6.ラデアーナ
ここまでのストーリー:誘拐犯を倒した。
ぱんっ、とサスケは両手を合わせた。少しネガティブになり始めていたから、気持ちを切り替えたのだ。
「さてと」
サスケはエルフの下へ向かった。エルフには、新たに目隠しの布が巻かれていた。陰惨な光景を見せるわけにはいかないから、彼らを殺す前につけておいたのだ。ついでに、耳栓もつけている。修行のために使っているやつだ。
エルフの目隠しを外す。エルフは、ひどく怯えた表情で、サスケを見つめた。サスケは耳栓を外してから言った。
「大丈夫。奴らはもういないよ。安心して。俺は君を襲ったりしないから」
サスケはエルフの手、足の順に布を外し、最後に、彼女の口に巻かれていた布を外した。
すると、「ごわ゛がっだよぉぉぉぉぉ」とエルフが抱き付いてきた。
「ちょっ」
サスケは体勢を崩し、尻餅をつく。エルフはそんなサスケの胸に、顔を押し付け、泣きじゃくる。
「うわああああああああん!」
サスケは煩わしそうに胸の中にいるエルフを見た。しかし、それも仕方がないことだと思い直し、彼女の背中をさすった。
「もう、大丈夫だから。安心して」
それからエルフは、10分ほど泣いていた。だいぶ落ち着いてきたが、しゃっくりのように、体を震わせていた。
「どう? 落ち着いた?」
エルフが頷く。顔を上げた彼女を見て、サスケは苦笑する。涙と鼻水で、可愛い顔が台無しになっていた。サスケは、ポケットからハンカチを取り出すと、エルフに渡した。
「これ、使いなよ」
「ありがとう。でも、汚しちゃう」
「ハンカチの汚れは勲章だぜ?」
と父親のシュヒリが言っていた。エルフは受け取るのを渋っていたが、サスケが優しく握らせると、
「ありがとう」と言って、顔を拭った。
「君、名前は?」
「ラデアーナ」
「良い名前だね。俺はサスケ」
「サスケ」
「ラデアーナはどこから来たの?」
「エルフの里」
「帰り方、わかる?」
ラデアーナは首を振る。
「まぁ、だよね」
誘拐されたのだから、わかるはずがない。
「それじゃあ、取りあえず、俺の家に行こうか」
「怖い人いない?」
「いないよ。いたとしても、俺が君を守るよ」
サスケは立ち上がり、ラデアーナの前に、手を差しだした。ラデアーナは怯えつつも、サスケの手を握る。サスケはその手を握り返し、優しく手を引いて、ラデアーナを立たせた。
「それじゃあ、行こうか」
「うん」
サスケは前を歩きながら、ラデアーナの顔を一瞥した。彼女の顔は、不安でいっぱいだった。
正直、面倒なことをしたな、と思った。サスケとは、本来そういう男である。しかし、前世で、何十年にもわたって、偽善者を演じていたせいで、困った人を見かけるとついつい手を差し伸べたくなる。
10分ほど歩き、ラデアーナの足が止まる。サスケが不思議そうに振り返ると、ラデアーナはしゃがみこんだ。
「どうしたの?」
「疲れた。あと、どれくらい歩くの?」
「このペースだと、1時間くらいかかるかな」
「1時間も!?」
そんなに歩けない。今にも泣き出しそうな顔で、ラデアーナは訴える。サスケはため息をぐっと堪え、ラデアーナの手を放し、背中を向けて、しゃがんだ。
「ほら、おんぶしてあげるから」
「いいの?」
「うん」
ラデアーナはためらいながらも、サスケの背中に身を預けた。サスケは苦にした様子もなく、ラデアーナをおんぶすると、立ち上がり、歩き始めた。
「重くない?」
「全然」
いつも、ラデアーナの3倍以上重い岩を背負って、走っている。
「……優しいのね」
「べつに、そういうつもりじゃないよ」
正直、ラデアーナの歩く速度が遅いから、ちょっとイラついていた。だから、自分のペースで歩ける今の状態の方が楽である。
「ふふっ。人間って、もっと恐ろしいものだと思ってた。でも、サスケみたいな人もいるのね」
ラデアーナがぎゅっと体を密着させる。ラデアーナの温もりが、より強くなった。
「まぁ、人間にも色々いるからね」
「ねぇ、サスケ。何か面白い話をしてよ」
「何だよ、突然。面白い話ねぇ……。そうだなぁ……」
ラデアーナに色々話しているうちに、家についた。
家の前に、2つ年上の長女、アロピがシャボン玉を膨らませ、遊んでいた。ぼんやりとシャボン玉を膨らませる姿は、煙草をくゆらせる大人のように見えた。
アロピはサスケに気づき、小首をかしげる。
「どうしたの、その子?」
「誘拐されて、困っていたみたいだから、助けた」
「ふぅん」
「お袋を呼んでもらえる?」
「わかった」
アロピは家の扉を開け、大声を出す。
「ママー! サスケがエルフを誘拐してきた!」
がしゃーん! と皿が割れる音が聞こえ、サスケは大きなため息を吐いた。