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2・私と龍青様・前編



 私が龍青様のことが好きだと、かか様に教えてあげたら、

かか様はじっと私のことを見つめた後、私に静かな声でこう言った。


『あなたは私よりも珍しい容姿で、これからも人間に狙われやすいだろうから、

 水神である主様に守っていただいている方が良いかもしれないけど。

 ……反対しても、既に色々とやらかしていて手遅れのようだし』


 私のとと様は緋色の肌に朝焼けの瞳、

かか様は真っ白な肌と髪に金色の瞳をしているので、

そのどちらにもならない肌と瞳を持つ私は、とても珍しいと言われていた。


 だから以前は、そのせいで私を狙った人間が郷を襲ったことがある位だ。



『キュ?』


『……ううん、なんでもないわ。

 でもね、よく聞きなさい。あの方はあなたにどんなに優しかったとしても、

 この辺一帯を治めているとても偉い神様なのよ。

 怒らせたりしたらとても怖いから、自分の行動には気を付けるんですよ?

 何かあってからでは遅いから』



 私が龍青様と嫁になる約束をしたのは、

龍青様の大事なしっぽに触ったのがきっかけだ。


 なんでも年頃の龍のしっぽに触れるのは、婚約の印になってしまうそうで、

私はお兄さんの体を勝手に触ってしまったから、

このままだと、龍青様の嫁になってあげないといけないんだって。

とと様とかか様の目の前で、龍青様のしっぽでじゃれていたら、

叫びながら私を引きはがして教えてくれたんだ。



 そうなんだ~とキュイキュイ言いながら、

その後も、会いに来てくれた龍青様のしっぽに飛びついて遊ぶ私だったけどね。

うん、よく分かってないけど、いいや。難しいのは嫌いだし。

別に嫁になるのはいいと思ってるから。


 私はそうして、かか様と交わした言葉を頭の隅に追いやっていた。



※  ※  ※  ※



『キュイ~キュイキュイ』


 龍青様がいると、ほぼ一方的に私が彼にじゃれ付いて遊ぶことが多い。

私のしっぽを彼の着物の帯に引っかけたり、しっぽ同士を絡ませて、

ぷらぷらとぶら下がるのが最近の楽しみだ。



『ひっ、姫、何をやっているんだ! 良い子だから離しなさい』


『キュ~?』


 え~……やだ。龍青様と遊ぶ。


『”俺と”じゃなくて、”俺で”だろう?

 まったく……小さいとはいえ、なんて大胆な事をするんだ俺の婚約者は。

 ほら、早く離れなさい。落っこちたら泣いてしまうぞ?』


『キュ』


 赤くなった顔を片手で覆い、困っている様子の龍青様。

龍青様の反応が面白くて、ついついしっぽを触ってしまうんだよね。

しがみ付いてぷらぷらと揺れていると、傍でこの様子を見ていたとと様が叫んだ。



『こら桃! 何をやっているんだ、ぬ、ぬ、主様から離れなさいっ!!

 おまえはまだ小さくて婚約とか分からないだろうが、

 そもそもな、その方の嫁になんてなったら……』


『キュ?』


 なに? とと様? 今いい所なんだけど。



『……ああ、そうだ桃姫、ちょっと待っていてくれるかい?

 姫の父君ときちんと妻請つまごいの手順を踏まないで、婚約した件について、

 じっくり話さないといけなかったからね。いや、うっかりしていたよ』


『キュイ?』


 大事なお話なの? と聞いたら、龍青様がそうだよとうなずく。

なら仕方ないか……と、龍青様のしっぽにぶら下がっていた私は、

そう言われて両手を離し、地面にぽすんとお尻から落ちた。


『キュイ』


 行ってらっしゃい。私は短い手をめいっぱい振り、龍青様達を見送った。



『ふふ、婚約者に見送ってもらうと言うのもいいね。

 さあ、それでは共に行こうか? 桃姫の父君』


『ひ……っ!?』



 いつもは元気なとと様が、龍青様に引きずられるように巣穴から出ていく……。

なんとなく、かか様の方を振り返ったら、さっと目線をそらされた。

やがて、静かに巣穴に戻ってきたとと様は、私が話しかけても黙りこくっていて、

周りをぐるぐる歩き回って話しかけても反応なしだったんだよね。


『キュ……』


『姫、父君は疲れているようだから、そっとして置こうね?

 さあ、じゃあ退屈だろうから俺と一緒にでかけようか』


『キュ!』



 龍青様に連れられて、その後は木の実を探して遊ぶことにした。


 いつもとと様は、私が龍青様と会いに行くたびに止めようとするけど、

龍青様がその度にとと様を外へ連れ出した後は、ぴたっとその声が止まる。

一体とと様に何を言っているんだろうなと思うけれど、

きっと龍青様が一緒に遊べるように言ってくれているのかな。


 それから私が龍青様と一緒に遊ぶ時は、

「神隠しに遭う」って言うようになった。


 最初はみんなにそう言うと、とても悲しそうな顔をして泣かれたり、

私の頭をなでてきたり、抱っこしてくれていたんだけど、

龍青様から焼き栗などの入った包みをお土産でもらったりして、

私がごきげんで鼻歌を歌いながら、ほぼ日帰りで帰ってくるものだから、



『ずいぶんとお気軽な神隠しだな、おい』



……って、腰を抜かしつつ私を出迎えてくれるようになった。


 群れに居る仲間達には、『それ、本当に神隠しなのか?』とよく言われるけど、

一番分かりやすいってかか様が言っていたよ。だから合っているはずだよ。


 神隠しの意味は分からないけどさ。かくれんぼとどう違うんだろうね?



『おう、嬢ちゃんじゃないか、今日も主様の所か?』


『キュ』


 手まりを持ちながら歩く私に声をかけてきたので、そうだよとうなずく。

とと様と仲の良い、近くの巣に暮らしているおじさんとおばさんだ。



『気を付けて行けよ』


『そうそう、怪我しないようにね』


『キュイ』



 龍の郷に暮らしているみんなは、私にとても優しくしてくれる。

ここで今、龍の子どもは私のみなので特にそうなのかもしれない。

手を振って別れ、私が龍青様と遊んでいる事は、他の仲間も知っているんだ。


 かか様が言うにはね?


『あなたはもう水神様に魅入られているって、

 周りにはちゃんと話しておかないと、余所の雄が雌のあなたの気を惹こうと、

 ちょっかいをかけたり、いじめたりしたら、

 水神様が怒ってたたりを起こすかもしれないわ』


とか言われた。


 でも「たたり」って何だろう? 

みんなに聞いても、聞こうとするたびに顔を背けて教えてくれないんだよね。


 じゃあ、龍青様なら教えてくれるかなって思ったら、

『……桃姫はまだ知らなくていいんだよ』と笑顔で言われたので、

そうなんだ~と、うなずいておいたけど。いつか教えてもらえるのだろうか。



※  ※  ※  ※



「……さて桃姫、今日はどうしたい?」



 龍青様の声に、はっと顔を上げた。


 いつものように龍青様を呼び出し、彼の片腕にちょこんと座らせてもらうと、

頭をよしよしとなでられていた私は、これから遊ぶつもりだったんだよね。


 遊びの主導権とやらは私が握っているので、

いつも私の遊びたいものに付き合ってもらっている。

昨日は陸で木登りの練習と、木の実を採ったりしてとっても楽しかったんだけど。


「キュイキュイ」


 今日は違うことしたいから、龍青様のお屋敷に遊びに行きたい。


 この土地よりも遥か遠い、湖の底にある龍青様の住処。

私が両親とはぐれた時に、保護されてしばらくお世話になっていた所だ。

実はまだ探検していない所がたくさんあるんだよね。


 巻物の山に飛び乗って転がしたり、柱によじ登ったら降りられなくなって、

キュイキュイ泣き叫んでいたら龍青様に助けてもらったり、

女房さんが持っていた貝合わせっていうのも、

飛び掛かってバラバラにしたりするけど、あれはあれで楽しかったと思う。


……なんでか、やるたびにみんなが叫び声をあげるけど。

だいじょうぶ、私気にしない。


 その時にもらったのが、これ、私のお気に入りの手まりだ。

子どもの遊び道具が無くてつまらないせいだろうと、

龍青様が屋敷の蔵から、子どもの頃に遊んでいたおもちゃを探してきて、

私にくれたものなんだ。私はこれをころころするのがすごく好きだった。



「俺の屋敷だな? 分かった。じゃあおいで、桃姫」


「キュ?」


 私を抱っこしたまま、龍青様は水の中へと潜ろうとするので、

キュイキュイ鳴きながら、龍青様の着物を引っ張り待ってもらう。


「姫? どうしたんだい?」


「キュ」


 あのね? 渡したいものがあるの。


 腕からぴょんっと飛び降りると、岩の上に置いていた包みを龍青様に差し出す。

いつも遊んでくれる龍青様に、私からのささやかな贈り物だ。



「……俺にか?」


「キュイ」


 この大きな草の葉で包んだ中には、私の宝物がある。


 その辺に落ちていたしいの実に、

私が食べて美味しかった記念に残した山桃の種に、

川岸で散歩していたら見つけたいい感じに綺麗な石だ。


「桃姫が……俺の為にか?」


「キュ」


 私はそうだよと言うと、宝物を一つずつ教えてあげた。

そして山桃の種の話まですると、龍青様は目頭を押さえてぷるぷる震えた。


「桃姫が……あの小さかった桃姫が……今もすごく小さいままだが」


「キュイ?」


 どうしよう……大きなお兄さんを泣かせてしまったぞ。

まさか……嫌いな物でも入っていたのだろうか、      

私は持ち直そうとした手まりをぽとりと落とし、両手を前にぱたぱたと動かす。

だいじょうぶ龍青様? 泣いちゃだめ、泣かないで。



「まさか桃姫が山桃の花言葉を知っていたとは……」


「キュ?」



 あれ、嫌がっているような顔じゃない。


 はなことば……ってなんだろう? 

でも、龍青様の喜びようを見ると、聞かない方がいいような気がする。


 慌てて手まりを両手で拾って、龍青様の傍に行こうと。

水の中に足をちゃぽちゃぽっと音を立てて踏み入れる。

キュイキュイ呼びかけて、下から見上げて顔をのぞきこんだ。


 ……嫌がっていた訳じゃないのか、ならいいかな。

水神様を泣かせたなんて、かか様に知られたらきっとすごく怒られそうだけど。


「……」


 よし、かか様にはナイショにしておこう。


「桃姫からの供物はありがたく受け取ろう、ありがとう桃姫」


「キュ!」


「姫からの贈り物だから、大切に飾って置くよ。

 いや、山桃の種は庭に植えて自生しないか試してみようか」



 給餌や大切なものを贈る行為を、龍の世界では求愛行為っていうらしい。


 かか様が言うには、こういうことは好きな相手にすることだから、

誰かに何かをあげる時は、もっとよく考えてからしなさいって言われているけど。

いつも私は龍青様に桃とか玩具とかいろいろもらっているんだよね。

だからお返しに何かあげてもいいと思うんだけどな。




(でも私、龍青様が好きだからいいよね?)


 一番の仲良しさんだし、いつも可愛がってくれて遊んでくれるから好きだし。


 そう、私は龍青様のことが大好きだ。


 悪いヤツから助けてくれたあの日から、

お膝の上で大好きな桃を食べさせてくれたりすることも、

寂しくて泣いていた私を懐でなぐさめてくれたことも、とっても嬉しくて。

このお兄さんは、どんな時でも私の味方でいてくれるって分かるから。


 このまま……ずっとずっと一緒に居られたらいいのになって、思っていたんだ。




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