白蛇編・2
私がひしっとしがみ付く様子に、ごきげんなのは龍青様だ。
「キュ~」
「よしよし」
私のことを落ち着かせようと龍青様が触れる、
そのあたたかな手のぬくもりに私は目を細めた。
龍青様によしよしされるのは好きだ。
それだけで私は怖い気持ちが和らいできて、
額を龍青様にすりすとこすり付けて甘えると、
龍青様がまた笑いかけてくれて。
「~~っ! な、なななな!?」
「ふふ、今日の姫は特に甘えん坊だな。
こういう姫も悪くないね……はいはい、怖くないよ」
「キュ」
いつもは一番安心できる場所なのに、
まだ、ぴりぴりっとした嫌な感じがしている。
その原因は分かっている。近くにいるヤツのせいだ。
さっきから私を警戒して見ている気配がするんだよね。
「……」
じいいっと涙目でみつめた私は、ここは私のナワバリなんだからね!と、
ぷいっとそっぽを向いて、龍青様の着物に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
すんすん、すんすん……私、あのお兄さんすぐ怒鳴るし嫌い。
そしたら、目の前で私達を見ていたハクのお兄さんが悲鳴を上げた。
「うわあああっ!? おっ、おおおまえ、主様に何しているんだ!?
主様の婚約者だからって、まだ正式な番にもなっていない娘が、
いくら主様が子ども好きだからって、さすがになれなれしいだろ!!
いい加減に主様から離れろよ!! 不敬だろう!」
「キュイ!」
やだ!
「やだじゃない!」
いいんだもん! 私と龍青様は一番の仲良しなんだからね!!
私は見せつけるように、龍青様に抱き付く力をぎゅぎゅ~と強める。
両手両足、しっぽまで使って全身でしがみ付くようにすると、
龍青様は頬をほんのりと赤くして、嬉しそうに私の頭をなでてくれるので、
私は涙目で龍青様の顔を見上げた。
……ねえ私、龍青様と一緒に居ちゃだめなの?
「キュイ?」
どうして? 私、こんなに龍青様のこと好きなのに。
「ひ、姫……?」
私と龍青様のことなのになんで?
龍青様が言うならともかく、なんでこのお兄さんに言われなきゃいけないの?
知らないお兄さんにそんなこと勝手に決められたくないよ。
「うん、そ、そうだね……これは好きあっている俺達の問題だ。
別に俺は、姫が甘えてきてくれるのはかまわないよ。
こんなにも俺を慕ってくれて、むしろ嬉しいと思っているからね」
「キュイ」
そうだよね。私と龍青様は一番の仲良しさんだもんね。
「ふふ、そうだね。仲良しさんだ」
龍青様は私の頭をなでて笑いかけてくれるので、安心する。
こんなに仲良しなのに、一緒に居られないのは嫌だもんね。
もしも離れ離れになったら私、寂しくて泣いちゃうもの。
「姫……」
「キュ」
それを見て、ハクのお兄さんが頭をかきむしり、わめきだした。
「うわあああ、ぼくだってされてないのにいい!!
そんな新入りの娘を特別扱いして、ずるいですううう」
「キュ」
「当たり前だろう、姫は俺の大事な婚約者だ。
いずれは俺の花嫁になる娘なんだからな」
それから龍青様が教えてくれたのは、
ハクというこのお兄さんは、小さな頃に龍青様に保護されて、
居場所と仕事を与えてもらったことで、とても龍青様に懐いているのだと。
でも、いつか自分の従者にしようと育てられてきたから、
私みたいには扱ってこなかったらしい。
つまり、このお兄さんは私のことがうらやましいんだな?
私が龍青様に可愛がられていて、こんなにも仲良しさんだから嫌なんだろう。
「キュ!」
なら私がすることはひとつだ。
どうだ。私はこんな事をしても許されるんだぞ。いいだろう!
私はしっぽをぶんぶんと振って、両手両足を使い、もっとしがみ付く。
龍青様との仲良しぶりを見せつけてやるぞ。
そんな私を見て、またハクのお兄さんが声をあげ、
龍青様に引っ付いている私を引きはがそうとしたが、
爪で引っ掻いて、シャーシャーとうなって牙をむいて見せてみたら、
あわてて私達から飛び退くように離れた。
「いった! なっ!? なんて凶暴な娘なんだ!!」
「キュイ!」
龍青様にさわっちゃだめ! 龍青様に近づかないで!
このお兄さんは私のなんだからね! 両手をぶんぶんと振って抵抗する。
私から龍青様を引き離そうとするヤツはみんな敵だ。
「やれやれ……姫にすっかり嫌われてしまったではないか。
ハク、さすがに今回はおまえが悪い。幼い子どもにそんな態度では、
姫が警戒してしまうのは当然じゃないか。もう少し頭を使え。
だからおまえには、こちらの領域へは顔を出すなと言っておいたのだがな」
どうやら私がこのお兄さんに今まで会わなかったのは、
龍青様が言ってくれていたおかげらしい。
「……っ、ずっと社の方にいらっしゃらないのでお迎えに来たんですよ。
もうすぐ水神大祭があって、他の水神の皆様ともお会いするのに、
準備は全ておまえに任せるの一点張りじゃないですか!
そうしたら……こんな小さな子どもと遊んでいるなんて」
「遊んでばかりではないぞ? ここでの仕事を大方終わらせて、
そろそろ身支度を始めて、そちらへ向かう予定だったんだが」
「キュ?」
むかえ? またどこかにお出かけするの龍青様?
私が抱っこされたまま龍青様のことを見上げると、龍青様はうなずいた。
「うん、もうすぐ陸で水神を祀るお祭りがあるからね。
それに合わせ、水神仲間の皆で顔を会わせに行くんだ」
人の暦とやらで、水無月とされる季節、
お空から、水神様による水の恵みがいっぱい降り注ぐこの頃に、
水神様達にとって大事な行事があるらしく、
龍青様も今は、その支度と準備で忙しいらしい。
他の水神が集まるってことは……友神のミズチのおじちゃんも行くのか。
それに私の会った事のない神さまも、たくさん居るって事だよね?
どんな風なのかなって思いながら、龍青様の膝の上に降りてちょこんと座る。
「キュ」
龍青様もミズチのおじちゃんも全然違うから、分かんないや。
目の前では「ぐぬぬ……」と未だにうめき声をあげている、
ハクのお兄さんがにらんでいるが、私は知らないもーんと、
キュイキュイ鳴いて手まりを持ってそっぽを向いた。
この膝の上は、いくら怖く言われたってゆずってあげないんだからね。
私の特別なナワバリなんだから。私はそう思いながら後ろに寄りかかる。
龍青様のお膝の上は今日も良い匂いがした。
※ ※ ※ ※
それから私はハクのお兄さんを放っておいて、
寝転がって手まりをころころしながら、龍青様に水神様についてのお話を聞いた。
水神様は元々、陸の水源を管理する為に、
天の神様によりお願いされた仕事らしい。
神様の中でも長みたいな者が居て、
龍青様はそれに仕えて水源を統治しているんだって。
前に私が婚約者になったと手紙を書いていたのも、
その神様に出すものだったらしい。
「そうだ。せっかくだし姫も祭りに参加してみるかい?
前に俺の社を見せてあげるという話をしていただろう?」
「キュイ」
龍青様のお社?
……そう言えば陸には、龍青様のりっぱな建物があると前に教えてもらった。
このお屋敷もすごく広いけれど、水の上に浮かぶきれいな所で、
ここよりもすてきな所なんだって。
「キュ」
私が夢の中で見た。祠をもっとごうかにした感じかな。
ここのお屋敷もとっても広くて、良い所だと思うんだけど、
私にはわかんないや。
「ああ、海辺に浮かぶ、赤い鳥居と柱が特徴の社があるんだが、
そこと会合に使われる、水神大社の総本殿に場所をつなげることができてね。
近くではこの季節に、水神に感謝するお祭りが執り行われているんだ。
姫が好きそうな食べ物や、飾り紐とかが出回ると思うが」
「キュ!」
行きたい!
「……ただし、人間が行う祭りなので人間がいっぱい居るけどな」
「キュ!」
やっぱ行かない!
私は龍青様のお膝の上から飛び降り、
花の絵が描かれた屏風の裏にすたたーと走って隠れ、
涙目で何度も必死に首を振ってことわる。
人間、こわい、人間、いや。
「ひ、姫?」
そんな私を見て、龍青様が「おいで」と私に近づきしゃがみ込むと、
私は「龍青様、行っちゃやだ」とキュイキュイ泣いて、
お兄さんの着物の裾をぎゅっとつかんだ。
人間は私達を狙う、とっても恐ろしい生き物なんだよ?
そんな怖い人間が居るような所にわざわざ行って、
龍青様が無事に帰って来られるなんて、私にはどうしても思えなかった。
「龍族や化身にもいろいろ居るように、人間にも良い者と悪い者が居るんだよ。
でも今の姫にはまだ早かったかな。姫は閉鎖的な世界しか知らないから、
もう少し違う世間を見せてあげようかと思ったのだが」
すんすんと鼻を鳴らして泣く私に、
龍青様が困った顔で私の頭をなでてくれた。
「さっきから黙って聞いていれば……おまえな、
人間の身で主様に仕えている者もいるんだぞ。
ぼくと一緒に社の管理をする巫女とか、宮司とかな。
それを主様の嫁になる娘が、何をわがまま言っているんだ」
龍青様の一族は、人間の祈りによって神格化した龍族。
それだけに人間との関わりがどうしても切り離せない。
先代の水神様が禍つ神になってしまったこともあるから、
信頼を得るためにも、がんばらないといけないんだって。
「キュ~……」
だってだって……それでも、こわいものはこわいんだもん!
郷を襲われた時、みんなや私にされたことを私は忘れてなんていないんだからね。
ハクのお兄さんに言われ、私がぷるぷる震えて涙をぽろぽろと流しだすと、
それまで私をにらんでいたハクのお兄さんが、ぎょっとした顔をし、
龍青様が私を抱き上げ、ぎろっとハクのお兄さんをにらみつけていた。
「こらハク、姫を泣かせるな。おまえの方が年上だろう」
「で、ですが主様、やはりぼくはこの娘を、
主様の婚約者だなんて認められません」
「……キュ」
ハクのお兄さんが両手を腰に当てて、私の方をまた、にらみつけてくる。
「主様の番となる娘ならば、
いざという時に主様の盾になることもしなければならない。
なのにこの甘えっぷり、うらやま……じゃなかった。
水神の嫁になるという、覚悟と自覚が無さすぎるじゃないですか?」
「そうはいってもな。姫は見ての通り、生まれてそう間もない幼子だぞ?
歳の割には、いろいろと……その、大胆な所がある娘だとは思うが、
まだ家族や仲間のぬくもりが恋しい年頃なんだ。
それに俺は、姫にそんな危ない真似をさせる為に嫁にしたいわけじゃない」
「……キュ?」
龍青様と私は見つめ合った。
そして私の頬を優しくなでてくれる。
「俺に心を寄せて一緒に居たいと願ってくれた。初めての娘なんだ。
慈しみ、満たし、育てて……花開くように幸せにしてやりたい。
姫は一度、生まれ故郷を人間によって襲われた事があるからな。
それで姫は親と引き離され、俺の所に身売りされてきたんだ」
「……え?」
龍青様の言葉に、ハクのお兄さんの勢いが止まる。
「だから姫が人間を怖がっていても仕方ないことだ。
おまえも……命の危機を感じたことはあるだろう?」
「……っ! そ、それは」
「キュ、キュイ」
……やっぱり、行く。
私は目をごしごしと小さな両手でこすって覚悟を決めた。
そうだ。私の郷を襲った人間達が居る所にお兄さんが行くのなら、
龍青様が人間達にいじめられないように、私が守ってあげないと!
「い、いや、姫。別に人間と戦いに行く訳じゃないからね?」
私は首をぷるぷると振る。龍青様に何かあったら嫌だもの、
番になるんだから、私は強くならないといけないんだ。
「キュイ!」
だから私は爪をしゃきんとだして、お兄さんの腕の中で素振りを始めた。
龍青様のとと様と戦った時に経験した私の攻撃、
きっと人間にも効くに違いない。
「……姫が、変な方向にやる気を出してしまったじゃないか」
龍青様が上を向いてうんうんうなっていると、
ハクのお兄さんも私の方を見て、顔を青ざめていた。
「いやそれよりも……お、おまえ先代様になんてことしているんだよ!?
罰当たりにも程があるぞ、いくら禍つ神になっていたとしても、
先代様だって、元はれっきとした神様なんだからな!」
「キュ?」
ごめんなさいしたし、龍青様のとと様は許してくれたもん。
……あれ? そういえば今気づいたけど、このお兄さん、
さっきから私の言葉が分かるみたいなんだけど? なんで?
私はまだ人の言葉は話せなくて、獣の言葉でしか話していない。
龍族仲間の龍青様とか、ミズチのおじちゃんみたいな、
友神の神様じゃないと私の言っていることは分からないはずなのに……。
お屋敷のみんなだって、私の言葉が分からないから会話は出来ないんだよね。
最近はちょっと人の言葉を覚えてきたから、手紙を書いて見せたら、
少し分かってもらえるようになったけれど。
「ああ、ハクは水神の血を引いた子どもだったからな。
俺の一族とは違う水神の一族に居たんだ」
「キュ」
な、なんだと?
ということは、神様の子どもってこと?
龍青様やミズチのおじちゃんと同じ?
「……元はぼくも水神候補の一匹だったんだよ。
主様とは違い、跡継ぎとなる子が多すぎて、
ぼくは……水神にはなれなかったけれどな。なりたくもないけど」
「……キュ」
もしかして、何か嫌なことがあったのかな。
龍青様もさっき「保護した」とか言っていたし。
ハクのお兄さんは自分のことを話すと、下を向いて黙り込んでしまった。
だから私はそれ以上何も言うことが出来ずに、
お兄さんの腕の中からお膝の上にするすると戻る。
「さて、それじゃあ、姫も行くという事でいいかな?」
「キュイ」
行くよ。だって私は仲良しさんだものね。
私はぷるぷると震えながらも、がんばってうなずいた。
こんなこと、とと様とかか様に言ったら、きっと驚かせてしまうな。
あんなに人間嫌いな私が、人間の居る場所に行こうとするなんて。
龍青様は祭りとは言っても、人間が多く暮らしている。
「みやこ」という所には行かないよって教えてくれた。
龍青様が行く所は、水神様を大事にしてくれる人間が多い場所だし、
そちらへ行くときには、社で働いている人間以外には、
私が怖い思いをしないよう、見えないようにもしてくれるって。
「人間にも本当にいろいろ居るからね。
良い人間か、そうでない者かを見定める為にも、
これからは少しずつでもいい、人間の世界を見ておきなさい」
龍青様は言った。これから行くのは、水神様を信じてくれている、
人間達が多く集まる所なんだって。
この世界には怖いばかりの人間だけじゃないよと、私の頭をなでてくれる。
じゃあ、私のことを可愛がってくれて、抱っこしてくれたり、
遊んでくれる人間とかも居るのかな?
そう、ここのお屋敷に居る。みんなのように……。
私だって人間に関するものが全部嫌いなわけじゃない。
機織りだって、組み紐づくりだって、着物に刺す刺繍だって、
色鮮やかなそれは、とってもきれいで、すてきだなって思うし、
人間の考えた食べ物も、どれもおいしくて私は好きだもの。
「キュ」
人間と聞いて、まぶたを閉じても浮かんでくるのは、
決まってあの時のこと。生れて初めて見た人間は、とても怖い顔をしていた。
武器を持って追いかけてくる人々の姿と怖い声。
そしてみんなの逃げ惑う声がして……追われた記憶。
私から、大好きな仲間と故郷を奪った者達しか見てきていない。
だから私は……人間を信じるのは、まだどうしても出来そうになかったんだ。




