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ミズチの恋・1

ヒーロー龍青の友神、ミズチのお話。

桃姫と龍青は最初と最後辺りのみ出てきます。

本編よりも死にネタ要素、シリアス展開あり、注意です。




「キュ、キュイキュイ」


 手まり、おいでおいで。


 私がそう呼ぶと、手まりがころころ回りながら私の後ろを付いてくる。

つくもがみになった手まりは、今ではすっかり私の相棒だ。

お話したりすることは出来ないけれど、何かあれば助けてくれるし、

龍青様が忙しい時も、こうして一緒に遊んでくれるから嬉しい。



「姫、あまり遠くへは行かないようにね」


「キュ」


 龍青様がたまってしまった水神様のお仕事をしている間、

私は屋敷の周りで手まりと遊ぶことにした。

ただし今日は、ただ遊ぶんじゃなくて探し物もするのだ。

そう、宝探しだ。それもただの宝じゃないぞ。



「キュ~」


 どこにあるのかな~龍青様の匂いの付いた小さな着物。



「キュ」


 

 実は最近、女房のお姉さんに良いことを教えてもらっていたんだけど、

鼻をすんと嗅いでも、手掛かりは見つからない。


 これまで龍青様の着物を、すきあらばと狙ってきた私だったが、

そのたびに龍青様に見つかり、何度も取り上げられてしまうので、

ごきげんななめだったのだ。


(私のすてきな寝床づくりのためには、必要な物なのに)


 大好きな龍青様のお膝の上に居るような、安心感のある寝床が欲しい。

私のそんな気持ちをあのお兄さんは分かってくれない。

お泊りする以外の時にも、匂いのする着物に包まって眠りたいと、

私はそう思っているのだが、龍青様がどれもだめだっていう。



 それで私があんまりにも龍青様の着物を欲しがって、

床の上で寝転がり、じたばたと手足を動かして、

キュイキュイ、すんすんと泣くものだから、

龍青様が子どもの頃、着ていた着物が蔵のどこかにしまってあるから、

それをもらってはどうかと、女房のお姉さんが教えてくれたのだ。



『姫様、公方様も昔の着物までは流石に着られないでしょうし、

 普段は見向きもしないものですから、そちらを探されてはいかがです?

 子ども用の着物なので色目も明るく、可愛らしいものが多いので、

 仕立て直して姫様の着物に作り変えることも出来ますし』


『キュ?』


 そんなものがあるの?


『ただ、昔の頃の物ですから、そでを通してないものもありますし、

 公方様の匂いは薄くなっていると思いますが』


 こっそりと教えてくれた女房のお姉さんに、私はぎゅっと抱き着き、

しっぽをぶんぶんと振ってキュイキュイとお礼を言う。

それでもいい! 欲しい!! 龍青様の物なら何でもいいのだ。



「キュ」



 だから私は決めた。必ず、龍青様の子どもの頃の着物を手に入れると。

それを手に入れたら、巣穴を龍青様の着物で拭いて匂いを付けて、

私だけの縄張りを作るんだ。


……とと様が苦手な龍青様の匂いで、ものすごーく嫌がるかもしれないけれど、

私が安心して眠るために必要なことだからね。がまんしてもらうんだ。



「キュイキュイ」



 今から考えるだけでとっても楽しみなんだよね。

匂いが薄くてもだいじょうぶ。それを龍青様に一度ごしごしとこすれば、

あっという間に龍青様の匂いが染みつくだろうし。


 いつも着ている龍青様の着物は、気に入っているものだからと、

いくら欲しがってもだめって言われているから、

私は子どもの頃に着ていたという着物を探して、

龍青様に頼んでもらおうと考えていた。



「キュ!」


 ただ、龍青様の所の蔵はたくさんあるので、

どこにしまったのか、女房のお姉さんでも分からなくなっているらしく、

自分の力で見つけないといけないらしいんだよね。


 だから、今日はどこの蔵から探しに行こうかなと思っていたら、

屋敷の裏にトゲトゲがある、からたちという草木で囲まれた壁が出来ていた。

辺りを見回してみても、この先には進めそうもない。



「キュイ……」


 なんだこっちは行き止まりかと、私が引き返そうとしたら、

足に結んであった鈴がちりんと鳴った。



「……キュ?」


 今、鈴が何かに反応したようだけど?



 すると何か波紋のように音が響いて、壁だと思っていた場所が揺れ、

目の前でざざざーっと音を立てて左右に開き道が出来たではないか。

なんだろう? ここは何か仕掛けがあるのだろうか?

もう一回ちりんちりんと足で鳴らしてみても、何にも反応しない。


 どうやらこれ以上のことは起きないようだ。


「キュ……?」


 せっかくなので進んでみる。何かいいものがあるのかもしれない。

探検、探検、なんだか楽しそう! 


 そうして歩き出した見知らぬ道、

てくてくと歩く私の後ろを、手まりがころころとついて来る。

ずいぶんと遠くまで来てしまったから、

そろそろ一度戻らないと、龍青様に気づかれてしまうな。


「キュ」



 しばらく歩いた先にあったのは、見慣れない白い石造りの建物があった。

ここだけ、なんだか屋敷から離れているし、様子が違うな……。

私が探検しようとした蔵とは作りも全然違う気がする。



「キュ?」


 石造りで作られているそれには、

空いている部分が鉄で出来た格子こうしというものが付いている。

前に、龍青様が『危ないから近づいてはだめだよ』と言っていた場所で、

座敷牢ざしきろうとか言われているものがある場所だろうか?


 私は鉄で出来たおりに閉じ込められたことがあるから、

あの時のことを思い出してしまって、手足ががくがくと震えた。

でも手まりをぎゅっと握り、少しだけのぞいてみようかと近づく。

ここまで来たんだ。せっかくだし中も確認してから帰ろう。


 私は強い龍の子、がんばって苦手なものにも慣れなくちゃ。

さっきから奥に何かの気配がするから、とっても気になるし。


 その時、じゃり……っと、足元の石を踏んでしまった。



「……キュ」


「……だれ? 誰か……居るの?」



 しわがれたような、弱弱しい声がその牢の奥からひびいた。


――やっぱり、中に誰か居る!?


「キュ?」


 そろそろと近づいた鉄格子の中に、私の背でも届きそうな所がある。

手まりを置いて、ちょっと壁をよじ登ってみると、

薄暗いその部屋の隅がのぞけた。


 中には長い黒髪をした一人の娘が、膝を抱えるようにして座っていたので、

びくっと飛び上がって、鉄格子を握る手を離して直ぐに地面に降りた。



(ヤ、ヤツだ!)


 顔は髪で覆い隠されているけれど、わずかな匂いで気づいた。

あれは私の苦手な人間……前に龍青様に婚約者だと名乗り、

危害を加えようとした「かんな」とか名乗っていた娘だ。



「……」


 私は震えながらもう一度だけ壁をよじ登り、のぞきこんだ。

彼女は私の存在に気づかないで、壁にもたれかかり、うつむいている。


 長い髪に顔を隠されていて、表情は分からない。

でも、ひゅーひゅーと言う吐息は聞こえているので、生きてはいるのだろう。

私が前に見た時よりも、ずいぶんと弱っているようにも見えた。

じいっと見ていたら、こちらの気配に気が付いてお姉さんと目が合った。

前に見た。殺そうとする怖い目ではなく、うつろな目で私の方を見ている。



「……あ、あなた……確かあの時の……」


「……キュ」


「ねえ、お、お願い、ここから出し……」


 

 や、やだ!


 最後まで聞かずに、ぱっと手を離して飛び降りる。

すると、私がのぞきこんでいた鉄格子をがしっとつかんできた女は、

「おねがい、出して!」とがしゃがしゃと揺らして叫んでいた。

わ、私が子どもだからっておどしてもだめなんだからな。



「おね……がい……」


「……キュ?」


 前のお姉さんとは違う感じがするけれど、私はこの時に混乱していた。

助ける? どうやって? 私に頼まれてもどうしようもできないよ?

それにここから出したら、また龍青様をいじめるんじゃ……。

そうだよ。龍青様に切りつけようとしたんだから。


 怖くなってきた私は、手まりを持って慌てて屋敷へ戻ろうとした。

私にとって安全なお屋敷、あのお兄さんのひざの上ならもっと安心だ。



「キュ、キュイイ……」


 龍青様、龍青様!


 すんすん鼻を鳴らしながら、夢中でたかたか走っていたら、

ぽふんと勢いよく何かにぶつかって、後ろにころころと転がった。



「キュッ!?」


「お? 悪い悪い。ぶつかっちまったか。こんな所でどうした?

 この先には楽しそうなもんは何にもないぞ。迷ったのか?

 龍青の領域は広いが迷いやすい、下手したら結界の外に出ちまうぞ」


「キュ?」



 顔を見上げると、私を屋敷の外でみかけて

後を追いかけて来たミズチのおじちゃんが居た。


 私は手まりを離し、ミズチのおじちゃんの着物のすそをくいっとつかみ、

後ろにある座敷牢を必死で指さした。


「ん?」


「キュ、キュ!」



 ミズチのおじちゃん。あそこに悪いヤツがいるよ。

早く逃げよう、逃げなきゃ、殺されちゃうよ!

そう言って私は危険な存在がそこに居るのを、おじちゃんにも知らせた。

ここは危険だ。直ぐに立ち去らないと。



「あ? あの先にあるのは座敷牢ざしきろうだよな。誰か入っているのか?」



 そうか、あの時にミズチのおじちゃんは居なかったんだ。


 だったら事情を知らないのも無理はないよね。

私は震えながらミズチのおじちゃんにキュイキュイと鳴いて教えた。


「キュイ? キュイキュイ」



 あのね? 前に龍青様を殺そうとした悪い人間が居るの。

神殺しの懐刀を隠し持って、ここに乗り込んできたんだよ。


 あの時のことを思い出して、ぷくっと頬をふくらませた。

私、龍青様を取られちゃうかと思ったんだから。

婚約者の私が居るのに、龍青様の嫁になろうとしたんだもの。

……でも、そのお陰で私の瞳の色のことも分かったし、

龍青様の気持ちも知って、私を選んでくれたんだけど。


 あれ、それを考えると悪い事ばかりじゃないな……なんて思った。

龍青様に抱っこしてもらったし。



「キュ」



 龍青様は私しか嫁にしないって約束してくれたもんね。

また一緒に居られるってわかって、とっても嬉しかったんだ。



「なるほどねえ……前に龍青の奴が物騒なもん持っていたからな、

 何処であんなものを手に入れたんだとか思ってたんだよ。

 それにしても珍しいな、龍青があそこに誰かを入れるなんて」


「キュ?」


「いや、あいつだって水神だからな、

 時には罪人を裁かなればいけない時もあるだろう。

 自分の命を狙ってきた相手を生かしておいても面倒なだけだろうに。

 ……まあ、元々水神は女とか子供には甘いからな。

 先代の一件もあるせいか、あいつは特に女子供には冷酷にはなれんか」


 ミズチのおじちゃんの着物にしがみ付いていた私を、

ひょいっと片手で抱き上げると、どれ……と座敷牢のある方へと歩き出す。

え? 待って、そっち行っちゃうの? 屋敷に帰るんじゃなくて?

やめてやめて! 飛びつかれて、かじられちゃったらどうするの!


 やだー龍青様――っ! 私、龍青様の所に帰る――っ! と、

キュイキュイと鳴いて抗議しようとした私の口を、

ミズチのおじちゃんが塞いで、まあまあと言われた。



「いや、どんな別嬪べっぴんさんな女が居んのかと思ってよ。

 嫁となって近寄ろうとしたってことは、相当容姿がいいんだろ?」


「キュ?」



 べっぴんとはなんだ。


 さっきのぞいたのとは違う、高い所にあった鉄格子からのぞきこむ。

人間の娘はやはり同じ場所でひざを抱えて座っていた。

水の底の冷気のせいか、体はかたかたと震えているようだ。

私は龍青様の加護でそういうのは大丈夫になったけれど……。


「キュイ……」


 さすがに、見ていて少し可哀想だなと思ってしまう。


 すると、こちらの気配に気づいたのか、再びゆっくりと顔を上げ、

水気を含み、荒れたその長い黒髪がはらりと揺れて、

髪に隠れていた瞳がゆっくりとこちらを向いた。


「……っ!?」


「キュ?」


 その目を見て驚いたのはミズチのおじちゃんの方だった。

顔をのぞかせたその娘を見た途端、ミズチのおじちゃんの動きがぴたりと止まり、

浮かべていた笑顔がすっと消えて、目を見開き、息をのんでいた。



「――……」


 言葉にもならない、誰かの呼び名。

それがミズチのおじちゃんの口からもれたとき、

私の知らないおじちゃんが居る気がした。



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