23.選挙活動の後半戦なんてめんどくさい2
目の前に立つ黒神の表情は、今に食って掛かってきそうだ。そんな状況を美浜陣営と黒神陣営の両陣営は息を飲むように見ていた。言いがかりをつけられた俺は、怯むことなく黒神の目を黙って見据える。
普段こんなことをするはずのないであろう彼がここまで取り乱したといことは、生徒会が味方になるという事の重大さが窺える。
黒神は周りの視線に気付き、俺から半歩ほど後ろに下がると、耳打ちするような声で言った。
「君に興味がある。ちょっと来たまえ」
心配するように視線を送るみんなに大丈夫と手を上げ、合図を送ると俺と黒神はひと気のないプール裏へと向かった。
「俺をこんなところに連れてきてどうするんですか? まさか喧嘩しようと言うわけでもないですよね? 俺なかなか強いっすよ」
虚勢を張ってみたが、内心はビクビクだった。そりゃ小さい時は喧嘩もしたがそんなものは小学校で卒業した。今の俺にとっては遠い日の出来事で、正直喧嘩なんて今はできそうにない。
黒神の体格を見て、勝算はあるのかと自問自答する。まあ体格的にはほっそりとした彼に負ける気はしないが・・・。
「私も幼い時に空手を習っていてね。今は極真空手をしているのだよ」
お、終わった。格闘技経験者にバレーボールしか経験のない俺が勝てるわけがない。ここは伝家の宝刀「砂塵の目つぶし」で隙を見て逃げるしかないか・・・。
そう考え、屈みながら地面の土を手に取った。
「あはは、冗談だよ! 暴力に訴えるほど私は幼稚ではない。手に取った土は目つぶししようとしていたのかな?」
手を額に当て、高笑いする黒神は先ほどの険しい表情は消え、どこか楽しそうな顔をしている。一瞬、実は理解のあるいい先輩なのではなかいと思ってしまう。
俺は手に持っていた土を地面に返すと、ここに呼んだ経緯を尋ねた。
「じゃあなんで先輩はここに俺を呼んだんですか?」
「君に興味があると言っただろ? 美浜美晴を熱心に応援しているようだが、何か思うところでもあるのか? それかあの子に惚れてしまったとか」
「先輩が思っているような理由はないですよ。俺は彼女ならこの学校をいいほうに必ず導いてくれると思うから応援しているだけです」
過去の自分を肯定するためという本当の理由を言わなかったのは、黒神相手だといろいろ言い包められてしまいそうだと本能的に感じたからだ。こいつは侮れないと心の鐘が忙しく警音を鳴らしている。
黒神は顎に手を添えて俺の回答に首肯した。
「ほほう。君たちの言ういい学校というのはどんな学校なのかね?」
「そりゃみんなが楽しく過ごせる学校でしょう」
「みんなが楽しく過ごせるだと・・・こりゃ傑作だ! そんなただの理想を語ってなにが楽しい! 君はこの学校が30年前どんな学校だか知ってるかね?」
確かに自分の言ったことはただの理想だとわかってる。でも美浜さんならそれを実現してくれるはずだと今は素直に彼女を信じている。だからそれを黒神に否定されるのは非常に頭に来た。
苛立つ心を拳を握りしめて抑え込む。
「30年前のことなんか知りませんよ」
「まあそうだろうね。この学校は昔県内1の学力を誇る進学校だったのだよ」
「あの総海高校よりも上だったと言うのか」
「そう、丁度我々の親世代が学生だった時だよ」
そうだったのか。しかし家の親なんてなんも言ってなかったぞ。まああんまり勉強とかには口うるさいほうじゃなかったからな。
「それが月日が流れてトップから外れた。私はねこの学校を再び県内1の進学校へと変えたいのだよ」
「だから学校行事を縮小して勉強時間に当てようという根端か」
「君は文化祭に使われる実働の時間を計算したことがあるかね? 9月に開催される文化祭は早い者で夏休みから準備を始める。そして最終的には多くの生徒の時間が注がれるのだよ。実に無駄だと思わないか? 青春などという偶像のために高校という大事な時期を無駄にすることを」
「それは先輩の勝手な思い込みじゃないですか! だいたい先輩がそんなこと考えたところでみんなが勉強すると思いますか? 学校だって先輩一人の考えじゃ動きませんよ!」
そうそんなことを一人の一生徒が考えたところで、状況が変わることはないのだ。それが生徒会といえど同じことだろう。学校を仕切っているのは実際には先生であり、校長であり、教育委員会だ。そんなことは黒神自身が一番理解していることであろう。
しばし沈黙が間を作った後、黒神が口火を切った。
「それが動くんだよ! 一部の教員と校長そしてPTAの役員にはすべて通達済みで了承は得ている」
そこまでしているとは正直驚いた。すべての障害を排除してこの計画を遂行しているというのか。もうただの生徒会選挙じゃなくなってるし、もし教員がそれを推奨してくるとなると今後の選挙戦の雲行きが怪しくなりそうだ。確かそういえば周二が黒神の父親はPTA会長だと言っていたな。そこから色々と通じているのか。
「でも先輩は3年生だし、卒業したらもうその計画自体無意味なんじゃないですか?」
「いいや、私を継ぐ者はすでに2年、1年に在籍しているのだよ。この計画は続いていくのだよ!」
黒神は天を仰いで両手を広げた。いちいち仕草が大げさなのが正直嫌いだ。ナルシストっぽいし。もし今回黒神が当選したのなら時期選挙では生徒会をフル活用してくるだろう。今後の選挙も残る俺たちとしてはなんとしてでもこいつの野望を潰えさなければならない。
そして俺は前黒神の呼びかけ用のビラを見て不審に思ったことがある。
「先輩のビラでは学校行事の縮小とありましたが、今の考えだと行事自体を廃止するように聞こえるのですが」
「ああ、その通りだよ? いきなりだと不満が出るからね。徐々になくしていくのだよ」
「それじゃあ公約にも書いてくださいよ! 表面的なこと書いててもわからないじゃないですか」
「あはは! そんなこと書くやつがどこにいるというんだね? すべては私の計画のためなのだ仕方ないことなのだよ」
嘘を付くことを平気だというように語る黒神の目に俺は執念のようなものを感じた。決して憚ることのない彼の姿は悪魔的だった。
「せ、先輩はなぜそこまでしてこの学校を県内1にしたいんですか!?」
「私はこれまですべて1番だったんだよ。だが高校受験で私の人生は変わった。総海高校を落ちて、来る予定もなかった矢作高校に来てしまった。その汚点を正すためにこの計画が必要なんだよ」
私的な理由過ぎて出る言葉もなかった。やはりこいつは生徒会長にするべきではないと自分に誓いを立てれた気がする。
「おーい桜形くん! こんなところにいたんだ! 戻ってこないから心配になっちゃったよ」
どこからともなく聞こえてきた声は美浜さんだった。彼女はこちらに駆け寄ってくるなり、黒神の前に立った。
「先輩! 学校のみんなのために頑張りましょうね! 私負けませんから!」
美浜さんはそう言って、俺の手を引いてその場から去ろうとした。
振り返ることもしなかったが、黒神は美浜さんにああ言われてどう思ったのだろうか。
俺は暗く澱んだ、プール裏に取り残された黒神を思った。




