8.長男
ここまでのストーリー:エルフは定期的に訪れる。
ラデアーナとの出会いがあってから、変わったことがある。
4つ年上の長男であるディトロがやたらと絡んでくるようになった。
ディトロは、魔法の成績が優秀だった。だからサスケに、兄としてすごいところを見せたいのだろう。サスケを引き連れ、山の中に入っては、魔法を教えたり、モンスターと戦いたがる。
7歳になって、分身の精度が上がったサスケは、分身にディトロへの対応を任せ、自分は修行に励みながら、たまに遠隔操作で、ディトロの様子を伺う。
『見ろ、スライムだ!』
頭の中に、ディトロの声が響き、サスケは分身へと意識を切り替える。
ディトロは、目の前にいるボール状の液体を指さし、自慢げに語る。
「こいつは、火属性魔法を使えば、簡単に倒せるんだ。サスケ、やってみろ」
サスケは首を横に振る。普通の7歳児なら、スライムを倒せるような、火の魔法なんか使えない。
「何? 仕方ねぇな」
ディトロは長袖をまくり、スライムに向かって、杖を突き出す。
「燃えろ! 〈火球〉!」
ぼぅと丸い火の球が、右手より放たれて、スライムに直撃した。じゅぅと焼ける音がして、スライムの体が少し溶けた。逃げようとするスライムに、ディトロは狙いを定めるが、思いなおしたように、手を下げる。
「いいか、サスケ。例え相手がモンスターであっても、むやみな殺生を避けるべきなんだ」
サスケは頷く。それは良い考えだと思う。
「どうだ? カッコいいだろう?」
サスケは頷く。
「よし、なら、教えてやろう」
そう言って、ディトロは魔法を教え始める。しかし分身は魔力を持たぬから、魔法なんか使えるはずがない。ただ、忍法なら少しだけ、使えるので、それらしくやってみせた。するとディトロは満足げに頷くのだった。
(良い兄貴だな。でも、ちょっと面倒くさいな……)
サスケは微笑ましく思いながらも、煩わしく思った。それに、心配もした。ディトロの行動範囲にいるモンスターはどれも超低級で、危険なモンスターはいないと思うが、まれに、山奥から強力なモンスターが現れるからだ。
そして、サスケの不安は4年後に実現する。村に『怒れる熊』が現れたのだ。
家でお茶を飲んでいたディトロは、従者から、その報せを聞き、立ち上がった。
「何? 怒れる熊だと? 俺が何とかしなければ!」
15歳になって、王都の魔法学校への進学が決まっていたディトロは、自分の魔法に対し、強い自信を持っていた。それにその日は、ラデアーナもいたから、ディトロの気合の入り方が半端じゃなかった。
「お前ら、危険だから、絶対に来るなよ!」
ディトロはマントを羽織り、颯爽と家を出た。
「どうするの?」
ラデアーナに聞かれ、サスケは煩わしそうに立ち上がった。
「行くしかないでしょ。兄貴に、怒れる熊は倒せない」
確かに、ディトロは魔法使いとして優秀である。しかし、井の中の蛙。「この村では」という注釈付きだ。そして、怒れる熊の実力をサスケは理解している。怒れる熊は凡人が勝てるようなモンスターじゃない。
サスケが走り出そうとすると、ラデアーナはサスケのシャツの裾を握った。
「私も行く。だから、おんぶして」
「いや、なら、ここにいろよ」
「じゃあ、放さない」
サスケは舌打ちして、ラデアーナに背を向けた。ラデアーナは上機嫌な表情で、サスケに身を預けた。
走りながら、ラデアーナは言う。
「どうやら、怒れる熊は、小熊を殺されたから、怒ってるっぽい」
「精霊の情報?」
「うん。どう? 私がいて、役に立ったでしょ?」
「……そうだな」
「そして、すでに子熊を殺した猟師は殺したみたいね。ただ、怒りは収まらず、人間を殺そうとしている」
「『怒り状態』ってことか。だとしたら、やばいな」
「結構、被害がでてるみたい。精霊さんに足止めを頼んでいるけど……」
怒れる熊の皮膚は分厚く、並みの魔法ではダメージを与えることができない。しかも怒り状態となった場合、攻撃力と防御力がかなり強化される。つまり、ディトロの勝ち目はかなり薄い。
前方から悲鳴が聞こえ、建物が崩れる音がした。煙が上がり、怒れる熊の咆哮が聞こえた。
そして、ディトロの後姿も見える。
「静まれ! 怒れる熊よ! 山に帰るんだ!」
ディトロは怒れる熊に呼びかける。しかし怒れる熊が言うことを聞くはずはなく、ギロリとディトロを睨んだ。獲物を見つけた顔である。
「帰れ!」
Gaaaaaaaa!!!
怒れる熊が突っ込んでくる。
「馬鹿な奴!」
ディトロが怒れる熊へと杖を向ける。
(馬鹿はお前だ!)
怒れる熊の突進速度を理解していない。ディトロが魔法を放つ瞬間には、目の前まで詰め寄られ、当然、攻撃は効かないから、弾き飛ばされて死ぬ。
サスケは右手の人差し指と親指でL字を作る。
『忍法 水鉄砲』
超圧縮された水の弾丸を放つ忍法である。サスケは怒れる熊の眉間に照準を合わせると、弾丸を放った。
「くらえ、〈火球〉!」
ディトロは目の前に迫っても、怯むことなく、火球を放った。火球は直撃し、爆ぜる。と同時に、サスケが放った弾丸が、怒れる熊の眉間を貫いた。
怒れる熊は一撃で死んだ。しかし、突進の勢いは止まらず、ディトロに突っ込んだ。
「ぐわっ!」
突き飛ばされるディトロ。自分の方へ飛んできたディトロにサスケは手を伸ばす。指先がディトロの体に触れた瞬間、勢いに合わせて手を引き、勢いを殺して受け止める。
「全く、無茶するんだから」
「お前ら、なぜここに!? そうだ、熊!?」
ディトロはすぐに起き上がる。すでに熊は死んで、横たわっていた。
「……もしかして、俺がやったのか!? ひゃっほう! さすが、俺!! 見たか、お前ら!」
喜ぶディトロを見て、二人とも苦笑する。
その後、ディトロはめちゃくちゃ怒られた。しかし、全然気にしていなかった。怒れる熊を倒したという誇りを持ち、彼は王都へと旅立った。