白蛇編・13
黄泉の世界から足を出そうとしたときに、ちりんと鈴が鳴り、
私のことを抱っこしてくれていた龍青様は、
金色に輝く球体へと姿を変えた。
そうだ。ここを抜けたら、龍青様は魂の状態になるんだった。
私はそのまま体が宙にふわりと浮かび、
球体になった龍青様を私が今度は両手で抱え込み、
とぷんと水しぶきを受けたかと思うと……。
「……キュ」
目を覚ませば光に包まれた世界……。
私達が居た場所に戻ってくることができた。
「キュイ?」
「――っ、嬢ちゃん!?」
「ちびすけ!?」
「あ……」
ミズチのおじちゃんとハクのお兄ちゃん、
そしていつの間にか加わっていたスイレンのお姉さんが、
私の方を見て驚いた顔を見せ……ほっと息を吐いたのが分かった。
水たまりの上に立っていた私は、両手に持っている龍青様の魂を傷つけないよう、
そっと持ったまま、みんなの居る所まで駆け寄る。
「キュイ!」
ただいま! 見つけた。見つけたよ龍青様の魂!
キュイっとそう言うと、強張っていたみんなの目が輝いた。
ミズチのおじちゃんが鏡をこちらへ差し出してくるので、
私は持っている魂を鏡へと近づけると、魂が中へと吸い込まれていき、
鏡を水しぶきと銀色の光が包み込んで、水が引いていく時には、
その鏡の代わりに、しゃがみこんだ龍青様の姿が現れて、
ゆっくりとその口が開く。
「……う」
龍青様の口から声がもれた。
「キュ……」
すん……と、鼻が鳴る。視界が涙でまたうるんだ。
そして、龍青様の閉じていたまぶたが開き、足元に居た私と目が合う。
大好きなお兄さんの目元が細くなって、笑いかけてくれて。
「……ああ……姫、ありがとう……俺は本当に果報者だな」
私が両手を伸ばすと、龍青様の両手もこちらに伸びてくる。
大好きなお兄さんが私の名前を呼んでくれて、「おいで」と言い、
私のことを大事に抱っこして頭をなでてくれる。
いつも当たり前のように受け入れていた。このやりとり。
すん……と一度鼻が鳴り、すんすんと続いていく。
いつものいい匂い、あったかい手のぬくもり。いつも通りで安心した。
私は目から涙がぽろぽろと流れてきて、龍青様にしがみ付き、
しっぽを振りながら、何度も何度も龍青様の名前を呼んだ。
「キュイ! キュイ! キュイ!」
龍青様! 龍青様、龍青様だ。本当に本当に帰ってきてくれたの?
もう大丈夫なの? と、私は龍青様に泣きじゃくりながら話すと、
大丈夫だよと龍青様は私の頭をなでて抱き上げてくれた。
「ああ、お迎えありがとう。姫」
それを見て、みんなが周りでどさどさっと座り込むのが見えた。
特にミズチのおじちゃんは力を使ってくれていたせいか、
一番疲れた顔を見せている。
「はあ……っ、さ、さすがの俺様でも疲れた。
でもまさかあの黄泉巡りを本当に一匹でやってのけるとは、
嬢ちゃんの龍青好きには毎回驚かされてばかりだな。
黄泉から生還した神はもちろん、魂を連れ帰った奴だって、
今まで居なかったって言うのに」
「ぬ、主様……よくぞご無事で……っ!」
「……よかった……です」
にかっと笑うミズチのおじちゃんに、むせび泣くハクお兄ちゃん、
ほっと胸をなでおろすスイレンのお姉さんが、それぞれの反応を見せていた。
私は龍青様の腕の中で、私はごきげんに喉をゴロゴロと鳴らす。
私はキュイキュイ鳴きながら、龍青様の懐に頬ずりして甘えた。
良かった……本当に良かった。どうなっちゃうかと思った。
もう会えないかもしれないと思っていたから、また会えてとっても嬉しい。
龍青様、ちゃんと戻って来てくれたんだ。
「みんなにも世話になったようだな。感謝する。
だがまさか、姫を俺の救助のために寄こすなんて思わなかったぞ」
龍青様が目を細めて、ミズチのおじちゃんのことをにらんでいる。
なんで私のことを止めなかったんだと言いたげに、
龍青様は私を抱っこする手の力をわずかに強めた。
「いや、俺様だってなあ?
さすがにちびっ子には酷だろうと思っていたんだよ。
帰りが遅くなったら、俺様の守りも失われるかもしれねえしよ。
でも嬢ちゃんは、それじゃあ納得しねえだろうなって思っていたから、
俺の嫁も呼んで力を貸してもらったってわけでな」
だから、追わせたのだとミズチのおじちゃんは言う。
水神は番の嫁が傍に居ることで、力の「きんこう」とやらが取れるそうだ。
「俺様達だってな? ぎりぎりでがんばっていたんだぞ」
少し疲れた顔で言うミズチのおじちゃんに、
龍青様はさらに近づき、ミズチのおじちゃんの着物をつかんだ。
もう片方の腕には私が抱きかかえられたままで。
「今度似たようなことがあれば、俺のことは見捨てろ、
二度とこんなことを姫にはさせるな。
成功したからいいものの、もしも失敗していたら……。
姫まで巻き込むところだったんだぞ!?」
「嬢ちゃんはもう、龍青を番に認めちまってるようだし、
あのままおまえさんが戻って来なかったら、
遅かれ早かれ、恋しがって道連れになっていただろうさ」
龍青様の手が震えていたのに気づいたのは、そのときだった。
きっと龍青様は私を黄泉に行かせるのには反対だったんだろう。
前に黄泉に連れていかれるのを、私がとても怖がっていたからだ。
だから、キュイっと鳴いて、
「嫁になるんだからいいの」と龍青様に話しかける。
嫁は夫が危ない時は助けるものだって、かか様も言っていたんだから。
「ひ、姫、まだ姫は嫁じゃないんだから、そこまで命を張らなくても……」
「キュ……?」
え? 私、もう嫁のつもりでいいよね?
だっていつか嫁になるんだもの。
龍青様のとと様にも嫁って認めてくれたし。
「キュイ」
夫婦はね、困ったときに助け合うんでしょ?
「そ、そんなことを言われてしまうと離れがたくなってしまうよ」
ぶつぶつ言いながら龍青様が空を見上げたので、
またあの遊びかなと私もまねっこをする。
龍青様はいつも上を見るのが好きなんだよね。
うん、今日も空はきれいだ。
「まあまあ、嬢ちゃんの愛の力にはこの俺様も恐れ入っているんだぜ?
ただ、キュイキュイ泣いているだけの嬢ちゃんかと思っていたが、
龍青のことになると、ここまで行動派になるとはな。
さすがは俺様の親分だ。やるときはやるなあ」
わしわしとミズチのおじちゃんが、
「よくやったな」と笑いながら私の頭をなでる。
目を細めながら私はうなずいて、
おつかいだから大丈夫だったよとキュイっと鳴いた。
あのね? やっぱり黄泉の世界は広すぎて迷ってしまったんだ。
それで少し泣いちゃったけど、でもね?
そうしたら龍青様のとと様にあっちで会えてね。
龍青様が大変だって話をしたら、見つけるのを手伝ってくれたんだよ。
そう言ったら、ミズチのおじちゃんとハクお兄ちゃんが、
一気に顔色をサーッと青ざめて固まってしまった。
「な、なにも……なかったのか?」
「キュ」
ミズチのおじちゃんに言われて、私はうなずいた。
あっちで泣いていたら、泣き声に気づいてお迎えに来てくれたの。
肩に乗せてもらったんだよと、キュイキュイと鳴いて教えてあげた。
それでね。真っ暗で怖がっていたら一面ピカピカにしてくれてね。
「おい……龍青」
「本当だ。先に姫と出会って保護してくれたようでな。
俺の所まで無事に連れてきてくれたようだ。
しばらく会わないうちに、父もずいぶんと丸くなっていたようだな。
姫も世話になったおかげか、前よりも懐いていたようだし」
そう言いながら、龍青様は自分の爪をぎりぎりとかんで、
「油断もすきもない……」と、眉間のしわを寄せて怖い顔をしていた。
「おいおい、妬くなよ」
「妬いてない! ただ俺だけ記憶が混乱していたせいで、
緊急の話についていけずに、のけ者みたいに感じただけだ。
姫、まだ姫にとっての一番は俺だよな?」
「キュ?」
私はこくりとうなずく、龍青様が一番大好きだよと。
そうしたら龍青様は私の見ている前で、
「よし!」と、ぐっと握りこぶしを作っていた。
それを見て、ハクお兄ちゃんがあきれた顔をしていた。
「主様、それを妬いていると言うんじゃ……?」
「うるさい、ハクは黙っていろ!
だが、まあ……また父には会えてよかったと思うよ」
「キュ」
「あ?」
訳が分からない顔をしたミズチのおじちゃんに、
龍青様は笑っていた。
「前に別れたときは、いつの間にか姫と和解していたからな、
混乱していて、あまり話し合うような余裕はなかったし、
心残りだった過去の思い出と……果たせなかった思いも含めて。
ようやくちゃんとした形でけじめが取れた気がするからな」
そう言った龍青様は、ふっと空を見上げて笑っていた。
だから私も笑う。かか様の着物も着られたんだものね。
※ ※ ※ ※
――……それからの龍青様のことなんだけどね?
ミズチのおじちゃんとハクのお兄ちゃんを連れて、
自分たちの屋敷と社にあの怖い人間の男が来ないように、
2重の結界を急いでまたほどこしてくれた。
私が黄泉に行っている間に、
スイレンのお姉さんがハクお兄ちゃんに話を聞いて、
一緒に、各所に使いを出していてくれていたようで。
屋敷の者達はもちろんのこと、社に居る人間達にも気を付けるように、
いざというときは、その場所を捨てて逃げることも選ぶようにと、
みんなに伝えていたらしいから、被害は起きていなかったらしいけれど。
……らしい。というのは、私がこの時にはもう疲れて眠っていたせいだ。
人間の男と戦った時から、いつも以上に力を使ってしまったことと、
成体の者でも生身で黄泉に行くことは、実はけっこう大変らしく、
だから子どもの私は、こちらの世界に戻ってきたときには疲れ切っていて……。
龍青様が戻ってきてくれたと分かった後は、
泣きつかれたこともあり、足に力が入らず、そのままどっぷりと眠気がきて、
スピスピと眠ってしまったからなんだ。
今まで感じたことのない体の重さに、
私はそのまま吸い込まれるように眠り続けた。
龍青様はそんな私を見て、眠っている私を抱いたまま、
とと様とかか様の元に連れ帰ってくれて……。
お兄さん達が郷を去ってから三日後の朝、私はようやく目を覚ました。
龍青様の代わりに、とと様とかか様が心配そうに私のことを見下ろしていて。
傍には手まりがあって、私が目を覚ましたことを喜んでくれていた。
「キュ……?」
目の前に大好きなとと様とかか様が居たことで、
私はいつもの日常に戻って来られたんだとほっとした。
両手を伸ばして、とと様、かか様と呼んで、いつもみたいに抱っこをせがむと、
とと様もかか様も笑ってそれに応えてくれて……。
「キュイ、キュイキュイ」
私ね。主様を、龍青様を助けられたんだよって、すんと鼻を鳴らして話すと、
とと様もかか様も私の頭をなでてほめてくれた。
「ああ、主様から聞いた。主様の危機をおまえが助けに行ったんだと、
桃はまだこんなにも小さいのに、ずいぶんと強くなったな……。
前は俺の後をついて来て、泣いてばかりいたのに。
でも良かった。桃が目を覚ましてくれて」
「ええ、本当に。黄泉にあなただけで行ったと聞かされた時には、
どうなることかと思ったけれど……」
「キュ……」
黄泉に行ってきたせいか、体はまだ少しだるいけれど……。
あれから三日も過ぎていることも聞いて、
私はあわてて龍青様のことを聞いた。そういえば龍青様はどこ?
すると首を振って、どうなったのかは分からないと言われて。
龍青様はここを去る時に、こんなことを私の両親に言っていたそうだ。
『万が一にも俺が戻らぬ場合は、
姫にあげた鈴でどうか生き延びてほしい……。
親子二代の水神の神通力がこの鈴には込められている。
姫の思いに応えて、みんなのこともきっと守ってくれると思う』
と、そんなことをとと様やかか様に話していたらしい。
『姫が起きていたら、きっと俺についてきて危険に巻き込む可能性がある。
だから眠っている間に、決着をつけられたらいいんだが……』
そう言って眠っている私の頭をなでて、龍青様は去っていったそうだ。
龍青様はきっとあの人間と戦いに行ったんだろう。
このまま放っておいても、いずれまた私が狙われると思って。
「水神様を平気で殺せる人間が居たとは恐ろしいが、
俺達がこれまでの恩返しに協力したいと願い出ても、
危険だからと断られてしまったんだ。
主様にはずいぶんと助けてもらっていたのにな」
ただ分かったことは。龍青様はあれから私が寝ている間に、
ミズチのおじちゃんとハクのお兄ちゃんを連れて、
悪い人間に“しんばつ”っていうものを与えに行ったということだけで……。
この郷は龍青様とミズチのおじちゃん、
そして水神の力をちょっとだけ使えるハクのお兄ちゃんが、
外敵避けの結界をかけて居なくなったんだと。
「キュ……!」
「あっ、桃!?」
私は手まりを持ったまま巣から飛び出して、急いで滝つぼまで走っていき、
お腹を岩の上にくっ付けて手足をじたばたさせる。
あれから三日、三日も経っている。それなのに龍青様が来ていない。
だから悪い予感がして体が震える。
やだよ。まさかとは思うけど、
敵は水神様を殺したことがある人間だ。
龍青様をあんな目に遭わせたヤツなんだもの。
また龍青様が、襲われているかもしれないじゃないか。
ちりんちりん……ちりんちりん……。
「キュイ、キュイ!」
龍青様、龍青様!
あれからどうなったのか、みんなは一緒に居るの?
とと様もかか様にもわからなくて、私は不安だった。
どうしよう、あのときに会ったのが最後ってことないよね?
やっと会えたのに、また会えなくなるなんてことないよね?
キュイキュイと龍青様を呼んで、鈴を鳴らした私は、
このまま会えなくなったら嫌だよう……と、
涙をぽろぽろと流してすんすんと泣いた。
何度も何度も呼んで……私は顔を岩の上に押し付ける。
すんすん……すんすんすん。
そのとき、ひときわ大きく水しぶきの上がる音が聞こえた。
「――……め、姫? 泣いているのかい?」
「……キュ?」
「どうした? またなんで泣いているんだ?」
その声に私の動きはぴたりと止まり、ゆっくりと顔をあげる。
目の前の水面の上に立っていたのは、私のよく知るお兄さんの姿で……。
……龍青様? と聞くと、
目の前のお兄さんは「そうだよ」とうなずいてくれる。
「キュ……」
ほ、本物の龍青様だ!!
私はすぐに起き上がると龍青様に飛びつこうとして、
助走をつけ、岩の上からぴょーんっと飛び降りた。
「キュー―!」
「うわ!? ……っ、と、あ、危ないじゃないか姫!」
「キュイ! キュイ! キュイイ!!」
龍青様、龍青様だ会いたかったよと、
私は受け取ってくれた龍青様にしがみ付く。
なでてくれるその手も、大好きなお兄さんの匂いも本物で。
私は涙をぽろぽろと流しながら、しっぽをこれでもかと振り続けて、
龍青様に何度も頬ずりをした。
生きてる、生きててくれた龍青様が、龍青様が!
その勢いで龍青様と私は水の中に倒れこんで、
水しぶきを上げてもなお私はしがみ付いた。
よじ登って龍青様の口に私の口をくっ付けると、
龍青様はいつもみたいに顔を赤くしつつも、
しかたないなあ……という顔をして、
起き上がりながら、私を抱き上げて頭を何度もなでてくれる。
「……姫にはすごく心配をかけたようだね。もう……大丈夫だよ」
「キュイ」
ほんとうに? 私は龍青様の着物にしがみ付いて顔を見上げた。
「おーおー、相変わらずいちゃ付いてんな、おまえさんらは」
「キュ?」
「よう嬢ちゃん。体の具合はどうだ?」
聞きなれた声の方向を振り返れば、
ちょっと着物がぼろぼろのミズチのおじちゃんが居て、
その後ろには、顔を真っ赤にさせたハクのお兄ちゃんがうつむいていた。
こっちも着物がやけにボロボロになっていて、
ずいぶんとつかれた顔をしている。
でも、みんな無事だったんだ! 私はキュイっと鳴いて再会を喜んだ。
おかえり! みんな!!
「ああ、ただいま姫」
龍青様が笑う。
「親分、子分のミズチ、ただいま戻ったぜ」
ちょっとふざけて言ってくるのはミズチおじちゃん。
「も、戻った」
はずかしそうにうなずいたのは、ハクお兄ちゃんだった。
※ ※ ※ ※
そのあとにみんなから聞かされたのは、あの人間が起こしたこれまでの話。
それは全てつながっていたらしい。
あの人間が最初に狙っていたのは神の力を手に入れるための、
神殺しの素材となるもので、まずは力が強いあやかしが狙われていた。
徐々にそれは増えて行って、次に狙われたのが若い水神様だったらしい。
白蛇の水神様も龍青様みたいに、
まだ番を得ていない若くて未熟な水神だったらしく、
陸地に近い所で暮らしていたので、先に襲われたんだって。
つまり、やっぱり殺されたっていう水神は、ハクお兄ちゃんの兄弟らしい。
「こんなことなら、もっと早く蛙を食っておけばよかったよ。
あいつがこちらの内情を話していたんだからな」
ハクお兄ちゃんが、とてもくやしそうに言っている。
でも、かえる? なんのこと?
「キュ?」
「……姫が前に人間に追われて俺の所に連れてこられた事があるだろう?
あの時に、俺に姫を売りつけようとした奴のことだよ。
ミズチの水域で暮らす眷属だったんだが、俺達の情報をね。
俺を襲ったあの人間の男と手を組んで、流していたようなんだ」
あの時の、げっこげっこしていたおじさんか!
私を捕まえて、なぐって、鎖に縛り付けたヤツは、
いつのまにかハクお兄ちゃんによってやっつけられていたらしい。
その話を受けた人間は、白蛇の水神を襲うのと同時に、
もう一つの行動をしていたんだって、
それが、スイレンになる前のかんなお姉さんの故郷での出来事だった。
かんなのお姉さんの故郷が病に見せかけて、
長い間、住んでいた土地の近くの水源に毒を入れられ、
それでかんなのお姉さんは、その原因が、
てっきり水神のせいだと思い込まされていたそうだ。
「この時から狙われていたのが、次の水神、番が居ない龍青だった」
ミズチのおじちゃんがそう言って、岩の上にどかっと座り込む。
番となる半身を得ていなかった龍青様に、
取り入ることが出来そうな娘をほしがったらしいんだ。
……じゃあ、じゃあスイレンのお姉さんも故郷を襲われていたの?
つまり、みんなあの人間のせいだったということなのか。
同じ人間同士なのに。
「……俺にもっと力があれば、もっと未然に防げたかもしれないね。
あの娘が来たときは、そこまで裏があるとは見抜けなかった」
そう言って握りこぶしを作る龍青様に、
ミズチのおじちゃんは肩をぽんと叩く。
「まあ、それはお互い様だな。他の水神だってそうだ。
俺様もスイレンを嫁に迎えてから少しずつ分かったことだしな。
だが嬢ちゃんのおかげで俺様は嫁に再会できたし、龍青も助かった。
結果を見れば、同士討ちや全滅だけは免れたんだ」
で、スイレンのお姉さんの故郷がそんなことになっている間、
龍の子どもが……私が狙われたんだって。
私の生まれ故郷が人間によって襲われたのは、
他の水神の力を手に入れるため、より強い力を手に入れるために、
神殺しの刀や懐刀を作るためだったこと。
中でも龍の子どもだった私は、火属性と光属性を持っていたので、
白蛇の水神の怒りを買って、呪詛をかけられたその受け皿に、
……自分にかけられた呪いの身代わりにできるのではないかと考えて、
扱いやすいうちにと、あの男に狙われていたらしい。
「キュ……」
「だいじょうぶだよ、姫。
俺の婚約者をいじめるような悪い男は、ないないしてあげたからね?」
そして、襲われた私達だったけれど、その時に私は捕まらず、
欲を出した蛙によって、組んでいた人間を裏切り、
龍青様の所へ連れ込まれたことで保護されて、
それ以上の手出しは出来なくなり……。
他の仲間も一斉に逃げ出したから、使い物にならなかったんだって。
え? ということは……私の郷で別れてしまったみんなは?
「つまり、姫の故郷に居たみんなは、無事に逃げおおせたらしいね」
「キュ……!」
そうなの? じゃあ無事なんだね。
みんな生きていると聞いて、私は嬉しくなった。
生きているのなら、いつかまた故郷のみんなに会えるかもしれない。
ずっとずっと心配していたから、私はほっとして龍青様に抱き付く。
「……でも、その代わりに他の者達が犠牲になっていたようだが」
「キュ……」
……そうだった。じゃあ良いことばかりじゃないんだ。
「姫はあの時ひどく怯えていたからね……もう思い出させないよう、
これまでのことは伏せておこうと思っていたんだが、
この一連のことを考えると、これまでの経緯を話しておかないとね」
……もう、大丈夫だろうけどね。という言葉を付け加えて。
龍青様は私の頭をなでながら教えてくれた。
私はそれにうなずく。
確かにあの時に話されたら、私は怖くて大泣きしていただろう。
でも……今は私知りたいんだ。強い龍の子になりたいから。
だって私は龍青様を守れるようになるって決めたんだ。
そうキュイっと鳴くと、龍青様は私の頭をなでてくれた。
「……姫は本当ならご両親のもとで、甘えて育つ時期なんだ。
そう思えば、姫はもう十分なくらいに強くなったと思うよ」
「キュイ……」
じゃあもう怖いことないの? あいつがやって来ることはない?
私が怖いのはもうやだよと首を振ると、みんながうなずいた。
「ひと柱ずつ、力の弱い水神から取り込んでいくつもりだったんだろうが、
神に手を出して生身の人間がただで済むわけがない。
たとえそれが代を重ねて築いた。霊格の高い人間だとしてもな」
龍青様の言葉に私は首をかしげる。
私の居る郷を出た龍青様達は、襲われた最本殿へ向かうと、
そこはあの男が支配する。いびつで薄気味悪い場所となっていたらしい。
水神の長の席に座り、人型をした“式神”というのを従えていて、
まるで自分が神様になったかのように、ふんぞり返っていたそうだ。
「水神を殺めることに成功し、他の水神達も恐れをなして逃げ出したから、
そこで自分の勝利を確信したんだろう。
まあそのおかげで隙を付けたわけだが」
完全な水神の力があるミズチのおじちゃんと、
龍青様のとと様にもらった二柱分の水神の神通力を得た龍青様、
そして白蛇の水神の子どものハクお兄ちゃんも少し力が使える。
機転により、毒に強いハクお兄ちゃんが囮になりながら、
人間の男を屋敷の外へと誘い込んで、一気に攻撃を仕掛け、辺りを浄化、
弱体化することに成功したとか、なんとかそこまでは教えてもらったんだけど……。
「スピ―……」
「だめだ。やっぱり今の嬢ちゃんには難しすぎたぞ龍青」
「……姫、姫、あと少しだから起きてくれるか?」
「キュ?」
なに? もう終わり?
「いや、まだ終わってないな、あと少しだよ姫?
うーん。やっぱり姫にはこういう話は早いかな」
困った顔で首をかしげる龍青様。
なんだ。それで終わりじゃないのか。
私は両手で目をこすって、がんばって続きを聞くことにする。
少しだけ、こっくりこっくりと頭を揺らしながら続きの話を聞いていくと、
龍青様のとと様からもらった力で、穢されてしまったその場を洗い清め、
あの男の怖い力も削ることが出来たんだって。
もしかして、黄泉で見たあのキラキラの力のことかな?
龍青様のとと様ってやっぱりすごいんだね。
頭の中で「我すごいんだぞ」と言っている龍青様のとと様を思いうかべる。
「俺と父の神力に加え、ミズチの神力、それにハクも白蛇の力を少し使える。
若くて未熟な力でもまとめてかかれば、相当な威力になるんでね。
相手の力を相殺するのに十分な力になったよ。
……父上からもらった力がなければ、危うかっただろうが」
龍青様のとと様からもらっていた力が、役立ったんだね。
そうしたら、龍青様は私の頭をなでてくれた。
(龍青様のとと様……ありがとう)
私は最後に別れた龍青様のとと様を思い出し、しっぽを振る。
自分の子どもの大変な時に、あのおじさんはちゃんと守ってくれたんだ。
私はキュイっと鳴いて、ここには居ない龍青様のとと様にお礼を言う。
私の大好きなお兄さんを守ってくれて、ありがとう。
龍青様のとと様は、私の鈴にも「お守りに」って水神の力を分けてくれた。
だからほとんどの力を私達に託してくれたんだってことを、
私は知っているよ。
きっと今までの「ごめんなさい」の気持ちなんだろうなって。
「ああ、それと……姫からもらったうろこの力も、
すごく役に立ったんだよ。礼を言わなくてはね」
「キュ?
私?
龍青様が言うには、私のうろこにある火属性と光属性が、
いろんな所で龍青様を助けてくれたんだって。
「最初にね、俺があの人間に呪殺をかけられただろう?
呪具に変えられる前に、姫のうろこが抵抗してくれたんだ」
「キュ?」
そうなの? そういえばあの時……何か割れる音がした。
「そのすきに俺は体を鏡の中に滑り込ませ、封印することが出来た。
黄泉では、凍えそうな俺の魂を温めたりして守ってくれた。
俺があっちで記憶を取り戻せたのもそのおかげでね。
それとあの人間は、闇属性を使って相手を呪殺していたから、
姫の光属性が、俺達のことを呪殺から守ってくれたんだ」
「キュ」
そうなの? 龍青様は懐から取り出したうろこを見せてくれる。
少しヒビが入ってしまったけれど、今でもきれいに輝いていた。
私のうろこ……ちゃんと龍青様の役に立ったんだ。良かった。
一緒に戦えなかったのは残念だけど、少しでも力になれたなら嬉しい。
「水神は水属性の者しかいない……だから、まさか水神の俺が、
火属性と光属性を使えるとは思わなかったんだろう。
それで奴は、対抗する手段もなく俺達と盛大にやりあったことで、
長年蓄えていた体力と神通力を、消耗していったんだ」
力は付けられても、体は生身の人間。
神様は他の生き物より、あまり飲み食いしなくても生きていられるし、
その気になれば数日寝なくてもへっちゃららしいので、
人間だったヤツには、不眠不休での戦いは相当きつかったのだろう。
「弱ったところで追い詰められて、なけなしの力で俺達を呪い殺そうとした。
俺達の誰かの器を乗っ取って、魂を移し替えようとしたらしいね。
だが、姫のうろこの光属性を俺の神鏡で力を増幅させたことで、
俺達の呪殺にも失敗、むしろ自身に跳ね返った」
「合わせ技って奴だな、龍の子どもの初めて抜け落ちたうろこは、
生まれて間もない子を守るため、親の力が特に込められているからな」
ミズチのおじちゃんが、龍青様の言葉にうなずきながら答えた。
「最終的には、自らの取り込んだ力の反動もあって自滅したよ」
「キュ?」
どういうこと? 龍青様。
すると教えてくれたのはハクお兄ちゃんだった。
「……ぼくの兄者の力を取り込んだからだよ。白蛇の水神は蛇の化身。
本気で噛みついた牙には毒がある。水神ならその力の威力ははるかに高い、
知識のない者が不用意に触れれば、毒の影響を受けて死に至るんだ……。
兄者はきっと命がけであいつに噛みついていたんだろう」
今までは、その怖い毒を誰かを身代わりにすることで、
神の呪いを免れていたけれど、龍青様達が反撃し始めたことで、
次の代償を手に入れる時間を与えなかったから、
毒が回り切って死んだらしい。
「あれだけ立ち回っていたけれど、あっけない最期だったよ。
なんか最後まで一族の悲願がどうのこうの言っていたけどさ」
ハクお兄ちゃんはそう言うと、大きな息を吐いて岩部に座る。
あの呪いはいずれ、男の血に連なるものをすべて取り込むのだろうと。
白蛇の一族は毒の一族でもあるらしく、水毒なんかも使えるらしい。
その気になれば、狙った時にいつでもその毒が回るようになるのだと。
だから、気づいた時には全てが終わると教えてもらった。
「兄者の仇はこれで討てたよね……」と、そう言って。
ハクお兄ちゃんが力なく笑って見せた。




