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ミズチの恋・8~かなに戻る時2~




「おかえりなさいませ、奥方様」


「よくぞご無事でお戻りいただきました」



 あれから何度か、一体どういうことなのかと周りに聞いてみても、

まずはお召し替えをとはぐらかされるように言われて、

足先まで流れるような長くてきらびやかな着物を着させられ、

髪を整えて化粧まで念入りにほどこされた。


(まるでうわさに聞く、都のお姫様みたいな装いね)



 最初に流れ着いたあの水神の屋敷でも似たようなことをされたが、

嫌々ながら世話をされているのは良くわかるほどだった。


 こういう着物は、きっと都の姫様たちが着るようなものなのだろう。

薄紫色を基調とした衣を幾重にも重ねられた着物には、

鏡でのぞきみても色合いも華やかになるし、

細かくも繊細な鯉とスイレンの刺繍がほどこされていて、

とても私のような村娘が、気安く着られるようなものではないのに。


 でも、好意的に着飾ってくれることが嬉しいと感じてしまい、

私はこんな時に何を非常識なことを……と必死で気持ちを抑え込む。


 どうしてこんなに優しくしてくれるのかも分からないのに、

何を浮かれているのだと。


 きっとこんな気持ちになったのも、

幼い頃に母が晴れ着を用意してくれたことを思い出したせいだろう。

貧しい中、私のためにと手に入れてくれた頃のことを……。



「ああ、よく似合っているな。急いで新調してもらった甲斐があった」


「……私のため」


「ああ、おまえのために決まっているだろう?」



 自分に向けられる笑顔を見たのは、いつ以来だろうか。

それが不思議にもとても心地よくて、寂しかった心に火がともる気がする。

なぜかは分からないが、ここはとてもあたたかい場所で、

人当たりも良いものたちばかりで、まだ少ししか居ないはずなのに、

不思議と懐かしさを感じると思えた。



(まるで、みんなが生きていた頃のようだわ……)


 まぶたを閉じると、家族が笑い合っていた頃を思い出せる。


 だから余計に私はここに居てよいのだろうかと悩む。

どう見ても、私には不相応な扱いに思えて仕方ないのだ。

歓迎されるような立場じゃないのだから。



「かなの好物が分からないと、女房達に言われたんでな、

 とりあえず、女子供が好きそうなものを集めてみたんだが」



 これも私のために用意してくれたものらしい、

滋養のある海の幸や山でとれた山菜、そして瓜という水菓子まであった。

水菓子なんて、私のような百姓の娘が簡単には口に出来ない高級品だ。

まるで宝物のような扱われようじゃないか。


 けれど今の私にはあまり口にできそうもない、

これを無下にしたら怒られたりするだろうかと思っていると、

見計らったかのように、目の前にかゆの入った器を出された。



「あ……」


「そうだと思って久しぶりに作ってみたんだが、これなら食べられそうか?」



 気づかってくれたのか……こくりとうなずいて、さじを手に取る。

一口入れると優しい味が口の中に広がり、体をじんわりと温めてくれた。

こんなに気にかけてくれる人は、家族以外では初めてだ。



「おいしい……です」


「……っ! そうか! そいつはよかった!!」


 私の言葉に、満面の笑顔を向けられて心臓がどきりとした。

その顔を見ればわかる。なんの裏もないと分かる顔を見れば、

私のことを本当に思ってくれる人なんだと。


 ああ、これは私が飢えていた感情なのだと思い知らされる。


 もう私には帰る場所もなく、待っていてくれる人もいない。

ならばここに、ここに居てもいいのだろうかと思うほどには、

私はこの場所を居心地の良い場所だと感じるようになった。



(ああ、そうか……)



 家族を失ってからというもの、

誰かとこんな風に一緒に食事をするのは、これが久しぶりなんだと、

気づいた時には、私の頬が自分の流した涙でぬれていた。



「かな……? どうした?」


「……っ、あ……あの……なんでもありませ……」



 あわてて涙を着物の袖で隠そうとするも、

隣に腰かけてきたミズチ様は、そんな私のことを抱きしめてくれた。

それはまるで幼子をなだめるように、私の頭をなでてくれて……。



「よしよし……大丈夫だ。もう大丈夫だから、

 ここはもう怖いものも、不安になるものもねえから。

 おまえは何の心配もしなくていいから、安心してここで暮らせばいい」


「……っ」



 一瞬でも手にかけようとまで考えたものに、

なんでこの方は、こんなにも優しくしてくれるんだろう。

私から大切なものを奪ったのは、同じ水神だったのに。


 それに水神は私の考えていることなんて、みんなお見通しのはずだ。

潜り込んだあの場所で、私は刺客として来たことを簡単に見破られた。

だったらこの人だって、私がそう考えたことも分かっているはずなのに。



「なんで……」



 こんなに優しくしてくれるのですか……と言いかけた言葉を、

ミズチ様は目元を緩めて教えてくれる。


「俺様の嫁なのに、優しくしなくてどうするんだ。

 自分の懐に入った者は、何が何でも守る。女子どもなら尚更な。

 おまえをそこまで追い詰めるほど、助けに来てやれなかったんだから、

 その責任は俺様にもあるだろう?」



 その後、彼の腕の中で改めて聞かされたのは、私が知らなかった話。

私がかつてミズチ様の嫁だったことがあり、

生まれ変わったらまた嫁になる約束をしたこと。


 いつかミズチ様が私を迎えに行くと約束したきり、

今までこんなに時間がかかってしまったことも話されて、

苦労させてしまったことを謝られた。


 そんなはずはない、どこかの水神に呪われた民の娘が、

水神の嫁の生まれ変わりのはずが……。


そう言いかけた私に、

ミズチ様は顔色を曇らせて私のことをさらに強く抱きしめた。



「あ……」


「それ……なんだがな、おまえは踊らされたんだよ。その呪術師とやらに。

 あの土地は前世でおまえが暮らしていた故郷で、縁をもって生まれついた。

 それも生き別れになった妹の子孫として……」


「前世の妹の……?」


「そんな場所を水神が呪えるはずがない。

 あの土地付近の水の恵みは俺様が……少しだが力を貸していたんだからな」


「え……?」


「前世でのおまえは、妹を故郷に残していたことを気にかけていてな?

 おまえが病で亡くなった後、代わりに妹が飢えたりしないように気にかけていた。

 けど“何者かの手によって穢された”となると、そうはうまくいかない」



 元々、管轄する水神が興味も持たないほどの痩せた水源と土地だった。

そのうえ、水神を祀るものもいなかったので、干渉しやすかったのだろう。


 ミズチ様が何度も手を加えたり、浄化しては、

何者かに阻害されるという事態になっていたと教えてもらった。

それは私の知らなかった別の視点での話だった。



「それもどうやら定期的、長期に渡ってだな、

 神の加護を断ち切れるだけのことをされていた。

 どこかの神の気配は感じられない、あやかしの類でもない。

 そうなれば、残るのは人間しかいないな……」


 人間……神ではなくて人間?


「それも、代替わりを幾度とやって力を溜め込みながら、

 呪いを受けていると“人為的に”信じ込ませるだけの土台を作った」


「……まさか、飲み水に毒を流したものが居ると?」


 ゆっくりとミズチ様はうなずいた。


「水神は命をはぐくみ水をあやつる。水を大切にするんだ。

 そんな者が、わざわざ自分を象徴する水を汚したりなんてするものか。

 感情があらわになって荒らしてしまうことはあるが、元には戻す」


「じゃあ……」


「よく考えるんだ。村人もそんなことが簡単にできると思うのか?」



 何を言われているのか、頭がついていけなかった。

知り合ったばかりの男を信じたりするほど、とは思ったが、

あのうさんくさい呪術師とその供の男に比べたら、

ミズチ様の言ってくれる話の方が、話につじつまが合う気がする。


(それなのに私は、なんであそこまであんな男を信じたのだろうか)


 見知らぬ相手なのは同じだったのに、急に現れたよそ者の人間を……。

素性を話してはいたが、本当かどうかまでは確認していない。

気落ちしていた時に突然現れて、家族の死を悼み、寄り添ってくれたから?

いいやちがう、頭がぼうっとする何かをされた気がして、頭を振った。


(そういえばどうして……あの男は、村の流行り病の話を聞いたのだろう)


 村の外に出るのはほんの数回、都に行商に行く時くらいだ。


 けれどまだその時期ではなかったし、薬を買いに行けるほどの財力もない。

それに村の外に出る気力のある者なんていないはずなのに、

なぜ、今年、私達の村で村人が死んだことを……。

あの者たちは“すぐ”知ることができたのだろう?


 そこまで考えて足元が震え、がくりと崩れるように座り込んだ。

カチカチと歯が鳴り、私はようやく一つの答えにたどりつく。

いやまさか……でも、考えれば考えるほどその答えしか思いつかない。

するとミズチ様が私の手を取り、また私のことを抱きしめてくれた。


 まるで突きつけられた残酷な真実に、

私が壊れてしまわないようにと、気づかってくれているかのように……。



「……そ、そ、そんな……っ!」


「……分かったか」



 ミズチ様の腕の中で体の震えが止まらない。

涙があふれてくる。そんな、そんなことがあっていいものか。

でも頭の中ではもう、誰がこのことを仕組んだのか、もうわかっている。

そうだ。一番怪しいと思ったら、あの者達しかいないじゃないか!



「あの男! あの男達が私の家族を!! みんなを!!」



 定期的に毒をまかれて、病と勘違いし、死んでいったのだと。


 いつしか使えなくなった水源、村の誰かが穢したせいで水神を怒らせた。

そう、私たちはずっと「思い込まされて」いた。


 でも、それが誰だったのか……までは分からなかったのだ。

けれど違った。


 なぜ、自分の命をつなぐ水を穢したいものが居るだろうか、


 飲み水だって、田畑を耕し作物を育てるのにだって水は貴重なのに。

雨が降らずに日照りになんてなったら、私達は生きていけない。

だから元々ある水源は何が何でも守ろうとするだろう。


 だから、埋めたりなんてしないし、使えなくするなんて……。


 でも――……頭がはっきりとした今ならわかる。

そんなことが出来るのは、あの場所に暮らしていない、

「よそ者」だけなのだと。何の関係もない者なら、それが可能だと。


 毒を仕込んだ犯人なら、すぐに及ぶ被害を予想できるから。



「あ、ああ……ああああ……うああああああっ!」




 頭を抱えて泣き叫ぶ。本当のかたきはあのとき、

私達のすぐ目の前に立っていた。


 親身になった素振りで困っていた私達に近づき、

無知だった私達を簡単に信じ込ませ、命を殺める刃物を握らせ、

神殺しのできるこまを作ろうとしたのだろう。

私達の村は、そのために狙われたのだと。


(女子供が水神には弱いって……あいつは言っていた)


 あの男が本当に欲しかったのは、水神の血やうろこだった。

そう男が自分で言っていたじゃないか。

その為の手駒となる若い娘だけを残す形にして……。


 それを手に入れるために、手に入れるためだけに、

村の人達の死は利用され、私の家族も殺された。



 あんな風に苦しめられ、奪われて。


 だまされ、操られていたんだと気づいた私は、

これまで自分が犯そうとした過ちを心の底からいた。

許せない、許されない……あんなにあっけなく騙された自分に。


 近くにあった箸にゆっくりと手を伸ばし、握り締める。


 

「…………い……っ」


 弟に、両親に、村のみんなに謝る。謝っても謝り切れないけれど、

かたきを取るばかりか、その男達の口車に乗せられて、

もっと取り返しのつかないことをしでかす所だった。


 水神様は、ミズチ様は私達の味方でいてくれたのに……っ!



「ごめん……なさいっ!」



 そう叫んで、握ったその先端を喉へと振り下ろす。

これしか今の私には、もう償える方法がなかった――……。





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