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桃姫のお見舞い④~お兄さんとの再会~



 そうして話していると、あっという間にお屋敷に着いた。


 湖の底にある水神様の住む縄張り、龍青様の住処。

私の住んでいる岩穴とは全然違う、水と木と草の香りのする場所。

最初はおっかなびっくりだったけど、よく寝泊りもしているので、

今は私の縄張りにもなりつつある。



「ほら、目的地に着いたぞ」


 ミズチのおじちゃんが地面へと降ろしてくれた。



「キュ!」



 私は嬉しくてしっぽを振りながら、おじちゃんの着物の裾を引っ張る。



「あん?」


「キュイキュイ」



 おじちゃん、ここに連れてきてくれてありがとう。

諦めていたから、また来られて私はとっても嬉しかったので、

ミズチのおじちゃんにそう言ってお礼を言った。



「はは、いいってことよ。嬢ちゃんはちゃんと礼が言えて偉いな」


 わしわしと頭をなでてきたミズチのおじちゃんは、

ついてきなと言って歩き出し、私は手まりとお花を持ったまま、

とてとてとその後を続く。


 ミズチのおじちゃんに連れられて、私達は中庭に入ると、

出入り口の一つの妻戸つまどという所から、

屋敷の中へ足を踏み入れた。すると気配を感じた女房のお姉さん達が、

私達の姿を見つけて慌てて出迎えてくれる。



「まあまあ、姫様じゃありませんか!」


「それにミズチ様まで」


「一体どうされたのですか? あの、申し訳ありませんが、

 公方くぼう様はまだ床に伏せっておりまして……」



 女房のお姉さん達は、突然来た私達に驚いた顔をしていた。

今日は来る予定じゃなかったせいだろう。



「キュイ」



 私はあいさつ代わりに駆けよって、上に片手をちょいっと上げると、

女房のお姉さん達が心得たようにしゃがみ込んで、

私の小さな手とぽんっと自分の手を合わせてくれた。



「ああ、俺様と嬢ちゃんは龍青の見舞いでな。

 嬢ちゃんのことは俺様が連れてきたんだよ。

 送り迎えは俺様がやるから、安心してくれや」



 こくりと私はうなずいて、持ってきた野の花を女房のお姉さん達に見せ、

「良い子にしているから龍青様に会わせて」って、キュイキュイと鳴いた。

言葉は通じないけれど私の元気がないのを見て、

私が言いたいことを分かってくれたようだ。


 女房のお姉さん達は笑いかけてくれて、どうぞと迎え入れてくれた。



「そうですか、公方様のお見舞いに……」


「公方様もきっとお喜びになりますわね」


「姫様にずっと会いたがっておりましたから」



 ではさっそく龍青様に会いに行こうとしたら、

私は女房のお姉さんに引き留められた。



「キュ?」


「しばし、お時間をいただけますか? 姫様」



 うなぎと戦った私は体中が泥水だらけになっていたので、

女房のお姉さんが、さすがにそのままでは会わせられないと、

私の着ていた着物を取られて、水の入った桶を持って来て、

ぬらした布で体を拭いてくれた。



「神様は不浄を寄せ付ける訳にはいきません。

 今の公方様は、特に汚れや穢れに気を付けないといけませんので」


「キュイ」



 一緒に手まりも拭かれてきれいにされ、

洗い替え用の小さな赤い着物を着せてもらうと、

ミズチのおじちゃんも着ている着物を改めてほしいと言われていた。



「なんで俺様もなんだよ」


「ミズチ様はいつもその辺でお昼寝をしておりますから」



 つまりは信用が無いらしい。同じ水神様なのにね。



「キュイ、キュイキュイ」



 まあさっき私が鼻をかんじゃったから、ちょうどいいんじゃない?

そう言ったら、ミズチのおじちゃんの動きがぴたっと止まり、

女房のお姉さんに、「やっぱり着替えをくれるか」と言っていた。

このお屋敷にはよく寝泊りに来ることもあるせいか、

ミズチのおじちゃん用の着物も置いてあるらしい。



「さあ、これでいいですわね」


「キュイ」


 お礼を言ってから案内された。龍青様の暮らしている寝殿の奥。

部屋の中にある、御帳みちょうと呼ばれる屋根がついていて、

入り口を残して四方を布と柱で囲んだその中に、

龍青様が人型のまま、横になって静かに眠っていた。


 そっと近づいていくと、肌は私が覚えている色よりも白く、

顔色が悪くて、吐息に紛れて苦しげなうめき声が聞こえる。



「うう……ぐ……っ」



 部屋の隅には、薬師と呼ばれるお兄さんが薬草をせんじていて、

隣の部屋では、侍従のお兄さん達が控えていた。

いつもとは違う、静まりきったその雰囲気に私は手まりを持つ手を強める。


 すん……と鼻を鳴らすと薬草とは違う血の匂いもしたので、

直ぐ近くにある桶をのぞくと、血の付いた布が入っていた。

飛び上がって驚いた私はミズチのおじちゃんの後ろに隠れると、

龍青様がさっき血を吐いてしまったものだと、

女房のお姉さんが教えてくれた。



「穢れは公方様の体を内側から壊していきますので」


「……キュ」



 ぽろぽろと涙があふれた。龍青様がこんなになるなんて。



「キュ……キュイイ……」



 寝床は少し段差があるので、私が花をくわえてよじ登ろうとしたら、

ミズチのおじちゃんが、見かねてひょいっと私を持ち上げてくれた。


 そのまま足音を立てないよう、そうっと歩いて近づき、

鼻をすんと鳴らして、彼の枕元の傍で座り込む。

続いてミズチのおじちゃんも龍青様の寝顔をのぞきこんだ。

すると気配を感じたのか、眠っていた龍青様がそっと目を覚まし、

私達の居る方へ顔を向けた。



「……誰、だ?」


「キュ……」


「……っ、ひ、姫?」



 横を向いた龍青様は、私達の存在に気づくと驚いた顔をした。

それはそうだろう。今日はこっちに来ないはずだったからね。


「キュイ……?」


 龍青様。体の具合どう? 

ごめんね。待っている約束だけど来ちゃったんだ。



「姫、なん、ど、どうしてここに……? どうやって来たんだ?」


「ああ、起きるな、そこで大人しく寝ていろ。

 俺様が連れてきてやったんだよ。滝の傍でずっと泣いていたからな」



 私の後ろにいたミズチのおじちゃんがそう応えて、その場に座りこむ。



「ミズチ? 様子を見に行ってくれとは頼んだが、

 姫をここへ連れてこいとは言っていないぞ」


「まあ、細かい事は気にすんな」


「気にするわ。この穢れが姫に戻ったらどうするんだ」


「大元は取り除かれているんだから、それは大丈夫だろ」



 私は龍青様の顔に手を添えて頬ずりをする。

もしもあの呪いが動き出していたら、

幼い私ではきっと耐えられなかったって、かか様が言っていた。


 そして例え龍青様が水神様でも、

あの呪いを全て引き受けていたら、死んでいたかもしれないって。


 それだけ危険な状態だったのに、

龍青様は分かっていて、私達を助けようとしてくれたんだ。



「ひ、姫?」


「キュ……」



 あのね。龍青様、お見舞いのお花を摘んできたよ。

ここで自生出来ない陸の花は多くあって、花は龍青様も好きなので、

咲いたばかりの物を見せてあげたかったんだ。

龍青様と会えないうちに、龍の郷は花がたくさん咲き始めたんだ。

元気になったら一緒に見に行こうね。


 そう言って私は摘んできた花を龍青様に見せてあげた。



「ああ……そうなのか、とても綺麗だね。ありがとう姫」


「キュイ」



 咳き込みながら龍青様は力なく微笑んだ。

その笑顔が何時もとは違って、私は涙がぽろぽろと流れる。


 私は枕元に持ってきた白い花をそっと置く。

こうすると花の匂いが龍青様にも分かるよね。

私はそのまま、龍青様の体の上にかかっている着物をめくって、

頭から中に潜り込むことにする。


「ひ、姫?」


「キュ」


 そして龍青様の懐の着物をめくり、

また頭から潜り込むと中でくるっと一回転。


 すんすんと鼻を鳴らしながら、龍青様に両手両足でしがみ付く。

龍青様、早く良くなってね。私、良い子にしているから……。

懐の中でキュイキュイとそう言いながら、

私は龍青様にぴったりとくっ付いて顔を埋めた。


 一緒に遊べないのは残念だけど、一緒に居るね。

ようやく嗅げた龍青様の匂いだったけど、私のしっぽは元気がでなかった。



「姫……?」


 龍青様に頭をなでられる。

私も龍青様の懐をなでなでした。なでなで、なでなで。

いつも龍青様がなでてくれると、私は元気になる。

だから今日は、私がいっぱいなでなでしてあげるんだ。



「……龍青、嬢ちゃんはおまえが居なくて寂しそうだったからな。

 恋しくて滝の傍で泣いていたんで、しばらくは傍に置いてやれ」


「え?」


「小さくても嬢ちゃんは番として、もうおまえを意識しているようだしな。

 ずっと会えないまま、あのまま離れて暮らすのは辛いんだろう」


 ミズチのおじちゃんが、私を傍に置いてくれるように話してくれた。



「……そう、か」


「まだ本物の番にはなっていないが、こんなに情を寄せてくれる娘だ。

 傍に置いておけば、おまえもいくらかの回復には役立つだろう?

 無垢な娘の放つ気は、神にはいい薬になるからな。

 番になる娘なら尚更だろ」


「……キュ?」


「だから嬢ちゃんが、龍青にとっては一番の土産って訳だよ。

 さっき思いっきり暴れたから大人しくしているだろうし。

 んじゃ、俺様は適当に過ごしているな」



……もしかして、私にうなぎ獲りをさせたのはそのせいなの?

上掛けの着物から顔を出して、私はキュイっと抗議した。



「ま、いいじゃねえかよ。良い子にしているんだろ?」


「キュ……」


 なんか、だまされた気分なんだけど。


 ミズチのおじちゃんが笑いながら部屋から出て行くと、

龍青様は私のことをぎゅっと抱き寄せてくれたので、

私は龍青様に頬ずりをして甘える。



「キュイ……」


 ごめんね龍青様、私のせいで。

私が龍青様を見つめてそう言うと、龍青様は私の頭をなでてくれる。



「幼いおまえに、こんな思いをさせるわけにはいかないからね。

 それにこれは全て俺の父がしでかしたものだから、

 息子である俺が責任を取るべきなんだ」


「キュ?」


「姫や姫の母君、先祖達を巻き込んでしまったからね。

 これは姫の婚約者として、あの父の息子として出来る、

 せめてもの罪滅ぼしなんだよ」


「キュ」


 でも、龍青様は全然悪くないのに。

そう言うと龍青様は私の頭をまたなでてくれた。



「……桃姫、俺を心配してここまで来てくれたのかい?」


「キュ」



 そうだよ。龍青様、こうしていたら寂しくないでしょ?

龍青様のお屋敷で一緒に暮らしていた時、

私が元気ないと、ずっと龍青様が抱っこしてくれたよね。


「キュイキュイ」



 だから今度は私が抱っこしてあげるの。

子守唄はまだ覚えてないから歌えないけど、ごめんね?

そう言って、キュイっと鳴いた私はまた中に潜って、

龍青様の懐の中に入りしがみ付いた。


 体の具合が悪い時は、なんだか分からないけれど寂しくなるんだよね。

私もそれがよく分かっているから、傍に居てあげたかったんだ。



「だが姫、これでは遊べなくてつまらないだろう?」


「キュ」



 私はぶんぶんと顔を振って、「一緒に居るの」とキュイキュイ話す。

遊べないのは寂しいけれど、龍青様が辛い方が嫌だ。

一緒にいる事で元気になれるなら、私はここに居るよ。



「……ありがとう、桃姫」


「キュ」


「帰りはミズチが面倒を見てくれるそうだし、今回は頼むかな。

 姫、寝るのに飽きたら屋敷の中で遊んでいていいからね。

 でもあまり遠くに行ってはだめだよ?

 今の俺では姫に追いつけないかもしれないから」


「キュイ」


「……ああ、姫はあたたかいね」



 龍青様はそう言った後、またまぶたを閉じて眠りについた。

まるで吸い込まれるように眠ったから、起きるのも大変なのかもしれない。

もう咳き込んだりはしていないけれど、まだ辛いのかな……。


 彼の腕の中、私は一緒にお昼寝をして過ごす。

それに陸から伝わる春の陽気が、湖の底も温めてくれていた。


「……キュイ」



 ここはやっぱりいい匂いがして、あったかくて一番のお気に入りだ。

とくんとくんと聞こえる龍青様の胸の音を聞くと安心できる。

だから私もすっかり安心して、龍青様の腕の中で眠りについた。



……元気になったらまた一緒に遊ぼうね。なんて思いながら。



※  ※  ※  ※



――それから、どれだけ眠っていただろうか?


「……キュ?」



 しばらくして、ぱっちりと目が覚めると龍青様はまだ眠っていた。

すやすやと聞こえてくる寝息も、大丈夫そうに見えて、

来た時よりも顔色が良くなっているのに気づき、

少しは良くなったのかなと思った。


 起こさないように、こっそりと腕の中から抜け出して龍青様を見つめる。



「……キュイ」



 龍青様、早く元気になってね。


 頭をなでてあげて、龍青様のお口に自分の口をそっと合わせると、

鈴がちりんと鳴ったので慌てて抑える。なぜか鳴るばかりか白く光っていた。

まずい、このままじゃ龍青様を起こしてしまうではないか。



(もう少し、寝かせてあげなきゃ)



 寂しいけれど、それが龍青様のためならば。

甘えたいのをぐっとがまんして、私は立ち上がる。

傍で待っていてくれた手まりを持って、静かに龍青様の部屋を出て行った。

そういえば、体をあったかくすると体にいいって前に教えてもらったな。


「キュイ」



 さっき、私を抱っこして温かいと喜んでいたし。



 あったかいもの、あったかいもの……か。

子どもの体温は高いから、くっ付いていれば龍青様を温められるはずだ。

でももっと他に何かないかな。



「……キュ」



 いい事を思いついた私は、しっぽを振りながら廊下を歩きだした。





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