姫のとっくん、嫁修行
龍の子どもはこう見えて、すごく大変なんじゃないかと思うんだ。
野生での知識に、とと様、かか様からもらった力もうまく使えないといけない。
属性の力は、私の気持ちに左右されるとかなんとか言われたので、
私が混乱したり、怒ったりすると力が暴走するらしいんだ。
「キュイ」
「桃、とと様からいただいた。火属性の扱いには特に気を付けなさい。
助けてくれるばかりじゃない、使い方を間違えれば危険だからね。
住んでいるここの木々でさえ燃やしてしまうのだから」
かか様の言葉に私はこくりとうなずく。
私の歳で少し力が使えるのは、かか様のおかげだ。
かか様の話を聞きながら、今日は光属性の力を使って、
光の玉を出したり消したりする練習をしたり、傷を治す練習もした。
でも 途中でしいの実が落ちていたのに気づき、しっぽを振って拾ったら、
やっているうちにだんだんと楽しくなってきて、
投げて遊び始めるとかか様に溜息を吐かれた。
「まだ幼いあなたには集中力が続かないわね。
やっぱりこういうのは早いとは思うけれど……。
あなたの場合、いつ必要になるか分からないものね。がんばりなさい。
出来るのなら、私達がずっと傍で守っていてあげたいけれどね」
「キュイ」
私は水神様……龍青様の婚約者だ。
水神様の嫁になるには、もっと勉強していかないといけないらしいので、
私は今から勉強を少しずつ始めることになっている。
生きていくためだけじゃなく、自分や龍青様を守るための力が必要だからだ。
まだ早いとはよく周りに言われるけれど、今までいろいろあったし、
かか様に必要になってからではおそいと言われ、
私は龍青様に会えない寂しさを感じながらも、
かか様にいろんなことを教えてもらっている。
涙をこらえてがんばっている姿を、ぜひ龍青様やみんなにも見てほしいものだ。
「さあ、少しずつ手の平に集めるように、集中してごらんなさい」
「キュイ」
どちらかというと、光を扱う方が難しい気がするなあ。
軽い傷を治すことは出来るようになったけれど。
「キュ……」
人間に抵抗したときに出せた光を、
私はもう一度ためしにやってみようと思ったけれど、出来なかった。
どうやらあれは、たまたま出来ただけらしく、
いつでも出来るわけじゃないと気づき、
もっと、がんばらないといけないんだなと実感した。
そんなわけで今日の朝、
いつもみたいに龍青様の屋敷に遊びに行こうとしていた私は、
後ろ首のあたりをつかまれ、かか様に言われたのだ。
『今日は花嫁修業……がんばらないとね』
その時見せたかか様の顔に、逆らってはダメだと幼い本能で感じた。
でも、属性のとっくんはすごく難しいんだ。
集中しないと、すぐに消えちゃうし。
「キュ……」
(あのときは、龍青様が消えて怒っていたからな~……)
龍青様が人間に襲われて思い出したのは、郷を追われたあの時のこと。
また私の大好きな居場所を、大好きな存在を人間に奪われたと思った。
だからすごく悲しくて許せなくて、
目の前に火が燃え上がるように視界が真っ赤になったんだ。
夢中になって戦っていたせいなのだろう。
あれからまた、元の平和な生活に戻ることが出来た私は、
危機感も過ぎ去って、いつもの甘えたがりな子どもに戻ってしまった。
そんな私にかか様は言うんだ。今のままではダメだって。
「まだ幼くて甘えたい盛りなのは分かるわ。
でも、周りは待っていてくれないからね……特に私達を狙うような人間は」
もう私達の郷を襲っていた悪い人間たちは、
龍青様達が「しんばつ」として代わりに戦ってくれて居なくなったけれど、
龍を利用しようとする人間は後を絶たないらしいので、
こんな時間も大切なんだよね。私、わかってるよ。
「じゃあ、今度は草木の勉強をしましょうね」
私がキュイっと鳴いて返事をすると、かか様に三つの似たような草を渡された。
少しだけ舐めてみると、一つは甘く、一つは苦く、一つはピリッと辛い。
かか様がこの味と葉の色や形、匂いを覚えていなさいと言われ、
こっちは食べられる草、こっちは薬草、こっちは毒草と教えてもらった。
薬草の場合は「こうのう」とかも覚えなきゃいけないから、大変だ。
「いつでも力が使えるとは限らないから、自然を味方に付ける方法も覚えなさい。
この毒草は舐めるだけなら体には負担がないから大丈夫よ。
でも、普段からあざやかな色や形には、口にしないように気を付けてね」
「キュイ」
でもね? これも使い方によっては役に立つんだってもう知っているよ。
狩りをするときに利用したり、人間を退ける時になんかも使われているんだって。
私は今日教えてもらったことを指で数えてキュイっと鳴く。
あとで龍青様にも教えてあげるんだ。
そのあとは、穴を掘ったり、木の洞に隠れたり、木登りの練習もしたりする。
上手く飛べない子どもの龍は、外敵から狙われやすいから、
いろんな隠れ方も覚えなきゃいけない。
私はハクお兄ちゃんの“とうといぎせい?”のおかげで、
翼で少しだけ浮かぶことだけは出来るようになっていたから、
浮かんで木の上に飛び乗ると、かか様がとても驚いていたけれど……。
「キュ――!」
そのまま木登りしても降りられない私は、枝の上でキュイキュイ鳴いては、
かか様に助けてもらっていたんだな。
「キュ、キュイイ……」
かか様、抱っこ……。
「桃……」
「キュイイ……」
今日も私は自分だけでは降りられなかった。
すんすんと泣きながら、かか様に抱っこして降ろしてもらう。
「黄泉に行くよりも、木から降りるのが怖いなんて……。
やっぱりまだ子どもねえ」
高い所は慣れていないんだもの、しかたないじゃないか。
かか様が、くすくすと笑いながら、すんすんと鼻を鳴らす私をあやしてくれる。
優しい匂い、大好きなかか様……私がどうしても出来なくて泣くと、
こうしていつも助けてくれて、私の頭をなでてくれるので安心する。
「キュイ」
いつか、私もかか様のようなりっぱな龍になりたいんだ。
まだかか様やとと様に甘えていたいとは思うけれど。
「まあ、あなたの歳ではずいぶんと成長しているわ、
私はあなたぐらいの歳には、ここまで出来なかったもの。
でも、少し安心した。あまり急いで大きくなられたら、
母として寂しいもの」
「……キュ?」
「まだあなたは、私達の娘として傍に居てくれるのが嬉しいってこと。
いつか主様の所に嫁ぐその日まで、どうか健やかに成長してね」
私はかか様の背中に乗り、おんぶされると、
今日のお勉強はこれでおしまいになった。
ゴロゴロと喉を鳴らしてかか様に甘える。
巣穴に帰る途中、人型をした郷のみんなにあいさつされたので、
私もキュイっと鳴いてみんなに手を振り、こんにちはをした。
「おう、お嬢ちゃん、今日はお母さんと一緒にお勉強か? えらいねえ」
「今度、畑の野菜を採りにおいで」
龍の郷はまた仲間が増えた。故郷の郷に一緒に住んでいた紅炎龍達だ。
あれから、龍青様が仕事の空いたときに、
水鏡で行方を捜してくれたりして、
私のとと様達と一緒に、郷を追われて散り散りになった仲間を保護してくれた。
かか様と一緒になって、人間から逃げた時に出来たみんなの傷を治してあげて、
私達はお互いの無事を確かめ合って喜んだんだ。
全員ではないけれど、少しずつあの頃のような日々が戻ってきている気がする。
「キュイ」
このまま、この場所が続けばいいな。
郷は今、田畑の神でもある龍青様のおかげで、きれいな稲穂が育っているし、
野菜とかも少しずつだけれど収穫できるようになったんだって。
りっぱな水路も作られて、その近くには小さな祠も出来た。
目の前を通る時には、みんなここで立ち止まり手を合わせる。
「さあ、主様に手を合わせましょうね。
あなたは特にお世話になっているんですもの」
「キュイ」
滝の前の物よりは小さいけれど、
これもちゃんとした龍青様を祀るものだ。
龍青様を神として手を合わせるものが増えれば、龍青様の力にもなるからと、
私がそれを教えてもらってから、とと様にお願いして作ってもらったものだった。
ああ見えて、とと様はすごく器用なんだよね。
「キュイ、キュイキュイ」
私は帰りがけに摘んだ野の花を祠の前に置くと、
かか様と一緒に手を合わせて、こうもお願いする。
“あとで行くので、お迎えに来てね? 龍青様”
鈴をちりんちりんと鳴らして、会いたいという合図を出した。
すると、祠が少し光った気がしたので小さな扉を開けてみると、
祠の中には小さな真珠が入っていて、それが光っているようだ。
気づけば目の前にお供えしておいた花が消えている。
「さあ、行きましょう、桃」
「キュ!」
かか様に抱っこされて巣穴に戻ると、
お留守番をしていた手まりが出迎えてくれた。
私は手まりに「これから龍青様の所に行こうね」とキュイっと鳴けば、
飛び跳ねて私の周りをくるくると転がって見せた。
私は龍青様からもらった唐草模様の風呂敷を背負い、
手まりを持ってキュイキュイと鳴いてかか様に話すと、
かか様はうなずいて、滝の前まで連れて行ってくれることになった。
「――ああ、来たんだね。こんにちは姫。
さっきはきれいな花をありがとう」
すると滝つぼの近くの岩の上に、もう龍青様が座って待っていてくれた。
「キュイ」
「主様、本日もうちの娘をよろしくお願いいたします」
私が龍青様に両手を伸ばしてだっこをねだり、抱き着くと、
かか様が私の後ろで深々と頭を下げていた。
だからまねして「よろしくおねがいします?」とキュイっと鳴き、
龍青様にちょこんと頭を下げる。
すると龍青様がそんなことも覚えたんだねと、くすくすと笑っていた。
「ああ、では、今日もよろしくされようか。
姫の母君、夕暮れまでには巣穴に連れ帰るから、
今日はもう帰っていいよ、帰りは俺がきちんと送ると約束しよう」
「キュイ」
「はい、いつもありがとうございます。
桃、主様の言うことをよく聞いて、いい子にしているんですよ」
私はかか様に手を振って、飛び込んできた手まりをぎゅっと抱きかかえる。
「今日は来るのが遅かったが、母君と勉強をしていたのかい?」
「キュ」
そうだよ。大変だったけどがんばったの、
えらいでしょとキュイキュイ鳴くと、龍青様に頭をなでられる。
「ふふ、姫はがんばり屋さんだね。俺も見習わないと」
屋敷へ向かう途中、私は今日教えてもらったことを話す。
新しいわらべ歌とかいうのも、キュイキュイと歌ったりして、
陸の世界で覚えたものを、龍青様にも教えてあげている。
でも、やっぱり龍青様は神様だからか、知っていることが多くて、
私はまだ、ぜんぜん龍青様に追い付いていないんだなあ……と感じた。
「キュイ」
でもね、私は嬉しいんだ。
勉強は苦手だけど、少しずつ龍青様のことを知っていくように思えて、
龍青様の世界に、ちょっとずつでも近づけているんじゃないかって思うから。
私が成体になったら、もっと出来る子になっているはずなんだ。
だからがんばらないとね。
他のこいがたきのお姉さんから、龍青様を守るためにも。
屋敷に付くと、ちょうど“ほうこくしょ”を持ってきた侍従のお兄さんと会った。
龍青様はそれを受け取り、私の方をちらっと見て、
「……せっかく来てもらったのに、姫、すまない。
少し待っていてもらえるかい?」
すまなさそうに言われたので私はうなずく。
いい女、もとい雌は雄の仕事に口を出してはいけないのだ。
よくわからないけれど、女房のお姉さんがそう言っていたのだから、
そうなのだろう。
でも龍青様と離れるのは寂しいから、私はとなりにちょこんと座り込み、
良い匂いがする龍青様の着物の裾をつかみながら、
待っている間は数のお勉強をすることにした。
ここでも勉強だぞ? えらいだろう。
「キュイ」
龍青様の文机の傍には木箱が置いてある。私用のお道具箱だ。
それを開けると中には手紙を書くときに使う箱のほかに、白い貝殻が入っていて、
一つずつ貝の内側に数字が書いてあるんだ。
それを私は手に取る。
貝を使って数を覚える練習。
実はまだ4までしか数えられないんだよね。
なぜ4までか? 決まっている。
これが龍青様の名前を指す数字だからだ。
水神龍青は4、ミズチのおじちゃんは3を指すとかなんとか聞いて、
私は必死で1から4までを覚えた。
龍青様と関係するものは全部私の宝物なんだから。
それはもう龍青様のお名前を書けるように練習したのと同じくらいに、
すごくすごくがんばったんだぞ。
でも最初は2までしか覚えられなくて、
でーきなーいー! と、後ろに寝っ転がってじたばたしたり、
くやしくて泣きながら龍青様のしっぽの先を抱きかかえ、
すんすんと泣きながら数を覚えたんだ。
『のうわあああっ!? 姫、そんなにすぐに覚えられなくても大丈夫だから!』
『キュイイ……』
そこで分かった。どうやら私は負けず嫌いのようだ。
抱きかかえたしっぽに、あまがみまで始めて覚えようとする私に、
龍青様が床の上でのたうちまわるかのように、ぴくぴくとしていたんだよね。
……で、そしたらね? 不思議と覚えられたんだけど、
その後、覚えたらやる気がすっかりと無くなっちゃって、
私の野望は果たしたとばかりに、私はそれ以上覚えられなくなった。
ころんと後ろに寝転がって寝てしまうからね。
そして今日も……4の先の数字が覚えられなくて、私の手が止まり、
巻物を届けに来たハクお兄ちゃんに、さぼっている所を見つかった。
「主様、巻物を届けに参りました……って、あれ、ちび。
まだ覚えられないのか? それ」
「キュ……」
ハクお兄ちゃん……。
「まあ、おまえぐらいの歳では早いと思うけど……。
数え歌とかいろいろ教えてやっただろう?」
ハクお兄ちゃんが私の手元をのぞき込んで、傍に座り込んだ。
最近、ハクお兄ちゃんは私に勉強を教えてくれているようになった。
『ぼ、ぼくは、おまえの兄貴分だからな』
と鼻息を荒くして言ってきたのが理由らしいけれど、別に頼んではいない。
何度も言うが頼んではいない。
龍青様のお仕事が忙しい時に、今みたいにかまってくれるんだけど、
きっと教えるつもりで、本当は自分がかまってほしいんだろう。
お勉強のあとは遊ぶってわかっているからだ。
でもね。私は龍青様に教えてもらいたいなって思って、
ちらっと龍青様の居る方をを振り返ると、
ハクお兄ちゃんが私の頭をガシッとつかんできて、
「忙しいから」と怖い顔でだめだしされた。
「キュ~……」
「姫、どうし……ハク、姫に何をしているんだ?」
ちょうど私の頭をつかんでいるハクお兄ちゃんを見て、
龍青様が怖いお顔でハクお兄ちゃんを見ている。
すると、私の頭から手がぱっと離れて、あわててハクお兄ちゃんが話した。
「ち、ちがいますよ。いじめてなんかいません!
これはこいつが、主様の仕事の邪魔をしようとするからで……っ!」
「……そうか、だが頭はつかむな、姫はまだ体が柔らかい。
もしも頭に怪我をしてしまったらどうするんだ。
小さい角だって欠けてしまうかもしれない」
そう言いながら龍青様は、私を抱っこしてかばってくれた。
「……っ、相変わらず、この娘には過保護ですね。主様」
ぎりぎりと歯ぎしりしながら、こっちを見てくるハクお兄ちゃん。
「俺の大事な婚約者だからな」
するとこの様子を傍で見守っていた女房のお姉さん達が、
くすくすと着物の袖を口元に当てて笑っていた。
「ふふっ、ハク様、公方様は姫様のことが可愛くて仕方ないのですわ」
「黄泉まで迎えに来てくれるほど、慕ってくれているのですもの」
今日は私が来るのが遅かったから、
龍青様はすごく寂しそうだったんだって。
私がそうなんだ? と龍青様を見上げると、
龍青様は顔を赤くして、はずかしそうに顔を背けた。
そして、うらめし気に私の方を見る。ハクのお兄ちゃん。
でも、知らないもん。ふーんだ。
私はそのまま龍青様の膝にしがみ付いて顔をうずめた。
すんすんとお兄さんの匂いを嗅ぐと、ちょっと元気が出てくる。
「貝殻で覚えられないのなら、
姫の好きなものに置き換えて覚えてはどうかな」
私は首をかしげた。どういうこと龍青様。
そうしたら龍青様が、女房のお姉さんに頼んで桃を持ってきてくれた。
「キュイ?」
大好きな桃がいっぱいだなって見ていたら、
一つずつ並べて、覚えられたらおやつにしようねって言うので、
私は目を輝かせ、キュイっと鳴いてうなずいた。
するとどうだろう……。
私はすぐに10まで数えられるようになったではないか。
よだれを出しそうになりながら、桃が増えていくのを想像したら、
とってもかんたんだった。
「も、桃に変えただけで、あっさり覚えられた……だと!?」
「キュ!」
ハクお兄ちゃんがあんなに教えても覚えられなかったので、
訳が分からないと頭を抱えていたけれど、
龍青様はやっぱりな……という顔をして、
ごほうびをあげるねと、私を膝の上にのせて桃を食べさせてくれる。
「姫は好きなものに集中する性格なんだ。ね、姫」
「キュイ」
桃と龍青様は特別だからね。
私はしゃくしゃくと大好きな桃をかじりながら、甘えた声を出した。
「そ、そうだね……桃と同列なのが、かなり引っかかる気もするが」
「キュ」
私はどっちも大好きなんだもん。
そう言うと、龍青様の頬が赤くなって、しっぽが揺れる。
それから、今日みたいに数を覚える時は、桃に変えて考えるといいよと言われ、
私はキュイっと鳴く。桃として考えると数が増えるのって楽しいね!
小さなしっぽを振って、今日も一つかしこくなった気になれた私だった。
やっぱり龍青様に教えてもらうと、分かりやすいなって言うと、
「納得できない……」という顔でハクお兄ちゃんは、
くやしそうに部屋を出て行った。
追いかけてあげるべきかもしれないが、私は今、桃を食べるので忙しい。
龍青様からもらえる桃を放り出すなんて、もってのほかなのだ。
夢中で桃を食べたら、ぺろりと口を舐めて立ち上がる頃には、
ハクお兄ちゃんはもういなくなっていたので、
まあいいかと放っておくことにした。
「キュイ」
それにしても今日はいっぱい勉強したな、明日はたくさん遊ぼう。
でも嫁になるための修行って大変だよね。
“けしょー”もして、ゆうわくしないといけないの、なんて龍青様に言うと、
龍青様がそれを聞いて、ぶはっと大きくせき込むと、
いきなり部屋の隅で座っていた。女房のお姉さん達が一斉に逃げ出して、
龍青様がお姉さん達を追いかけ始めたではないか。
「お、お前たち!! 俺の姫にまたなんて事を教えているんだっ!?」
「きゃあああ~!」
「ひ、姫様には絶対に必要なことですわ、公方様!」
「そうですそうです。今のうちに女の心得と技術を教え込まなくては!」
「いらんわ!! ただでさえ熱烈で積極的なのに、
そんなことまで覚えられたら、俺の心臓がもたないだろうが!」
……なんだろう、なんだか楽しそうだなと思って、
私もまぜてと龍青様のあとをとてとて追いかけると、
やがてそれは屋敷中のみんなも巻き込んで、追いかけっこが始まった。
いつ終わるのか、何のために走るのか分からない、私も分からない。
キュイっと鳴いて、まあみんなで楽しいから良いかってことになった。
「キュイ、キュイキュイ」
楽しいお屋敷での一日はこんな感じで過ぎていく、
明日もまたがんばろうと思いながら、龍青様の腰にしがみ付いた私は、
ごきげんにしっぽを振って龍青様に甘えたのだった。
私の花嫁修業、もとい、「とっくん」はどこまでもつづく。
いつか龍青様の嫁になれるその日を夢見て、
私は強くたくましく、ひたすらがんばるのだとキュイっと鳴いた。




