30.真実なんてめんどくさい
不正のため正式発表が延期となった生徒会長選挙。これは異例の事態とのことで学校側も選挙管理委員会の監督教員の人数を増やして事態の収拾に当たっているらしい。
らしいというのは俺も詳しい事態を知らないからだ。もちろん俺以外の美浜陣営で詳しい状況を知って要る者は、不正の指示者として事情聴取を受けたであろう藍葉先輩の他ない。
しかし藍葉先輩からその後連絡はなく、学校にも来ていないようで3日目の登校を迎える。
美浜さんも選挙管理委員会に藍葉先輩の無実を訴え続けているのだが、門前払いのようで肩を落として落胆している姿を何回か見掛けた。
どうにも進めることのできない展開に俺たちは頭を悩ませ、逡巡しているばかりだった。
朝の喧騒に湧く教室で千夏は上半身を机に乗せてうなだれながら魂の抜けそうな大きなため息をつく。
「結局なにもできないままね」
「多分不正した生徒に配慮して俺たちには何も教えないつもりだろ」
「なにそれ! 犯人のくせに人権とか言い出しちゃうわけ?」
「人権って・・・。でもそりゃみんなに知れ渡ったらその生徒も学校に居づらくなって最悪やめちゃうかもしれないだろ」
学校側としても当然の配慮だと思うし、現に生徒の中では選挙で不正があったという事しか知らないので特に騒ぎは大きくなっていないようだ。
もちろん藍葉先輩が関与を疑われているということは、教員と選挙管理委員会を除くと連行されるあの場にいた俺たちしか知らない。
「おーい! 嬉しいお知らせゲットしてきたぞ!」
周二が額に汗を滲ませ、手を大げさに振りながら教室へと入ってきた。
「って、テンション低っ! お葬式会場はここですかな?」
「朝っぱらから相変わらずうっざいテンションだな。てかこの状況で上げれるわけないだろ」
「そんな君たちに嬉しいお知らせだ。藍葉ちゃんと会ってきたぞ」
その言葉に俺と千夏はイスから腰を浮かせて、周二に詰め寄る。
「藍葉先輩どうなったんだ? なんで学校に来てないんだよ?」
俺はたまりに溜まった疑問符の嵐を周ニへとぶつけた。
「落ち着け慌てん坊。一辺に言われても答えれん。とりあえず詳しくは昼にみんなを集めて話そう」
タイミングを見計らったかのようにホームルームを知らせるチャイムが流れ、俺と千夏はわかったと返事をして自分の席へと戻った。
とりあえずこれで手も足も出なかった状況から一転できるかもしれない。
期待感と喜びが込み上げてきた。
*****
昼休みとなり弁当を携えながら俺たちは生徒会室へと集まった。本来であれば3日前に生徒会長が交代なのだが異例の事態もあり、前生徒会長が引き続き役割をこなしている。
藍葉先輩のことが心配とのことで執行部も交えて話しを聞くことになった。
「それで周二。藍葉先輩だけどなんで連絡つかなかったんだ?」
「それはこれだ」
周二はピンク色のスマホケースに包まれたスマホを手に持って掲げた。
そのスマホは藍葉先輩のものだった。
「あの時いきなり選管の人に連れていかれただろ? それで生徒会室に置きっぱなしになってたんだとさ」
「な、なんだよ~。それなら取りにこればいいのに」
ため息交じりに言う俺を見て、周二は人差し指を立てて振る。
「チッチッ。事態はそんな単純にはいきそうにないんだな。藍葉ちゃんは美浜さんを守るために学校を休んでるんだ。学校に来たら取り調べを受ける羽目になるからだとさ」
美浜さんは渋面を浮かべ、頭を両手で押さえた。
責任感の強い彼女にとっては少しばかりキツイ事実だったかもしれない。
「わ、私のせいで藍葉先輩が・・・」
「いや美浜さんのせいじゃないだろ。そこは藍葉ちゃんも気にしてないから安心してよ。悪いのは不正投票を仕掛けた犯人だ」
周二は不正投票を疑われるに至った経緯を話した。開票作業をしている時に約20票もの美浜さん以外に投票された投票用紙に改ざんの後が見られたということだった。それも修正液で消して丸を付けなおしたという粗の目立つ雑なものだった。
犯人はすぐに見つかり、聴取すると坂本藍葉に頼まれてやったと証言していたのである。
ただ犯人が一人だけであれば証言も信ぴょう性を欠くが、犯人は4名の生徒でみな同じように藍葉先輩の名を口にしたらしい。
確かにこれでは選挙管理委員会の人間が藍葉先輩を犯人として疑うのも仕方のないことだ。
いや、すでに犯人として決めつけているくらいありえる。
そんな中聴取を受けても意味もないし、下手をすれば断定して選挙のやり直しということもありえるだろう。それを避けるために先輩は学校を休んで聴取を受けないという作戦をとったのだろう。
どこまでも計算高く、狡猾な藍葉先輩だがそれは自分が中心となっていない物事の時に限っての話なのかもしれない。———だから先輩は連れていかれる時『頼んだ』と言葉を残したのか。
俺は怒りに震えた。
拳を強く握りしめ手の平に爪の痕が残るのも気にせずに。そうしていないと物に当たってしまいそうになったからだ。
みんなも眉間にしわを寄せて憤怒の表情を見せている。
「なにそれ! そいつら脅して本当のこと言わせるしかないわよ」
「そうですよ! やってないことで疑われるなんて先輩がかわいそすぎますよ」
怒りに任せて物騒なことを言う千夏に予想外に賛同したのは秋穂だった。
優しい人ほど怒ると怖いというが少しそれが垣間見えた気がする。
まあそれはギャップの影響でそう思えるだけなのかもしいれないが・・・。
「とりあえず物騒なことはやめよう。それと犯人の名前はわからないんだろ?」
「ああ、そこはやっぱり教えてもらえなかったらしい」
「ならいろいろ聞き出すのも無理そうだな」
「とりあえず今日藍葉ちゃんの家に行くことにしようと思うんだが、みんな来るか?」
先輩の家か。少しだけどんな感じの家なのか気になるな。
なんかすごく大きな番犬がいそうなイメージだ。
「こんな大人数でいっても大丈夫なの?」
美浜さんが申し訳なさそうに尋ねると、周二は親指をグッと立てて言う、
「すんげーデカいから大丈夫だぞ!」
別にお前の家じゃねーだろ。自分の家のように言う周二に少し呆れながらも俺たちは首肯した。
それにしても執行部を含めて合計11人が言っても大丈夫な家ってどんなんなんだよ。
*****
放課後になり、みんな校門前に集合して藍葉先輩の家に向かった。
道中はワイワイと賑やかで、小学生の遠足みたいだ。
「見えてきたぞ!」
学校から15分くらい歩いた頃だろうか、周二が指をさすとバロック建築のようなヨーロッパ風の豪邸が見えた。周りの民家とは一線を画す独特な雰囲気の豪邸は趣味がいいのか悪いのかわからないがはっきりとすごいということだけは伝わる。
周りを囲う柵も3mほどあるだろうか厳重な警備に守られておりどこかの城と言われても不思議ではない。
「こ、これはすごいわね」
美浜さんも千夏も口をあんぐりと開けて驚嘆しているが秋穂だけは至って普通の表情をしている。
「確かに大きいですね。私の家といい勝負かも」
これといい勝負ってどんな家なんだよ。秋穂ってそんなに金持ちだったのか・・・。
我が家の中流家庭事情が身に染みる出来事だった。
門前には2匹のペガサスっぽい生き物をかたどった石像が置かれていた。
インターフォンを押し、連絡を取ると中から執事と思われる初老の男が出てきて俺たちを中に案内した。 庭は広く噴水がないのが不思議なくらいだったが、様々な石像が立ち並んでいた。地球儀の石像もあり、ここはUSJかと突っ込みたくなってしまう。
「よく来たわね! 待ってたわよ」
玄関の前に辿り着くと制服姿の藍葉先輩が腕を組み仁王立ちで待っていた。




