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白蛇編・7~姫の社会見学2~




 ハクのお兄ちゃんと夜通しの追いかけっこの後、

龍青様の腕の中でたっぷりと眠った私は、

お膝の上で海の幸を使ったごちそうをたくさん食べさせてもらい、

さあ、いざ、本殿の中をいろいろ見てみようと立ち上がると、

龍青様に両脇をひょいっと持ち上げられ、捕獲されてしまった。



「キュ……?」


「姫、今から迷子になったら大変だからね。

 ここは多くの人間が出入りするから」


 そうだ! ここは人間が居るんだった。


 人間も昼間はよく活動するんだって教えてもらって、

もし人間に見つかったら怖いよと、龍青様にひしっとしがみ付くと、

龍青様がふわりと力を使って、私の体の周りを霧で包み込み、

普通の人間には姿を隠せるようにしてくれた。



「社に参内する普通の人間には見えなくしておいたよ。

 この社の巫女や宮司たちは、普段ここで修業しているから、

 さすがに隠したところで姫のことは見えるとは思うが……。

 俺の方から怖がらせないよう、よく言って聞かせてあるから大丈夫だよ」


「キュ……」


 龍青様……私と一緒に居てくれる?


「ああ、会合の時はちょっと離れてしまうが、それまでは一緒にいるよ。

 少しずつでいいから、人間にも慣れて行こうね?」


 ついでに、今日はしっぽを隠さないといけないと言うので、

私は隠す前の龍青様のしっぽを、涙目でなでなでしてお別れをした。


 お兄さんが、このしっぽをしまっちゃったら、

私とおそろいの部分が無くなってしまうし、

なんだか人間の仲間になったようで、すごく寂しいんだよね……。



「ひ、姫。そんなに俺のしっぽが好きか?」


「キュ」



 こくりとうなずいて「大好きだよ」とキュイキュイと鳴いた。


 だってね? 大好きなお兄さんのしっぽだから……と言ったら、

赤くなっていた頬がもっともっと顔を赤くなって、

「お、終わったらまた戻すから、ね?」と言ってくれたので、

約束だよ? と、私のしっぽとからませて、ぶんぶんと振る。



「キュ」


「のうわああああっ!?」



 すると、いつものように床に倒れこんで、うめき声をあげる龍青様がいた。



「何事ですかぬし様!? ……って、またおまえかちび――っ!!」


「キュ?」



 そのままハクお兄ちゃんに見つかって、追いかけられた……が、

私は追いかけっこは得意だったので、すぐに振り切ってやったぞ。



「く、ちびのくせに、な、なんてすばしっこい……っ!」


「キュ!」


 野生の龍はね、外敵から逃げるために、

逃げ足が速くないといけないからね! 日々とっくんなのだ。


 ぜえぜえと呼吸をして、床に転がったハクお兄ちゃんを見て、

私はまた龍青様の元に戻ることにした。


 ……今日はお祭りのために、みんな働いていてつまらないな。

お手伝いに来た女房のお姉さんや、侍従のお兄さん、おじさん達も、

人間達が水神様へ持ってきた供物を仕分けしたり、運んだりしていて、

私だけが何にもすることが無いんだよね。


 侍従のお兄さんが、龍青様の着物のすそを後ろから持って、

いそいそと移動する手伝いをしていたので、私も混ぜてもらい、

とたとたと歩いて着物を持ってみたけれど。


「キュ?」


「――っ、姫?」



 進むのが早くて転んだら、そのままつるーんっと床の上を滑ってしまった。


 驚いたけれど、それがとっても楽しかったのを私は発見した。 

すべるのって楽しい! もっとやりたい!


 龍青様、もっともっととキュイキュイ鳴いてお願いすると、

龍青様は黙って私のことを抱き上げた。


「キュ?」


「姫はまだうろこが薄いのだから、

 すり傷でも出来たらいけないからね。ここまでにしようか」


 え? なんでー?


 龍青様が言うには、嫁入り前だから傷は付けられないと言う。

じゃあ……もし傷が付いたら、私すぐお嫁さんになれる? と聞いたら、

龍青様がとっても困った顔をされて、高い高いをしてくれた。



「早く嫁にしてやりたいとは俺も思うが、

 姫にはそんな辛い思いをさせたくはないんだよ。

 何があっても姫のことは、喜んで嫁に迎える気だけれどね」


「キュ?」



 それから、龍青様が侍従のお兄さんとこれからの予定を話している間、

龍青様の足元で、お兄さんの着物のすそをつかんだまま、周りを見る。

でも、とても相手をしてくれそうな人が居ないなとか思っていたら……。


「……」


「キュ?」



 ハクお兄ちゃんが、ちらちらとこっちを見ている気がするけれど、

やっぱり忙しいよねと思って、龍青様の着物をつかんでいた手を離し、

手まりを持って、ハクのお兄ちゃんの足の間をくぐり抜け、

近くのかべに手まりを投げて遊ぶことにした。



「なんでだよ」


というハクお兄ちゃんの声が後ろから聞こえたけれど。

……もしかして私と遊んでほしかったのだろうか?


 そうならそうと早く言ってと言ったら、

顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまった。

わかったぞ、自分からは「あそぼ」って声をかけられないんだね。

この、はずかしがりやさんめ!



「ああ、姫お待たせ。こっちへおいで?

 ちょうど姫が好きそうな供物くもつが届けられたよ」


「キュ?」



 祭壇の上に、神様への贈り物が並べられていく。

赤くて大きなお魚のたいとかいうものや、私の好物のエビもある。

おめでたい時には必ず供物に選ばれるらしい。


 他には米や塩、みそやお酒、田畑で採れた野菜や水菓子、

「さかき」という葉と共に膳に乗せて、祭殿に飾っていく。

他の人はその近くで夢中になって手を合わせていた。



「キュ」



 水神様って龍青様のことだよね?

なのに、すぐ目の前にいるのにお話とかしないのかな?

私と龍青様は、それをやっている人達の様子を「後ろ」から眺めていた。

そう、みんな水神様がここに居るのに、見向きもしないで通り過ぎる。


 みんながお願いをしているその先には、

龍青様が出した“ごしんすい”というのがさかずきに入っていて、

一番上の棚に置かれていたんだけど、社に来た人達が、

みんな代わる代わるその盃に頭を下げ、

手を合わせて幸せそうな顔で去っていくんだ。


 そこへ新しい供物の乗った膳を持ったハクお兄ちゃんがやって来た。



「元々、一般の民が主様から直接お言葉を交わす事は出来ないし、

 そのお姿を見ることだって、常人にはできないよ」



 本殿の入り口には、たくさんの木札に文字が書かれているのが並べられ、

白い紙が付いている、大きなしめ縄というものが飾られている。

その前には、天井から垂らした太めの縄と大きな鈴があった。



「キュ?」


 これなあに?


「これはね。こうして……引っ張ると鳴る仕組みになっていて、

 俺にこの社へ来た事を知らせる合図なんだよ」


 龍青様に体を支えられて、私は両手で縄を引っ張り、大きな鈴を鳴らした。

からんからんと、私の持っている鈴とは違う音色が響く。



「それで手を合わせて、俺宛てに願いを言うんだ。頭の中でつぶやくのもいい。

 大体は豊作豊漁や水の恩恵、水害がないように願う者が多いね。

 あとは、昨年までのお礼を言ってくれたりもするよ」



 龍青様にこつんと額を合わせられ、耳を澄ませば聞こえてくる。

ここに集まってきた者達から、たくさんの祈りと感謝の言葉を。



 “水神様、昨年は豊漁に恵まれました。ありがとうございます”


 “水神様、息子が無事に漁から帰ってこられますように”


 “水神様、海も静かで安心して暮らせます”


 “水神様”


 “水神様……”



 祈りをささげているのは、年齢も姿も種族もばらばらで、

人間もそうでないのも一緒に紛れて並んでいるけれど、

人間達には、まぎれているあやかしの姿は見えていないようだ。


 心を込めて目の前の祭壇に向かって、思い思いの願いやお礼を話していた。

まるでそれは、人間も獣も変わらないようにも見えて――……。


 言葉と共に伝わってくる思いもやさしくて、あたたかくて、

とても、とてもふしぎな感じだった。



「キュ……」



 でも、お願い? 神様にはお願いをするものなの?

こんな風に手を合わせてお祈りする事なんてなかったから、変な感じだ。

私が龍青様の方を振り返ると、お兄さんはうなずく。



「ここでの願い事はあとで木札にも記録しておくんだ。

 いつも俺が仕事をしているのは、その願いに目を通していてね。

 そうだな……姫は何か俺に願いたいことはあるかい?

 今は水神の俺が居るから、直接聞いてあげるよ」



 仲間や郷のことでもなんでも良いよ。

私はそう言われてキュイっと鳴いてうなずいた。

みんなみたいに真似て、祭壇に向かって両手を合わせて目をつぶる。

つぶって、がんばってお願いをしてみた。



 私が願う事は、いつだって一つだ。


「キュ、キュイ、キュイイ」


 あのね? 私、龍青様が大好きなの。


「……っ!」


 私の後ろで息をのむような音が聞こえたけれど、

お願いごとをするのに夢中で、振り返るのは後にした。


「キュ、キュイイ、キュイキュイ」



 すごく好きだからね? これからもずっと一緒に居たいの。

それでね? 無事に私が大きくなって、りっぱな成体の雌になれたら、

龍青様のお嫁さんになりたいな。


 最後にぽんぽんと手を鳴らして、

頭をちょこっと下げて……振り返る。


「キュイ?」



 これでいいの? 私のお願いかなう? 龍青様。


 ちゃんとできたかなと首をかしげて聞いたら、

私を抱っこしてくれていた龍青様は顔を真っ赤にして、

ううう……と言いながら目を閉じていた。



「ど、どうして姫はこう……真っ直ぐなんだろうな。

 いや、別に嫌というわけじゃないが、むしろ好感触……」


「キュ?」


「い、いやなんでもないよ。姫の気持ちはよく分かったよ。

 嬉しい事を言ってくれるね。その願いは俺が必ずかなえよう

 うん、いつか俺に恋敵が例え現れても、姫の心をつなぎとめられるように、

 俺もがんばるから、うん……うん」


「キュイ」


 こいがたきって、なんだろう?


 でも龍青様はかなえてくれるらしいので、ぜったいだよ? と、

私はキュイっと鳴きながらしっぽを振った。


 すると、それを傍で聞いていた女房のお姉さんが、

「今日も睦まじくていいですわね」と笑ってくれたけれど、

 ハクお兄ちゃんについては……。



「……主様、普段からそんな事をやっているんですか、その娘と」



 びっくりした顔で固まっていた。手、止まっているけどいいの?

いつものことなのかと聞かれたので、「そうだよ」とキュイっと返す。

だって私は龍青様の一番の仲良しさんだからね。


 そういえばミズチのおじちゃんは何処へ行ったんだろう?

このやしろについてから、どこかへ行ってしまったきり、

会っていないんだよね。


 そうしたら、ミズチのおじちゃんは自分のやしろの方で忙しいんだって。

水神同士のやしろは別々の所にあるんだけど、

神様の力で社と社がつながっていて、今は自由に行き来できるそうだ。



「今日はこの日に、別の所でも水神のお祭りがやっていてね。

 最本殿という所では、俺達全ての水神がまつられている。

 後で其処へ行って、水神同士は近況報告をすることになっているんだ。

 数百年ごとに会って、何か変わった事はなかったかとかを話すんだよ。

 俺の場合は、婚約者の姫が見つかったという事かな」



 龍青様は片手で紫苑色の扇を持って、うれしそうに笑っている。

ということは、ミズチのおじちゃんは嫁報告か。

ああ……のろけを言いまくる姿が目に浮かぶよ。

ここ最近のミズチおじちゃんは、すごくごきげんさんなんだよね。


 今日は水神様に感謝をして、豊漁豊作を祝う日でもあるので、

みんな初日は必ず、近くの水神本殿に足を向けてお参りをしたり、

音を奏で、各地から集まる行商のいちに顔を出すそうだ。



「ミズチは嫁への土産物を探しに、

 後で俺の本殿近くの市に顔を出すとか言っていたな。

 俺の社の付近は、貝殻や真珠を加工した飾り物を作る職人も多いからね」


 シャランシャラン……トントントン。


 話しているうちに、笛を奏でる人や太鼓をたたく人が出てきて、

この社にいた巫女と言う人間の女が、鈴がたくさん付いたものを持って、

シャランシャランと音を鳴らしながら、ひらひらと踊る姿を御簾みすごしに見た。


 この部屋は神様の居る場所ということで、

普通の人間は入って来られないらしく、

私は近くに、本物の人間がたくさんいるのに震えていたけれど、

やがて何にも起きないと分かると、徐々に慣れてきて、

舞を踊るお姉さんや、お参りに来る人間達をじいっと見つめたりしていた。


……こうして見ると、別にこわくないな。



「今日は俺達の世界と人間の世界が、つながる日でもあるんだよ」



 水球を出し、市で出ている店の様子も映して見せてくれた。

とても賑やかそうで、みんな楽しそうに見える。

飾りも売っているものも、どれも私の見たことがないものばかりだ。



「キュ……」



 これが……人間も参加する水神様のお祭りなんだね。


 いつもだったら龍青様は、

自分で人間の供を連れて買い物にも行くらしいんだけど、

今日は私のために、使いを出して私が好きそうなものを買ってきてくれたらしい。


 龍青様が見せてくれるものは、すてきなものばかりだったし、

もし一緒に居てくれるのなら、私も怖くないかもしれない。

思い浮かぶのは、ミズチのおじちゃんとスイレンのお姉さんが、

仲良く手をつないで歩く姿、あれを見てから良いなって思っていたんだよね。


 いつか私もやれるだろうか。



「姫がもう少し大きくなったら、俺と手をつないで。

 一緒に祭りのいちにも顔を出してみようか。

 その時には、桃色の髪に合う髪飾りを買ってあげようね」



 こくりとうなずいて、未来の約束をしながら、

私は”ちまき”という、草の葉で包まれた食べ物を龍青様のお膝の上で食べる。

中にはエビやたけのこ、きのこ、米が入っていて、

蒸して柔らかくしてあり、とてもおいしかった。



「もちもちして、おいしいだろう?」


「キュ……キュ……!」



 龍青様がそう言って私の頭をなでる。

おいしい。そうか……これがもちもちって言うものなんだね。

味付けされた米が私の口の中で広がって、私はしっぽを振る。


 これは人間が作ったそうだけど、とてもおいしいと思う。

素直にそう思えた。



「く……っ、おまえばっかりずるいぞ」


「キュ?」



 近くで声が聞こえたので顔をあげると、御簾みすのすぐ近くで、

ハクお兄ちゃんがこちらを気にしながら働いていた。


 ふつうの人間には、ハクお兄ちゃんのことは見えないので、

自分のことが見える社の人間に伝えて、仕事を進めていたのだ。


 私は手に持っていたちまきの残りをちらっと見て、

「食べたい?」と両手でキュイっと持ち上げると、

ハクお兄ちゃんは私の持っていた物に、やたらと関心を示したではないか。

ばっとこちらを振りかえって、目をきらきらしてきたぞ。



「……っ! く、くれる……のか?」



(よだれ出ている……そんなにほしいのか)



 でも、悪いな。

これは龍青様が私のために用意してくれたから、私のものだ。

龍青様からもらったんじゃ、ゆずるわけにはいかない。


 私は急いで最後のひと口を、ぱくっと口の中に入れて食べると、

もぐもぐと噛んで、ごくりと飲み込む。

するとハクお兄ちゃんが「ああああああっ!」と叫んでうなだれていた。

どうやら、ものすごく食べたかったらしい。



「キュイ……」



 ごちそうだものね。龍青様……これのあまりある?

ちょっと可哀想になってきた。


 せめてこの包みをあげようかと思ったけれど、

これ、あとで私が笹船にして遊ぶって決めているもんな。



「……そうだな、後でやきもちを妬いて姫に悪さをしても困るから、

 すぐにハクの分も買ってきてもらおうか」


 私はキュイっとうなずいた。

おいしいものはみんなで食べると、もっとおいしいものね。

龍青様からもらったものは絶対にあげられないけどさ。うん。

あげられない。




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