V・L (ヴァージニティ・ライン)
この作品は、描いている内に吐き気にみまわれることになりました。
自分で描いてて精神的にキツかったです……。
この話の裏設定が知りたい人は感想欄で聞いてもらえれば、差し支えない程度でお答えします。
今さらですが、これは恋愛と呼べるか少し怪しいので、ジャンルをその他に変更します。
図書室で僕は独りきりで調べ物をしていた。
この歳できちんと教育を受けていれば誰でも知っている言葉。
それは僕の心を掴んで離さなかった。
その理由を探る為にも、僕は毎日この本の住む世界に独り身を投じているのだ。
始まりは確か……その言葉の意味を辞書で調べることからだっただろう。
本棚から適当な辞書を引っ張り出し、近くの机に腰を下ろした。
僕はきょろきょろと落ち着きのない視線を周りにさまよわせる。
それはまるでハリウッド映画に出てくるスパイ。
もしくは、悪戯が見つからないように気をつける子供のようであった。
別に疾しいことをしている訳ではない。
ただの知的好奇心ってやつだ。
そんな誰に向けたものかも分からない益体ない言い訳を自分に言い聞かせながら、震える手で辞書をめくった。
《純潔の証明。乙女の証。→処女線》
しかし、そこには大した情報が書かれていなかった。
なればと思い、処女線で調べてみる。
《性行為を行ったことのない女性のみに浮き出ている線。基本的に鎖骨の下あたりから、吊り橋状に浮き出ている。→ヴァージニティライン》
「深山君。珍しいね」
心臓が跳ねる。
辞書に心が吸い取られていたようで、僕は誰かが近づいてきて居たことに全く気付いていなかった。
「う、うん…、ちょっと気になることがあってね」
意識的に辞書を体で隠す。
自分が何を調べていたのか、誰かに知られたくなかったからだ。
……特に彼女には。
「そう? 私、図書委員だから知りたいことがあったら何でも訊いてね?」
「えっ! あ……ああ、ありがとう、花森さん……」
『何でも』という甘美で濃密な誘惑に心を波立たせながらも、努めて冷静に振る舞った。
嬉しい申し出ではあるが、流石にセクハラになるようなことを言い出す勇気は僕にはなかった。
自分から遠ざかりゆく彼女の背中を名残惜しく見つめながら、図書室にある別のメーカーの辞書を取る為に立ち上がった。
結果を述べてしまえば、正直どの辞書も似たようなことしか書いてなかった。
調べ物は明日に繰り越そうと、本を棚に戻し出口へと目を向ける。
すると受付の花森さんが目に入った。
彼女は三つ編みに眼鏡と言う見たままの文学少女なので、遠くからでも実に分かりやすい。
まだ残っていたのか……。
彼女は教室でもずっと本を読んでいる印象があるので、相当な本の虫であるのだろう。
挨拶をしてから帰ろうと近付くと、彼女の他にもう一人誰かが居ることに気付いた。
見覚えのない男だ。
おそらく三年生の先輩だろう。
金髪でチャラチャラしていて、馴れ馴れしく花森さんに語りかけている。
こいつは何者なのだろうか?
花森さんは苦笑いを浮かべながら、彼に相槌を打っている。
「花森さん、ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
正義感であろうか?
良くわからないモヤモヤとした感情に突き動かされ、僕は彼女に声をかけた。
「み、深山くん?」
「おい、二年坊主。今俺が、都と喋ってんのが見えねぇのか?」
驚きと怒り。それぞれの感情が僕にぶつけられる。
「すいません先輩、でも僕も急ぎの用事なんです」
「ああっ?!」
さらに激しい怒りの感情をぶつけられる。
しかし、怒りたいのはこちらの方だった。
大体どうしてあんたが花森さんを名前で呼ぶんだよ!
しかも呼び捨てで!
「川崎先輩、やめてください……!」
か細いが力強い声で花森さんが仲介してくれる。
普段の彼女には見られないような芯の強さが感じられた。
「……それじゃあ、さっきの話受けてくれるんならいいぜ」
「……分かりました。それで済むなら」
一瞬だけ逡巡したが、先輩の目を見つめながら彼女は答えた。
「そんじゃあ、今日はこれでいいか……。そんじゃあな、都」
去り際に、チラリと横目で僕の方を見やり、先輩はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「最初はむかついたが、まあ結果的にお前のおかげで助かったぜ、ありがとよ」
含みのある言葉を残し、先輩は扉の向こうに消えて行った。
一体何なんだ。あいつは。
釈然としないが僕は感情を殺し、花森さんの方を見やる。
「大丈夫だった?」
「……それはこっちの台詞よ、深山君。あの人怒りっぽくて、暴力的で危ないのだから。深山君って喧嘩っ早い人だったの?」
心配したような怒ったような複雑な感情をぶつけられる。
しかし、先程の先輩から向けられたような不快な感情ではなく、暖かい慈愛を感じる心地よいモノであった。
そんな感情に何故か気恥ずかしさを覚え、思わず目を反らしてしまう。
「だって、その……花森さんが困っているみたいだったから……」
僕が勇気を以て応えると、彼女は目を瞬かせ、にこりと微笑んだ。
「ありがとう。私の為だったのね……」
お礼を言われ、むずがゆい気持ちになる。
むしろ僕が助けられた側だしね……。
「私、あの先輩少し苦手なの。馴れ馴れしいし、強引だし、情緒も風情も理解してない。あの人が図書委員になった動機だって……」
そこまで言って彼女は口を噤んだ。
というか、あの人図書委員なんだ……全然似合ってない。
「とにかく、ありがとう。もう遅いし帰りましょうか?」
彼女はそう言って鞄を持ち上げる。
しかし、僕にはもう一つ気になることがあった。
「そういえば、何か変な約束させられてなかった?」
「大したことじゃないの。図書委員の集まりのときのことだから」
彼女は笑っている。
ならば大丈夫だろう。
そうして、始まりの日は終わりを告げた。
次の日も僕は調べ物を続けた。
『人体の神秘』という本を見れば、その線には大きく分けて三つの分類があると書いてあった。西洋型(V字型)。吊り橋型(U字型)。提灯型(O字型)の三つだ。
西洋型は白色人種、吊り橋型は黄色人種、提灯型は黒色人種に多く見られ、遺伝の影響を受けているとも記してあった。
実に興味深い話だ。
『処女線と差別』という本には、日本は戦時下において西洋型の特徴を持つ婦女子を優先的に慰安婦として取り上げ、こきおろし、西洋への忌避感をあおる為の手段として用いたとある。
また、アパルトヘイト時にO字型の特徴を持つものも、肌が白くあろうとも迫害の対象に取り上げられたらしい。
実に恐ろしい話だ。
そして、『芸術と処女性』という本には、世界三大宗教の一つの処女受胎を果たした人物や、神話に語られる処女神。はたまた、オルレアンの英雄の少女が描かれる際には、この線が必ず刻まれているのだと、見本の写真が掲載されていた。
これは目に見えて分かりやすいシンボルであり、純潔であることの神秘性や、崇拝にも似た信仰があったことを示しているのではないだろうかと考察されていた。
実に壮大な話だ。
……それにしても様々な本を読んでみたが、僕の欲しい情報は何一つ記されてなかった。
ここには、例の線と関連付けた考察本のような物しか存在しなかったのも痛い。
これではここに来続ける意味が失われてしまう……!
……いや、まだ諦めるのは早い。
もう一度関連のありそうな書物を見直してみよう。
そう自分へと言い聞かせ、僕はそれからもほぼ毎日、図書室へと足を運び続けた。
余談ではあるが、僕はだんだんと花森さんと仲良くなった。
挨拶を交わす程度だったのが、色々な本の話をするようになった。
彼女は恋愛小説が好きなようで、何冊かお勧めの本を貸して貰った。
そして、その本の感想を言い合うようになり、下校も一緒にするようになった。
調べ物よりも重要なことではないが……僕は毎日が充実していた。
気が付けば、もう既に夏休みが始まる前日になっていた。
その日の授業は午前中までであったが、僕は図書室に来ていた。
もちろん、例の調べ物をする為だ。
しかしながら、夏休みが始まる影響で図書室も早めに締めることになっていたようで、僕は仕方なく帰路につくことにした。
下校途中、偶然にも花森さんに遭遇した。
後ろから声をかけ、挨拶を交わす。
心なしか元気がなさそうだったが、今の僕には彼女を心配する余裕はなかった。
「花森さんは、夏休みどうするの?」
会話の流れで僕は一つの質問を投げかける。
「私は家族で出かけたり、本をよんだり、かな。深山君は?」
「僕も……似たようなものかな」
僕の鼓動がけたたましく鳴り響いていた。
「は、花森さん……良かったら……!」
言葉が出てこない。
小首を傾げた花森さんが僕を見上げる。
「い、いや、なんでもないよ」
まあ、良いや。
別にメールとかでも連絡できるし急がなくても夏休みは長いのだ。
用意された言い訳を頭の中で反芻しながら僕は歩いた。
「それじゃあ、ここでお別れだね」
「う、うん。気をつけて」
「そういえば水泳の補習があったはずだから、登校日に水着忘れないようにね」
花森さんは去り際にそう言って、別れ道を駆けて行き、とうとう見えなくなってしまった。
水着の話を聞いて、僕はドキリとしていた。
僕があの線のことに焦がれ始めた出来事を思い出したからだ。
あれは、今年最初の水泳の授業だった。
男女全員が学校指定の水着を着用し、真っ青なプールを更に青く染めていた。
終業が近づき、目の消毒をする為に僕は列に並んでいた。
僕と花森さんは積極的な方ではないので、二人とも最後尾だった。
言い訳ではないが、それは偶然だったのだ。
何ともなしにちらりと横を見ると、彼女は水着を少し持ち上げていた。
その持ち上げた隙間から見えたのだ。
ヴァージニティラインがーー
その日から、この線がこんなにも僕の心を離さない理由を知りたくなったのだ。
夏休みが始まって一週間が経った。
そこで僕は意を決し、やっとのことで彼女へと連絡を取ることに成功した。
「もしもし、花森さん。今大丈夫?」
「深山君? え、ええ何か用かしら?」
「いや、あのさ……。明日とか明後日とか時間あるかな? 良かったら、その……遊びに行けないかな……?」
言った! 言ってやったぞ!
僕は夏休みが始まってから今まで、毎日夜になっては電話を握りしめ悶えていたのだ。
そのストレスから解放され、まるで背中に羽根が生えているかのように、僕の心は舞い上がった。
その可能性を考えることもしないでーー
「……もう、無理だよ……遅過ぎるよ……」
花森さんの言葉に背筋が凍った。
僕の心は、まるでコップの水を氷ごと掛けられたように、ヒヤリとしていた。
誘いを断られた僕は、まるで銃に撃ち落とされ飛べなくなった哀れな鳥のようだった。
しかし、せめて惨めに這いつくばって、救いを求めるようなことはしたくなかった。
「そ、そうだよね。夏休みだから、忙しいよね……!」
精一杯の虚勢を以て、僕は羽根をはばたかせる。
「……うん、ごめんね。それじゃあもう切るよ」
他の日の予定を尋ねることは僕にはもう出来なかった。
ツーツーという規則正しい音を聞きながら、夏休み前に誘えなかった自分を心の底から呪った。
登校日の僕の足取りは重かった。
花森さんと顔を合わせるのが酷く億劫だ。
それでも、放課後になり水泳の補習が始まると、僕は彼女を目で追いかけていた。
補習が終わった後、彼女は足早に目を消毒し、僕の隣を通り過ぎた。
今度はーー偶然ではなかった。
僕は彼女を凝視していたのだから。
ーーナカッタ、ウシナワレテシマッテイタ。
僕の心を焦がし続けるあの線が……。
僕は体が震えた。
プールから上がったせいだろうか。風邪でもひいてしまったのだろうか。
ーーいや、絶望の味を知ってしまったのだ。
そこから先はよく覚えていない。
図書室に足が吸い寄せられたが、入口の前で引き返した……ような気がする。
肩を組んでいちゃつく見知った男女が見えた気がしたが、きっと気のせいだ……。
気が付けば僕は家にいた。
あれほど焦がれていたあの線への興味も、何故か失ってしまったようだ。
結局……僕が本当に知りたかったのは『ヴァージニティ・ライン』のことだったのであろうか?
そういえば、調べた本の中に書いてあったことだが、日本では昔、その線のことを『縁橋』とも言ったそうだ。
由来は確かこうだった。
ことを終えたとき、あの線は消えてしまう。
それはどこにいくのか?
その線は見えない橋となり、二人の間に繋がっているのだ。
決して消えることなく永遠に……。
実にロマンチックなことだ。
あの頃の僕は、そんな縁に憧れていたのかもしれない。
そして、僕が本当に縁を感じていたのはもしかしたらーー
いや、もう考えるのはよそう。
もう既に、橋は失われたのだから。
さて、花森さんはいつアイツの手に堕ちたのでしょうね。
僕の中ではこの時点で、という構想はあるのですが、モヤモヤ感を演出する為に、敢えて明言はしないつもりです。
このVLの設定は、純愛よりも寝取られでこそ輝くと思います。
存在することより、失われることのほうが話の流れを作りやすいですからね。
因みにこの世界の日本は花は散るときこそ美しいという感性があるので、純潔狙いのクソ野郎が多いです。
もし、好きな人が本当に欲しいなら、自分が行動を起こすしかありません。恋愛はこの世界では一人以外は皆、敗者なのです。(覚えてないけど誰かが書いてた受け売りです)
ああ、VLが一つのジャンルに昇華しないかな……。
名前の由来
深山……やましいものみる。から、みやま
花森……純潔を花に例えて。花をまもる。から、はなもり(つまり途中からは花散さん)
川崎……不良といえばバイク。バイクといえば川崎。(安直) 因みに僕はバイクに興味はありません。
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