13.瞳の濁った少年
ここまでのストーリー:騎士といよいよ戦う。
「お久しぶりですね、セラータさん」
サスケの挨拶に、セラータは笑みを返す。
「そうですね。まさか、こんな形で、あなたと再会することになるとは。実は、あなたと戦うことを私は楽しみにしていたんですよ」
「どうしてですか?」
「オコテニス様が、あなたのことを面白い人間だと評価していたので。エルフが認める実力とはいかようなものか興味があったんです」
「……そうですか」
オコテニスとはラデアーナの父親だ。おそらく彼も、精霊から話を聞いたのだろう。
(お喋りな精霊め。口を縫い付けてやろうか)
サスケは見えない精霊に対し、苛立つ。
「だから、今日は手加減しませんよ。副団長も見ていますし」
セラータは観覧席を一瞥する。王女の隣に、渋い顔つきの男がいた。白髪であることや顔つきから判断するに、おそらく初老だが、老いによる弱さは全く見えず、歴戦の凄味が体からにじみ出ていた。
サスケはセラータに目を戻し、言った。
「俺としては、手加減して欲しいところですけどね」
セラータは苦笑し、審判に合図する。
「それでは両者、準備を」
セラータは木刀を構える。しかしサスケは、肩の力を抜いて、その場に立っていた。その態度にセラータは眉をひそめる。
審判は、サスケの準備が終わったと判断し、野太い声を上げる。
「はじめぇぇえ!」
その瞬間、サスケはセラータを見つめたまま、後ろ歩きで下がった。
予想外の行動に、セラータは困惑する。その間も、サスケは後ろに下がる。そしてセラータは気付く。サスケが逃げる気であることに。
(なんだ。それはがっかりですね……)
どうやら期待外れのようである。さっさと勝負を決めてしまおう。セラータは〈瞬移〉を発動する。膝を曲げることで力を溜め、魔力を解放した際の爆発力を利用し、一瞬で、相手との間合いを詰める移動術だ。
(終わりです)
セラータは魔力を解放し、10メートルはあった距離を一瞬で詰め、木刀で切り上げる! ――が、当たった感触は無い。サスケは身を引き、セラータの剣筋をよけた。
(なっ!?)
驚くセラータ。しかし気を取り直し、追撃を与える。刃を返し、切り下す! ――が、これもまたサスケに避けられる。さらにサスケが回り込んだので、背後に木刀を振ったら、サスケは10メートルほど離れた位置まで移動し、セラータを見ていた。
(やりますねぇ。〈瞬移〉を会得しているとは……。ならば)
セラータは木刀を握り直し、再び〈瞬移〉を発動する。一瞬で縮まる距離。セラータは突きを放った。しかしこれも、サスケにギリギリでかわされる。セラータはすぐに手を引き、再び突きを放つ。これも避けられるが、すぐに突きなおす。この突きの繰り返しは、次第に超人的な速度まで上がる。人はこれを〈千本付き〉と呼ぶ。高速の突きを放ち続ける剣技だ。
サスケはそのすべてを体を傾けながら、避けた。セラータは驚愕するも、隙を逃さないようにしながら、手をゆるめない。そしてサスケが、一瞬で5メートルほど後方に下がった瞬間、セラータは木刀の先から〈火球〉を放った。
〈火遊――千本連火〉。〈千本付き〉と〈火球〉を組み合わせ、火球の光速連弾を放つ魔法剣だ。
(当たった)
――と、セラータは思った。さすがに、〈瞬移〉で多くの火球を避けることはできない。しかしサスケは、素早い横移動によって、連弾をまとめかわした。
(よけた!? いや、でも、今の動き。もしかして、〈瞬移〉ではない?)
もしも〈瞬移〉であるならば、急な横移動は難しい。なぜなら〈瞬移〉は、端的に言えば、一瞬で目的とする場所まで跳躍する技だからだ。つまり、発動した瞬間、着地地点まで進行方向が決まるので、急な方向転換は難しいのだ。
(〈瞬移〉を2回使ったのか?)
いや、違う。セラータはサスケの足元を見て、気づいた。闘技スペースには土が敷かれているのだが、その土が湿っていた。
(……なるほど。滑っていたわけですか。おそらく、靴の裏に、水魔法を展開している。地面を滑るなら、様々な方向への移動も可能!)
事実、サスケは靴の裏に水の薄い膜を張って、地面を滑っていた。元々は忍法なのだが、人の目が多いので、自分でも再現できる魔法を使用している。
(しかしあの体の動き、滑ることに慣れている。……ふふっ、前言撤回ですねっ!?)
再び〈瞬移〉! 何度も距離を詰めるセラータに、サスケは舌打ちする。
(こいつはどうですか!?)
セラータは木刀を振り下ろした。サスケは横に滑って回避する。しかしそれは想定内の動きで、木刀が地面に触れた瞬間、セラータは魔法を発動した。
「〈絶対零衝〉!!」
木刀の先を中心に衝撃波が走った。衝撃波が広がると同時に、地面も凍る。絶対零度の衝撃波。触れたモノは全て凍る。
サスケは、すかさず高く跳び上がった。セラータは木刀を構える。落下速度と落下位置を完璧に把握。空中で逃れることはできない相手に、セラータは木刀を振った!! ――が、やはりセラータの木刀は空を斬った。
「なっ!?」
セラータは自分の目を疑った。サスケが土台でもあるかのように、空に静止していたのだ。そしてサスケは、後方に跳躍し、宙を舞って、着地した。
「今のは、ちょっとやばかったですね」
淡々と述べるサスケを見て、セラータは呆然となる。
が、「ふふっ」と笑みがこぼれ、木刀を握り直した。今ので確信した。彼に、手加減など必要ない。
(大丈夫。彼の速度に僕はついていけている)
セラータは砂時計を一瞥する。残りはおよそ2分。それだけの時間があるなら、サスケのスピードに対応できる。今だって、あと一歩のところまで迫っているのだから。
セラータは木刀の刃を左手でなぞる。なぞった部分から火が点き、木刀は炎を纏った。
「〈火遊――灼熱剣〉。火傷の治療費は払いますよ」
「いやそんっ」
セラータは〈瞬移〉で迫り、サスケの首を狙った。しかしサスケはしゃがんでかわす。さらに、二撃、三撃とサスケを狙う。〈灼熱剣〉は、熱で敵を斬る魔法剣だ。本気を出せば、鉄をも斬れる。さすがに火加減は調節しているが、当たれば火傷は免れない。しかしその剣をもってしても、サスケは平然な顔で避け続けた。熱いはずなのに、全く熱そうなそぶりを見せない。
(いつまでその余裕がもつかな?)
セラータの剣筋が徐々に早くなり、サスケを壁側へと追い詰める。
もう少しで当たる。そのとき、サスケの視線がかすかにゆれた。針の穴に糸を通すようなわずかな隙。その隙を逃さず、セラータは剣を振り下ろした。
――今度こそ、と思った。が、木刀は空を斬る。そして、驚きはそれだけではなかった。サスケを完全に見失った。素早いが目視できていたはずのサスケの動きが、全く見えなかったのだ。
(どこに!?)
後ろでどよめきが起こった。
振り返ると、砂時計の前に立って、剣を白刃どりする、サスケの姿があった。サスケの視線の先には、副団長がいて、副団長は立ち上がって、サスケを見返していた。そこから、何があったのかを想像する。おそらくだが、副団長が砂時計に向かって剣を投げ、サスケはその剣を受け止めたのだ。
「逃げ足も、そこまで究めれば、立派だな」
「そいつはどうも」
サスケは剣を投げ捨て、砂時計をコンコンと叩く。
「審判。終わりましたよ」
「あ、終わりいいい!」
闘技場は静寂に包まれる。しかし徐々にざめわきへと変化する。突然現れた無名の少年に、誰もが度肝を抜かれたのだ。
セラータは〈灼熱剣〉を解き、サスケに駆け寄った。
「ああ、どうも。お疲れ様です」
サスケは、今までの受験者がそうしてきたように、握手を求めた。
セラータはその手を握り、放さなかった。
「あの?」
「君は、副団長が剣を投げるところが見えていたのかい?」
「まぁ、はい」
セラータは息を呑む。サスケにあったのは、隙なんかじゃない。周りを見ることができる余裕だった。
「君は、今日、本気だったのかい?」
「ええ、ギリギリでしたよ」
セラータはサスケの目を見つけた。サスケの目はひどく濁っていて、考えが読めない。初めて会ったときから、子供らしくないと思っていたが、やはり彼は子供らしくなかった。その濁りの奥に、限界は見えるのだろうか。
「そろそろ放してもらえませんか?」
「ああ、ごめん」
サスケの手を放すと、サスケは一礼し、踵を返す。
「あ、ちょっと待って」
「何ですか?」
「また、お手合わせて、お願いできるかな?」
「……ええ、もちろん」
サスケは和やかな表情で語るが、その瞳は、また少し、濁って見えた。




