7.転校生はめんどくさい
ブクマ、評価ありがとうございます。
またよろしくお願いします!
いよいよもう一人のヒロインの登場です。
満開だった桜は風とともに散り、緑が小さく芽吹く。
散った花びらは校門前の道路に鮮やかなピンクの絨毯を作っている。
美浜さんの生徒会選挙の出馬表明を聞いてから数日後。
選挙の立候補者公募が行われた。
下駄箱前の掲示板に立候補者の名前が貼り出されるのだが、美浜さんはもちろんのこと三年生も3名立候補している。
俺の通う矢作高校は進学校で成績上位者は有名国立に進学することも少なくないのだが、有名私立の指定校推薦を狙って生徒会に立候補する三年生もいる。
ゲスい話ではあるが、進学をかけての選挙となるので三年生の気合いも相当なものだ。
美浜さんも次期会長候補といえど油断していると負けてしまうかもしれない。
まあ俺がそんなことを考えてもどうにもならないんだが。
教室に着くと、いつも通り周二が話しかけてくる。
「よっ! 桜形! 今日は袋開けっ放しにしたポテチみたいな顔してんな!」
せんべいの次はポテチかよ。
しかも『しけた』の例えがわかりにくすぎる。
俺でなければもはや気づかないレベルだろそれ。
「はいはいそりゃどーも」
俺のいつも通りの反応に周二は悔しそうに口をへの字に曲げている。
そんな欲しがりな顔してもツッコんでやらんぞ。
「そういえばさっきモリセンが言ってたんだけど、今日転校生来るらしいぞ? しかも女子!」
「転校生? それは珍しいな」
俺は小学校、中学校と自分のクラスに転校生が来たことはなかった。
それを聞いて少しワクワクしてドキドキしている自分がいる。
「だろ! 噂によると相当美人らしいぞ!」
転校生といえば美人か美少年が定番である。
だが転校生の立場になって考えてみると勝手に期待されるのは迷惑この上ないだろう。
それに全国で転校している人の数の内、美人や美少年なんてごく一部で、だいたいみんな普通の顔してるはずだ。
「お前それでその転校生が美人じゃなかったらどうすんだよ」
「そしたらまた転校してもらうしかないだろ?」
サラッと酷いこと言ったけど、なにこいつ悪魔なの?
デビルリバースなの?
まあいずれにせよ変な期待はしないでおこう。
キーンコーンカーンコーン♪
チャイムが鳴り、モリセンが教室に入ってくる。
「今日からこのクラスに新しい仲間が入ることになった。では入ってきなさい」
転校生は颯爽とドアを開けて入ってきた。
長く艶のある髪に、170近くある長身。
スラリと伸びた細長い足はまるでモデルのようだと見る人みなが思ってしまう。
鼻筋の通ったはっきりとした顔立ちは美人と言う名にふさわしい。
その転校生を見て、俺は自分の目を疑った。
二度見いや三度見、いや何度も見てしまった。
自分で何回見るんだよ! と突っ込んでしまうくらいに。
転校生は教壇に立つと自己紹介を始めた。
「刈谷千夏と申します。皆さんよろしくお願いします」
彼女は慎ましやかに挨拶をしてお辞儀をする。
みな彼女に見惚れながら拍手をしている中で、俺は机に伏せて顔を隠してた。
「ではみんな気合いを入れて刈谷さんと仲良くするように!」
気合いを入れて仲良くってなんだよ!?
ちょっとヤンキーみたいになってんぞ。
「そういえば桜形は刈谷と同じ中学らしいな? まだ分からないこともあるだろうから面倒みてやれよ」
モリセンの言葉に顔を上げると、千夏はこちらを見てニヤニヤとしている。
こいつ···! 気付いてやがる···。
刈谷千夏は俺の中学の同級生だ。
しかも俺が生徒会長だった時の副会長である。
千夏とは昔から犬猿の中で、文化祭の企画や体育祭の競技決めなど事あるごとに揉めていた。
ちなみに俺が犬で千夏は猿だ。
理由は犬のほうがかわいいから。
*****
昼休みになると千夏の周りには人が溢れていた。
「千夏ちゃんってめちゃくちゃ美人だよね! モデルみたい!」
「そんなことないよー! 島田さんのほうがかわいいよー」
見え透いた嘘をつきやがって。
こいつは確実に自分が美人だと自覚している。
女子の『〜のほうがかわいいよ』は私のほうがかわいいと言っているようなものだ。
調べてないからわからんが多分そう。
千夏はキャッキャと楽しそうにはしゃいでいる。
キレイな花には蜜があり、自然と虫達も寄ってくる。
それは人間も同じだ。
俺も生まれ変わったらキレイな花になって蜜を吸われたい。
いや、やっぱり変態みたいだからやめておこう。
一緒に弁当を食べていた周二も千夏のほうに行きたそうにしている。
「なあ桜形? 刈谷さんと同じ中学なんだろ? 話さないのか?」
もちろん話したくはない。
中学時代の俺を知るやつと高校で喋るなんてごめんだし、ましてや相手は千夏だ。
「話す必要ないからな。向こうも俺に話しかけられるなんていやだと思うぞ」
「あんなに美人なのに勿体無い! 俺は行ってくるぞ!」
そう言って周二は席を立ち、1個残っていた唐揚げを放置して千夏の所に行ってしまった。
不本意であるが、俺が食べてやろう。
唐揚げを食べながら千夏の様子を見ていると、時々こちらを見て目が合う。
すぐにお互い視線をそらすが、このやり取りが妙に鬱陶しい。
俺が見なければいいんじゃね?と気づいたのは5限に入ってからだった。
*****
放課後俺はそそくさと帰ろうとすると後ろから呼び止められた。
「涼! 久しぶりね!」
げっ···喋りかけて来やがった···。
振り返ったらダメだ! ここは逃げるしかない!
ダッシュしようと一歩踏み出した時、右腕を思いっきり引っ張られた。
―――ミチッ。
「ちょ! お前今俺の肩"ミチッ"て音したぞ! "ミチッ"ってやばいだろ! 野球できなくなったらどうすんだよ!」
「はぁ? ミチミチ五月蝿いわね! あんた野球なんかやってないでしょ? それにバレーもやってないみたいだし」
千夏は口を開け馬鹿にしたような顔をしている。
てかなんで俺がバレーやってないって知ってるんだよ。
「なんでバレーやってないとか知ってるわけ? 俺の事調べたの? ストーカーなの?」
「あんたの友達の周二くんから聞いたんだけど! それにあんたをストーカーするなら街の変なおじさんをストーカーしたほうがマシよ!」
周二の野郎ペラペラと喋りやがって。
てか変なおじさん誰なんだよ一体!
「お前なんでこの学校に来たわけ? 確かドイツに行ってたんじゃなかったのかよ?」
千夏は中学3年の終わりに父親の仕事の都合でドイツに行っていた。
「私がどこにいようと勝手でしょ? それより学校案内しなさいよ」
「人の質問をスルーとか、相変わらずチナってるな」
チナってるとは中学時代自分勝手に物事を進めていく千夏を揶揄した言葉だ。
考案者は俺。
そして俺しか使ってない言葉である。
千夏は不機嫌に腕を組み下から見上げるように睨みつけてくる。
「そのチナってるってのやめてくれる? やる気と熱意しか取り柄のあんたに言われたくないんだけど」
なにその就活生が使いそうな言葉。
それにやる気と熱意ってほぼほぼ同意味だよな。
それに今の俺はやる気も熱意もない。
···ってことは取り柄ねーじゃねーか!
「とにかくモリセンが言ってたことはナシだ。俺はお前のこと面倒みたくないし、他の人に頼めよ」
「転校したての女の子を見捨てるとは最低の男ね! そんなんだから安田さんにフラれるのよ」
「おい、今は安田さん関係ないだろ! 俺と安田さんに謝れよ。てか俺に謝れよ」
「おーい、桜形くん。い···るかな?」
俺と千夏が言い合っていると美浜さんが教室に入ってきた。
「美浜さん、どうしたの?」
「ちょっと涼! 今私と話ししてるんだけど!?」
俺達の険悪な雰囲気を察して、美浜さんはアワアワしながら仲裁に入ってきた。
「えーっと、何があったかわからないけど喧嘩はダメですよ!」
「涼! この子は何? 一体誰なの?」
千夏の機嫌は先程より刺々しさが増している。
なんでそんなに問い詰めてくるんだよ!
なんか浮気現場みたいになってんじゃねーか。
「わ、私1組の美浜美春っていいます! 桜形くん、このキレイな方は?」
「んー俺の―――」
「彼女よ!」
おい猿! いつからお前が俺の彼女になったんだよ!
キーキー騒ぐやつの彼氏とか真っ平ごめんだ!
「そ、そそそうなんだー。だから呼び捨てなのか。桜形くん彼女いたのか···」
美浜さんは小さい声で何を言ってるか聞こえなかったが、俺から視線をそらして遠くを見つめている。
千夏はその姿を満足そうに見ていた。
「いやいや、全然違うからね。中学の同級生で転校してきた刈谷千夏ってやつ」
「美浜さん、さっきのは冗談よ! 今日転校してきた刈谷千夏よ。よろしく!」
「そ、そうだったんですか! びっくりしちゃいました! こちらこそよろしくお願いします!」
美浜さんと千夏は握手をして挨拶を交わした。