24・終焉
気づけば目の前に大きな川が広がっていた。
目の前に流れる川を一緒に見ながら私は考える。
さっきまでの戦いが嘘のように静まり返り、
水面が光を受けてきらきらと光っていた。
隣ですごく落ち込んでいる龍青様のとと様に、
私はなんて言ったらいいかわからない。
でも、これはだけは聞いておきたかったことがある。
「キュ、キュイ」
ねえ、龍青様のとと様。
「ん?」
あのね? 龍青様のとと様と嫁のことはよく分からないけどね。
「……うん?」
私は龍青様も、とと様も、かか様も郷のみんなも大好きなんだ。
だから、龍青様やとと様やかか様、
みんなを殺すなんて平気で言うようなヤツは、私は大っ嫌いだよ。
「……っ! 嫌いか、神だった者にはっきりものを言うのだな娘。
この我に物申せる者は、これまで誰も居なかったというのに」
「キュイ」
だって、私は神様ってまだよく分からないし。
私の思う神様は龍青様だけだもん。
困っていた私のことを助けてくれたのは、龍青様だから。
「……おぬしの信じる神は息子だけと言うか」
「キュ」
私はこくっとうなずいた。
それとね。なんでもかんでも叶えてもらったら、
私がだめになるって、かか様もとと様も困った顔で言っていた。
龍青様はね。私のためにならないのはダメって言うし、
遠ざけてくれているんだ。それで良い事をしたら褒めてくれるんだよ。
「キュ」
だから、なんでも叶えてくれるわけじゃないよ。
それで少しずつ私も良い事と悪い事が分かってきたの。
「む……確かに、我は何でも願いを叶えすぎていたな。
我の嫁だった娘にも、その一族たちにも、
過剰すぎるほどに叶えて、叶え続けて……。
それ相応の想いを、皆が返してくれるものだとばかり思っていた。
そうか、あの娘にはそういう所も重荷だったのかもしれないのか」
「キュイ、キュイイ」
私はいつも傍に居てくれて、遊んでくれる龍青様が大好きだから、
その龍青様のことを悪く言ったり、大事にしてくれないヤツは、
みんな敵だって思うし嫌いだから、めってする。
もし、いじめるヤツが居るのなら、私が守ってあげるの。
そうキュイキュイ言いながら、私は手を振って教えてあげた。
これまで私と龍青様の出来事を、一緒に過ごして遊んだことを。
私が龍青様によって助けられたこと、
いつも私を可愛がってくれて、そばで守ってくれること。
一緒に居て安心できたから、私はそんな龍青様だから好きになったんだよと。
「龍青……我よりも、我の息子がそんなにいいか、娘」
「キュイ!」
何度も私はうなずいた。うなずいて、そうだよと答える。
「……我も、元は龍青だったのだぞ?
顔も姿も声だってほとんど変わらぬではないか。
なのになぜあれを選ぶ。我とておまえを必要としているのに」
「キュ……?」
私にとっての”龍青様”はあのお兄さんしかいないから、
龍青様のとと様じゃないよ。
本当は一緒に居てくれるのなら、誰でもよかったんじゃないの?
知らない相手なんかより、
私はずっと過ごしてきた相手と一緒がいいと思うけど。
「……っ!」
「キュイキュイ」
私がそう言うと、龍青様のとと様は目を見開いた。
「子どもなのに鋭いな。確かにそうだったかもしれん。
心を通わせる前に、我は傍に居てくれるものが欲しかった。
我を……見てくれるものが欲しかったのだ」
「キュ」
それに同じだと言うけれど、全然同じじゃないよ。
龍青様は子どもの扱いがとても上手いけど、
龍青様のとと様は私の扱いがとても下手だよね。
「……っ、そ、そうなのか?」
「キュ」
私を抱き上げる時はもっと優しくしてくれないと、
居心地が悪いし、怖いもん。
龍青様も私のとと様もかか様も、郷のみんなも、
私を抱っこしてくれる時は私が怖がらないよう、
しっかりと私の体を手や腕で支えてくれるし。
「キュイ」
あんな物みたいに、私を扱ったりなんてしないんだよ、と。
「龍青と一緒に居て、怖い事は本当に何もないのか?
あれは半身を持たぬ故に弱いが、我の血を引く水神だ。
あの神気は子どもでも感じるだろう?」
「キュ? キュイイ」
よくわからないけど、私は龍青様と一緒に居て、
怖かったと思うことは一度もなかったよ。
「こ、怖くないのか、あれが」
「キュ」
龍青様はいつも優しくて、まるで宝物のように大切にしてくれる。
笑顔を向けてくれて、私に目を合わせて話しかけてくれるんだ。
いっぱい大切にされたから、私は龍青様が好きになって、
自分のことをもっと好きになれたの。
……でも龍青様のとと様は、龍青様の時と違ってとても怖かった。
「……我は子どもの扱いなど、したこともなかったからの」
私は不思議に思っていたことを聞いてみた。
「キュイイ、キュイ?」
龍青様のとと様は、龍青様と遊んであげたこともないの?
首をかしげながら見上げると、龍青様のとと様は目をぱちぱちさせる。
「確かに……それはしてやれなかったな」
「キュイ」
なんで? 抱っこも? と聞くと、うなずかれた。
「キュ~……」
なんてことだ。それはだめだな。とと様失格だ。
私のとと様はいつも子どもの私の為に、いろいろしてくれるもん。
龍青様もね? いつもお仕事が忙しい時でも時間を作ってくれて、
私と遊んでくれたりして、いろんなことを教えてくれるんだ。
私が教えてあげて一緒に遊んだりもするよ?
龍族の子どもはそうして、大事に育てられているのを私は知っている。
でも……龍青様は……。
「キュイイ?」
龍青様のとと様は、どうして龍青様にそういうことしてあげなかったの?
抱っこしたり、子守唄を歌ったり、高い高いしてあげたりしなかったの?
私は生まれた時から、みんなにたくさん抱っこしてもらって、
とても可愛がってもらっていたよ?
「キュイ……」
とと様が、龍族の子どもはすごく可愛がられるものだって言っていた。
私が龍青様のような扱いだったら、寂しいし、
龍青様がそんなことをされていたなら、すごく悲しい。
だから龍青様を優しくしてくれないヤツなんて、私は嫌いなんだよと。
「……怒りに支配されて、自身を保つのにも苦労していたからな」
「キュ?」
「言われてみれば、確かに我にも足りない所はいろいろあったのか。
他の種族を満たすばかりで、喜ばせる事だけが良い事ではなかった。
一番傍に居るべき同胞であり、身内の息子には……寂しい思いをさせたな」
「キュイ」
「娘、おまえが息子を想うように、我を愛しく想い、
悪い時は叱ってくれる者が我の傍にいてくれたのなら、
我も違ったのかもしれぬな」
「キュ」
「……娘、一度でいい、一つ頼みを聞いてもらえまいか?
たいしたことではない、おまえをちゃんと抱き上げさせて欲しいのだ。
我は子どもとまともに接することもできないまま、死んでしまったからな」
少し考えて、もう怖い事をしない? と聞いてみて、
うなずいてくれたから両手を伸ばして、じゃあいいよとキュイっと鳴くと、
龍青様のとと様は、不器用な手つきで私を抱き上げて涙を浮かべていた。
先程とは違って、私のことを落とさないよう、怖がらせないよう気遣ってくれて、
とても優しく触れてくれた。そして微笑んだ。
その目は、笑った時の龍青様によく似ていた。
それで、ああ、やっぱりこのおじさんは龍青様のとと様なんだなって分かった。
「ああ、小さい……それにとても軽いなやはり。
手も足も小さくて、まるで作り物のようだ」
「キュイ」
そうだよ、子どもだからねと答えると、
龍青様のとと様が嬉しそうに笑った。
「ああ、龍青もこんなに幼い時があったのだな……。
一度も抱き上げてやれんで、傍で成長も見守れなかった。
本当に可哀想なことをしていたんだな」
そのまま私は地面へ降ろされると、頭をわしわしとなでられる。
「そうだ。これも消しておかなくては息子やおぬしに恨まれるな」
「キュ?」
すると、私の頭の中から黒い何かが、するすると抜け出てきた。
びっくりして固まっていたら、それを龍青様のとと様がぎゅっと握りしめ、
弾けて散り散りになったかと思えば、
それが龍青様のとと様の体に吸い込まれていく。
「ありがとう娘。まさか幼子に諭される日が来ようとはな。
それと怖がらせてすまなかった。呪いの元は取り除いておいたよ。
もうおまえの一族が我の祟りで死ぬ事もないだろう」
「キュ……?」
「だから龍青の奴に伝えておいてくれるか?
おまえが“自分を犠牲に呪いを食い止める”必要はないとな」
「キュ?」
自分をぎせい? どういうことか聞こうとしたら、
私の横をすり抜けて歩き出す龍青様のとと様。
もしかして行っちゃうの? と聞けば彼が振り返ってうなずく。
「ああ、あるべき所に行かねばならん。ずいぶんと周りを巻き込んでしまった。
もういい加減に諦めねばな……我は生涯の伴侶を得られなかったが、
我の息子はきちんと嫁を見つけることができたようだ。
水神としての自分ではなく、自身を見てくれる娘を」
「キュイ」
「そなたが息子の嫁になれば、我の娘にもなるからの。
我の嫁は得られんが、子には恵まれた。それだけでも良しとせねば」
歩き出そうとする龍青様のとと様を、私は通せんぼして引き留める。
待って、だったら先に龍青様に会ってあげてと、キュイキュイ鳴いた。
首をかしげた龍青様のとと様に、私は両手を振ってお願いする。
「キュイ、キュイイ!!」
だって、龍青様はまだ抱っこしてもらってないよ!
「……しかし」
「キュイキュイ!」
まだ会えるのに、自分のとと様に一度も抱っこしてもらえないなんて、
龍青様が可哀想だよと、キュイキュイと泣きながら話した。
その涙が鈴に当たり地面へと落ちると、
あっという間に水たまりのように広がっていき、
水面が揺れた所から誰かの人の手が伸びて来て、
私が驚いている間に龍青様が水しぶきを上げて飛び出してきた。
「やっとつながったか!! 姫! 無事か!?」
「キュ!」
私が両手を伸ばして抱っこをせがんで駆け寄ると、
龍青様も両手を広げて、飛びついてきた私を受け止めてくれる。
「キュイ! キュイイ!!」
「姫……よかった……怪我はないな?」
すると突然私を抱っこしながら咳き込む龍青様。
見ていてなんだかとても苦しそうだ。
顔をのぞきこんだら龍青様は私に笑いかけて、大丈夫だよと言ってくれる。
でも顔色がとても悪いように見えた。
次いで、今度はその水たまりからミズチのおじちゃんが姿を現した。
「お? あー無事か嬢ちゃん。無事のようだな、よかったよかった」
「キュ?」
無事だよ。でもなんで来られたの?
さっきはいくら呼んでも来なかったのに。
「……っ、すまない。妨害の力が強くて俺の力が及ばなかった。
だからミズチに足りない分の力を貸してもらったんだ。
いやそれより顔をよく見せてくれ、何もされていないか?」
「キュ」
大丈夫だよって言っているのに、
背中をそのままなでくりまわされて、怪我をしていないかと全身を確認されると、
私を自分の目線まで持ち上げて、じいいっと見つめて話しかけてくる。
「……ひ、姫、瞳の色が」
「キュ?」
なあにと聞いたら、私の若草色の瞳が深い黄色に変わっているらしい。
傍に出来た水たまりをのぞいてみると、確かに私の瞳の色が変わっていた。
え? なんでと閉じたまぶたの上を両手で温めてみたけれど、変わらない。
「キュー?」
戻らないぞ。なんでだ。
「変なものとかを食べさせられていないか? がまんできたか!?
黄泉の食べ物なんて口にしていたら、
現世になんて戻ってこられなくなるぞ!?」
「キュ?」
しっけいな! 出されても断っていたよとキュイキュイと抗議していたら、
背後からコホンと咳ばらいが聞こえたので、さっきまでの事を思い出した。
あ、そうだ。龍青様のとと様とお話していたんだよね。
それをキュイっと二人にも話そうとしたら、
龍青様もミズチのおじちゃんも、さっと後ろに飛び退いて、
怖いお顔で腰の帯に下げていた懐刀と刀をそれぞれ引き抜いていた。
私はといえば龍青様に片手で抱えられている。
「キュ?」
龍青様がもう片方の手に持つそれは、
以前、かんなという人間の娘が持っていたあれ、
神殺しのために用意され、呪力が込められた懐刀だった。
「うっ、ぐう……っ!」
それを持つ龍青様の顔が歪み、
バチバチと赤黒い火花のようなものがあがっていた。
彼の手がぶるぶると震え、触れている所から血がじわりと流れ始めている。
そして、ぽたりと地面に血が流れおちた。
「キュ……!」
きっと持つのすらも辛いんじゃないか、私は龍青様を見上げた。
「惚れた娘を救うためとはいえ、我が息子ながら無茶をするのう」
「誰の……っ、せいだと思っているんですか!!
俺の婚約者を連れて行くなと言ったはずだが? 父上!
もう一度、俺の手で殺されないと気が済まないのか?」
「キュイ、キュイイ!!」
まずい、このままでは龍青様にまた親殺しをさせてしまう!
私はキュイキュイ鳴いて着物にしがみ付き、
よじのぼって龍青様の顔に張り付いた。
待って龍青様、いいから待ってあげて!
「ぶわっ!? な、やめなさい姫、今はそれどころじゃ……っ!」
「キュイ!」
龍青様のとと様、ごめんなさいしてくれたよ?
もう私を連れて行ったりしないと思うから、許してあげて。
「……は?」
「キュイ、キュイイ」
私は顔にしがみ付きながらこれまでの事を話した。いっぱいいっぱい話した。
途中で舌を噛んで痛い思いもしたけど、このまま放っておいたら大変だ。
せっかくごめんなさいしてくれて、仲直りできるかもしれないのに、
私のせいで親子が仲良くできないのは悲しかった。
「キュイ! キュイイ」
「ひ、姫?」
「……すまなかったな。龍青、我が息子よ」
「は?」
龍青様が私を引きはがし、片手で私の体を支えて抱っこしてくれる。
私は龍青様の着物にしがみ付くと、龍青様と龍青様のとと様を見比べた。
「安心しろ、龍青……その娘のことはもう諦めよう。
その瞳の色は娘の本来の色だ。呪いは解いておいたから問題はもうない」
「呪いを解いた……?」
「それに我はこれでも従順な娘が好みだからな。
その娘は我の嫁にするにはお転婆が過ぎるようだ。
いや、じゃじゃ馬とでも言うべきか」
すると、龍青様は自分のとと様を見て何か思ったのか、私にこう聞いてきた。
「……姫、つかぬ事を聞くが、なぜ姫よりも父上の方がボロボロなんだ?」
「キュイ?」
ようやく気付いたのか、それは私が連れて行かれそうになったから、
爪で引っ掻いたり、火を放ったり石を投げたりして戦ったからだよと言ったら、
全て納得してくれたようだった。
「そうか、姫よくやった。自己防衛は龍の基本だからな」
「キュ!」
そうだよ。もっとほめて龍青様。
私は龍青様の婚約者として、ちゃんと言いつけを守れたのだ。
「物騒な事を教えていたのはおまえかっ! 龍青!!」
龍青様のとと様が叫んだ。
「キュ?」
「幼い婚約者に自衛手段を教えるのは、
将来の夫として当然のことですが、何か?
ただでさえ姫は狙われやすい容姿なんだから、当然でしょう。
今もこうして不審者に付きまとわられているんですし」
龍青様、自分のとと様をすっかり不審者扱いだ。
うん、私もそういう扱いをしていたけどね。
「はあ……まあいい……龍青、ちょうど良い所に来たな。話がしたかった。
おまえには今まで父親らしいことをしてやれなくて、本当にすまなかった。
その娘の願いとして、我の願いとして、せめて最後は父親らしく、
おまえのことを抱きしめさせてくれないか?」
「は?」
「直ぐ済む」
「お、おい、一体何を……わ、わああああっ!?」
龍青様の腕にいた私は、そのまま龍青様のとと様に、
一緒になってぎゅっと抱きしめられた。
それに驚いた龍青様は持っていた懐刀を落とし、地面にざくっと突き刺さる。
「な、何がおきてやがんだ?
暴走していたんじゃなかったのかよ」
それを首をかしげて見つめているミズチのおじちゃん。
手に持っていた刀を静かにかちりと音を立てて、
鞘の中にしまいこんでいた。
「やめ、離してくれ!?」
龍青様は自分のとと様の腕から逃れようと、じたばたと暴れている。
「キュ?」
「我が子が一度も親の温もりを知らぬのは、確かに不憫じゃからな。
龍青や、幸せにな、似合いの夫婦となってくれ……我の分まで」
「……父上? まさかもう正気に」
「ああ、そうだ……我は我を取り戻せた。だからもう大丈夫だよ。
荒療治だったが、娘に自我を取り戻してもらったからな。
その娘が先祖より受け継いだ力を我に使ってくれたようだ。
かつて我が与えた。水神の力をな」
「姫が?」
龍青様の父様がうなずいて見せる。
「そしておまえの力も使いこなしていた。
神の力は想いの力によって決まる。
龍青、その娘を大事にするといい。
暴走した神と戦ってでも、お前と添い遂げようとする娘だからの」
「……言われなくても、そのつもりです」
そのまま静かに離れていく両手、最後に龍青様の頭を彼のとと様がなでる。
人型をしていると龍青様にとても顔が似ていたから、
こうして並んでいると兄弟にしか見えないな。
若いうちに死んじゃったせいかな、なんて考えてた。
……私が目元に引っ掻いた三本の傷跡はまだ残っていた。
引っ掻いたりしてごめんねって、キュイキュイ謝ると、
龍青様のとと様は苦笑しながら、「我も悪かったからの」と答えた。
「恨んだり憎むのは疲れるな、これでようやく我も休めるよ……ではな」
背中を向けて歩く先にはさっきまで見ていた大きな川、
いつの間にか向こう岸には暗闇が広がり、別の世界とつながっている。
川を渡り、煙が渦を巻くように動いているその中に、
一匹で静かに進んでいく後ろ姿。それはとても寂しそうに見えた。
あれが黄泉とかいう、死んだ者が行く場所なのだろうか。
ずいぶんと薄暗い所なんだな……。
私は龍青様の着物をぎゅっとつかんでいた手を離す。
「キュ」
「……」
龍青様のとと様、さようなら。
私は片手をぶんぶん振ってお別れをし、龍青様は無言でそれを見つめるも、
やがて私を抱きかかえたまま深く頭を下げ、彼のとと様の姿が見えなくなるまで、
静かに去って行くのを見送っていた。
私を両手でぎゅっと抱きかかえるその手は、少し震えていて。
「キュ?」
「大丈夫だよ……姫」
シャンシャン、シャンシャン……。
遠ざかっていくのと同時に聞こえた音。
前にここへ迷い込んだ時に聞いたあの音だと思ったら、
龍青様が、水神の鈴が鳴っているんだよと教えてくれた。
「俺の父が持っている鈴だよ」
私は自分の足をちらっと見た。鈴が結び付けられている足を。
もしかして……あれは番の雌に贈るはずの鈴だったのかな?
やがて――姿が完全に消えたのを確認すると。
龍青様は一度ぎゅっとまぶたを閉じ、腕の中の私を見下ろす。
「さあ……では帰ろうか姫」
「キュ」
私はこくんとうなずいた。
「ミズチも身内の事情につき合わせたりして悪かったな」
「は、いいってことよ。乗りかかった船というやつだしな」
龍青様の言葉にミズチのおじちゃんが返事をすると、
懐の布を取り出して、地面に突き刺さったままの懐刀を布で包み込み、
回収した。
私と龍青様の間をつなぐ印が消えたのは残念だけど、
連れて行かれずに済んだし、みんなも無事だったし、
龍青様達がとと様と仲直りできたのは良かった。
その時、別れの印なのか優しい風が吹いて、
足に結ばれた私の鈴がちりんと鳴った。
帰り道はとても穏やかな気持ちでまぶたを閉じ、
私達は元の世界に戻る事になったのだった。




