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3・私と龍青様・後編



 私は両親のどちらの色も持たず、

桃色の体と若草色の瞳を持った異端の龍だった。

でも、とと様やかか様、郷のみんなは仲間外れにせず、

私の成長をいつも笑顔で見守ってくれていた。


 それはきっと私が、なかなか生まれない龍の子どもで、

雌だったせいもあると思う。


 そんな私は前に、この珍しい姿のせいで人間に故郷を襲われたことがあった。


 みんなと暮らしていた郷が突然、

人間の放った炎で包まれていったのを今でも覚えている。

人間がやって来た。逃げろ、早く逃げるんだと、そう口々に叫ぶ仲間の声に、

何が起きているのかすら分からなかった私は、ぼうっとその様子を見ていたら、

草木をかき分けてやって来た人間に、あっという間に見つかってしまった。



『おい、こっちだ居たぞ! 噂の通りだ!!』


『龍の子どもだぞ!!』


『キュ……?』



 生まれて初めて見る人間は、私を捕まえるのが目的だったらしい。


 人間達が手に持っていた銀色の長い物が、私の方へと向けられる。

それからは、かすかに血の匂いがした。


 初めて見たけれどそれが何か分かった。これは刀というものだと。

私達を傷つける物になると、前に教えてくれたのはとと様だ。

このままじゃ殺される……と初めて私は死ぬという恐怖を感じた。


『キュ……キュ……』



 震えてその場で動けなくなっていた私に、

割り込む形で助けてくれたのは、私のとと様だった。


『逃げなさい』


 燃え盛る火を口から吐きながら、私を逃がす為にとと様が人間達と対峙する。

そして私を促して一緒に逃げてくれた。


 すると人間達は少しだけ怖気づいて後ろに下がるものの、

すぐに私達へ武器をまた持って追いかけてきた。どんどん足音が増えていく。

私達を殺そうとする、人間の足音が。


 それを見て、とと様が私を草木生い茂るその中に放り投げる。



『キュ……!?』


『戻って来てはだめ』



 起き上がり、とと様達に駆け寄ろうとした私を、かか様がしっぽで止めた。

そのままかか様も、私の横を通り過ぎて、とと様に加わって戦い始めた。

逃げなさい、戻ってはだめと言われて私は両手を伸ばす。


 やだ。一緒に居る。かか様、とと様とキュイキュイと泣く私に、

『後で必ず追いかけるから』とかか様が言ってくれた言葉を信じ、

私は必死になって駆け出した。


 そうして、とと様達がおとりになって私を先に逃がしてくれたものの……。



『居たぞ!! あそこだ!!』


『逃がすな!!』



 私の姿は珍しい色をしていたから、自然の中でもとても目立つ、

だから隠れていてもすぐに人間達に見つかってしまい、

そのまま追い詰められた先で、目の前の川に飛び込んだものの、

私は泳げなかったことを後で思い出した。


(とと様、かか様……っ!)


 ぶくぶくと口から泡を吐きながら、私は川に流されていった。



『……誰かと思えば龍の子どもじゃないか、それも珍しい雌だな』



 そこへ通りがかった人間のおじさんが見つけて、助けてくれたのかと思いきや、

『これは高く売れるぞ』と笑いながら、げっこげこと鳴いたので、

驚いて泣いて暴れた私は殴られ、無理やり檻に入れられると、

そのままさらわれてしまった。


……後で聞いたら、あのおじさんは蛙の化身だったらしい。

人間の姿をしたあやかしだったのだ。


 そんな私を助けてくれたのが、水神様の龍青様だったというわけだ。


 そう、だから龍青様は私の恩神なんだよね。


 

 最初、龍青様も人型をしていたので、

てっきり私達を襲った人間と同じものだと思っていたけれど、

着物からちらりと見えるしっぽを見て、仲間だと分かり安心した。

それでつい触れてしまった彼のしっぽのせいで、責任を取る事になった私は、

まあいいかとうなずいて、私は彼の嫁になる約束をした。


 まだとと様に名前を付けてもらっていなかった私は、

龍青様が桃に似ているからという事で、桃という名前を付けてくれて、

私は水神、龍青様の幼い婚約者として、屋敷で育ててもらう事になったのだ。



『幼い龍の子どもが親とはぐれてしまっては、野で生き延びるすべはないからな。

 ここをおまえの新しい家だと思って過ごすといいよ』


『キュ?』


『ここはおまえを害する者は近づけないようにするから、

 安心して休むといい』



 その日を境に、私の生活は一変した。


 

 慣れない水の底のお屋敷での生活、見慣れない道具や寝床のある部屋。

何もかもが私にとっては知らない物ばかりで怖かった。

周りは苦手な人間の姿を真似して暮らす者達ばかりで、

私が見慣れていた龍体の姿をしている者は、どこにも居なかった。


『キュ……キュイ、キュイイ……』


 だから心細くて、居なくなってしまったとと様とかか様を恋しがった私は、

両親のぬくもりを求め、慣れない屋敷の廊下を歩きながら、

すんすんと鼻を鳴らして泣きじゃくっていると、

龍青様がそんな私の姿を見つけては抱き上げて、頭をなでてなぐさめてくれた。



『桃姫、こんな所でどうした? 眠れないのか?』


『キュ……』


 私は龍青様……お兄さんを見上げて話す。

このお屋敷で龍族の仲間は龍青様だけだったから、

人語も話せない私の言葉が分かるのは彼しかいなかった。

 

 とと様が居ない、かか様が居ない……みんな居ないの。



『……そうだな』


『キュ、キュイ、キュイイ』


 とと様に、かか様に、みんなに、みんなに会いたいよう……。


 龍青様の着物にしがみ付き、私はぽろぽろと涙を流した。

もしかしたら、もう二度と会えないかもしれないと、幼心に感じていた。

後で追いかけると言っていたのも、私を生かすための言葉だったんじゃないかって。


 こんなことをしても、みんなが助けられるとは思えなかったのに。

でも、目の前のお兄さんは静かに私の話を聞いてくれた。


 聞いて、ずっと頭をなでて慰めてくれた。



『……桃姫の両親は、おまえに優しかったのか?』


『キュ』


 優しかったよ。だから大好きだったの。

私はキュイキュイ泣きながらそう話した。



『そうか……桃姫、時間はかかるかもしれないが、

 おまえの親の行方をこちらでも探してやるから、今はおやすみ。

 たくさん走って逃げてきたから、とても疲れただろう?』


『キュ……』


 龍青様に言われてこくりとうなずく。すごく疲れた。

でも、いつもとと様とかか様が一緒に居てくれたから、私だけじゃ眠れない。



『……それじゃあ、眠れるまでは俺が傍に居てやろう』



 うなずいて龍青様にしがみ付く私に、龍青様は笑いかけてくれる。

眠れない時は、いつもかか様が私を抱っこして子守唄を歌ってくれたんだよ。

そう言うと、龍青様は少し考えてかか様のように歌ってくれた。


 昔、龍青様が乳母という者に聞かせてもらったという子守唄、

かか様とは違う低い声だったけど、聞いていて心地よかった。


『キュイ……』



 私には聞き慣れない旋律の、知らない歌だったけれど、

龍青様が傍に居てくれることがとても安心できて、

とんとんと私の背中を優しく叩いて、私が眠りにつくまで続けてくれた。


 だから私は、すん……とまた鼻を鳴らした後は、

まぶたを閉じてようやく眠ることが出来た。


 ここは安全な所だと、お兄さんが教えてくれる。

それが私をどんなに救ってくれただろう。



※ ※ ※ ※




『――まあ、公方様、こんな所でお休みに?』



 私がその声に目を覚ますと、私を見下ろす女房というお姉さんが見ていた。

クボウサマ? 一瞬誰のことだと思ったが、すぐ顔を見上げて思い出した。

そういえば龍青様の事を周りがそう呼んでいたな。


 直ぐ近くで自分の片手に頭を乗せたまま、私の横に寝転がって眠る龍青様が居た。

周りを見回すと、そこは私のためにと用意してくれた部屋の中、

大きなたたみとかいう、草の香りのする台の上に寝転がっている。

小さな私からすると大きすぎる寝床も、龍青様にはちょうど良い大きさのようだ。


 あれからずっと、私の傍についていてくれたらしい。



『……キュ?』


 私の両手を見たら、龍青様の着物をしっかりと握りしめていたから、

私のことを寝かしつけたものの、きっと逃げられなくて、

そのまま私と同じ寝床で眠ってしまったのだろう。


 無理やり私から離れることをしなかったことが分かり、

やっぱりこのお兄さんは、私の味方でいてくれるんだなって、

それがとても嬉しくて、私はしっぽを振りながらお兄さんの顔に頬ずりした。



※  ※  ※  ※



『姫は桃を食べた事があるか? 甘くておいしいぞ』


 そうして龍青様は出会った時から、

ずっと見ず知らずの私に優しくしてくれている。

だから私は彼のあとをついて回り、隙あらば遊んでもらっていた。

そこで、いろんな遊びがある事を教えてくれたのは龍青様だった。


 このまま龍青様と生きていくのも悪くないなって、そう思い始めたころ、

龍青様を訪ねて来た若い夫婦が私の両親だと気づき、

私は無事に両親と再会することができた。


 そのまま突然訪れた。私と龍青様の別れの時。


 私は、これでみんな一緒に暮らせると思っていて、

とと様の腕の中でのんきに喉をゴロゴロと鳴らしていたのに、

龍青様に手まりをお土産にと渡され、背中を向けて去って行こうとする姿があった。


『キュ……?』


 その意味を周りの空気で感じ取る。

私は持たされた手まりをぽとりと落として、とと様の腕から飛び出した。

そのまま泣き叫びながら龍青様を追いかけ、彼に飛びつく。


 (なんで? やだ。行っちゃやだ!!)


 せっかく仲良くなれたのに、ずっと一緒だって思ったのに。

このまま別れたら、もう二度と会えないんじゃ……と思った私は、

龍青様にしがみ付いて、もう遊べないのはやだと泣いてしまった。



『……桃姫、よく聞くんだ。君の父君は火属性、この湖では暮らしていけない。

 そして俺はこの湖の主だ。ここや皆を見捨てるわけにはいかない。

 だから、おまえが両親と暮らしたいと思うのなら、

 おまえはこのまま一緒に出て行かないといけないよ?』


『キュ―! キュイイ!!』


 私はぶんぶんと顔を振って、さらにぎゅっとしがみ付いた。

それでもやだ。会えないのはやだと私は泣いて駄々をこねていた。

そんな私に龍青様は最初困った顔で見つめた後……その願いを叶えてくれた。



『……桃姫、ではまた会うと約束する。

 大きくなったら迎えに行くから、それまでどうか健やかに』



 別れ際に龍青様と再会の約束をして、

私の足に結んでくれた龍青様の鈴は私の宝物になった。


 でも私は、大きくなるまで会えないなんてやだと思い、

次の日には水辺で鈴をけたたましく鳴らし続け、

龍青様を呼びつけるようになった。


 龍青様はそれで「情緒もない」とかいろいろ言われたけど、

最近は諦めてほぼ毎日遊んでくれる。


 さあこれで龍青様とも会えるし、一安心かと思いきや、

今度は陰で水神様を私が呼び出して遊んでいるのを知ったとと様が、

震えながら私に何度もこう言うようになった。



『いいかい、よく聞くんだ桃……。

 湖のぬし様とはもう遊んじゃいけないよ?』


『キュイ?』


 なんで?


『あの方は私達とは住む世界も立場も違うんだ。

 野良のらの龍の子どもが自分から主様を呼びつけるなんて、

 恐れ多いことなんだからな。助けて下さった方で御恩はあるが、

 気安くつき合わせていい相手じゃない。忘れてはいけないよ』



 龍青様は同じ龍でも、水神という神様でとても偉いらしい。

私みたいな野良の龍とは、育ちとか身分というのやらも全然違うんだって。

どうやら、私がとと様達にだまって龍青様と仲良くなって、

勝手に婚約者というのになったのは、嬉しくないことのようだ。なんでだろう。


 嫁や番として龍青様やお屋敷のみんなは、とても私に優しくしてくれて、

嫌じゃなかったから、良い事だと思っていたのに。



『目を離したせいで幼い娘に虫が付くなんて、

 おまけにそれが、よりによって水神。

 うちの娘を水神の嫁になんてさせたくないのに……っ!』


『キュ?』



 そのせいか龍青様が陸地に上がってくると、急いで私を隠そうとする。

どこからか変な文字が書かれたお札っていうのを持って来て、

私達の巣穴にべたべた貼り付けたりとかするの。私の体にも貼られたよ。

そうするとね? 龍青様が私を見つけられなくなるんだって。


 なんで隠れなくちゃいけないのか、

私は人型になったとと様の腕の中で首をかしげて、

もしかすると、これは新しいかくれんぼなのかなと思ったから、

その時は言われるままに大人しくすることにした。


 しっぽと短い足をぷらぷらと揺らし、

その様子をじいいっと見ていたんだけど。



『キュ?』


『桃姫、どこだい?』



 私を呼ぶ龍青様の声がして、顔を上げた。

今日は呼ばなくても迎えに来てくれたようだ。


 やがて龍青様の足音と声が巣穴の近くで聞こえてきて、

巣穴の前まで龍青様が歩いて来ているのが分かった。

私を探す為に、辺りを見回している姿も見えたんだけど。


『桃姫……?』


 龍青様は私の暮らしている巣穴の場所を忘れたのか、

首を時折傾げては私の名を呼んでいた。彼が付けてくれた私の名前を。

私の方を見ているはずなのに、龍青様は気づいてくれない。なんでだろうな。



『桃姫……気配も匂いもするがどこだ? 良い子だから出ておいで~?』


『キュイ!』


 呼ばれたので片手をあげて、ぶんぶん振ってお返事してあげた。

こっちだよ龍青様。早く来て!



『わあああっ!? 返事をしちゃ駄目だろう!!』


 とと様が私を抱きかかえながら叫ぶ。



『……キュ?』


 なんで?


 私はとっても良い子だから、龍青様が呼ぶ声に元気よくお返事しただけなのに。

だって遊びに来てくれているのに、いつまでも隠れているのはだめじゃないかな。

とと様はきっと、龍青様と一緒にかくれんぼしたくてやったんだよね。



『キュイイ、キュイキュイ』



 あそぼって言えば、龍青様は一緒にあそんでくれるよ。とと様。


 そうしていたら、人型になっていたとと様達と一緒に見つかった。

私は龍青様と目が合って、ご機嫌でゴロゴロと喉を鳴らす。

彼に両手を伸ばして、キュイキュイ抱っこをせがんだ。



『ああ……そこにいたのか。探したぞ、桃姫。

 それにしても……なるほど、ずいぶんと今回も楽しそうな事をしているな』


 貼り巡らされたお札の一枚をぺりっとはがして、龍青様は楽しそうに微笑む。

すると、龍青様の足元から水で出来た蛇が一斉に現れて、

私に貼られたお札も含めて、全てのお札を次々にぱくっと食べてしまった。

なるほど……こういう遊びなのか、初めて見る遊びだね。


『キュイキュイ』



 私はぱちぱちと手を叩いてそれに喜んだ。



『桃姫の父君? まさか、まさか……とは思うが……。

 この俺から、俺の婚約者を隠そうとしたわけではあるまいな?』


『あ゛、ああああ……』


『キュイ?』


『俺としては……幼い桃姫から親を取り上げるというのも酷だからと、

 傍に置いて、自分の手で育ててやりたいのをこんなに我慢しているんだが……。

 俺の温情が理解されないようで残念だよ……ふふ』


 扇を開いて口元を隠し、にっこりと更に微笑む龍青様。

その瞳はいつもの水色から金色に変わって、きらりと光っていた。

それを見て、とと様が顔色を悪くしてがたがたと震えているので、

だいじょうぶ? と、私はとと様を見上げて胸元をぽんぽんと叩いた。


『キュ?』


『父君は大丈夫そうだよ。さあおいで、桃姫』 


 もう一度呼ばれて私はキュイっと返事をし、とと様の腕から飛び降りる。

そして両手を彼の方に伸ばしたまま、龍青様の元にとててっと歩いて行った。



『キュイ!』


『ふふ、よしよし良い子だね』


 彼の足にそのままぎゅっと抱き付くと、顔を見上げてしっぽが揺れた。

どんなに私が隠れても、龍青様は私のことをちゃんと見つけてくれるから嬉しい。



『さあ、おいで』



 龍青様は腰を下ろし、小さな私の体を抱き上げてくれると、

片手で私の大好きな手まりを水で引き寄せ、私の手に持たせてくれた。


『キュイ』


 お礼を言う私に龍青様がにっこり微笑む。



『さあ、姫のお迎えも済んだことだし、行こうか……桃姫?』


『キュイ』


 何してあそぶ? わくわくしてきた私はしっぽがまた揺れた。


『まっ!? お待ちください!!

 娘はようやく出来た俺達の大切な子どもなんです!!

 この子はまだ小さく何も分かっていない様子で。

 どうか嫁御に連れて行くなんてことは、考え直していただけませんか?』


『キュ?』


 とと様がそう言って、地面に頭を深く深く擦り付けるようにして叫んでいた。

今度は何が始まるんだろうと、私は龍青様と、とと様の顔をそれぞれ見る。

すると私が見ているのに気づいた龍青様が私の方を振り向く。



『もちろん、今はまだ幼いゆえに嫁として連れ去る気はないが……。

 姫の望みも聞いてみようか、桃姫はどうしたい?』



 そう龍青様が聞くから、キュイキュイと鳴いて龍青様と遊ぶよって答えた。

だからそのまま、いつも通り遊ぶことが決まったんだよね。


 でも、あんまりにもとと様が泣くから、

『あとで、とと様とも遊ぶよ』ってキュイキュイ言ってあげたけど……。

もしかして一緒に遊びたかったのかな? でもとと様は火属性で水の中が辛いらしいし。

悪いからその日は早く帰って来てあげることにした。私は良い子なのだ。



 そうしたら、とと様が次の日になって、私の頭をなでながらこう言った。


『ぬ、ぬし様は若い娘や子供には寛大かんだいな方のようだから、

 おまえの方から言って、ぬし様と遊ぶのはもう止めてもらいなさい』



 とと様は私が龍青様と会うのを許してくれたかと思ったけど、

実は違った。意地でも私と遊ばせまいとしているようだ。


 私は龍青様が遊びに来てくれるたびに、引き離されていたんだと。

だから私はとても悲しくなり、ぽろぽろと涙があふれてきて、

なんで一緒に遊ぶのだめなの? 龍青様ともう遊べないのは嫌だと、

キュイキュイ泣いて嫌がっていたら……。



『……俺の婚約者を泣かせるようなら、今すぐさらうぞ?』



 突然、私達の住処近くの空の上に急に雲が集まりだして、

龍青様の声が空から聞こえてきた。


 そのままゴロゴロと雲の合間から雷が声をあげて、

こちらに落ちてきそうになったので、とと様が危ないと慌てていると、

今度は背後から龍青様の声がまた聞こえて、振り返るとそこには龍青様が居た。



『さあ、桃姫こっちへおいで』


『キュ!』


 迎えに来てくれた龍青様に、すんすん言いながら両手を伸ばしてついて行く私。



『まっ、まちなさい!』


『キュ!』


 やだ。龍青様と遊ぶ。


 そのまま小さな私を抱き上げて、龍青様はお屋敷に連れて行ってくれた。

何かあると、私は決まって龍青様の所に逃げ込むことにしている。

他に逃げ場所があるのは、幼い私にとってとってもありがたかった。



『キュイキュイ……』


『よしよし、お前は何も悪くない。

 良い子だから泣き止んでくれないか? 桃姫』 


 いつもとと様は龍青様にとってもいじわるだ。

毎回追い返そうとするんだもの。私がせっかくできた遊び相手なのに。



『キュ……ッ! キュイ!!』


 とと様が、龍青様の嫁とか番になるのもだめっていうんだよと、

龍青様のお膝の上で、しがみ付いてキュイキュイ泣いている私を、

彼はぽんぽんと頭をなでて、いつものように慰めてくれた。


『大丈夫だよ。桃姫……例え姫の父君がずっと反対されても、

 桃姫はもう俺の嫁になる運命さだめが決まっているからね。

 龍族の嫁取りは、力が上の者が権利を持つから、彼では抗えないよ

 ……姫がこの件を嫌がるのならば話は別だけどね』


『キュ?』


『いや、なんでもないよ』



 とと様は火属性、龍青様は水属性という事もあり、

ただでさえ力関係は龍青様の方が強いらしいから、

いざという時は龍青様が連れ出してくれるって言ってくれた。



『俺が本気になれば、嫁をさらう事ぐらいは出来るはずだ。

 既に俺は姫の名付け親という縁もあるからね。切っても切れないよ』


 なんだ。それなら安心だね。

なんか龍青様がすごく楽しそうで私もしっぽを振る。


 私が龍青様の嫁になる盟約を交わしたから、

その恩恵として、私を育む龍の郷とそこに暮らしているみんなは、

嫁の眷属という事で、一緒に守ってくれるようになった。

今は龍青様の結界によって守られているんだ。すごいね。


 おかげで私は、あれから怖い人間達を見ることは無く済んでいる。



 けんかして巣穴を飛び出してきた私に、龍青様は頭をなでながら教えてくれる。

とと様がああ言うのは、私が可愛い娘だから、

父として将来を心配しているせいで、

だから嫌ってはいけないよ……と。



『親に愛されている証拠だから、その気持ちはんでやらないとね』


『……キュ』


 龍青様に頭をなでられながら私はうなずいた。

なんで今、私の将来を心配するのかよく分からないけれど。

とと様が嫌いなわけじゃないから、後で仲直りするよ。


 それで、その日は龍青様にお願いしてお屋敷にお泊りさせてもらって、

朝になったら龍青様に巣穴まで送ってもらった。

でも、それからもやっぱり龍青様との仲はあいかわらずだったんだよね。


『キュ』


 私は何と言われようと龍青様と遊ぶって決めている。

だから私は学んだのだ。どんなにとと様に邪魔されても一緒に遊べる方法を。


 龍青様と遊ぶ時は、とと様が狩りで居ない時を狙えばいいと。

私はひとつかしこくなった。





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