26.演説なんてめんどくさい2
突然の事態に俺は美浜さんにかけてあげる言葉が見つからず、ただ下を向き視線を一点、リノリウムの床を見つめていた。よりによって今日占いが当たってしまうとか本当に気まぐれすぎる。
美浜さんの推薦人として本日演説をする予定だった安達さんが高熱を出してしまったため早退してしまったのだ。病を押して無理をしながら学校には来てくれていたらしいのだが、先ほど限界が来て保健室へと向かいそのまま早退するとの判断になったらしい。
「とりあえず推薦人はなしでいこうと思ってるんだけどどうかな?」
「まあそれしかないだろうけど、さすがに推薦人がいないってのは格好がつかないよな」
最後の大舞台での失敗はなんとしてでも避けたい。最悪俺が推薦人として演説することも可能なのだが、体裁的には女子には女子の推薦者が演説を行なってもらったほうが違和感がなく受け入れられやすいだろう。
今まで俯き加減で口を閉ざして黙り込んでいた千夏が、顔を上げた。
「大丈夫! 私が推薦者として舞台に上がるわ!」
「千夏ちゃんいいの?」
「ええもちろん。推薦者の演説くらいいくらでもやってやるわよ」
「お前そうは言うけど、あと時間的に3時間もないぞ。言葉記憶するだけでもかなり厳しいんじゃないか?」
5限までに練習できる時間は昼休みしかない。そこまでで言葉を暗記して実際に披露できるような完成度までもっていくの至難の業だ。最悪文章を短縮してできるだけ暗記の量を減らすのがベストな作戦だろう。
だが千夏は自信満々で笑み浮かべている。
「ちょっと私的にいい考えが閃いたの」
「いい考えってなんだよ?」
「個人的に演説ってそんなみんな真剣に聞いてないと思うのよね」
なんて身も蓋もないことを言うのだろうか。まあもちろん聞き流し程度に聞いてくれている人が大多数だとは思うが。それが何か関係あるのだろうか。
「美春あとで更衣室に来てくれない?」
「更衣室? いいけどそこで練習するの?」
美浜さんは小首を傾げ、千夏を見据えた。
まあいずれにせよこの状況は千夏に任せる他あるまい。
「ほいじゃ、よくわからんけど、千夏任せたぞ」
「みんなにインパクトを与える演説を見せてあげるんだから楽しみにしてなさよ」
3限目の予鈴がなり、俺たちは美浜さんと別れて教室へと戻った。
*****
昼休みになると千夏は美浜さんを迎えにいくとのことで意の一番に教室から出て行った。対する俺たちは藍葉先輩から連絡をもらい生徒会室へと足を運ぶこととなった。
特別棟へと渡り、生徒会室の引き戸の前に着くと何やら習字用の長方形の全紙の紙に達筆な文字が書かれている。
「学校を今一度せんたくいたし申候・・・。周二なんだこりゃ」
「俺に聞くなよ。藍葉ちゃんのやることなんか俺の想像で測れることじゃねーよ」
周二の言う通りだ。藍葉先輩とはどんだけ一緒にいたところで彼女の心の内を理解するのは難しいかもしれない。だいたい龍馬と連想されるのが嫌だと言っていたのになんでその龍馬の名言を使っているのか謎が深まるばかりだ。
紙取れないようにゆっくりと引き戸を開けると、室内はカーテンに閉ざされ机の上に蛍のように、微かに光を放つ蝋燭が1本、燭台に置かれていた。
「おーい藍葉ちゃんどこいるんだよ」
周二の声だけが虚しく室内に響き渡るだけで誰も返事を返さない。
蝋燭の燈火がうねりながら揺れる。
俺たちが仕方なく外に出ようとしたその時だった。
「御用改めである!」
突如響いた大声に体をビクつかせ、声のした方を見る。
暗闇に目を細め、視力を研ぎ澄ませるように凝視すると刀を振りかざした人型の影がこちらに近づいてくる。
別にこれくらいで驚いたりしないが、周二は「うお!!」と頓狂な声を上げるもんだからその声に俺も体が硬直してしまった。
「どお? 驚いた?」
その声と同時に室内に明かりが灯ると目の前には青色の法被に身を包んだ、千夏と美浜さんが立っていた。
「周二の声には驚いたが、別に千夏には驚いてねーよ」
「本当に〜? 涼も結構ビクついてたと思うけど」
「そんなことねーよ。てかその格好はなんなんだ?」
「この新撰組コスプレで演説をやろうと思ってね」
「でもお前この前モリセンに禁止されてただろ?」
千夏は腕を組み、鼻を鳴らすと自信満々に言う。
「ふふっ! さっき美春と一緒に選挙管理委員会のところに行って許可もらってきたのよ」
コスプレをするために選挙管理委員会のところまで行くとはなんともご苦労なこった。まあこんなふざけた格好だが美浜さんの公約のポイントである楽しい学校というテーマを伝えるにはいいのかもしれない。
「桜形くん。コスプレ? って結構楽しいもんなんだね!」
美浜さんまでもコスプレの魅力に侵食されてしまったのか。まあ本人が楽しんでるならいっか。
「ただ戸に貼ってあった言葉は坂本龍馬なのに、コスプレは新撰組とはいかに・・・」
「そんな細かいことはどうでもいいのよ」
どうでもいいのかよ・・・。幕末の志士達が聞いたら泣いてしまうぞ。
「そうよ! ギョウ虫くんは相変わらず細かいだから」
「俺は人の尻からこんにちはしねーよ!」
藍葉先輩の声がどこからともなくして、ツッコミを入れながら周りを見渡す。
すると先ほど誰もいなかった会長の机の上にツインテールをポニーテールに変えた藍葉先輩が新撰組の法被を着て仁王立ちしていた。
サイズがあっていないのか、法被が大きすぎて裾が今にも地面に着きそうで、袖は手が出ておらずパタパタと羽のように揺れている。なんだかペンギンみたいである。
「藍葉先輩までその格好してるんですか?」
「そこのナナちゃん人形みたいな女に着させられたのよ」
着させられても抜けばいいだけじゃないですかね?
藍葉先輩も着ているうちに楽しくなってしまった系だろうか。
「な、なによ! その疑いの眼差しは」
藍葉先輩が袖をパタパタと羽ばたくように動かしている時、生徒会室の戸がノックされてゆっくりと戸が開いた。
「し、失礼します···」
霞そうな程小さい声で入室して来たのは秋穂だった。秋穂も同様に制服の上から法被を着て、照れくさそうに上目遣いでこちらを見据える。
「千夏先輩この格好恥ずかしいですよ···」
「そう? 秋穂ちゃんも似合ってると思うけど」
確かに秋穂が恥ずかしくなるのも分かる気がする。きっと新撰組を知らない人にとって、この姿は完全に年末の家電量販店にいそうな店員の姿だ。
「それでみんなを集めてどうすんだ?」
千夏は待ってましたと言わんばかりに手を上げて、身を乗り出す。
「決起集会ってやつよ! このメンバーで円陣でも組んで美春を応援しようと思ってね」
「いいじゃん! やろうぜ! それと終わったらイオンな」
周ニはノリノリの様だ。てかイオンのこと楽しみにしすぎだろ。
でも久しぶりに青春じみたことをするのも悪くないか。
「仕方ない。みんな円陣組むぞ」
両腕を互いに乗せ合い6人の小さな円を組むとみんなに視線で指名された美浜さんが照れながらも大きく息を吸い込む。
「美浜美春は絶対生徒会長になってやるぞー!」
「「おー!!」」
ビブラートのかかった掛け声に続いたみんなの声が大きく力強く生徒会室に響き渡った。




