9.休日なのにめんどくさい
美浜さんと千夏と別れて家路へと続く道を颯爽と帰っていた。
ペダルを勢い良く蹴って、河川にオレンジが反射する水面を眺めながら帰る道はノスタルジックな気持ちに浸らせてくれる。
橋の上で綺麗に行列を作っている車を見ると、今日も一日お疲れ様と声をかけたくなる。
家に近づく度にテンションはギアを上げるように上がっていく。
それを表すかのように今日は、自然と歌まで歌ってしまう。
もちろん小声なのだが。
「フライデー♪ フライデー♪ エビフライデー♪ キャッチャーフライがドン·フライ♪···」
こんなくだらない歌が歌えるのも明日が休みだからだ。
千夏が転校生してきたりと今週も色々あったが、金曜日というのは本当に最高だ。
土曜日も最高なのだが、金曜日は休みが残り2日もあると思うと、なんでもできそうな気分になる。
このまま東京まで走ってしまおうか!
なんて考えてしまうくらいに。
まあ俺の住む愛知県からは遠いので実際にはやったことはないのだが。
軽快に走っていると、いつもより早く家についた。
「ただいまー」
鍵を開けて、勢いよくドアを開けると誰もいなかった。
いつもならマリアが出迎えてくれるのだが。
まあそんなことはどうでもいい。
ふと玄関下に目をやると靴が2足置かれている。
靴を仕舞え、靴を。
居間に向かい、ジュースを取るため冷蔵庫を開けた時、背後から俺を脅かす声がした。
「がおー!」
「うおー!」
脅かし方小学生かよ。
てか『うおー』ってなんの鳴き声なの?
俺は呆れた顔で2人を見つめる。
「一体なにしてんだよマリアと母さんは?」
「いやー、母さん久しぶりに早く帰れたから、マリアと一緒に涼のこと脅かそうと思って! ねーマリア」
いい歳してなにやってんだこのおばさんは。
母さんは警察官で夜勤も多く、早い時間に家にいることは珍しい。
ちなみにオヤジは会社員で絶賛単身赴任中だ。
「おにーちゃん、そこは驚かないとつまらないじゃん! おにーちゃんアウト!」
マリアは偉そうに指差して、指摘してきた。
アウトってガキ使かよ。
むしろリアクションしていないのでセーフだろ。
「いや、お前靴出しっぱなしだったし、いるのバレてたんだけど」
「そういえば忘れてた! テヘッ」
「お母さんもうっかり! テヘッ」
テヘッでわない。
そしておばさんのテヘッは需要はない。
相変わらず2人が揃うといつもこんな調子だ。
「んじゃ、俺ゲームしてくるからご飯できたら呼んでくれ」
「「はいはーい!」」
***
5分後マリアが部屋にやって来た。
イヤホンをしながら携帯ゲームをしている俺を覗き込む。
「んっ? どうした?」
「おにーちゃんご飯みたい!」
ご飯みたいってなんだよ!
一瞬、サイヤ人の息子みたいなのかと思っちゃったよ。
てかご飯できるの早すぎだろ。
仕方なくやりかけのゲームを放置してマリアに手を引かれながら下に降りていく。
今日の晩ご飯はカツである。
俺はここに『つけてみそかけてみそ』をたっぷり垂らしてジューシなカツとほろ甘い味噌とのハーモニーを噛みしめる。
やはり味噌カツは最高だ。
「おにーちゃん、それかけ過ぎじゃない? ほぼ味噌だし」
「いや、全然普通だろ? 逆にマリアはかけなさすぎだぞ?」
「涼、そんなにぶっかけたらカツがかわいそうでしょ? フフッ」
何をニヤニヤしながら言ってるだこのおばさんは···
マリアが聞いてるでしょうが!
話題を逸らさなければ。
「おほん! 時に母上、父上はいつ帰ってくるのか?」
なんか気まずくて変な口調になってしまったぞ。
母さんと喋ってるとペース乱されるな。
「ゴールデンウィークは帰ってくると思うよ。そんなことより涼は彼女とかできてないの?」
オヤジのことをそんなこととは···。
哀れなりオヤジ。
それにしてもなんでこうも息子のプライベートに突っ込んでくるかね。
この母親は。
仕方なく強がるしかないじゃないか。
「まあ今は欲しくないからなー」
「あんた中学の時はたまーにできてたのにねー。高校だと全然ダメね」
「うるせー。それじゃ俺は風呂入ってくる」
*****
風呂を出て、ゲームの続きをしているとすっかり夜も更けていた。
2人が寝静まったのを確認して俺は再び自室に入る。
今夜は男の桃源郷タイムだ。
サイトを巡り、質のいい大人の動画を探し回る。
いざゆかん! ピンク動画の園へ!
PCを立ち上げ、ちょうどホームページを開いた時に俺のスマホが着信を知らせた。
素敵なワクワクタイムを邪魔するのは何者だ成敗してくれる! そう思って画面に目をやると懐かしい人物からの電話だった。
「もしもし、たっちゃん久しぶり。俺今ちょっと忙しいんだけど、どうしたん?」
「そうなんだ。ごめんね! 夜遅くに。もしかしてこれからオ―――」
「みなまで言うな、たっちゃん」
たっちゃんの声はアルト寄りの声の高さで、少し女子っぽい。
そんな声で下ネタを囁かれると恥ずかしくなってしまう。
ちなみに本名は桐島竜也で普通に男らしい名前だ。
「あはは、涼はそうゆうとこ変わらないなー」
ん?そうゆうとこってどゆとこなの?
たっちゃんは俺が金曜日の夜にサイト巡りをしているのを知っているのか?
「金曜日だけじゃないぞ! それでどうしたんだ?」
「ん? 急にどうしたの? まあいいか。それで明日って暇かな?」
毎度の事だが暇かと聞かれれば暇なのだが『こいつ土日になんの予定もないやつ』と思われるのも癪なので、いつも通り忙しいアピールをすることにした。
「いやー、明日はいろいろと―――」
「暇なんだね!」
なんで分かるんだよ!
俺もいろいろと用事があるかもしれないだろ。
ゲームとかネットサーフィンとか。
「突然だけど、名古屋に遊びに行かない?」
「2人で行くのか?」
「サプライズな人も連れてくよ! 涼が喜ぶ人」
俺が喜ぶ人かー。
んー喜ぶのだからまずは女子の線が高い。
もしかしたら俺が中学時代の最後に気になっていた吉野さんかな? 吉野さんだといいな。そうだ吉野さんにしよう。
「了解だ。じゃあ10時に駅待ち合わせでいいかな?」
「うん! よろしくー」
*****
駅前に向かうとたっちゃんが、ぴょんぴょんとはしゃいで手を振って合図を送る。
久しぶりの友達と会うと自然と笑みも溢れるが少し緊張する。
「涼! こっちだよー! 久しぶりだね」
Tシャツにオーバーオールを着て、つば付きのニット帽を被っている。
小柄な身長、か細い体、色白の肌と艷やかな黒髪は一見すると女子っぽい。
「おう! たっちゃんも変わってないなー。それで俺の喜ぶ人って吉野さんか?」
「吉野さんじゃないんだけどな。あはは···」
たっちゃんは少し歩くと、柱の後ろで隠れているその人を引っ張り出している。
「やっぱり恥ずかしいよ···。私帰る。」
「なに言ってんの、ここまで来たんだから早く!」
たっちゃんに手を引っ張られて出てきたのは千夏だった。
「なんで千夏がここにいるんだよ!」
サプライズとは言っていたが、昨日も会っているし、全くサプライズではない。
でも一応驚いたからある意味サプライズなのか。
「わ、私で悪い? 文句あるなら帰るけど」
「まあまあ、千夏もそんなに刺々しないの」
いままで制服姿しか見てなかったからか、千夏の私服姿は新鮮だ。
高身長に栄える水色の花柄ワンピースに黄色のニットを羽織って、つばの大きな麦わら帽子を被っている。
スタイルの良さも相まって、いつも以上に大人びて見える彼女に俺は不覚にも見惚れてしまった。
「なにジロジロ見てんの···?」
千夏は俺から視線を外し、そっぽを向いて言った。
そんな照れくさそうに対応されるとこっちまで調子が狂ってしまう。
「お、お前やっぱりデカイよな。手長足長って妖怪しってるか?」
「ちょっとなにが妖怪よ! 手は長くないし!」
俺が少し茶化すといつも通りの千夏に戻った。
「ヒール履いてなくてもやっぱデカイのかな···」
「ん? なんか言ったか?」
「なんでもないわよ! ばーか」
3人で電車に乗り、見慣れた街を後にして名古屋に向かった。




