18.坂本藍葉はめんどくさい
目の前のツインテール幼女基、坂本藍葉は俺と周ニを乱雑に置かれたパイプ椅子に座るように促すと、窓の外を見つめながら演技混じりの哀愁漂う表情でクールに言う。
「あなた達がここに来ることはわかってたわ!」
そりゃ周ニが事前に連絡してたんだから知ってただろうさ。なんと間の抜けたことを言う先輩なんだろう。本当にこんな人が生徒会なのだろうか。
周ニの肩を突いて、陰口を伝える。
「おい、周二・・・。この先輩大丈夫なのか?」
「ま、まあ多分だが、そこそこ、まあまあ、頼りになると思うぞ多分」
要領を得ない答えに俺は不安を覚える。
「何をレディの前でヒソヒソと話してるのよ。そこのカンピロバクター! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
そんな食中毒みたいな顔してねーよ! なんてあだ名つけやがるんだこの幼女は・・・。確か今の生徒会長はメガネの気弱そうなやつだったな。こんな核弾頭のような凄まじい性格をしたやつが側近とはさぞかし胃が痛かろう。
「あ、あの俺たちは坂本先輩に選挙ーーー」
「知ってるわよ。そんな辛辣な顔しなくても大丈夫よ。それと私のことは藍葉先輩と呼んでちょうだい。坂本だと龍馬みたいで男っぽいでしょ?」
確かに坂本と聞くと龍馬が真っ先に出てきてしまう。藍葉先輩は過去龍馬とでも呼ばれていたのだろうか? まあ革命を起こしそうな性格はしているが。
「藍葉ちゃんは相変わらず変わらないよな」
「周二こそいきなり私を頼ってくるなんてね。このお代は高くつくわよ」
「藍葉先輩と周ニはどんな関係なんだ?」
「親戚のねーちゃん」「奴隷と主人」
二人の声が同時に別々の言葉を口にした。正直この関係を見ていると奴隷と主人もあり得そうだ。藍葉先輩に叩かれて喜んでいる周二の顔が思い浮かぶ。まあそんなことないか。
「藍葉ちゃん、奴隷だなんてひどいなー。ぐふっ・・・」
周二が藍葉先輩を睨むとお仕置きと言わんばかりに先輩の前蹴りが飛んで来た。周二の左膝あたりに直撃して、女の子が繰り出す蹴りにしては痛そうだ。大丈夫かと思い、周二の顔を覗き込むと後光が差しそうな眩しい笑顔をしていた。
先ほど想像した絵面まんまじゃねーか。こんな幼女っぽい先輩に蹴られて喜んでいる周二を見ていると正直引きそうだ。
「あら、周二? ありがとうございますは?」
「あ、ありがとうございます!」
俺はなんでここに来たんだろう。世の中にはいろいろな性癖を持っている人がいる。常人なら普通嫌がることに性的興奮を覚えることができる人を俺は心の中で尊敬していた。彼らは選ばれしエロスの民なのだと。そんな人間が近くにいたとは思いもよらなかったし、実際に見てみるとドン引きだ。
「そこのノロウイルスくん?あんたも奴隷にしてあげてもいいのよ」
「カンピロバクターじゃねーのかよ。 奴隷の趣味はないので遠慮しときます・・・。それより本題なのですが」
「わかってるわよ。選挙活動でどう目立っていけばいいかってことよね? 答えは簡単よ」
藍葉先輩は真っ平らな胸部の左部分に手を当て、ドヤ顔している。
「心って言いたいんですか? そんなんでうまくいったら苦労しませんよ・・・」
「はぁ・・・。これだからアニサキスくんはダメなのよ。あんたはなんでそこまでして、美浜さんとやらを当選させたいの?」
またあだ名が変わったがもうツッコマないぞ。だいたい食中毒縛りってどんな趣味してんだよ。しかし確かになぜ俺はそこまでして美浜さんを当選させていと思っているのだろうか?
可愛いから? 胸が大きいから? 友達だから? いや好意を抱いてるから? 待て待てまだ美浜さんのことを好きと思っているわけじゃない。ではなぜだろう。
心中に渦巻く感情を整理して一つ一つ可否を問うものの、ピースにハマりそうなものがない。
「自分でもよくわかってないんですよね・・・」
藍葉先輩は姿勢を正しこちらに向き直ると、人差し指をこちらに指す。
「それがわからないことには、あんたがこの選挙活動で美浜さんの力になれることはないわ。それと私がさっき言った答えは心じゃないわよ。今日のところは帰って考えることね」
「今日終わったらあと3日しかないんですが・・・」
「3日もあれば時間的には十分よ。まあ黒神が相手なことは同情するけど。とりあえず明日また生徒会室まで来なさい」
そう言われて俺と周二は生徒会室を後にした。
「なあ? あの藍葉先輩ってまじで何者なんだ?」
「んー生徒会長を操っている影とでも言えばいいのかな」
なんだその格好いいフィクサーみたいな存在は。てか生徒会長操れるくらいなら自分で会長やればいいのに。
「藍葉先輩って前の生徒会選挙出てなかったけどなんでなんだ?」
「あの人は昔から後ろで人を動かすのが好きな人でな。今の生徒会長を当選させたのも、その前の会長を当選させたのもあの人の力が大きいらしい」
周二の話を聞いていると見た目と違ってかなりできる人のようだ。
「てかお前あの人に蹴られて喜んでたよな。『ありがとうございます』とか言ってたし。正直ドン引だったぞ」
周二は後ろ頭を掻くと、ため息混じりの声で言う。
「あ、あれはだな。昔っから藍葉ちゃんにはいじられてて自己防衛的にああなってしまったんだ。断じて俺があんな幼女野郎に叩かれるのが好きとかではないぞ!」
そうだったのか。疑ってすまなかったな周二。俺はドン引してしまった自分を心の中で恥じた。その慚愧な思いは決して消えることはないだろう。
「周二すまなーーー」
「誰が幼女野郎だって!? 周二くんはそんなこと言える身分なのかな?」
突如背後から聞こえて来た可愛らしい声。のはずなのだが怒りがこもっているからだろうか狂気さえ感じる。俺は振り返らないことにした。いや振り返ることができなかったと言える。横にいたはずの周二は後ろに引きずられたのか気配が消え、霞んだ声だけが聞こえる。
「た、助け・・・あ、ありがとうごじゃいます!」
きっとこれは学校の七不思議の一つ『廊下に潜む幼女の呪い』なのだろうと思い。斜陽が差し込んで、オレンジ色の混じるリノリウムの床をゆっくりと進んだ。
「さようなら周二」
*****
家に帰宅すると、玄関には見慣れたローファー以外に、もう一つの靴が置いてあった。
「ただいまー」
その声を待ち望んだかのように階段を降りてくる足音が聞こえてくる。徐々に近づいてくるとマリアが迫真の顔でこちらに迫って来た。
「おにーちゃん! おにーちゃん! 公務執行妨害で逮捕します!」
マリアはそう言うと俺の両手におもちゃの手錠をかけた。子供用のためかサイズが小さく、きつく閉められたため痛い。
「公務もしてないお前をどう妨害するんだよ。てか結構痛いんだけど」
「そんな小難しいことはどうでもいいの! マリアの部屋にて取り調べを行います!」
容疑も何もないままなんで取り調べを受けなきゃならんのだ。そんな思いとは裏腹に手を引っ張られてドナドナされていく。てかこの手錠の鍵ちゃんと持っているのだろうか。
「さあついたぞ! 悪人はお縄につけ!」
もうお縄についているのですがその言葉は必要なんですかね・・・。マリアが部屋の扉を開けるとそこにいたのは金色の髪をした、目鼻立ちのはっきりとした人形のような美少女だった。
確か今日の昼にポスター貼りをした時にぶっかった人だ。顔に若干見覚えはあったのに忘れてしまったから全く誰かわからない。
「だ、誰?」
俺の言葉に彼女は俯いて、深いため息をついた。
「やっぱり、私のこと覚えておりませんよね・・・」
彼女の悲痛ぽく嘆く、悲しげな反応を見たマリアは両手の塞がれた俺の頭に腕を通してヘッドロックを仕掛ける。胸部がゴリゴリしてて痛い。
「痛いぞマリア! 特に胸が洗濯板みたいにゴリゴリしてんぞ!」
「滅殺!!」
マリアはそう言うと渾身の裏拳を鮮やかなフォームで決めた。これは全盛期のアジャ・コング並みの威力。
倒れ込んだ俺に彼女は近づくと心配な瞳で見つめる。
「だ、大丈夫ですか?」
一体彼女は誰なのだろう。




