1.これまでの人生
ひどく瞳の淀んだ老人がいた。老人は切株に座り、目の前の広大な海を眺めていた。
老人の名は鮫之介。くたびれたただの老人に見るが、海之国の九代目頭首である。
何故彼は、海を眺めているのか?
それは、今日完成させた忍法を試す前に、大好きな海を見ておきたいと思ったからである。
鮫之介は、古代の文献を基に、伝説と呼ばれた秘術を完成させた。その名も、『忍法 輪廻転生』。詰まる所、人生をやり直すとされる忍法である。
「大変な人生だった」
鮫之介は、これまでの苦労を吐き出すように言った。
鮫之介は小さな漁村の漁師の子として生まれた。そのため小さな頃は、漁師となって、のんびり釣りを楽しみながら生きるものだと思っていた。しかしその類まれなる才能と不幸体質のせいで、面倒事に巻き込まれることが多く、あれよあれよと解決していくうちに、国の頭首となっていた。
頭首としての生活は、多忙を極め、のんびりとは程遠い毎日だった。さらに、本来は根暗で、影を好むような性分であったから、頭首として振る舞うことだけでも、かなりのエネルギーが必要だった。
そんな生活を繰り返すうちに、歳をとり、最近、自分の力が必要ないほど後継が頼もしくなったので、隠居を決めたのだが、余生を楽しむ年齢的余裕は残されていなかった。
ゆえに鮫之介は『忍法 輪廻転生』を発動することで、次の人生でのんびりとした生活を楽しむことにしたのだ。
「どれ、そろそろ行くか」
鮫之介は重い腰を上げ、立ち上がった。体もすっかりとお爺ちゃんになってしまい、節々が痛い。
鮫之介は杖を突き、来た道を戻ろうとする。
うまくいかないことが多い人生だった。そのせいで、瞳もひどく淀んでしまった。
「でもまぁ、悪い人生ではなかったかな」
鮫之介は振り返って、その目に大海原のきらめきを映す。
その瞳は、いつもより、明るく見えた。