16.黒神進一はめんどくさい
黒神の選挙公約の内容に驚きながらも、少し俺は安心していた。進学やらなんやら書かれているが、そんなものが大勢の生徒に響くとは到底思えない。ましてや入学したての一年生にとったら進学などは遠い日の話で、票を得られる内容ではない。
俺は黒神の公約の書かれたビラを持って再び美浜さんの元へと戻った。
「桜形くんどうだった?」
「んー美浜さんの公約とはかなり真逆のことが書かれていたかな」
美浜さんにビラを渡したところで、予鈴のチャイムが鳴る。
「もう時間だね。ありがとう! このビラ貰ってていいかな?」
「そりゃもちろん。昼休みのポスター貼り俺も手伝うよ」
「本当に! 何から何までありがとう。じゃあまたお昼にね」
美浜さんはポスターとビラを抱えて教室へと小走りで向かった。その後ろ姿を見て頑張っている彼女を少しでも応援したい。他に俺にできることはないのだろうか? そう考えている自分がいた。
俺自信この数日の心境の変化に驚いている。そしてどこか居心地の良さを感じて、自然と笑が溢れた。
***
授業間の休み周ニがニタニタと愉快な表情で話しかけてきた。
「美浜との恋の選挙活動のほうはどうなんだ?」
「恋の選挙活動なんてしてねーよ。甚く真面目にやってんぞ」
「なんだつまんねーな。折角美浜みたいなかわいい子と仲良くなったんだからよろしくやってろよ」
よろしくってなにやるんだよ! まあそりゃ俺の人生の中であんなかわいい子と仲良くできる機会なんて然う然うないし、もしかしたらこれで最後かもしれない···。
なにを絶望しているんだ俺は。
「そんな暇はねーんだよ。とりあえず選挙をどーにかしてクリアしないとな。お前黒神先輩って知ってるか?」
周ニは呆れた顔でこちらを見た。
「黒神先輩とか知らないやついないだろ? あの人この学校だけじゃなく他校でもかなり有名だぞ」
「いや、俺全然知らなかったからさ。てかなんでそんなに有名なんだ? 確かにモテそうな顔してるけど」
「そうだな。黒神! あれは我ら男の敵である!」
グッと拳を突き上げて口を噛み締めながら周ニは言った。なんかモテないやつの僻みにしか聞こえないのだが。
「その我らに俺も含まれてるんじゃないよな?」
「含まれているわけなかろう! お前など美浜と刈谷さんというハイパー美少女と仲良くしやがって。お前も敵だ」
急に敵認定されてしまった。まあ確かに最近男子からの視線が妙に突き刺さる時があるが···。
「そんなことよりなんで黒神先輩がそんなに有名なのかって話だよ」
「ふぅ。本当に知らないんだな。あの人時々読モやってるし、親はこの学校のOBで後援会の会長だぞ。それに県内模試も県内一の総海学園のトップを抑えて1位だそうだ」
「へぇー結構なハイスペックなんだな」
こんな話を聞くとつくづく思う。天はニ物も与えるし、三物も四物も平気で与える。ソシャゲのガチャで言えば黒神はSSキャラの五つ星なのだろう。神というやつはつくづくバランスということを考えないやつだ。
「そんな頭いいのになんで総海に行かなかったんだ?」
「俺が知るかよ! お父さんがOBだからここを選んだんじゃねーの?」
親がここの卒業生だからといってわざわざレベルの下がるこの学校を選ぶだろうか? それにあの選挙公約といい疑問は深まるばかりだ。
*****
昼休みになり、選挙ポスターを抱えて美浜さんが俺の教室を訪れた。
「早速だけどポスター貼りに行ってもいいかな?」
「おう。サクサクっと貼って飯も食べなきゃいけないしな」
俺が席を立ち上がると同時に数人の見慣れない者たちが教室へとなだれ込んできた。
「お昼時間に失礼するよ。私は生徒会選挙に立候補している黒神進一と申します。2年6組のみなさんこんにちは」
黒神は慣れた態度で挨拶を終えると教壇に立った。昼休みの喧騒に浸っていた教室が水を打ったように静まり返る。
「食べながらでも構わないので数分ほど私の話を聞いてもらえれば光栄です。単刀直入に聞きます。総海学園を落ちてこの学校に来た者、または入りたかった者はいますでしょうか?」
いきなりの黒神の質問に教室はざわめき立つ。みな顔を見合せ様子を伺っているようだった。
「私はその一人です。総海学園を落ちてこの学校に来ました。県内一と名高い総海学園をこの矢作高校が超えることができるかもしれない、そう言ったらみなさんはどう思うでしょう?」
俺と美浜さんは顔を見合せ、周りの様子を凝視した。
「どうも思わないわね!」
混乱で沈黙した教室に一石を投じたのは千夏の一言だった。
「えーっと。あなたは立候補者の刈谷千夏さんでしたっけ?」
黒神は少し面を食らったような顔で千夏の方を見た。
「あなたの公約は読ましてもらったわ。学校行事の縮小とかつまらないことを書いてくれるわね」
さすが千夏。なんだかんだで敵の公約はすでに頭に入っていたようだ。もっと言っちゃってください! お猿な千夏さん!
「あなたは先日転校してきたばっかりで知らないのかも知れませんが、この学校には総海に入ることのできなかったコンプレックスを持つものも結構多くいるのですよ。それに縮小であって中止にしようとは思っておりませんし。勉強と青春の両立を実現しようと私は考えているのです」
黒神も千夏の言葉に手振りを付けて堂々と反論する。なんか討論会みたいになってきたぞ。貴重な昼休みが···。
俺はポスター貼りと昼飯もまだ食べていないのでこの状況を早急に終わらせなければ。
「ちょ、ちょっといいすか? 先輩が素晴らしい考えをお持ちなことはわかったので、そろそろお引き取りを。お昼休みでもやることある人もいるし···」
なんで俺はこんなめちゃくちゃ丁寧な言葉遣いをしているのだろうと自分自身で思いながらも、にこやかに愛想笑いをする。恐るべし黒神のオーラ。
「た、確かにそうだね。ちょっと伝えきれなかった部分もあるけど、今日のところはお騒がせしたね。では失礼する」
どこか納得いかない様子で黒神は教室を後にした。それと同時にいつもの昼休みの喧騒に戻る教室内。
後ろの席にいた消化不良の千夏がこちらに向かってくる。
「ちょっと涼! なんで終わらせるのよ」
「俺が止めなかったらきっとお前らは朝まで生テレビ並に討論してただろ」
「そんなことないわよ。きっと私が力で捻じ伏せてたわ」
力で捻じ伏せてたってそれただの暴力じゃねーか。教室で血が流れるのは避けたいところだ。
「捻じ伏せなくてよろしい。話し変わるけどこれから美浜さんとポスター貼りしにいくんだけど、千夏はもうポスター貼ったのか?」
「私もまだ貼ってなかったわね。美浜さん一緒に行っていい?」
「もちろん! それにしてもさっきの千夏ちゃんカッコよかったよ!」
美浜さんの言葉でふふんと満足した様子を見せる千夏。
「美浜さん。こいつ調子に乗るから褒めるのやめときな」
「ちょ、ちょっと! 私はこう見えても謙虚なんだからね」
どこをどう見たら謙虚なのやら。自我の塊のような性格のくせのに。俺と千夏のやり取りを微笑ましく見ている美浜さん。
「相変わらず2人は仲いいなー」
「「よくない!!」」
不覚にも息がぴったりだった。お互い顔を見合せるもすぐに背ける。なんだか少し気まずいな。
ポスターを貼りに三人で教室を出て、ポスターを貼りに向かった。




