5.恋愛相談なんてめんどくさい3
結局のところいくら答えを探しても、好きな人を取るか、友達を取るかの二択しか見当たらない。
それは美浜さんにだってわかっていたことだろう?
それを知りつつも何故彼女はあんなことを言ったのだろうか?
風呂から出るとマリアがアイスを食べながらソファで寝転がっていた。
「おにーちゃんさ、弱いよねー」
「うるせ! お前らが強すぎるんだよ! おにーちゃん喧嘩は強くないからな」
「あれゲームなのに、何言ってるの?」
小馬鹿にしたようにアイスの棒をカチカチ噛みながらマリアは話をを続けた。
「でも今日は嬉しかったよ! 無理矢理とはいえ、おにーちゃんが一緒に遊んでくれたし」
「久しぶりに遊ぶのも、まあ、悪くなかったな。ちょっとマリアに話があるんだけど?」
俺は自分で答えを探しても見つかりそうにないので、マリアに恋愛相談のことを話すことした。
***
「それは難しい話だね!」
「だろ? 俺のなにが悪かったんだ?」
「んー、姿勢?」
「なに? お前見てたの? おにーちゃん確かに背筋ピーンってしてないけど」
「なに言ってんの? 相談を受ける姿勢ってこと」
相談を受ける姿勢か···。
確かにめんどくさいので、すぐに結論を出して、選択を安達さんに委ねた。
だが最終的にどうするかを決めるのは安達さん自身だし、俺の対応は間違っていないだろう。
「相談がすべて結論を出してほしいってことじゃないと思うよ。それと多分昔のおにーちゃんならどうしてたのかって考えればすぐわかると思うけどなー」
「昔の俺か···」
みんなが寝静まった頃、俺は布団に入りマリアの言った言葉の意味を考えていた。
きっと昔の俺であれば、人に相談されたら一緒に悩み、考え、行動してあげた。
それが今回の安達さんの相談に当てはまるのであれば―――。
***
そして俺は考えた末に自分なりの結論を出した。
安達さんは最初から自分でもわかっていたのだろう。
どちらかを必ず選ぶしかないということを。
それを俺達に相談してきたのはきっと答えを出して欲しかったんじゃない。
話を聞いて、一緒に悩んで、考えて、出した答えの後押しをてほしかったのだと。
それに気づいていた美浜さんはあんな風に俺に伝えたのだろう。
そうだとすれば俺の言動は的外れだ。
昔は人に頼られたら一緒に悩み、考え、行動してあげた。
それで幾人かは救われていたのかもしれない。
だが今の俺にとってはそんな行動の一つ一つが至極めんどくさい。
俺は真剣に相談をしに来た相手に対して手を抜いていたのだ。
すぐさま結論を出し、然も相談が終わったかのように振る舞った。
―――――――ならば明日俺の取るべき行動はただ一つ。
*****
翌日の昼休み。
俺は1組の教室を訪ねる。
昨日払い忘れたコーヒー代を手に握りしめて。
「あの、6組の桜形だけど、美浜さんか安達さんいる?」
見ず知らずの女子に尋ねる。
なんでこうゆう時って異分子が来たようにみんな注目するんだろう。
ちょっとばかし、小っ恥ずかしい!
「美浜さん! 知らない人が呼んでるよ!」
俺は『知らない人』という名前でもないし、俺も君のこと知らないんだぞ!
っと一人で脳内ツッコミを入れる。
「桜形くん! どうしたの?」
美浜さんは昨日の事怒っているかと思ったが至って普通だった。
「昨日のコーヒー代払うの忘れてたから、あと今日の放課後、安達さんと教室にいて」
「うん!」
美浜さんは何かを悟ったように笑顔で答えた。
*****
放課後になり、美浜さんと安達さんの待つ1組の教室に向う。
教室には二人しかおらず、椅子に腰掛け俺を待っていた。
早速だが安達さんに昨日のことを謝ることにした。
「安達さん、昨日はごめん!」
「大丈夫だよ、桜形くんが悪いわけじゃないし」
安達さんは窓の外を見ながら、手をギュッと握り締め、少し上を仰ぎながら弱々しくこう言った。
「私もわかってはいたんだよね、どちらかを選ぶしかないってことは···」
昨日俺が出した結論が、一緒に考え、悩むということなら俺にできることはこれしかない。
「もう一回相談に乗ってもいいかな?」
安達さんはこちらに振り向き一言、返事をした。
「―――うん」
美浜さんを見てみるとなにやら嬉しそうな顔でこちらを見つめている。
そんな顔で見られるとさすがの俺も照れる。
いやデレる。
「それで俺なりに考えてみたんだけど隠れて付き合ってしまうのはどうかなと?」
先程の嬉しそうな顔とは打って変わって氷にも勝る冷たい視線をこちらに送る美浜さん。
「桜形くん! それも考えたんだけど、やっぱりないかなって···」
いや、考えたのかよ! ならその冷たい視線はやめてくれませんかね?
「安達さんは武田くんのこといつから好きだったの?」
「1年の時同じクラスでそこから好きになっていった感じかな」
「そうか、でも葵さんとは小学生の時からの友達なんでしょ? なら年数的に葵さんを優先したほうがいいんじゃないかな?」
美浜さんはふむふむとした様子でこちらの話を聞いている。
「そうなんだけど、私、今まで付き合ったりしたことなくてやっと好きな人と付き合えそうなのに···」
その言葉を聞いて、俺は彼女の想いの後押しをできそうな言葉を考えて、選んで、伝えた。
「なら安達さんは武田くんと付き合うべきだ! それで葵さんから疎まれるかもしれないし、友達としてやっていけなくなるかもしれない。でもそれはもしかしたら時が経てば元通りやり直せる可能性もある。だから好きだという気持ちを優先してもいいと思う!」
安達さんは俯きながら考え、大きく息を吸うと席から勢い良く立った。
「葵とはずっと仲良くしてたいけど、やっぱり私は武田君と付き合いたい!」
安達さんは強く、はっきりとそう答えた。
「なら決まりだな! 武田くんには葵さんとのこと伝えるのか?」
「桜形くんだったらこんな話をされてどう思う?」
俺であれば、三角関係になっていること事態めんどくさい。
すぐ様丸めて三角コーナーにぶち込みたいレベルの話である。
そこまでいかなくとも恐らく武田くんも同じだろう。
二人の関係に気を遣い、好きな人との時間が楽しめないのであれば、知らないでいることが一番なのだと思う。
「まあ、言わないほうが俺はいいと思うけど。武田君のためにも···」
「多分、武田くんが知っても気を遣っちゃうだけだから私も言わない方がいいと思う」
美浜さんもどうやら俺と同意見のようだ。
その意見を聞いた安達さんも小さく頷いた。
「そうだよね、これは私と葵の問題なんだし、武田くんには伝えないようにする」
安達さんはこれから武田くんに告白の返事をしに行くとのことで、俺達を残し教室を出て行く。
「美浜さん、桜形くんありがとう!」
彼女は振り返りながら笑顔で俺達に礼を言ったのだった。
「こんなんでよかったのか?」
「こんなんだから良かったんだよ!」
美浜さんは微笑みながら言葉を返した。
結局俺の行動が安達さんの望んでいた相談の形なのかはわからない。
でも彼女が最後見せた笑顔はきっと本物の笑顔だったのだろう。
その笑顔を見て、少しでも力になれたのかなと柄にもなく思ってしまった。
「桜形くん、今回はありがとう!」
「いや、別に俺がいなくてもどうにかなったんじゃない?」
そう多分俺がいなくてもどうにかなっただろうし、もっといい相談相手がいたのかもしれない。
「そうだとしても、最後の安達さんの笑顔を引き出せたのは、桜形くんのおかげだよ!」
美浜さんは目の前に立ち、俺を指差し、否定するようにそう言った。
「桜形くんこれから帰るの? 一緒に帰らない?」
なに···!? 『一緒に帰らない?』とは俺と一緒に帰りたいということの現れなのですか? そこのとこどうなんですか?
俺は少し動揺したが、『こいつなんか勘違いしてる』と思われるのも嫌なのでクールに返事をする。
「お、おう、一緒に帰ろうか」
自転車を取りに行っている間俺は考えていた。
なぜ美浜さんは一緒に帰らない? と言ったのだろうか?
俺の中をいろいろな意味が過ぎっていく。
それはもう高速で走るF1マシーンのように。
自転車を引き、美浜さんの所に向う。
「お、お待たせ!」
「そんなに待ってないよ!」
なんだこの初デートでの決まり文句は!
いや、やはりただの『一緒に帰らない?』であって『一緒に帰りたい!』じゃないのだからきっと深い意味はないのだ。
···ないなかよ!
校門を出て、ゆっくりと自転車を引きながら進んでいく。
外は夕焼けで、学校近くの桜はオレンジとピンクを織り交ぜ、まるで異界であるかのように幻想的に咲き乱れている。
「桜形くん、もしまたなにかあったら頼ってもいいかな?」
「んーまあ、めんどくさくないことならいいけど」
美浜さんはクスッと笑い、こちらを見ていた。
そんな話をしている内にすぐに美浜さんの家に着いた。
やはり美浜さんの家は学校から近い。
まさにカップ麺並だ。
「それじゃあな」
「うん、気をつけて帰ってね! また学校で」
夕焼けが沈む空を見ながら、俺はゆっくりと帰宅した。