33.最終決戦なんてめんどくさい
グランドから響く部活動の声音を背に受けて俺と黒神は職員室の近くにある会議室に歩みを進めた。
心臓は早鐘を打ち、これから訪れるであろう結末に俺は浮足立った。
きっとこれまでの高校生活で一番の大舞台となる。
言わばこの不正事件の天王山が迫っているのだ。
「なんか楽しそうだな」
黒神は俺の表情から心を読み取ったのか、眼鏡のブリッジを上げるとクールに鼻を鳴らして言った。
「まあ確かにワクワクしてるかもしれませんね。こんなことするのも初めての経験ですし」
「どうやら俺も同じ気持ちらしい。君の作戦には正直驚いたが、勝算の可能性は高い。だが同時に君に対する評価はどん底に落ちるだろう」
俺がこれから行う作戦は諸刃の剣だ。
一歩間違えれば自分自身が処分を受ける可能性がある。
だがどっちに転ぶにしろその作戦を実行せずにはいられなかった。
それは美浜さん当選させたい気持ちと藍葉先輩を助けたい気持ち。
そして先ほどの黒神が漏らした純粋な渡辺佳代への気持ちが混ざり合って俺に衝動を与えているのだと思う。
「確かに……そうかもしれませんね。でももうそんな気持ちは下駄箱らへんに置いてきましたよ」
「フッ。かっこいいな。だが君だけにそんな思いをさせるわけにはいかない。私も思いのまま参加させてもらうよ」
いよいよ目線の先には会議室と書かれたプレートが見えてきた。
扉の前に立ち、俺は黒神と顔を見合わせると黙って頷く。
緊張感と焦燥感が入れ混じって心臓の鼓動が体全体に響いているのが自分でも伝わった。
――そして意を決っして扉を開け放った。ノックも忘れて。
視線は一斉に降り注ぎ、暫しの沈黙が室内に流れる。
その沈黙を破ったのは円形に並ぶ会議テーブルの一番奥に座っていた守山先生だ。
「さ、桜形じゃないか? それと3年の黒神か? 一体何しに来た?」
担任の守山は小首を傾げて不思議そうに目を瞠る。
守山先生、通称モリセンは選挙管理委員会の担当者として今回の会議に参加していたのだ。
「いろいろとお話しがありまして、この会議に参加させいただいてもよろしいでしょうか?」
「な――」
「この場は選挙管理委員会のみでの会議となりますので部外者はご退室願います」
モリセンの返答も待たずに、あの時藍葉先輩を連行していったツンツンとした棘のような髪型をした男子生徒が反論した。
俺が唇を噛みしめて反論しようと息を吸い込むと黒神が手で遮る。
彼は前に躍り出ると、鷹揚に手を広げた。
「鈴村くん、私たちは部外者ではない。寧ろ当事者に近い部類だろう。そしてすべての真実をこの場で話す準備はできてる。君たち選管としてもこれ以上の事態の遅延は望まないはずだ。ここで僕たちが参加することはとっても意義があることだと思うのだけど、どうかな?」
「し、真実だと……」
「ああ、真実だ。守山先生はいかがでしょうか?」
モリセン少し顎に手を当てて考えると、
「わかった。許可しよう」
承諾をもらった俺と黒神は壁際に配置されたホワイトボードの前に立つ。
いくつもの瞳に見つめられる中、俺は真実を話した。
今回の不正行為の一件は渡辺佳代主導で行われたということ。
藍葉先輩はこの件について一切関わっていないことを余すことなく伝えた。
さすがの選挙管理委員会の面々も、俺たちが知るはずのない渡辺佳代という名前が出たことで目の色が変わり真剣な表情で話しを聞いていた。
「彼女がすべて嘘の供述をしていたというわけか……。守山先生、彼女の処分はどういたしましょうか?あと他実行犯3名もですが」
モリセンは腕を組んで、机を見下ろしながら重いため息をつく。
きっと謹慎などの処分が下るに違いない。
だがここで彼女に処罰を与えてしまっては乗り込んでまで来た意味はない。
「その処分なしじゃいけませんか?」
俺が言った一言に選挙管理委員会の面々は目を丸くする。
そして鈴村という生徒は苦笑しながらかぶりを振った。
「それはできないだろ。坂本くんにも迷惑をかけているわけだし、この選挙を台無しにした彼女に処分を下さないなんて他の生徒に示しがつかないだろう」
「先輩が言う他の生徒とはこの学校の全校生徒を指すのでしょうか? それともこの一件を知る生徒だけのことでしょうか?」
鈴村は口を噤んだ。
彼自身こんなことを言われると思っていなかったのか、どことなく悔しそうな顔をしている。
今回の作戦で俺が可能性を感じたのは、この不正行為の件とそれを行なった犯人が選挙管理委員会によって秘匿にされていたところである。
調べようと奮闘していた俺たちが情報を掴めずにいたくらいなので、他の生徒が知れる訳がない。
そしてもう一つ。
ここまでひた隠しにしてきたのは何よりも不正行為を働いた者たちを守りたいという意思が介在していたからだ。
――ならば脅すより他ない。
「他の生徒のことを言っているのであれば、彼女たちの処分を不問にしても問題はないでしょう?」
「そうゆう事を言っているんじゃないんだよ」
鈴村は唾を飛ばして否定する。
それを見ていたモリセンも先ほどの姿のまま静かに頷いた。
「そうですか、なら生徒に真実を伝えるように僕はこの一件を暴露します。誰が犯人で何をしたのかを包み隠さず。例え彼女達が学校に来れなくなったとしても」
「な、なにを言っているんだ桜形! 自分の言っていることがわかってるのか!?」
堪らずモリセンは吃驚の声を上げた。
その眦はわずかにひくついている。
そして俺に続けと言わんばかりに黒神もすまし顔で、
「先生、彼も私も本気です。正直学校としてもこの問題を長引かせるのは本望じゃないでしょう? PTAや後援会に知られる前に解決させるのが理想的だと思いませんか? なに、簡単なことです。再選挙は行わず、美浜美春を生徒会長にして渡辺佳代に厳重注意。それで事はすべて解決します」
「お前達は俺たちを脅しているのか?」
「そんな滅相もない。私は提案をしているだけですよ。――条件付きでね」
「そういえば黒神先輩のお父さんはこの学校への影響力は強いそうですね」
わざとらしく俺は言葉を付けた足すと、モリセンは天井を見つめて首を回すと組んだ腕を解いて握り拳を机に置いた。
「そこまでしてお前らは渡辺を助けたかったのか。――先生の負けだ」
いきなりの敗北宣言に室内はざわめき立つ。
「美浜を頑張って応援していた桜形が許しを請いているのだしな。それに黒神のお父さんが出てくるのはごめん願いたい。ははっ」
「先生それでいいのですか?」
「なにも俺たちは罰則を与えるためにこの会議を開いていた訳ではないしな」
モリセンは納得いかない様子の鈴村を優しい口調でなだめる。
あっさりとした、少し曖昧な結末となったが無事に作戦を終えることができた。
俺はすべてを終えることができて愁眉を開いた。
横にいる黒神を見るといままでに見せたことない笑顔で彼は呟いた。
「ありがとう」
その一言でこれまでの苦労が報われた気がする。
もちろん殴られた苦労が一番大きかったのだが……。
*****
帰る時にはすでに日は落ちて、空には黄金の月が出ており、薄雲を美しく照らしている。
月をみて綺麗だと思ったのはいつ振りだろうか。気持ち一つで景色を見て感じることは変わってくるのだろう。
早速家に帰ったらみんなにメールで伝えてよう。
すべてが丸く収まったことを。




