11.休日なのにめんどくさい3
まだ4月後半だというのに、晴天の影響か少しばかり暑い。羽織ってきたパーカーを腰に巻いて大須商店街に続く道を歩いていた。その道中、たっちゃんが懐かしい話をしだした。
「そういえば昔文化祭で、合唱コンの順位結果の載ってる紙を失くした千夏を涼が助けたっけ」
「あーそんなこともあったな」
中学3年の最後の文化祭の時だった。文化祭のエンディングで知らせるはずの合唱コンの結果が記載されてる用紙を失くした千夏が、呆然と立ち尽くしている姿を見て助けてあげたことがある。
「涼が全校生徒に向かって発表は後日にしてくれ! って土下座してたよね。あれはすごかったな」
その話を聞いた千夏は肩をすくめて、爪を弄りながら小さくうなだれる。
「あの時は、その、ありがとう···ね」
「まあなんだ、別に無事に終わったことだし構わんさ」
エンディングでの土下座は効果覿面で、みんなはすぐに許してくれた。まあ所詮は合唱コンの結果なので大事にならず、許してくれたのかもしれない。
その後、結果用紙は体育館の倉庫にて発見されたのだが、俺と千夏は運営で一緒にいたので、そんな場所には行っていない。恐らくだが、千夏を妬む者の犯行だと思うが真相はわかっていない。
人というのは他人を自分を勝手に比べたがる生き物だ。その癖自分が劣っていると分かると絶望するし、妬むこともある。千夏に憧れる者は多くいたが、中には快く思っていない者も多少なりいたのだろう。
だが千夏はまったく気にしなかった。『出る杭は打たれる』そんな言葉を振り払うように自分らしく邁進する姿は、気高く美しかった。
「いやー、それにしても千夏って鉄の女だよな」
先程までうなだれていた千夏の指が俺のこめかみを捉えた。細い指からは想像もできない力のアイアンクロー。
「なにそれバカにしてんの?」
「ちょ、痛い痛い! マジ鉄の女じゃん。フリッツかよ!」
「フリッツって誰よ、私は千夏だけど」
フリッツ知らないでこの技使ったのかよ。この女、女子プロレス行ったほうがいいんじゃねーの。
「悪かった悪かった! 千夏は可愛い女だよ」
千夏の指が俺のこめかみから離れ、顔を少し赤らめながら視線が泳いでいる。
「そ、そう? 可愛いとか言ってくれるんだ···」
「まあ、お前は実際美人だと思うし、いい女だと思うぞ」
「あ、ありがとう!」
晴天の太陽の光りにも負けないくらいの千夏の笑顔は、美しく、眩しくらいに輝いていた。
そんな俺達のやり取りを見ていたたっちゃんもどこか嬉しそうな顔をしている。
大須に到着すると何故か2人がプリクラを撮りたいというので半ば強引にゲームセンターへと入った。
「プリクラとか久しぶりだわ。最後に妹と撮った時以来か」
「げっ、あんたマリアちゃんと一緒に撮ってたの? マリアちゃん可哀想」
「普通に俺のほうが可哀想だろ? 中3の時に妹とプリクラだぞ」
「涼とマリアちゃんホントに兄弟仲いいよね」
プリクラの中に入ると真っ白な壁面と大げさな照明が出迎える。男の俺からするとよくわからないのだが白いと可愛いく見えるのだろうか? 白くなくても可愛い人とかたくさんいるだろ。
逆に男受けを狙って明治の偉人みたいなレトロな写真が撮れるプリクラとかあったらウケると思うぞ。
もちろん人気のスタンプは『日本を今一度せんたくいたし申候』で決まりだ。
「はいはい、撮影始まるよ! 涼とたっちゃんも、もっとくっついて」
千夏が真ん中に立ち、俺達2人を両側に引き寄せた。
―――ポーズを決めてね!3.2.1 パシャ
「なんのポーズすりゃええんだ? アイーンとかか?」
「なにそのチョイス、ダサっ、古!」
そんなすぐにポーズなんて出てくるわけ無いだろ。女子ってそうゆうとこホントにスゲーよな。
あとバカ殿に謝れ!
「こうゆう時は、裏ピースとか虫歯ポーズとかなんでもいいからやっとけばいいの」
なんでもいいならアイーンでもいいんじゃねと思ったが、とりあえず千夏の真似をしておくことにした。
俺達は7枚の写真を撮り終え、ラクガキコーナに移動した。写真を見ると、真っ白で頬が痩せこけていて宇宙人みたいだ。
「やっぱり相変わらず、すげー顔面になってんな。こりゃ藤岡弘、探検隊もビックリだぞ」
「まああんたは、特にひどいわね···ぷふっ」
「だねっ、涼の顔やばい。ぷはは」
ちょっと二人とも笑いすぎですよ? いくらプリクラ機のせいだからといってもなんか傷つくぞ。
ラクガキを終えて、プリントされた物を見ると宇宙人と書かれていた。千夏め!
ゲームセンターから出るとパンケーキを食べに小洒落たカフェに入る。少し混んでいたので、先に食べ終えた俺は、2人を置いて店外に出てブラブラ散策することにした。
歩いていると正面から見覚えのある顔が近づいてくる。美浜さんと安達さんだ。
美浜さんは青のチェックのワイシャツに白のフリフリしたスカートにカンカン帽を被っている。
千夏のような大人っぽさはないが、女子らしい可愛い服装だ。
「よっ! 美浜さんと安達さん」
こちらに気づいて、小走りで駆け寄ってくる美浜さんだが、動くたびに胸が揺れているのが分かるので、見ないようにするのに必死だ。
これが最強ドリブラーの力か!
「桜形くん! すごい偶然だね!」
「そ、そうだな。美浜さんと安達さんも名古屋に遊びに来てたのか」
「うん! 桜形くんは1人?」
「いや、中学生の友達と、あと千夏と一緒だ」
「ち、千夏ちゃんも一緒なんだ···」
美浜さんはどこか曇った笑顔を俺に見せた。
「桜形くん、この前は本当にありがとう!」
横にいた安達さんはそう言うと、俺に頭を下げる。
「いや全然いいんだけど、結局葵ちゃんとは上手くいかなかったんだっけ」
「そうだけど、多分時間が経ったらまた元に戻れると思ってる。そう思えてるのも桜形くんのあの時の言葉のおかげだよ」
あの時の言葉か。
俺はこの時、初めて思った。あの相談を引き受けて良かったと。心のどこかではずっと俺じゃない違う誰かに相談してれば良かったんじゃないかと思っていた。
だが改めて本人からお礼を言われて、初めて自分がやって良かったと心からそう思えた。
「ありがとうな」
「えっ、お礼を言うのは私の方だから。武田くんともうまくやれてるよ」
安達さんはいきなりの礼に少し戸惑っていたが、微笑みながら答えてくれた。
「そういえば美浜さん、昨日教室に来たときなにか用あったのか?」
「そ、そうだ! すっかり忘れてたんだけど、桜形くんに選挙演説の原稿とか見てもらいたくて。桜形くんなら経験豊富そうだしダ、ダメかな?」
「まあ力になれるかわからんけど、いいぞ」
「じゃ、じゃあ明日とかはダメかな? 来週から選挙活動解禁だし早く見てもらいたくて」
確かに選挙活動においてはスタートダッシュが基本だ。より多くの生徒に顔を売るためには、早くから動くのがベストである。
「いいけど、場所はどーする?」
「学校近く―――」
「桜形くんの家とかいいんじゃないかな!」
はぁ? 安達さんは唐突に提案してきた。ってか俺の家って正気かよ! ちょっと間違いとかあったらイケないんじゃないですかね。
「ちょ、ちょっと俺んちはどうなのかな? 美浜さんもさすがに嫌でしょ?」
「わ、私は全然大丈夫だよ、むしろ行ってみたいかも」
イってみたいとはなんと甘美な響き。いかんいかん。下ネタを考えるのはやめておこう。
まあマリアもいるだろうし、変なことは起きない筈だ。起きないのかよ···。
「まあ妹もいるから安心してくれ」
「妹さんもいるんだ! 楽しみにしてるね。そういえば連絡先知らないから教えてくれると嬉しいな」
スマホを取り出し美浜さんと連絡先を交換する。
「明日よろしくね!」
「お、おう」
2人と別れてたっちゃんと千夏のいるカフェに戻った。
「涼どこいってたの? 遅いっ!」
千夏は仁王立ちをして、待っていた。その姿はやはりナナちゃん人形に似ている。
「あーすまんすまん。さっき偶然美浜さんと会ってだな」
「美浜さんって?」
「高校の同級生だよ」
「ふーん。美浜さんとね」
あれれ? 美浜さんが出てくると千夏はすぐに不機嫌になるよな。別になんかあるわけでもないのに。
「こ、こうゆう時連絡先知ってないと不便だからあんたの新しい連絡先教えなさいよ」
そういえば千夏にはスマホ変えてから教えてなかったけ。こうして今日一日で女子のアドレスが2軒増えたのだった。
その後は3人で商店街を周り、帰宅することになった。帰りの電車で今日撮ったプリクラを見ていると中学時代の懐かしい自分を思い出す。それにしても何度見ても宇宙人みたいだ。
「じゃあ、またな」
「また涼も千夏も遊ぼうね!」
「ええ、さようなら」
2人と別れて家へと帰った。




