27.演説なんてめんどくさい3
昼休みも終わり、全校生徒が体育館に移動する。
いよいよ投票前演説の時間となった。各学年一列に整列しながらも、喧騒に湧く体育館で、俺は演説の行方を固唾を呑んで見守っている。
演説者は順番まで控室での待機となっており、美浜さんと千夏は先に舞台の上座のほうへと消えていった。
美浜さんの順番は4人中2番目で、大トリを飾る4番目は黒神となっている。
一人目の立候補者演説は三年二組の吉村という、か細い男子だった。
推薦者は舟木というキノコヘアーと呼ぶべきか坊ちゃん刈りの男子である。
文化祭で芸能人を呼ぶという公約を掲げている以外は特に特出する点はなく、静まりかえった会場をスピーカーから聞こえる吉村の声が淡々と響いていた。
こんな雰囲気で演説するのは彼にとっても結構苦痛だったのだろうか演説の内容が進むにつれて徐々に声が小さくなっていっているのを感じた。
選挙活動中に感じてはいたが、やはり黒神以外の立候補者に関しては美浜さんの敵ではないと思う。
いくら公約が生徒受けの良さそうな面白味のある内容でも、それを伝えようとする立候補者がつまらない人間だと感じてしまうと投票する気持ちがなくなってしまう。
「なんか雰囲気冷めて行ってないか?」
吉村の演説中に不意に周二が言う。
確かにトップバッターということもあるとは思うが、周囲の雰囲気は半分しらけムードだ。
中には首を相槌をうつように、こくりと上下に動かし今にも寝落ちしてしまいそうな生徒もいる。
昼食を食べた後というのもあるとは思うが、確かに眠たくなってくる。
この状況の中次は美浜さんに場が引き継がれる事になるわけだが、まずは生徒にちゃんと聞いてもらわなければ演説の意味がない。
「吉村くんありがとうございました」
吉村の演説がおわると司会をしている選挙管理委員会の女子が幕を引いた。ちなみに各演説者の持ち時間は6分で推薦者の演説も含まれる。だいたいは6分間もフルに使える生徒はあまりいないので問題ないのだが6分を超えると容赦なく途中で演説を強制ストップされる。
「それでは続きまして2年1組美浜美晴さんの演説になります。よろしくお願いします」
司会者はストップウォッチを押す仕草を見せると、舞台にある木目調の演台に向かって美浜さんと千夏が上手の袖から登場してきた。
その時会場がざわめくと共に先ほどにはなかった笑いの声も聞こえる。
失笑の笑いなのかもしれないが、確実に雰囲気を変えた。
水色の鮮やかな法被に部分部分に白色の模様が入っている。背中には大きく白抜きの文字で書かれた、誠の一文字。先ほどしていた制服の上から単純に羽織っているのとは違い、剣道部から借りたのだろうか下は袴で上半身には道着を着ており、腰には歩くたびに揺れる刀が添えられていた。
これで鉢金があれば割かし完璧かもしれない。
「それでは推薦者の刈谷千夏さん。推薦者演説をよろしくお願いいたします。」
「はいっ!」
美浜さんと横一列に並んでいた千夏が大きな返事と共に一歩前へと踏み出す。
「推薦者の2年6組の刈谷千夏と申します。私は強く美浜美晴さんを推薦します。美晴さんは明るく積極的で文化祭の実行委員やクラス委員など様々な役割を自ら進んで行ってくれるみんなのリーダー的な存在です。そんな美晴さんが生徒会長になったらきっと今までにない楽しい学校を作ってくれるはずです」
千夏は美浜さんのいい所をみんなに伝えようと身振り手振りを交え、必死の様相で演説を進める。
昔から責任感は人一倍強かったので代役といえど、妥協はできないのだろう。
「そして今日この格好をしてここに登場したのは、目立ちたいという思いもあるのですが、みんなに美晴さんがどんな人か知ってもらいたいという思いがあります。生徒会の活動は恐らくですが、みんなすごく関心があるということはないと思います。単純に行事毎に役割を淡々とこなしていく。そんな生徒会でも十分に学校は機能していきます。ですがそれだけでは美浜さんの思いの根底にある、みんなが楽しいと思える学校にしたい。そして最高の青春を送れる学校にするというスローガンには遠く及びません。美晴さん自らが考え、楽しいと思ってもらえることを実行していく。この格好にはそんな意味合いがあります」
中学時代に幾度となくいっていた言葉が演説をする千夏から発せられたとき、俺は心を揺すぶられた。そして少し悔しさの混じった苦い味のするため息を口から吐いた。
「最高の青春を送りたいと思っている方。この学校で今までにない楽しい思い出を残したいと思っている方。かりーーー、美浜美晴に投票をよろしくお願いします!」
代役の演説を終えた千夏は一礼すると刀を抜き天に向かって剣先を向けた。ちょっと意味がわからず、みんなも困惑しているが、まあ単純に最後のPRといったところだろう。
最後自分の名前を言いそうになった所以外はかなり頑張った演説だと思う。
冷めきった空気を壊してくれたのは大きな成果だし、コスプレのおかげもあるのかみんな舞台に注目して演説を聞いていた。
ワンテンポ遅れて会場からは千夏に拍手が送られる。そして藍葉先輩の差し金と思われる執行部のサクラが指笛を奏でた。
「刈谷千夏さんありがとうございました。では立候補者の美浜美晴さん演説をお願いいたします」
美浜さんは演台の横に立つと、深呼吸をすると両手で筒を作って、
「2年1組! 美浜美晴です! みなさんこんにちはー!」
渾身の大声で生徒に向けて挨拶をした。可愛らしい高めの声が体育館に響く。
俺と周二は顔を見合わせると大きく息を吸い込んで「こんにちはー!」と返事をするとそれに続くように他の生徒も挨拶を返した。
藍葉先輩のほうに目を向けると、よくやったと言いたそうな様子で親指を立てた。
「みなさん改めまして、この度生徒会選挙に立候補した2年1組美浜美晴です。よろしくお願いします。私はなぜ生徒会選挙に立候補したかというと先ほど千夏さんが言っていた、みんなが楽しいと思える学校にしたい。そして最高の青春を送れる学校にするというスローガン実行するためです。私の選挙公約は呼んでいただけたでしょうか?部活動や同好会の申請の緩和や新たな学校行事の提案以外に、一番メインとなるのは目安箱の設置や生徒会HPの設立をして、みなさんの意見を取り入れて学校を動かしてくことが私の重要と考える公約となります。もちろん私自身も自ら提案していき、最高の青春を送れる学校にするために様々なことを実行していきます」
演説をしている美浜さんは思いが高ぶっているのか、マイクスタンドに設置されたマイクをアーティストのように握りしめ、熱唱するように話を続ける。
「みなさんはこの学校生活をどう感じているでしょうか? もちろん現時点でも楽しんでいる人や満足している人も多くいると思います。ですが逆に楽しめてない人や不満がある人も大勢いると思います。もちろん学校というのは勉強する場所であると思いますし、ルールは校則により規定されています。でも楽しむ方法をいくらでもあります。それを私と一緒に実行していきませんか? 悩みや不安なことがあるなら私が、私でよければ聞いて一緒に悩みます。楽しいことを思いついたのならそれを実行できるよに私も一緒に動きます。親しみのある生徒会を目指していきます」
美化された演説の言葉。それは俺もわかっている。みんなの意見を聞くのなんて難しい話だし、制限のある学校では尚更解決の難しいこともあるのだろう。だが美浜さんであれば本当に実行すると思えてしまう。そんなことを思わせる演説だった。
「最後になりますが私はこの学校が大好きです。この学校の生徒はみんな魅力的で選挙活動中も多くの方に励ましの言葉を頂きました。そして協力してくださった方々に感謝しています。だから、私はこの学校でみんな最高の青春を送りたいのです! わがままかもしれません。独りよがりかもしれません。それでもこの思いに少しでも共感してくれた方、清き一票よろしくお願いします!」
俺は演説を聞きながら学校とは青春を送るためにあるのかもしれないと思った。幾度となく美浜さんの演説に出てきた青春をいう言葉。形はもちろんないし、これといった定義があるわけでもない、十人十色の世界の言葉だ。
例えば美浜さんの選挙活動を手伝っていた時の俺が青春だというなら青春とは嬉しさや楽しさ、絶望感や充実感など心が揺れ動くことが青春なのかもしれない。
美浜さんは一礼すると後ろに一歩下がり、腰に添えた刀を抜いて千夏と同じように天に向けた。こればかりは全く意味がわからないが、生徒は先ほどよりなざか大盛り上がりでスタンディングオベーションに包まれた。
結局のところ最後はサクラなど必要なく、美浜さん自身で掴んだ歓声だし俺の望んだ展開になったということだろう。
壇上では彩る拍手の中、美浜さんと千夏が控えめにハイタッチをして微笑み合っている。
「美浜さんありがとうございました」
司会が言うと、美浜さんと千夏は場を噛みしめるように、ゆっくりと下手へと消えてった。
拍手が消え、場が平静を保つと次の立候補者の三年四組の永田という生徒が登場して演説を始めた。
空気が温まったからだろうかハキハキ演説する永田も悪くはなかった。
内容は私服登校についてだったが、俺個人としては服をあんまり持ってないし、制服で十分だと思う。
永田の演説が終わり、いよいよ黒神の番になった。
彼はどんな演説をしいていくのか・・・。




