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姫と水遊び1




 からっと空が晴れて、水浴びが気持ちいい季節になってきた。

そうしたら、前に約束していた泳ぎを龍青様に教えてもらえることになり、

私は風呂敷の中に水浴びのための用意をせっせとして、背負い、

ごきげんで龍青様のとなりを歩いていると。



「――あ、主様。これからお出かけですか?」


「ハクか」


「キュ?」



 そこへいつものお邪魔虫……じゃなかった。ハクお兄ちゃんがやって来て、

目を輝かせて龍青様に近づいてくるではないか。


 なんか、私の面倒を見てくれるようになって、

私が前よりも怖がらなくなったこともあり、

龍青様にも来なくてもいいと言われているのに、よく来るようになったらしい。

人型をしているけれど、嬉しさのあまりに着物のすそから、

ハクお兄ちゃんのしっぽが揺れているように私には見えた。



 これからどこへ行くのかと聞かれたので、

龍青様に泳ぎを教えてもらうんだよとキュイっと言ったら、

うらめし気な目で龍青様の足元に居る、この私のことを見てきた。



「ぬ、主様自ら、泳ぎの手ほどきをされる……だと?」


「キュ?」



 そうだよ。ハクのお兄ちゃんも一緒に来る? 

私はいつもなら誘わないけれど、今日は誘ってあげることにした。

寂しがり屋さんだから、ここで誘わないと後できっとすねるだろう。

私は物分かりのいいお子様なのだ。よかったねハクお兄ちゃん。


 ハクお兄ちゃんは龍青様の神使で、他所の水神様の血を引いている。

……が、私と一緒で泳げないんだよね。私よりきっと困るんじゃないかな。

水神様の血を引いているからって、泳げるとは限らないようだ。



「主様がいらっしゃるのなら行きたいけれど、ぼくは泳げないから……」


「キュイ!」



 大丈夫だよ、私も泳げないから。だから教わるんだもん。

それにうなぎが上手に水の中を泳げるんだから、

ハクお兄ちゃんは、私よりもきっとすぐに泳げられるようになるよ。

うなぎの仲間だもんね。


 そう私がキュイっと鳴いて、両手を上下にぱたぱた動かしたら、

目の前のハクお兄ちゃんの顔がくわっと怖くなった。



「ぼくは、うなぎじゃないぞ!!」


「キュ?」



……似たようなものじゃないかな。ちがいってどこの辺にあるの?

私、子どもだから分からないと、首をかしげてキュイっと言うと、

ハクお兄ちゃんの動きがぴたっと止まった。



「そ、そんなに……ぼくは似ているのか……?」



 私は無言でうなずく。ほら、うねうねして動いている所とか似ているよ?

ちがうのって色ぐらいじゃない? 細長いのは一緒だし。



「い、言われてみれば……た、確かに……」



 姿が似ていることを、自分でも少し思っていたのか、


「う、海蛇みたいには、なれるのだろうか……?」


と、つぶやき、白蛇の姿になって、自分の体を見下ろしていた。

そうか、海にも蛇が住んでいるのか……じゃあやっぱり仲間だよね。


 私は白蛇になっているハクお兄ちゃんの頭をがしっ! とつかんで、

龍青様を見上げる。よし、じゃあハクお兄ちゃんも一緒に“とっくん”だね。

こういう時、道連れは多い方がいいと私は知っているぞ。



「ああ、そうだね。じゃあ行こうか姫」


「キュ」


「は!? 何が“じゃあ行こうか”なんですか!?

 さらりと当然のように言わないでくださいよ。

 ちょ、ちょっと放せよちびすけ! ぬ、主様~!」


「キュ~」



 一緒に仲良く泳ぎのとっくんなのだ。

龍青様の眷属けんぞくとして泳げるようになろうね!

私はこれからのことが楽しみで、つかんでいる手をぶんぶんと振る。

水浴びは子どもだけじゃ危ないからって、龍の郷でも禁止されているんだもの。


 だから、こんな時しか出来ないんだよね。なんて私が思っていると、

つかんでいたハクお兄ちゃんも一緒に振り回されていた。



「うわあああっ!? やめろ、止めてください目が回るうううっ!!」


「キュ、キュ、キュ~」


「聞いているのかおまえ!」


「キュ?」



 聞いてないよ?


 ごきげんさんに鼻歌を歌いながら、

ハクお兄ちゃんの頭を持ち上げたまま私は歩き出し、

龍青様はそんな私を見て、「立場が逆転しているな」と笑っていた。

そうしてハクお兄ちゃんは悲鳴を上げながら、私にずるずると引きずられて、

「無理やり」連れ出されることになったのだ。


 それから龍青様について行くと、森に囲まれた大きな泉にたどり着いた。



「姫、ここがお清めに使っている泉だよ。俺の管理する水源の一つだ」



 岸辺に風呂敷の包みを置き、私達を降ろした龍青様は、

通り道として使った泉を振り返る。



「俺も黄泉入りして、けがれを受けてしまったからね。

 しばらくはここへ通い、姫と一緒にお清めしようと思っていたんだよ」


 “ぎょうずい”という、お清め方法らしい。

冷たい水に浸かる方が、より清められるんだって。



「キュイ」



 案内されてやって来た泉の水は、澄んでいてとてもきれいだった。

底に生えた水草が見えて、魚も泳いでいるのが岸辺からも分かる。

ぴょこぴょこと顔を出した小さな魚達が、

龍青様にあいさつをしてまた泳ぎだした。



「さあ、姫も俺に続いておいで」


「キュイ」



 私はわくわくしながら、着ていた萌黄もえぎ色の着物を脱いでたたみ、

水の中に入っていく龍青様に、両手を前に伸ばしながら、

ぱちゃぱちゃと水音を立ててついて行く。


 お腹の所まで水に浸らせると、水がとても気持ちよく感じた。

ちょっと全身がぶるっと震えたけれど、少ししたらそれにも慣れる。


 森に囲まれているから、木々の匂い、土の匂い、水の匂いに満ちた場所なんだ。

静かだし良い所だね。私はすっかりこの場所が気に入った。



 そこでハクお兄ちゃんもおいでよと、キュイっと鳴き、

後ろを振り返ると、泉を前にがたがたと震えるハクお兄ちゃんが居た。

龍青様が下した所から、全然動いた気配がない。



「キュイ?」


「あ、あわわわわわ……」



 怖がり方がはげしいな……ねえ、こっちにおいでよ龍青様待っているよと、

水面を手でぱしゃぱしゃと叩きながら、もう一度呼んだけれど、

こっちへ来る様子はない。すでに目が死んだ魚の目をしている。



「……し、死ぬ」



 死なないよ。私も龍青様も死んでいないじゃないか。


 いいのか、水神様の神使がこのまま泳げないのって。

社の周りは海に囲まれているから、

いざという時のために覚えておいた方がいいと思うけれど……。


 近くでは龍青様が沐浴用の着物を身に着けて、

水の中を潜ったりして、気持ちよさそうに過ごしていた。



「ふう……落ち着くな」


「キュ」



 やっぱり、ここでも人型だと裸で泳がないんだね。龍青様……。

私とおそろいで、裸で泳いでもいいと思うんだけどな。

そう思いながら私は龍青様に声をかけ、抱き上げてもらった。



「ああ、この水の水温なら姫も大丈夫そうだね」


「キュ」



 龍青様に両手を取ってもらい、私は水面にぷかっと体を浮かばせる。

これまで何度も、龍青様と湯殿でとっくんした成果がここでためされるのだ!


 私は、あっぷあっぷと息をしながら、水の中に顔をつけたり、

出したりを繰り返し、足としっぽをぱたぱたと動かして、

泳いでいるときの感覚を覚えていく。


 最初はおぼれそうだったけれど、目の前に龍青様が居てくれるし、

私はお兄さんにほめてもらうために、がんばらなきゃ。



「よしよし、良い調子だね。姫。水の中で目は開けていられるかな?

 そのまま両手を前に伸ばして、足をいっぱい動かしてるんだ。

 慣れてきたら手を……こうして回して水の中でかいてごらん?」


「キュ、キュ……キュ?」



 ちゃぷちゃぷ、キュイキュイ、ちゃぷちゃぷ。


 楽しいな。龍青様の言う通りにしたら、

ちょっとずつ前にも進めるようにもなってきたぞ、

そっと龍青様が手を離すと、ちゃんと水に浮かんで泳げるようになっていた。

すごいすごい、私、泳げるようになっているよ!



「うん、上手に泳げているね姫」


「キュイ」


 また龍青様がつないでいた手を放して、私の傍から離れた。



 あっぷあっぷ、ぱちゃぱちゃ、あっぷあっぷ、ぱちゃぱちゃ……。



「この様子なら、もう少し水に慣れれば大丈夫そうかな。

 でも水の深い所や、流れのある所では泳いではだめだよ。危険だからね」



 そしてちょっと離れた龍青様の所まで、ぱちゃぱちゃと泳ぎ着いた。

出来た! 出来たよねと、嬉しくてしっぽを振る私を見て、

「えらかったね」と頭をなでてもらうと、私はごきげんにキュイっと鳴く。

とっくんをがんばって良かったな。出来ることが増えるって楽しいね。



「ちょっと水にも慣れてきたから、これで遊んでみるかい?」



 龍青様が水で魚を作ってくれた。触れてみると感触がある。

前に水神の最本殿に行こうとしたときに、連れて行ってくれたあの魚だ。


 さわれるんだね。私は魚の体を両手でつかむと、

魚は水の上をすい~っとすべるように泳ぎだし、

私はキュイキュイ鳴きながら、魚と一緒に泳いで遊んだ。


 それを見ながら龍青様は自分の体に水をかけ、頭の上からぬらしていく。



「う、うううう」



 水の感触を楽しんでいた私達だったが、問題がまだ残っている。

近くですすり泣く声がするので横を見ると、

まだハクお兄ちゃんが白蛇の姿のまま、泉を見て固まっていた。

私は遊ぶのを止めて、水に浮かんだまま龍青様の所に戻り、

お兄さんを見上げた。



「キュイ、キュイキュイ」



 龍青様、なんでハクお兄ちゃんは、あんななの?

水神様の子どもなら、水の近くで暮らしていたはずだよね?



「……幼い時にハクが親に捨てられたことは話しただろう?

 あの時に捨てられた場所というのが、深い水源の近くだったんだ。

 まだほどんと泳げなかったハクは、そこでおぼれかけてね」



 そのせいで、泳ぐのが怖くなってしまったらしい。

そうだったのか……本当に私の時とはちがうんだね。

私は川で流されて、とと様やかか様とはぐれてしまったから、

会いに行こうと思ったのがきっかけだったもの。


 私は岸辺に上がり、ハクお兄ちゃんに近づいた。

白蛇の姿のまま、水を見てがくがくと震えている。

管理しているやしろは海の上なのに、このままで平気なのだろうかと考えて、

もしかして前にお酒を飲んでいたのは、眠れないからなのかなと思った。



「キュイ」



 それならがんばらないと! 私は再びがしっとお兄ちゃんの頭をつかんだ。

固まっているハクお兄ちゃんに「とっくんだ」とキュイっと鳴き、

ずんずんと一緒に水の中へと入っていく。


「姫?」


「な、ななにす……っ!?」


「キュイ」



 こういう時ね、何もせずにいられるほど野生では甘くないのだ。

敵は待っていてくれない。弱みに付け込んで攻撃されてしまうからだ。

またいつ、私達が危ない目に遭うか分からないものね。

泳ぎは逃げる手段の一つにもなるから、覚えておかないと。


 かか様は苦手なら、まずは私にやらせて慣れさせようとする。

私が水神様の嫁になるために、泳ぎくらいは出来ないといけないように、

神使のお兄ちゃんなら、同じように泳げないと。

そう思って私はハクお兄ちゃんに、きっかけを作ることにした。


 自分から泳いでみると言う、きっかけを。






 

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