31.真実なんてめんどくさい2
大きく開け放たれた玄関の扉を抜けると、床には血のように赤い絨毯が敷き詰められていた。
俺はつま先を立て靴越しに伝わる柔らかい感触を暫し堪能していると、秋穂以外のみんなも同じように靴先で床を突いている。
「俺もだけどみんな貧乏くさいな」
そんな俺の何気ない一言を聞いた美浜さんと千夏は互いの顔を見合わせて恥ずかしそうに喉を鳴らした。
「そんなことを考えるあんたが一番貧乏くさいわよ」
「そうだぞ! 桜形が一番貧乏臭いよな。ワハハ」
「周二? あんたのその下品な笑い声耳障りなんだけど」
「あ、藍葉ちゃんはいっつもひどいな~」
普段通りの藍葉先輩の態度にみんな安心した様子で、くだらないやりとりを微笑みながら見つめている。
急に犯人に仕立て上げられたため、さすがの藍葉先輩も落ち込んでいるのではないかと思ったがその心配は無用だったと思い知らされた。
「さて、そろそろ私の部屋に行くわよ。そこで今の状況を話すわ」
玄関正面にある大きな階段を上り、藍葉先輩の部屋へと移動する。
手摺にはバロック調の彫り物がしてあり、王宮の階段を上っている錯覚を覚える。
確かにすごいの一言に尽きる家なのだが、こんな家に実際住むとなるとかなり落ち着かないだろう。
やはり俺には行き来しやすい丁度良いサイズの一軒家があっているのだと自覚する。
藍葉先輩がひと際大きな扉の前に立ち止まると小さい体に力を込め、全身で押すように扉を開ける。
結構な重さなのだろうか、体は小刻みに震えてチャームポイントのツインテールも揺らめいている。
「て、手伝いましょうか?」
「ぬわぁにをいってるのよ。これくらい・・・いつものことよ」
いつも自分の部屋に入るのにこんなに苦労しているのか・・・。
この家はやはり不便そうだな。
そして最後に『ふーん!』と先輩は雄叫びを上げ、やっとの思いで扉が開かれた。
力を使い切った先輩は息を切れ切れにしながら、
「さ、さあみんなどこにでも座ってちょうだい」
先輩の言葉に俺たちはそれぞれおもむろにソファやイスに腰を掛けるのだが、部屋の中はカーテンが閉め切られており生徒会室と似たような雰囲気が漂っていた。
大きな窓際には80インチはあるだろう大型モニターがあり、部屋の隅にあるデスクの上には4画面のマルチディスプレイが備えられ、画面にはよく分からないグラフが表示されていた。
照明は天井にある暖色の間接光のみで薄暗い中俺たちは互いの顔を見合わせた。
「先輩ってこうゆう雰囲気好きですよね」
「どう? かっこいいでしょ?」
暗くてあまり分からないがきっと先輩はどや顔をしながら言っているに違いない。
「じゃ早速だけど私たちの今置かれている状況を伝えるわよ。まず私が今回の不正行為の指示者として疑われているわけだけども、美浜さん。あなたも今回の不正行為に関わっているのではないかと選管の人間たちは疑っているわ」
「わ、私もですか!」
美浜さんの驚いた声が薄暗い室内に響き渡る。
当たり前といえば当たり前かもしれないが、選挙管理委員会も藍葉先輩が首謀者として挙がっている以上今回不正の対象となっている美浜さんも関与が疑われているのだ。
「でも安心してちょうだい。そこの関与は私が認めない限り、影響を及ぼすことはないわ」
「———でもそれだと藍葉先輩が一人疑われたままじゃないですか」
「肝心のあなたが疑われてはお終いなのよ。私だけに照準が向けられてる状況はかなり好都合なの。だから気にしないで」
美浜さんは肩を竦めて、俯いている。
きっと顔は悔しさが溢れているに違いない。
「肝心なことを聞きますが先輩は不正を行った人物はしらないんですか?」
千夏の澄んだ声が率直な言葉と共に発せられた。
「―――それは私も知らされてないの」
「そ、そうなんですか···」
一番期待していた答えが空振りに終わったことで溜め息混じりの淀んだ声が漏れる。
選挙管理委員会は徹底して不正者の情報を守っているということがこの時改めてわかった。
そしてここに来て名前さえわかればどうにかして説得を試みて潔白を証明できるかもしれないと思っていたが考えが甘かったみたいだ。
「ただ選挙管理委員会の全員の名簿は前から持っているわ。そこから推測するしかないわね」
先輩は手元に置かれたリモコンを操作すると、機械音と共に天井から大型のスクリーンがゆっくりと下降して姿を表した。
そこに投影されたのは1〜3年の選挙管理委員会の名簿と生徒手帳に使われる個人の写真だった。
「せ、先輩こんなのどっから引っ張り出して来たんですか?」
プロジェクターの光が反射し、不敵な笑みを浮かべる先輩の顔を照らし出す。
「選挙中にそこの会長と一緒に集めてたのよ。何かの役に立つと思ってね。まあこんなことで使うことになるとは思わなかったけど」
抜かりの無い人だ。
もしかするとなにか良からぬことのために集めていたのではないかと勘繰ってしまう。
各学年の管理委員の顔と名前を一人ずつ確認していくように、先輩はマウスを使ってスクロールさせていく。
ちょうど3年生の部分が表示された時、俺は見覚えのある顔を発見する。
ピンク色のカチューシャが目を引く黒髪のセミショートの女子だ。
確か選挙活動最後の日に黒神とプール裏で揉めていたのを覚えている。
「せ、先輩! 今の人もう一回見せてもらっていいですか?」
「なに? 惚れたの? ご希望とあればプリントして1枚500円で売ってあげてもいいけど」
「高すぎだろ! いや、そうじゃなくてこの人って黒神陣営の人だったりするんですか?」
「特に選挙活動を手伝ったりしてなかったみたいだけど・・・。正直同じ学年ながら記憶にないわね。会長は知ってるの?」
気弱そうな会長も『知らないな~』と言ってかぶりを振る。
だが執行部の中に一人だけ彼女のことを知っている者がいた。
「彼女とは3年間同じクラスですが特に黒神と仲がいいとかいう話は聞きませんね。ですが中学は同じだったと思います」
「そうですか。ですが今回の件黒神が一枚噛んでそうというのはみんな思っている事でしょ?」
みんなは黙って頷いた。
推測の域を出ないが、もし本当に今回の件に黒神が絡んでいるのなら、中学時代の同級生で繋がりのある彼女は今回の不正行為の容疑者にもっとも近い人物である。
「明日この先輩に直接聞いてみようと思うんだがどうかな?」
俺の提案にみんなは口々に賛成の言葉を口にした。
「まあそれしかなさそうだしレジオレラ菌。頼んだわよ」
「———頼まれなくてもやりますよ」
先輩と美浜さんの運命がかかっているのだ。
例え勘違いだったとしても一本垂れている糸を掴むしかない。
レジオレラ菌の名にかけて。
「わ、私も同行します!」
そう高らかに宣言したのは美浜さんだった。
彼女の性格からしてこういう荒事は向かなそうだが、居ても立っても居られなかったのだろう。
こうして明日美浜さんと一緒に被疑者の渡辺佳代という人物と接触することとなった。




