かんだ私は、天井に伸ばしたままの手足を、

ぷるぷると震わせたあと、


「キュイイイ、キュイキュイ」


……と泣きながら体を起こし、両手を伸ばして龍青様に駆け寄って、

着物のそでにしがみ付き、すんすんと泣いた。


 もしかして私、嫌がられたのかな。それも変な色って言われた……。

友達になれるかもと思った相手に、こんなに嫌われるとは思わなかったよ。

言われてみて、やっぱり私の姿って……みんなからすると変なんだと思い知らされた。



「姫……よしよし、怪我はないか?」


「キュ、キュイ……」


「さあおいで、痛い所はないね?」



 そのまま抱っこされた私は、こくんとうなずくと、

龍青様がほっとした顔で、私の事をぎゅっと抱きしめてくれる。

怪我よりも、嫌がられたことが悲しかった。とてもとても悲しかったの。


 まだ何にもしていないのに、ただいっしょに遊びたかっただけなのに……。

やっと龍族のお友達が出来ると思っていた私は、しょぼんとうな垂れる。

もういい……龍青様と、お兄さんと遊ぶから……と龍青様の着物に顔をうずめる。


 遊び相手ならハクお兄ちゃんも居るし、

最近はスズメの子とも知り合えたし、い、いいもん。


 そんな私に龍青様は頭をなでてくれて……すんと鼻を鳴らす私。


「……姫」



 すると無言で私の様子を見ていた青い子が、

一度ちらっと後ろに居る夫婦を見た後、私達の方へと駆け寄ってくる。


 私にしたことを、「ごめんなさい」と言ってくるのかと思いきや、

青い子は私の方ではなく、一緒に居た龍青様に目を向け両手を伸ばした。



「そ、そんな子より、あたしの方を可愛がってくださいませんか?」



 私をまねるように、龍青様に甘えた声でキュイっと抱っこをせがんだのだ。



「あたしの方がおそろいのきれいな青色のうろこで、可愛いでしょう?」


と言いながら。


「……なにを」


 龍青様が驚いた顔で言いかけると、

その話をさえぎるようにして青水龍の子どもが言う。


「湖の主様、あたしはあなた様と同じ純血種の青水龍です。

 そんな雑種の子どもより、あたしの方が全然いいでしょう?」


「キュ?」



 な、何を言っているんだこの子は……。


 この私をさしおいて、「可愛がれ」だと? 

な、なんでそんなことしなくちゃいけないの。

龍青様は今、私のことを「いいこいいこ」するので忙しいんだからね!

そうしたら、この子の両親らしき夫婦は、それを止めずに笑っているではないか。

ついさっき、自分の子どもが私にしたことを何とも思っていないかのようだ。



 こんなとき、私のかか様やとと様だったら、

ちゃんと「だめだよ」って叱るのに、

なんで私にしたことを何も言わないで笑っていられるの?



「キュ……」


 だから私はこの時、この家族がやって来た理由に気づいた。



(こ、こいつ……私の居場所を狙おうとしているんだな!?)



 前に、かんなだった頃のお姉さんのことがあったから、私にでもわかる。

まだ番になっていない龍青様を狙って、雌の子どもを嫁にと近づけているんだ。

そ、それもお兄さんと同じ色の、青水龍の子どもを……。

龍青様と同じ……私はちらっと自分の体を見下ろした。


 短い手足にぽっこりお腹、そして桃色をした私の体は龍の世界でも珍しい色、

どうがんばっても龍青様とおそろいの色にはなれないけれど。

でも、でも……私は龍青様の、このお兄さんの傍に居たいのに。

また「おまえよりは良い」とみんなにも思われそうで、私は悲しくなる。


(やだ、とっちゃやだ……)


 ぐっと口元を引き結んだ私は、龍青様にしがみ付く。

龍青様は私のとくべつな「大好き」なんだよ? ここは私の居場所なのに。

でもそんな私の気持ちをよそに、目の前の青水龍の夫婦はにこやかに笑っている。

私が目の前で震えながら泣いていることなんて、なんてことないように。

それはまるで……私のことを「ただの物」として売ろうとした。

あの男に似ていた。



「主様、娘の言う通り、私どもは主様と同じ青水龍です。

 うちの娘を嫁に迎えてくだされば、種族の繁栄、

 主様の仲間を増やすことも出来るでしょう」

 

「キュ……」


 ああ、やっぱりそうなんだ。

つきんと胸のあたりが痛くなった気がした。


 同じ、仲間……それは私がどんなにがんばっても同じにはなれないもの。


 私はずっと龍青様と私は似ているのかなって思っていた。

他の龍族とはちょっとちがう所があったから。

だから一緒に居れば、龍青様もさびしくないかなって思ったんだ。



『ここには龍族がもう俺しか居ないんだよ。

 だから姫がこのままずっと傍にいてくれたら……俺も嬉しいな』


 そうお兄さんが私に言ってくれたことがあるから。


 でも……水神の一族じゃなくても、

ただの青水龍は他に居るということが分かって、

私はちょっとしょんぼりした気持ちになった。

私だけが仲間はずれみたいだなって。



 私みたいな桃色をした同族は、きっとどこを探しても居ないと思うし……。


 龍の子どもが居たことはうれしかったけれど、龍青様のこととなったら別だ。

前に女房のお姉さんが言っていた恋敵というものが、これなんじゃないか?

つまり、私の大好きなお兄さんを取ってしまうかもしれない敵なのだ。


 それなら私にだって考えがあるぞ、

私は抗議の声をあげてキュイキュイ鳴きながら、

龍青様にがしっと強くしがみ付いた。このお兄さんはもう私のだ。

一番の仲良しさんは、これからもずっと私なんだからね。




「湖の主様……そんな変な色の子なんて放っておいて、

 このあたしの方を可愛がってくださいませんか?」



 そうしたら、龍青様に甘えた声でまたお願いをするヤツが居た!


 し、しっぽまで振っているぞ。

しかも今、私のことを「変な色」とか言ったなっ!?

変じゃないもん、龍青様はきれいだって言ってくれるもん!


「キュ!」


「ねえ、主様?」



 む、無視された! 私のこと無視されている!

私は目の前の子に負けまいと、キュイキュイともっと大きく抗議の声をあげる。

私の方が龍青様に可愛がってもらうんだからな! 

おまえなんてお呼びじゃないのだ!


 龍青様、一緒にあっち行こう。こんなヤツ相手にしちゃだめ。


「……」


「キュ?」



 すると龍青様はそんな子を無言でじいっと見つめていた。

ついさっき私のことを突き飛ばした子を。私のことを放っておけとか言う子を。

私はそれを見て、お兄さんの着物をつかむ手をぎゅっと強めた。



(……や、やだよう)



 それをいいことに、その子どもは一歩、二歩とまた近づき……。

私みたいに膝の上によじ登ろうとしたのだろう、私と同じことをしようと。

それとも抱っこしてもらおうとしたのか、

お兄さんの膝の上に手を触れようとした。


 けれど龍青様が持っていた扇でさっと止め、首を振る。


「おっとそこまでだ。

 娘、それ以上この俺に近づくことは、例え子どもであっても許さない。

 俺に気安く触れて良い娘は、今この膝の上に居る姫だけだからね」


 そう言って、龍青様は私の事を見下ろした。


「……っ!」


「キュ?」


「それより、姫にしたことに対して、おまえは何も思わないのかい?

 子どもだからと言って、許されると思ったら大間違いだよ。

 打ち所が悪かったら、この娘が命を落としていた可能性だってあるんだ。

 ここに居る姫は俺の大事な婚約者、何者だろうと傷つけることは許さない」



 その言葉を聞いて、私は胸がとくんとして、あったかくなっていく気がした。

龍青様はこの子が、私に「ごめんなさい」ができるかどうかを、

ずっと見守ってくれていただけらしい。


 鼻をすんとならし顔を見上げて「龍青様……」とキュイっと呼ぶ私に、

龍青様はまた私に目を向けてくれて、そっと笑いかけてくれる。



「怖かったね?」


「キュ……」


 龍青様はいつも一番に私を見てくれるんだ。

あの時も、今だって龍青様は私の味方でいてくれるんだって、

私のことを守ってくれるんだって分かって、すごくうれしかった。

だから私は、龍青様の、このお兄さんの傍に居たいって思うようになったんだよ。


 龍青様……とキュイっと呼びながら、

私はお兄さんの着物に額を押し付けて、ぐりぐりして甘えた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ま、まさか!新しく更新していただけるなんて!! びっくりし過ぎて三度見しました!!! ついこの間懐かしくなって読み返した所だったので本当に嬉しいです!! 相変わらず桃姫が本当に可愛くて可愛…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ