17.黒神進一はめんどくさい2
三人でポスターを貼りに教室を出て、手分けしてポスターを貼りに行く。
俺の担当は校舎の1階と2階になった。1階から貼ることにして、3階から1年生の教室のある1階に向う道中に曲がり角に差し掛かった所で、俺は1人の女の子とぶつかってしまった。
衝撃は余りなかったようで、互いに体を反らしながらもすぐに体制を立て直した。
「ご、ごめんなさい!」
「あっ、いやこっちもよく前見てなくて悪かったし」
現にポスターA1サイズのポスターを10本ほど抱えていて、前の見通しが悪い。ポスターの隙間から覗く顔を見ると、そこには地毛なのだろうか金色の髪の毛と鼻筋のはっきりした華のあるハーフっぽい子の顔が覗えた。
確か昔どこかで見たことのある顔だったがこれといって思い出せない。
「いえ、こちらが気を付けて歩いてればぶつかることはなかったので」
女の子は深々と頭を下げて詫びる。
「いやいや、こちらこそもう少しゆっくりと歩いてれば」
なんだか謝りの押し問答になってしまった。こうゆう時ってお互い謝意の心が強い者同士だと長いんだよな。
「ま、まあお互いケガもなく無事だったということで」
「そ、そうですね。本当にすいませんでした。では」
女の子は一礼すると左側に避けて、俺の辿ってきた道をゆっくり進んでいった。
1年生だったのだろうか? 2年生であんな子は見たことないし、あの髪色だから相当目立つだろう。まあ今はそんなことを考えている場合ではない。
歩を進めて、空いている目立ちそうな場所を探す。学年の掲示板を見つけて近づくと真ん中に黒神のポスターが堂々と貼られていた。笑顔で微笑んでいる黒神の顔を見ていると不意にラクガキしたい衝動に駆られる。鼻毛と髭を付け加えて、額には肉の文字の烙印をつけてやろう。
そう俺の頭の中ではイケメンの顔をどうブサイクに変化させていこうかと考えていると、すぐ側の教室に黒神が支持者を引き連れて入っていくのが見えた。
どうやら黒神は昼休みに各教室を回っているようだ。耳を澄ませて教室内の音聞く。
「1年1組の皆さん、お昼休みにすいません! 今回生徒会選挙に立候補している3年の黒神進一と申します」
突如現れた3年生の黒神にどう反応していいかわからず、1年生は無言になっているようだった。黒神の熱弁だけが教室に空虚な響きをもたらしている。話の内容は先ほど自分のクラスで話していた内容と同じであった。
「この中で総海学園に落ちてこの学校に来た者、または入りたかった者はいますでしょうか?」
先ほどと同様の質問を投げかける黒神。またそんな質問をしてもみんな黙りこくって沈黙が生まれるだけだろうと思っていると俺は意表を突かれた。
一人の男子生徒が黒神の問いに対して言葉を返している。
「先輩、僕は総海学園を落ちてここにきました」
おいおい一年坊主よ、いくら先輩に質問されたからといって自分の触れられたくない過去を暴露してしまうのか。予想外の展開になってきたぞ。
小耳を立てて行く末を聞いている途中いきなり背後を叩かれた。今いいところなのになんだよと振り返ると柔らかな人差し指が俺の頬に待っていたかのように接触する。
「にひっ、引っかかった!」
彼女は口角を上げにっこりと優しく微笑んでいる。無邪気な笑顔は黒神のこと忘れるくらいに魅力的だった。
「み、美浜さん!」
「桜形くんこんなところで何してるの?」
「いや、ポスター貼りにきたら一年の教室に入る黒神先輩の姿が見えたからちょっと様子を聞いてて」
美浜さんはハッと気づいた様子で両手を合わせた。
「ご、ごめん! 邪魔しちゃったかな・・・」
「いやいや、まあ内容は俺たちのクラスで話してたことと同じだったしさ」
口ではそういったものの肝心の部分を聞き逃しているので不安は募る。一体どうなったというのだろか?美浜さんは俺の訝かしがる顔を不審に感じたのか、覗き込むように見つめてくる。
「桜形くんどうしたの?」
「「おー!」」
その歓喜にも似た驚きの響きは美浜さんがこちらに質問してくるとほぼ同時だった。その声の真意はわからないが黒神が1年の気持ちを掴んだということは相違なく伝わった。
「桜形くんこれって・・・」
「ああ、正直予想し得なかったけど、この反応はまずいな」
ざわめき立つ喧騒が包むその場をポスターのことも忘れて俺と美浜さんは離れ2年の教室へと戻った。美浜さんと俺は沈黙を保ったままそれぞれの教室へと戻った。
手馴れた呼びかけに先ほどの生徒の反応。正直このままの状態で美浜さんが勝つ勝算はほぼない。もし千夏に遮られることなく黒神が話を続けていたら俺たちのクラスでもあの歓喜にも似た驚きの響きが聞こえていたのだろうか。残された選挙活動の日数はあと3日。この状況を打開する快刀乱麻の答えを誰かに求めたくなるものの頼りになれそうなものはいない。
「はぁ・・・。どうしたものかね」
「全くお前は、朝より不景気な顔してんぞ! そんなデフォルト寸前な顔しやがって」
俺を気遣ってだろうか周二が声をかけてくる。デフォルト寸前とか不景気通り越してんじゃねーかよ。どんなひどい顔しているのだろうか。少し自分の顔が気になる。
「美浜さんの当選はかなり厳しそうな感じになってきた」
「黒神先輩か。まあさっき教室に来たのもびっくりしたよな」
「周二はあの話聞いてどう思った?」
「んー、正直俺は鼻から牛乳が出るくらい、どうでもいいとしか思わん」
まあ周二そう言うだろうと思う。てか鼻から牛乳出ちゃったらどうでもよくねーだろ。
周二はこう見えても学年の1、2位を争う秀才だ。しかもほとんど勉強していない。こいつが少し頑張れば当然県内トップクラスの総海学園に入学することもできただろう。しかし周二は家が近いと言う理由1点でこの高校に進学した。
「しかしまあ他の連中がどう思ってるかはわからんね。この学校真面目なやつ多いからな」
「そうだよな。まあでも今は黒神先輩のことを気にしていても仕方ないか。美浜さんを黒神以上に目立たせる作戦があればいいんだけどな」
俺がそう言うと周二は手を顎に持っていき、少し考える。
そしてハッと閃いたように目を見開いた。
「餅は餅屋ってな。生徒会のことは生徒会に聞くのが一番早いだろ」
「そりゃそうだけどよ。俺生徒会の人に知り合いいないし」
俺がそう言うと周二は任せろと言わんばかりに親指を立てて合図を送って来た。
*****
放課後俺は周二と共に特別塔の1階の左端にある教室の前に立っていた。日当たりが悪いのか少し湿っぽい空気だ。目の前の教室の扉の上にある表札には『生徒会室』と筆で書かれた手書きの掠れた文字がある。
2階からは練習する吹奏楽部の管楽器の音色が途切れ途切れに聞こえてくる賑やかな夕刻だというのに生徒会室前は人の気配すら感じ取れないくらいに静寂が渦を巻いていた。
「なあ、周二よ。これは生徒会室なのか? 学校七不思議の開かずの間と言われても変じゃないぞ」
扉についている小窓は中から黒布か何かで覆っているのか中の様子は伺えない。
「ん・・・。まあ大丈夫だ。連絡はしといたから中にいると思うぞ」
周二はそう言うと、ゆっくりと引き戸に手をかけて扉を開けた。
中を覗くと、蛍光灯が明るく室内を照らしており、長机が4つ縦に並べられていた。一番奥の窓際の中央には社長椅子とでも言うのだろうか、大袈裟な肉厚の背もたれに一人の女子生徒がふんぞり返りながら着席していた。
「やあ、周二! 久しぶりだな」
二つに綺麗に分けられた、触覚のようなツインテールに小さなリボンのついた髪留めがより幼さを引き立たせている。周二を手招くたびに、ぴょんぴょんとツインテールが上下する。
「周二この子は?」
「この人はーーー」
「現生徒会書記の坂本藍葉よ!」
彼女は周二が言うよりも早くこちらを指差して名乗りを終えた。




