6.俺の高校の友達はめんどくさい
ちょっと長くなってしまいましたが
よろしくお願いします!!
4月も中旬となり、2年生となった俺のクラスでも大なり、小なりの友達グループができ始めていた。
彼、彼女らは見た目や趣味、性格などその他諸々を含め、気の合う仲間と楽しいスクールライフを送っている。
それは俺も例外ではない。
友達という定義は結局のところ曖昧で判断基準はないが、単によく話をして、よく一緒にいて、よく連れションしたりするのが友達の定義だというならば、この学校にも俺にとって友達と呼べるものがいる。
「桜形、今日もしけた面してんなー。梅雨時のせんべいみたいな顔してんぞ」
この朝から失礼なことを言ってくる男は、1年生の時から同じクラスの周二彰
一人で青春をアミーゴできそうな名前だが、俺が見てる感じそんなことはない。
周二はせんべいの『湿気た』と『しけた』を掛けて上手いこと言ってやったぜ! みたいな顔をしているが、めんどくさいので気づかないフリをしておく。
「うるせーよ、しけた面なんかいつものことだろ」
「まあ確かに···。そーいやお前最近1組の美浜と一緒にいるよな? 付き合ってんの?」
周二は美浜さんと同じ中学で、美浜さんの名前を俺が知っていたのも、こいつから聞いたからだ。
「そんなことあるわけないだろ? 単に恋愛相談に乗ってただけだ」
「まあお前が美浜と付き合うとか無いわな。それで恋愛相談って美浜の恋愛? 美浜って好きな人いるのか? 教えろよ!」
向いに座っていた周二は身を乗り出して、驚いたように尋ねてくる。
「いや、美浜さんの友達の恋愛相談だから美浜さん自身の恋愛相談じゃないぞ」
「なーんだ! 美浜のこと好きなやつ多いから情報売って儲けようと思ったのに」
人の好きな人の情報を売って儲けようと画策する周二はゲスい考えの持ち主である。
何故俺がこいつの友達になってしまったかと言うと、入学して初めて話しかけて来たのがこいつだったからだ。
確か初めての会話はこんな感じだった。
「俺、周二彰って言うんだ三年間よろしくな!」
「お、おう」
入学していきなり三年間のよろしくをされてしまって戸惑ってしまったのを覚えている。
普通一年間だろうが、すでに二年目もよろしくしてしまっているので、あながちこいつの言ったことも間違いではなかったのかと思う。
―――キーンコーンカーンコーン♪
チャイムが鳴り、担任の教師が扉を開けて教室に入場してくると同時に騒々しかった朝の教室も平静を取り戻す。
そして朝のホームルームが始まる。
「おはよう! みんな!」
「「「おはようございます···」」」
「なんだその小さい声は! 元気が足りないんじゃないか?」
この朝から暑苦しいのは担任の守山先生。
あだ名は『モリセン』。
一説によると守山から派生したのではなく、元気モリモリだからモリセンとなったらしい。
なんだそれ!!
よく使う言葉は『気合いだ!』と『本気になれ!』で、アニマルのように鬱陶しく、太陽のように暑苦しい先生だ。
「特に桜形! そんな梅雨時のせんべいみたいな顔をしてどうしたんだ! もっと気合いを入れろ!」
気合いを入れろとか言われても、俺には入れる気合いがないのだから不可能である。
それにしても梅雨時のせんべいって流行ってんのか?
その内あだ名がせんべいになりそうで怖い。
周二はモリセンのせんべい発言にひとり机に伏せ、体を震わせながら笑いを堪えている。
「せんべいって···せんべい。クックッフ···」
「ん? 周二どうしたんだ? 先生そんなに面白いこと言ってないぞ?」
何気に自分のギャグを否定された周二を見て、俺はニヤニヤが止まらない。
「桜形までニヤニヤして、お前達はよくわからん奴らだな。まあとにかく今日も一日元気に頑張ろう! では日直の島田と葛西は後で職員室に進路希望調査票を取りに来るよう」
朝のホームルームを終えて、今日も授業がスタートする。
一限目の英語を終えると、今日の二限目は選択科目だ。
なぜか音楽を取っている俺と周二は音楽室に移動する。
矢作高校の建物構造は至ってシンプルで、体育館を除くと3つの建物が横に並行に並んでいる。
校門の正面にあるのが教室塔で、真ん中には音楽室や家庭科室などのある特別塔、一番奥にあるのは図書室のある旧校舎となっている。
特別棟に移動している最中に美浜さんと出会った。
こちらに気づいた美浜さんは手を振りながら小走りでこちらに近づいてくる。
「あっ! 桜形くんおはよ! この前は本当にありがとうね!」
「おはよう、あれから安達さんのほうは上手くいってるのか?」
「まあいろいろあったみたいだけど大丈夫みたいだよ! 今日の放課後にお礼がしたいんだけど、桜形くんは今日暇かな?」
暇かと聞かれれば間違いなく暇であるが『こいついつも暇なんじゃね?』
と思われるのも悲しいので、少し忙しいフリをすることにした。
「今日かー、今日は家事とかいろいろやらなきゃいけ―――」
「お前いつも暇じゃん? 美浜久しぶり」
俺が忙しい人を気取っていると周二が割って入ってきた。
「えーっと···周二くんだっけ? 久しぶり」
美浜さんは周二のことを忘れていたようで思い出したかのように返事をした。
それにしても一瞬『えっ? 誰』みたいな反応をされた周二は可哀想だが、これもまあ俺の忙しいアピールを邪魔した報いであろう。
「なんかよくわかんないんだけど俺も行ってもいい?」
よくわんないなら来るなよ! それにしても美浜さんに忘れられていたのによく行く気になるものだ。
顎に人差し指を当てて小首を傾げ、んーっと悩む美浜さん。
「桜形くんがいいなら私は大丈夫だけど···?」
俺も頭に手を当てて考える。
「んー、周二残念だがお前は来なくていい」
その答えを聞いて無言のまま潤んだ瞳で見つめてくる周二。
どんだけ行きたいんだよ!
さすがにこれで拒否するのも気が引けるので渋々承諾することにした。
「仕方ねーな、それで場所はどうするの?」
「私のおすすめの店があるからそこで! また放課後に6組に行くね!」
美浜さんとの会話を終え、音楽室に向う。
俺は音楽の授業の度に思い出すことがある。
昔俺は歌がめちゃくちゃ上手いと思っていた。
それはもう最年少のスーパー歌手並の実力があるのではないかと思うほどだ。
合唱の度に周りと自分の声を聴き比べて、透き通るよおなこの声はマジ最強と自画自賛していた。
ある日オヤジのボイスレコーダーを借りて、ウキウキで歌声を録音してみると、そこから流れて来た『き〜み〜と〜···♪』と誰だかわからない悲惨な歌声と衝撃を未だに忘れられない。
自分の骨を通して聞く声と人に伝わる声は全く別のものだと教えてくれた出来事であった。
それ以来俺が大声で歌うのは家に誰もいない時だけである。
*****
授業を終えて放課後になり、3人で美浜さんおすすめのお店に向う。
美浜さんが案内してくれたのは、女子が好きそうなナチュラルな雰囲気のオシャレなケーキ屋さんだ。
早速店内に入りケーキを頼む。
「ここのチーズケーキめちゃくちゃ美味しんだよ」
美浜さんのおすすめはチーズケーキで、無類のチーズケーキ好きの俺にとっては嬉しいばかりだ。
「まじか! 俺チーズケーキ大好きだから嬉しいよ!」
「ホントに? 桜形くんをここに連れてきて良かった!」
美浜さんは、にひひっとした表情でこちらを見つめる。
「あのー、二人共俺のこと忘れてない?」
周二はひとり寂しそうに右手を上げた。
「すまん! なんかよくわかんないで、来ちゃったやつのことなんかすっかり忘れてたわ」
「桜形くん! 私もそうだけどそれは可哀想だよ!」
俺の言葉より、同意した美浜さんの言葉のほうが周二にとってはダメージを受ける言葉だろう。
止めを刺された周二は拗ねてひとりスマホを弄っている。
「周二すまんすまん! 冗談だから」
拗ねた周二を気遣いつつ、美浜さんに安達さんのことを尋ねる。
「それで安達さんはその後どうなったの?」
「武田くんとは上手くいってるみたいだよ! でもやっぱり葵ちゃんとはちょっと疎遠になっちゃったみたい」
「そうか···まあでもまだ数日しか経ってないから、その内元の関係に戻るといいよな」
「多分だけど、きっとあの二人なら大丈夫だと思う」
美浜さんの言葉で、俺は少しホッとした気持ちになった。
「前から桜形くんに聞きたかったんだけど、高校入る前とかなにかあったの?」
美浜さんは俺の中学からの変わり様が気になるのだろう。
その質問に俺は例えで説明をするために紙とペンを取り出して美浜さんに渡す。
「円を書いて、真ん中に点を入れてみてほしい」
「書いてみたよ? これがなんかあるの?」
「俺も書けたぞ! 桜形わかったぞ! これおっぱいだろ!」
何故か周二も書いていたみたいだ。
確かに俺もなんかおっぱいみたいだなーと美浜さんが書いている時ずっと思ってたが、決しておっぱいを書いてもらっているわけではない。
「桜形くん? おっぱいがなんか意味あるの?」
なんか女子がおっぱいって言ってると妙にやらしく聞こえるのは何故なのだろう。
俺の心の中では、美浜さんもっとおっぱいと言ってくれ! と囁いているがさすがに言える訳がない。
「いや、断じておっぱいじゃないから! 真ん中の点を俺だとして、円がその他のみんなだとすると何か気づかないか?」
「んー大きいおっぱいか?」
「周二お前は黙ってろ!」
美浜さんは図を見ながら考えている。
「孤立···?」
「正解! みんなの中心にいるものは孤立してて、孤独ってこと。それに気づいて俺はみんなのために何かするのに疲れてしまったってわけ。まあ他にもいろいろあって燃え尽き症候群になってからは、めんどくさいから俺は学校生活ではなにもしないって決めてるの」
「そうなんだ···でも桜形くんの気持ちも分かる気がするな」
今までプラス思考な姿しか見てこなかった美浜さんがふいに切ない顔をして、ぼそっと呟いた。
「んーどう見てもおっぱいにしか見えないぞ? 桜形」
おい、周二もうマジで黙ってろ。
周二に冷たい眼差しを送っていると、美浜さんがいきなり席を立った。
「桜形くん! 私決めた! 来月の生徒会選挙に立候補する!」
俺も周二も美浜さんが次期生徒会選挙に出馬することは当たり前だと思っていたので、その決意表明にキョトンとした。
「あれ? なんか私変なこと言ったかな?」
美浜さんも俺達の反応に呆気にとられ、俺と周二を見る。
「いや、美浜さんなら当然出馬すると思ってたからびっくりしちゃって」
「そ、そうなの?」
「前にも学校をみんなが楽しいと思えるようにするって言ってたし」
「あれは生徒会じゃなくて、自分の力でやろうと思ってたんだよね。それにやっぱり桜形くんはまだ燃え尽きてないよ! それを私が証明するの!」
美浜さんの新たな決意は静かに、確かに燃え上がっていた。
俺はその姿を沈着な面持ちで見守っていたのだった。