25.演説なんでめんどくさい
いよいよ選挙活動日ラストとなった今日呼びかけの活動も最盛期となった。黒神陣営はこちらの状況を見て尻に火が付いたのか、支援する人数も8人ほど増えている。
祭りを感じさせるような異様な熱気を受け、こちらも自然と声が大きくなる。こんな本気になって学校行事に取り組めば最高に楽しいだろう。選挙自体がこうして盛り上がったのも美浜さんと黒神という役者があってこそなのかもしれない。
今日を終えたら、明日の投票日のみで俺にできることはもう何もない。少しばかりこの熱にまだ浸っていたいと感じた。
朝の呼び込みを終えて教室に戻る最中にふと黒神と言い争ったプール裏を見ると、黒神とピンク色のカチューシャをした黒髪のセミショートの女子が何やら言い争っているのが見えた。
ここからでは声は聞こえないが、その女子は身振り手振りで黒神になにかを訴えかけてる。それを黒神はかぶりをふって否定しているように見える。
告白かなにかか? と思いあまり気にせずに俺は教室へと戻った。
「いよいよ明日ね! ドキドキしてきた」
教室に戻ると千夏が胸に手を当てて深呼吸している。
俺らが緊張してどうすんだよと思うが、俺自身も同じ心境だ。
自分のことじゃないのにここまで緊張するのは人生で初めてかもしれない。
「まあ、美浜さんのことだし大丈夫だろ。それにここまでの反応からするに優位なのは変わらないだろ」
「美晴のことは別に心配してないわよ。でも黒神先輩が最後なにかしてきそうで不安じゃない?」
確かにこのまま黒神がなにもせずに終わるとは思えない。信長くらい野望に溢れた男だし、きっと最後になにか手を打ってきそうだ。
「でも俺たちには藍葉ちゃんがいるし、さすがの黒神もお手上げ状態だろ。前祝いに今日の放課後イオンでも行くか!?」
「周二はドキドキしてないみたいだな。それとイオンに行くのは選挙で勝ってからだ」
「え~~イオン行きたい!! 前祝いに串家物語でワイワイしたい!!」
どんだけイオン行きたいんだよ。それに前祝いとか関係なく単純にイオン行きたいだけじゃねーかよ。
駄々こねる周二に千夏はイライラしたのか後頭部に空手チョップをお見舞いする。鮮やかな軌道を描く手刀は一瞬にして周二の意識を飛ばした。
「本当みんなイオン好きよね」
「まあ他に娯楽がないからな。イオンに惹かれる気持ちもわからなくないぞ」
「はぁー。名古屋の高校生は羨ましいわね。同じ愛知県なのにどうしてこうも尾張に比べると三河はなにもないのかしら」
千夏の言う通り、愛知県でも西の尾張地方と東の三河地方では都市の発展の違いに雲泥の差がある。俺たちの住む三河にあるのは車と味噌とうずらの卵ぐらいだ。徳川家康の出生の地でもあるのだが、イメージ的には圧倒的に名古屋のほうが連想しやすいだろう。
そんなわけで三河地区の学生は羨望の眼差しで名古屋の学生を見ているのだ。
まあ地域格差というものはどこの地域でも起こっていることだとは思うのだが。
「俺的には味噌の力で三河の圧倒的勝利だと思うんだがな」
「そう思ってるのはあんただけよ! ちなみに味噌の生産量の一位って愛知じゃないから」
「な、なんだと・・・!」
「一位って長野なんだって。有名な物って自分たちの県が一番だと思ってる人多いけど意外に違うのも多いのよね」
俺はこの事実にショックを受けた。味噌大国だと思っていた我が県が一位じゃないとか、得意な教科で友達にテストで負けたくらいショックだよ。この哀切を極めたこの心はしばらく元気を取り戻すことはないだろう。
「なにそんなことで落ち込んでんのよ。それより今は明日の選挙のことでしょ」
「そんなこととはなんだ! お前は味噌をなんだと思ってる!」
「うっさいわね! 味噌は味噌でしかないのよ。そんなに悔しいならあんたが将来味噌作って全国一位にしたらいいでしょ」
そうかその手あったか。将来のなりたいものリストに加えておくとしよう。
「桜形くんと千夏ちゃんと周二くん。ちょっといいかな」
俺と千夏が言い争っていると、教室の入口から美浜さんがちょこっと顔を出して俺たちを呼び出した。
明日が本番とのことで彼女も緊張しているようで、どことなくいつもと違う雰囲気を感じる。
深々と頭を下げると美浜さんはあらたまって言う、
「いろいろ本当にありがとうね。私一人の力だと絶対にここまでこれなかったし、途中で諦めてたかもしれない。明日は必ずいい演説をして少しでも多くの生徒に投票してもらえるように頑張る」
「明日の演説楽しみにしてるね。美晴ならすごくいい生徒会長になれると思う」
「そうだな。最後まで応援してるから頑張れよ!」
「うん!」
美浜さんは言葉少なくそう言うと教室へ戻っていった。
*****
帰りの呼びかけも終え、選挙活動のすべての日程が終了した。
自転車に乗り、家路へと続く道を漕ぎ進んでいく。流れる景色が走馬灯のように感じる。思い返せばこの1週間いろいろなことがあった。絶望を感じたり、喜びを感じたりとこれまでの高校生活では決して得ることのなかった感情を一気に注ぎ込まれたように思う。
この選挙活動は俺にとっても特別なもので、何物にも代えがたい思い出となっていくのかもしれない。
家に着き、居間に近づくと熱弁する少女の声が聞こえる。
扉を開けるとマリアが母さんに向けて演説の練習をしていた。
身振り手振りで訴えかける演説は意外にも様になって見える。
「おかえりー。おにーちぇどうだった?」
「俺は哲学者じゃないし名言も言わないぞ」
「は? 何言ってるの?」
なんだよニーチェ的なアドバイスを求めてそう呼んできたのかと思っちゃったよ。
「まあ良かったんじゃないか? 全部聞いてないけど」
「お母さんも良かったと思うわよ。明るく可愛くできてればOKよ」
なんだその基準は。相変わらず母さんのいう事は適当過ぎてためにならん。
まあでもマリアはマリアなりに一生懸命に伝えようとゆうのが伝わってくるし、こうゆう一生懸命さって見てる人には伝わるものだ。そつなく上手にこなすのも必要だが、生徒会の演説ってこうゆう未熟な部分を必死でカバーしている姿が印象に残って票の獲得につながったりすることもあるんだよな。
きっとそうゆう点でいくと美浜さんやマリアは才能があるのかもしれない。
「美浜さんも明日選挙演説だよね? 頑張ってって伝えといて!」
「おう、マリアも頑張れよ。祝勝会はイオンでやるぞ」
「ほいさっさー! イオン楽しみにしてるであります」
右手じゃなく左手で敬礼したマリアを微笑ましく俺は見つめた。
明日の投票日を終えると2日後に結果が発表される。
きっと笑って祝勝会を迎えれるはずだ。
*****
いよいよ投票日当日。
空は澱みなく快晴で、水色のキャンパスには飛行機が道しるべを残すように飛行機雲をつけて飛んでいる。
今日たまたま見た占いでは俺の水瓶座は最下位。予定外のことに気を付けようとめざまし占いで言っていた。普段占いとか信じてもないし気にすることもないのだが、こうゆう時に言われると変に意識してします。
今日の全校集会は5限目で、そこで各立候補者が演説の後に、学年ごとに投票用紙が配られ投票箱へと投函する。
なぜ結果発表が翌日でなく2日後かというと、明日は予備日として欠席したものが投票できるように選挙管理委員監視のもと後日投票が行われるためである。
2限目が終わり、いつものように周二と雑談していると、美浜さんが血相を変え慌てた様子で6組の元を訪れた。ただ事ではないと感じ息も整わない彼女に理由を聞く。
「た、大変なことになっちゃって・・・」
占いの言葉が頭の中を駆け巡った。




