19.研修②
ここまでのストーリー:敵が襲来
*グロ注意
ノーサとのやり取りに困っていたサスケは、ノーサと話すことができそうな話題を探していた。すると、先にノーサが口を開いた。
「サスケ、だっけ?」
「ああ、そうだよ」
「サスケはさ。今、幸せ?」
「えっ? まぁ、幸せかな」
「そっか。なら、私には関わらない方が良いよ」
「何で?」
そのとき、甲高い音が森中に響いた。サスケは空を見上げる。天高く上る赤い狼煙が見えた。『研修中断、急いで避難せよ』の合図だ。
「何か、あったみたいだな」
サスケは、森に入る際に渡された白紙を広げる。白紙に、森の地図が描かれて、自分たちの現在地も表示される。
サスケはノーサの表情を盗み見る。ノーサの意識は、空の狼煙に向いていたため、ここぞとばかりに、忍法を発動する。
『忍法 鳥獣戯画』
サスケの影が伸び、影の中から、様々な動物が飛び出す。動物たちは、四方に散らばり、茂みの中へ消えていった。今、サスケの影より飛び出した鳥獣たちが、異変の正体をサスケに教えてくれる。
「取りあえず、指示に従って、ここから離れよう」
しかし、ノーサは首を横に振る。
「何で」
「言ったでしょ。私と関わったら、不幸に」
「ならんよ」
サスケはノーサの手を引いた。ノーサの事情はよく知らないが、今は、この場所から逃げることを優先したい。
「なるよ」
振り返ると、ノーサが不機嫌な顔で言った。
「何で?」
「それは……」とノーサは口ごもる。
「よくわからんけどさ。ノーサさんが思っている以上に、俺は強いから、大丈夫だよ。なんせ、特待生ですから」
「……それってすごいの?」
新鮮な反応に、サスケは思わず微笑む。オーシャン魔法学校の生徒の口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。
「ああ、すごいよ」
そのとき、サスケの脳裏にかすかな電流が走る。カラスからの連絡である。
(繋げ)
景色が切り替わり、サスケは息を呑んだ。オーシャン魔法学校の生徒が倒れていた。左腕が無く、体中が傷だらけで、血だまりの中に、その体が沈んでいた。
(近づけ)
カラスは生徒のそばまで降り立ち、その顔を覗き込んだ。その瞬間、サスケはカッと体が熱くなった。
倒れていたのは、ラトプだった。
「あれは何だ?」
サスケは上空を指さし、ノーサが目を向ける。その隙に、サスケは分身と入れ替わった。
(任せた)
(御意)
サスケは、木の幹を蹴り、木から木へと跳躍を繰り返し、超高速移動でラトプの下に急いだ。
時間にして、およそ1分。サスケはラトプのそばに降り立った。と同時に、ラトプのそばにいたカラスは、霧散して、消えた。サスケは天に向かって、信号弾を投げた。宙で爆発し、黒い狼煙が上がった。これで、ラトプの居場所は認識されたはずだ。
サスケはラトプの首元に指を当てる。脈がかなり弱い。このままでは、死んでしまう。サスケは辺りに視線を走らせ、ラトプの腕を探す。見つけた。一瞬の早業で引き寄せると、ラトプの左肩の切断面に左腕の切断面を合わせ、右手の人差し指と中指を伸ばして、集中する。
『忍法 血糸縫合』
血だまりの中から、細く赤い糸が伸びて、ラトプの傷口を縫合する。糸は強固に傷口を塞ぎ、切断されたラトプの腕すらも、しっかりと縫い合わせる。さらにサスケは、集中力を高めることで、切断された血管や骨、神経までも接合する。
(誰にやられたかはわからないが、相当の手練れのようだな)
しかしだからこそ、切断面が綺麗で、手術が容易である。
サスケは目を開く。取りあえず、見た目上の傷は全て塞いだ。しかし、血液を大量に失った今の状態は、非常に危険である。
(輸血するか?)
しかし輸血は、場合によっては危険な可能性がある。血糸のように、血を再利用するという方法もあるが、先ほどまであった大量の血が、地面に染み込んでしまったせいで、それも難しい。
『親分、大変だ!』
そのとき、分身の声が脳内に響いた。サスケはすぐに意識を切り替えた。目の前に、見知らぬ男女が立っていた。一人は黒髪をツンツンに立て、もう一人は、顔中に包帯を巻き、肉食獣めいた尖った牙を剥き出しにしている。確認しなくともわかった。こいつらがラトプを傷つけた犯人である。滲み出る邪悪に、サスケは嫌悪感を覚えた。
「誰だ。あんたらは?」
サスケはノーサを守るように、前に進み出た。
「坊や。命が惜しいかい? なら、何も言わず、立ち去ることだねぇ」
「けっけっけっ、優しいなぁ。俺なら殺すね」
「サスケ。いいの」
ノーサはサスケを押し退け、前に進み出た。
「どういうことだ?」
「あの人たちの狙いは私。そうでしょう?」
「話が早くて助かるねぇ」
「何で狙われてんの?」
ノーサは答えなかった。日傘を閉じて、水平に構える。すると日傘は闇に包まれ、次に姿を現したとき、赤黒の大鎌に変化していた。
「何それ」
「サスケ。声をかけてくれて、ありがとう。嬉しかったよ。だから行って」
「くぅ。泣かせるねぇ」
「けっけっけっ、殺しがいがあるぜ」
サスケはノーサの横顔を一瞥した。彼女の瞳には、不安の色が滲んでいた。本音を押し殺し、強い自分を演じようとしている。初めて声を掛けたとき、彼女が見せた表情に似ていた。
「――そんな顔をされて、逃げることなんてできるわけないでしょ」
サスケはノーサの隣に並んだ。ノーサは驚いて、サスケを見つめる。
「馬鹿なの!?」
「大丈夫だって。俺、強いから。こう見えて、オーシャン魔法学校の特待生だから」
「ほぅ」と女が唸る。「噂には聞いていたけど、まさか、その特待生に出会えるとはねぇ。今日は運が良い。金の卵を二つ潰せるんだから」
「二つ?」
「ああ。さっき、騎士になるとか言ってたガキを潰してやったところさ。確かに、才能はありそうだったけど、だからこそ、楽しかったねぇ。無力を悟り、絶望するあの顔。未来をぐちゃぐちゃにしてやるあの感覚。思い出すだけで、痺れちゃうよぉ」
女は恍惚とした表情で語る。
サスケは大きく息を吐いた。滾る血を、冷血で冷やす。今の自分に必要なのは、怒りじゃない。目の前の巨悪を踏み潰す、冷静さだ。
「けっけっけっ、羨ましいぜ。なら、奴は俺に、殺させろ。俺も痺れたいぜ」
「仕方ないねぇ。あんたには、獲物を見つけてもらったし、譲ってあげるよ。特待生も気になるけど、あたいは、そっちの子にも興味があるからねぇ」
女が舌なめずりすると、ノーサは緊張した面持ちで、大鎌の柄を握った。
「けっけっけっ、それじゃ、狩りの始まりだ」
――サスケは、放った鳥獣たちへ意識を切り替える。
「急げ、あそこにラトプ君が!」
リスの耳を通して聞こえた声。サスケはリスに意識を留め、リスの視界を通し、辺りを確認する。リスがいる木の下を騎士や先生の集団が過ぎる。彼らの視線の先には、黒い狼煙があがっていた。
(下手に輸血するより、彼らに任せよう)
先生の中に、白魔法を専門とする先生がいた。だから、自分が何かするよりも、この世界の最善に、ラトプの命を任せることにした。
サスケはラトプの左手を握って言った。
「大丈夫だ、ラトプ。お前なら、絶対に生き残れる」
すると、微かに握り返す感触があった。サスケは目を見張り、微笑んで、ラトプの手を下ろした。
「すまん、ラトプ。だから、俺は行く」
サスケは風のように、その場から消えた。




